かぼちゃ男ーー2
集合場所に辿り着くとイザベルは先に着いていた。
少し前に来ていたようだ。その証拠に地面には沢山の落書きがある。しかも可愛い動物の絵だ。
案外子供みたいな一面があるのね、とルーズィは吹きだしそうになった。
「やっときたか。何か情報は掴めたか?」
ニヤ気ているルーズィをまったく意に介さず訊ねてきた。どうやら落書きに対する羞恥心は少しもないようだった。
ルーズィは、したり顔をすると「当たり前でしょう。貴方の方は?」と颯爽と答える。
その返答に驚いたようで目をパチパチさせている。
それから「私の方は特にこれと云って何も。すまない」と云った。
「それでどんな情報だ?」
ルーズィは両腕を胸の前で組み、口の端を吊り上げると「仕方ないわね」と喋った。
イザベルと別れた後にお爺ちゃんと出会い、そのお爺ちゃんが過去にかぼちゃ男の被害にあっていて、これから被害に遭った時の状況をお爺ちゃんが再現してかぼちゃ男を呼び寄せるので、また夜に向かうこと。
話を聞き終えたイザベルはルーズィの肩を叩き、「よくやった。偉いぞ」と誉めそやした。
不出来な妹が何か壮大なことを成し遂げ、それを褒める姉のような熱のこもった台詞だった。
褒められるのが大好きなルーズィは、「でしょでしょ」とはしゃいで喜んだ。
夜まで時間があったのでイザベルの提案で模擬戦をやることになった。
模擬戦といってもルーズィの戦闘訓練だ。イザベルがルーズィの戦闘経験の浅さを憂慮したのだった。
乗り気ではなかったが、イザベルが「私と闘うのが怖いのか?」などと挑戦的な台詞を吐いたので受けて立つことにしたのだ。
見てなさい。度肝を抜いてやるわよ。
頭の中では既にイザベルに勝利しており、「許してくれ。私が悪かった」と土下座までさせている。うふふふふ。
「おい。何をニヤけているんだ。遠慮せず掛かってこい」
「言われなくてもそのつもりよ! 見てなさいよ」
二人は広場に来ていた。周囲には遊具がちらほら伺える。 周りには子供達が、「あのお姉さんたち闘うらしいよ!」と騒ぎ立てていた。
イザベルは子供たちに向かって「危ないから離れていろ」と注意していた。子供達はその指示に従い、かなり離れた位置に移動した。
「がきんちょ共、私の雄姿をしっかり目に焼き付けときなさいね」
するとその言葉に応えるように小さな女の子が「綺麗なダークエルフのお姉さんがんばって」と手を振ってきた。 ルーズィはサムズアップをした。
「悪いけど手は抜かないわよ」
「ああ、かまわん。ありったけの力でぶつかってこい。
スキルだろうが、武器だろうがなんでも使っていいぞ。私を殺す気でこい。
ま、私はスキルも使わんし武器も使わないがな。素手で十分」
「随分となめてくれるじゃないの。その鼻へし折ってあげるわ。
まだ私、レベル1だけどスキル三つも使えるんだからね」
「ほう」
イザベルは嬉しそうに口の端を吊り上げた。
「いくわよ! "死者の冒涜"」
唱えると地面から腐敗した生物が這い出てきた。
人間と形容するにはあまりにも悍ましい化物。そう、ゾンビだった。
遠巻きに見ていた子供達が、「うわああああ。なんだあれ。きもちわりい」と奇声を上げている。
子供たちの感想には至極同意だった。 ってゆーかキモすぎて無理なんですけど......。
「珍妙な技だな。少しだけ期待できそうだ」
イザベルは大変満足そうだ。
どうやら彼女は戦闘が大好きなようだ。
「覚悟しなさい。ほりゃああああ」
不便なことに死者の冒涜は自分の指でゾンビを操作しなくてはならないのだ。
右手とゾンビの動きは連動しているので、上手く指を使い操る必要がある。
初めてこの技を使うルーズィは、まるで使いこなせなかった。
ゾンビはあらぬ方向に関節を曲げたり頭と足の位置が入れ替わったりしている。
一見すると滑稽な舞踊のようだ。
最初は怖がっていた子供達も、「おもしろーい」と腹を抱えて笑っていた。
「く、屈辱だわ」
器用に操ることができないルーズィは歯をギリギリと鳴らした。
イザベルは拍子抜けしたように深いため息を吐いた。
「だから言っただろ。訓練が必要だって。
