かぼちゃ男ーー1
ルーズィとイザベルはルナシス街の西側に足を運んでいた。
西側には畑が沢山あり、二人はあぜ道を歩いていた。
田んぼには、エルフや人間の年寄りが、不自由な身体を動かしあくせくと耕している。
背後から蹴れば枝みたいに折れそうね。少し蹴ってみたいわ。
「おい、ルーズィ。聞いているのか?」
ああ、私のこと呼んでたのねーーと、意識を外界に戻すルーズィ。
イザベルは不服そうな表情をして、ルーズィの顔を伺っていた。
「ごめんなさいね。ぼーっとしてたわ。で、なに?」
「かぼちゃ男についてだ。
無作為に探していたら途方に暮れてしまうから聞き込みをしようって話だ」
「かぼちゃ男って畑に現れるでしょ? だったら適当に散策していれば遭遇出来るじゃないの?」
「かぼちゃ男は人気がある場所には姿を見せないんだ。
このモンスターは農作物に落書きをするだけで戦闘力が高くない。恐らくモンスター自身も自覚してるんだろう。
だから人に見られると途端に逃げ出してしまうんだ。発見するだけでも一苦労なんだ」
なんて陰気なモンスターなのよ。私が成敗してやるわ。
覚悟してなさい。かぼちゃ男。
「わかったわ。ひとまず情報収集に徹しましょう。効率重視で二手に分かれるわよ」
「異論はない。炎時計は持っているか?」
「もちろんよ。必需品だもの」
炎時計は、この異世界の時刻を知るのに欠かせないアイテムだ。
時計内には、小さな火柱が表示される。 火柱の数で朝、昼、晩を知る事が出来るのだ。
現在は火柱が15つ表示されているので昼になる。
「今は、炎の15つが表示されているな。炎が16つになったら、ここで落ち合おう」
「ええ。分かったわ」
「さて、手あたり次第に尋ねるのも芸がないわね。どうしようかしら」
何も思い浮かばないわ。そういえば、私の職業のスキルって何があるのかしら。
情報収集に役立つスキルがあれば良いのだけれど。
どれどれ。ルーズィは、ギルドカードを取り出して裏面を見る。
ギルドカード裏面の右上には、初期保有ポイントとして100ポイントと表示されている。
真ん中には、現在習得可能なスキルが表示されている。
死者の冒涜
腐乱した肉片
精神錯乱
「何よ、このスキル! 気味の悪い技しかないじゃない!」
まあいいわ。スキル習得に各10ポイント必要みたいね。全部習得しておくわ。
スキルを習得したが特に捜索に役立つスキルもなかった為、結局は手あたり次第に探すことにした。
ルーズィは、空を仰ぎながらそぞろ歩く。
空は青く澄んでいてとても綺麗だ。
なんでこんなことしてるのかしら。今頃は家で魔道具を作って楽しくやっていた筈なのに。
悪さをするとお天道様が天罰を下すってのは本当だったのね。
まあ冒険者も悪くないわ。というより、あれこれ考えるのがめんどいわね。
「お婆さんや。ちょいとシャベルを取ってきてくれんか?」
畑を耕している人間のお爺ちゃんが、少し遠目にいるお婆ちゃんに呼びかけていた。
お婆さんは耳が遠いようで、お爺ちゃんの呼びかけに気付いておらず、折れ曲がった腰を更に曲げ、懸命に野菜を引っこ抜いている。
ルーズィはお爺ちゃんに声を掛けた。
「ねえ、お爺ちゃん」
お爺ちゃんは、ルーズィに呼びかけられたことで少し驚いているようだ。
「ほうほう。えらくべっぴんさんじゃな。何か儂に用か?」
「かぼちゃ男について少し聞きたいのよ。何か知ってることあるかしら?」
どうせ知らないでしょうね。禿げあがった頭が無能を物語っているもの。
ま、知っていれば儲けもんね。
「ああ、知っとるとも! あの憎たらしい奴の顔は今でも忘れんよ」
「ほんとっ!? 詳しく教えてほしいのよ!」
「ええ、もちろんだとも」
勿怪の幸いだーーと、ルーズィは内心歓喜した。
禿げもそう捨てたもんじゃないわね!
そしてお爺ちゃんは怪談話を語るようにヒソヒソと話し始めた。
「あれは数か月前の話じゃ。
その時の儂は浮かれていた。野菜が前年とは比較にならんほど収穫出来たからじゃ。
野菜は金になる。中には金儲け以外に農業を始める少数派の輩もいるが、儂は多数派じゃ。
とうぜん野菜を出荷して金にする。その収穫出来た野菜を売りに出せていたならば金貨100枚は手に入ったじゃろう」
農業ってそんな儲かるのね。少し甘く見ていたわ。
「売れていれば?」
「うむ......売れていれば、じゃ。
お嬢ちゃんの想像通りじゃ。売れなくなってしまったのじゃ」
え? なんでかしら? 想像の通り? さっぱり分からないだけど!
お爺ちゃん、食欲に抗えないで食べちゃったとか!?
「ふふん。そうゆうことね」
とりあえず分かってる風に演じることにしましょう。
「そうじゃ、かぼちゃ男の仕業じゃ」
そこでかぼちゃ男に繋がるってわけね。持って回った言い方しすぎなのよ。
ヒズルだったら理解できないで頭から煙を出してしまうわ。
お爺ちゃんは、語っている内に不快なことを想起したようで、歯をギリギリと擦っている。
禿げあがっているのだから歯は大事にしなさいよ。歯までなくなったらみすぼらしい爺そのものよーーと、ルーズィは哀れんだ。そしてルーズィは続きを促すように、コクコクと頷く。
「浮かれていた儂は、収穫した野菜を保管せず、この畑に山積みにしていたんじゃ。
本来なら、保護魔法で手厚く守るんじゃが、物凄い量だったので
、少しくらい盗まれても大丈夫じゃろと高を括ってしまったのじゃ」
「それで野菜たちは、かぼちゃ男の餌食になってしまったのね」
「悔しいことに野菜には全て、【かぼちゃ男参上!アデュ~】と落書きされておったわい。
新鮮な野菜にそんな物を書かれちゃ売り物にならん。全部、儂と妻で食う羽目になってしまったのじゃ。くそ。忌々しい」
お爺ちゃんは両手で握りこぶしを作ると、「くそっくそっ」と上下に降り始めた。
このお爺ちゃんに貸しを作っておくのも悪くないかもーーと考えたルーズィは提案した。
「ねえお爺ちゃん。私ね、そのかぼちゃ男を狩ってあげようと考えているの。
お爺ちゃんみたいな謹厳実直な人達の気持ちを踏みにじる劣悪非道なカボチャ男が許せないのよ!」
「うう。嬉しいことを言ってくれるのう。儂は嬉しくて涙が止まらんわい」
本当に嬉しいようで、お爺ちゃんは目尻に涙をため、それを指で拭いている。
年寄りは単純で私も好きよーーと、込み上げるニヤ気を抑え真顔を貫くルーズィ。
「でも私だけでカボチャ男を見つけるのは難しいと思うのよ。
だからそこでお爺ちゃんの協力が必要になるんだけどいいかしら?」
お爺ちゃんは、「協力?」と首を傾けている。
「ええ、そうよ。カボチャ男に出会う為には必要なことなのよ。
簡単なことよ。以前、カボチャ男に悪戯された時のように野菜を畑に積んでおいてもらいたいの」
「むむ。確かに遭遇出来る確率は格段に上がるじゃろうがーー」
「大丈夫よ。私こう見えても冒険者なのよ。
腕には自信があるわ。カボチャ男が姿を見せたらお爺ちゃんの野菜に手を付ける前に一瞬で塵にしてみせるわ」
「分かってると思うが、儂の家はただでさえカボチャ男に野菜を死物にされて大赤字なんじゃ。
そこらへんの意図をしっかり理解しといてくれ!」
「もちろんよ!」
そしてルーズィはお爺ちゃんと計画を企てた。
計画は緻密とは正反対の大雑把なものだった。
ルーズィの計画を聞いたお爺ちゃんは、「大丈夫かなぁ~」と気弱な青年の様に呟いていた。
ルーズィは、「きっと大丈夫よ」とニッコリ答えた。
炎時計の確認すると、イザベルとの待ち合わせの時刻になっていた。
お爺ちゃんに、「じゃあまたあとで!」と一旦別れを告げて集合場所に向かった。