まさかその技をぶっつけ本番で使うつもりだったのか?」
「う、うるさいわね。もう大丈夫よ。ほら、いくわよ!」
ルーズィは細かい操作は諦め、ゾンビの身体を相手に投げつけるようにした。
右腕で弧を描くようにすれば、ゾンビはその動作に合わせて飛んでくれるのだ。
ゾンビはグルグルと弧を描きながらイザベルへと落下する。
イザベルは右手の甲で、飛んできたゾンビを虫でもはらうようにして振り払った。
その動作に力が込められていたとは思えないが、振り払われたゾンビは胴体が破裂し、そして霧散した。
「ああ! 私の手下が! よくもやったわね! "死者の冒涜"」
ルーズィは再びゾンビを召還する。
そして先ほどと同じようにイザベル目掛けてゾンビを投げた。
イザベルは、「また同じ戦略か。少しは工夫しろ」と云って、サッと右手だけを構える。
そしてゾンビがイザベルに触れる直前ーー
ーー掛かったわね!! "腐乱した肉片"
"腐乱した肉片"の効果で、ゾンビは口から吐瀉物を撒き散らすようになるのだ。
ちなみに、この吐瀉物はただの吐瀉物であり、それ以上でも以下でもない。
所詮は初期から習得できるスキルだ。
「なっ」
しかし相手の精神にダメージを与えることは可能だ。
誰だって吐瀉物をぶっかけられたくはないだろう。
ルーズィは密かにガッツポーズを決めた。
私を甘くみた代償よ。くらいなさい!
イザベルは不意を突かれ少々驚いた顔をするも、驚異的な反射速度でゾンビの背後に回り込んだ。その動きは常人離れしており瞬間移動したようにすら思える。それからゾンビの頭をガシッと掴むと、「お返しだ」と、ルーズィ目掛けてゾンビを投げつけてきた。
汚物を吐き出しながらゾンビはこちらに迫ってくる。
物凄い力で投げつけられたのか、まるで惑星を抜け出す時に使用する魔法ロケット噴射のようだった。
「え! ちょ、ちょっと待って! いや、いやああああああああ」
衝突する刹那、全ての事象がスローモーションに映った。
ゾンビの開いた口が運悪く、ルーズィの唇と重なり合うようにゆっくり近付いてくる。
ルーズィも、「いやあああああ」と叫んでいたので口を開いていた。
スローに見えていても、見えるだけで特別はやく動けるわけではない。
そしてルーズィの人生で不幸な出来事の五指に入るであろう悲劇が起きた。
ゾンビとルーズィの唇が重なり合ったのだ。しかし悲劇はそれだけでは止まらなかった。
次に起こりえる事象を予測したルーズィは、「んんんー(やめて)」と悲鳴をあげたが、意思を持たないゾンビには通じない。ルーズィはゾンビに委細構わず吐瀉物を注ぎ込まれたのだ。
ルーズィはショックのあまり悲鳴も出さず背中から倒れた。
召還主であるルーズィが精神的大ダメージを受けたことでゾンビは消失した。
しかし吐瀉物だけは爪痕としてはっきりと残っていた。
............。
夢。うん、これは夢よ。夢なんだわ。とってもわるーい夢。あはははは。
ああ、空が綺麗。でも空ってなんで青なのかしら。不思議ね。あはははは。
ルーズィはひどく穏やかな気持ちで空を眺めていた。
「あのお姉さん、自分で召還した魔物にやられてやんの。ダッサ。クスクス」
チラッと視界の端で、子供達がこちらを指しながら抱腹絶倒していた。
あの餓鬼ども、顔覚えたわよ。あとで覚えていなさい。
最初に応援してくれていた女の子は心配そうに口に手を当てていた。
そしてその少女の後ろにいるオレンジ色の顔をした者も心配そうに此方を眺めていた。
ふふ。二人ともいい子ね。あはははは。
............。
..................あれ?
ふと違和感に気付く。
子供達に紛れてパンプキンの顔をした異様な出で立ちの化物が立っていることに。
パンプキンと目が合うと悲しそうな表情は一転し、こちらを嘲笑うような表情に変化する。
「すまなかった。大丈夫か」
心配そうにイザベルが近づいてきた。
「ええ。大丈夫よ」と、思わず視界を化物から離してしまう。
あっ。しまった。
再び子供達に目を向けるとパンプキンの顔をした化物は消えていた、そして女の子も。




