ルナシスーー想い
わくわく魔道具店に到着する。辺りは閑散としており、店内も真っ暗だった。
店の雰囲気的に営業していないのだろうな、とヒズルは考えた。 二人は忍び足で行動している。
そんな慎重な行動をしている二人の耳に、悦に入っている楽しそうな声が轟いた。
「あっはっはっは。きゃーもうーさいこうー」
ヒズルはその声の主がルーズィだとスグに理解した。
どうやら相当燥いでいるようだ。そりゃさぞ上機嫌だろうよ。
身体中の血液が沸々と湧き上がる感覚を覚えたヒズルは、足早に店内の奥へ歩もうとする。
するとイザベルが、「私にいい考えがある」とヒズルの肩を掴んできた。
ヒズルは、「いい考え?」、と小声で返した。
コクッと頷いたイザベルは、出し抜けにヒズルの手を握る。そして囁くように、「インヴィジブル」と唱えた。
唱えると同時にイザベルの身体が透明になる。手を繋いでいるヒズルにもその恩恵があるようで、ヒズルの身体も透明になっていた。
「おお。全男子が求めてやまない理想の魔法だ」
感嘆の言葉を漏らしたヒズルは、透明になった手を見ようと掌をクルクルと左右に捻る。
しかし何も見えなかった。
羨ましい。俺も使えれば色々出来るのに。
奥の通路へと足を踏み入れる。そして階段に辿り着く。
ルーズィは地下にいるようで、間々にバカっぽい笑い声が聞こえてくる。
ヒズルはゆっくり階段を降りようとしたのだが、インヴィジブルは姿だけでなく足音も消せることが分かったので、遠慮なくズケズケと降りていった。
地下に着くと木製の扉が目の前にあった。扉の隙間から明かりが漏れている。
間違いなくルーズィはここにいると確信したヒズルは、扉に耳を当てそばだてる。
「見て見てフィーレア。この光り輝く宝石を!」
フィーレアという単語が飛び交ったが、ヒズルは特に驚きはしなかった。
何故ならヒズルは、あの兵士にその事を聞いていたからだ。
「まあ! ルーズィ様。それが噂の"星印の指輪"なのですね!」
「そうよ。ようやく私の悲願でだった"星印の指輪"が完成したの」
「ふふふ。私も頑張った甲斐がありましたわ。でも本当によろしかったのでしょうか?
この指輪を作る為とは云え、私、殿方を騙す様な事をしてしまいました。それに対して少々罪悪感があるのですが。
あのヒズルって方は大丈夫でしょうか。最悪死んでしまいますよ」
「平気平気。アイツ相当強いはずだから。そう簡単に死なないわよ。
納豆スライムも一瞬でやっつけちゃったしね。コレが信頼の力ってやつね!」
相当浮かれている様子だ。
一緒に聞いていたイザベルが、「コレで確定だな」と呟いた。
未だにイザベルの手をガッシリと握っているヒズルは、「そうだな」と相槌を打った。
手を握っているのは、インヴィジブルの恩恵を受ける為であって、邪な気持ちからでは断じてない。
「いえ納豆スライムは雑魚中の雑魚なので、指標として全く役に立ちませんよ」
「あ、そうなんだ! ははは」
ルーズィのアホな笑い声を聞いて腹が立ったヒズルは感情に身を任し、扉に向かって前蹴りをかました。
扉は想像以上に脆かったのか、勢いよく前方に吹き飛んだ。
そして扉の直線状に座っていたようで、ルーズィの後頭部に直撃したのだ。
「グヘッ」
ルーズィは奇妙な声を上げながら前のめりに倒れた。
フィーレアは呆然としている。何が起きたのか理解が追い付いていない様子だ。
「だ、だれですの!?」
ようやく状況を察したようでフィーレアは警戒を露わにした。
そして恐る恐るフィーレアは入口に向かってきた。
ヒズルとイザベルは、入り口前にいるのだが、透明な為フィーレアには感知できないのだろう。
「だ、誰もいない?」
入口から扉の外の様子を伺っているフィーレアは、肩を強張らせビクビクと震えていた。
その姿はまるでか弱き乙女の如く、見る側の庇護欲を掻き立てるだろう。しかしヒズルにそんな感情は微塵も湧いていなかった。それどころか、穢れなき童貞心を弄んだ魔女が、と唾棄すべき対象と認識していたので、容赦なくフィーレアの後頭部目掛けてブラジリアンハイキックをお見舞いした。
無防備だったフィーレアの後頭部に命中する。
フィーレアは、「アガッ」と奇妙な語音を残し、白目を剥いて倒れた。
「悪事を働いたとは云え、女性に対してこれほど容赦のない男は初めてだ」
インヴィジブルを解除したイザベルは若干顔を引き攣らせていた。
「まあね」
ヒズルは得意気に答えた。鬱憤を晴らしスッキリしているのだ。
気絶したフィーレアとルーズィを縄で縛る。そして解けない様に念入りにグルグルと縄を巻いた。
少しして目を覚ましたルーズィとフィーレアは軽くパニックを起こしていた。
ルーズィは、「え? え?」と困惑の表情を浮かべ、フィーレアは顔面蒼白としている。
「よう」
拳をパキパキと鳴らすヒズル。横では腕組みをしながらイザベルが立っていた。
フィーレアは自由の利く首だけをルーズィに向け、助け舟を出している様子だ。
それに応えるようにルーズィは片目でウィンクしていた。
「まずは話を聞いて頂戴。冷静に話し合えば分かり合えるはずよ」
ルーズィはいつになく真剣な面持ちなので、「分かった。話せ」とヒズルは告げた。
「そのなんていうのかしら、そう、本当は誰でも良かったんだけど、たまたまヒズルになっちゃっただけなのよ。不幸よね、お互い」
「その通りですわ!」
二人は非の打ち所がないと言わんばかりに自信に満ち満ちた表情を浮かべている。
駄目だこいつら、早く何とかしないと。
「まあいいや。金を返せ」
まともに相手してるとこっちが疲れる。金さえ戻ればもうそれでいいわ。
ヒズルは投げ槍になる。
「ない」
............。
「......なぜ?」
するとルーズィは、「指輪を作る材料に全て使っちゃったーーグヘッ」。
ルーズィの背中に勢いよく乗ったヒズルは、ルーズィの手に握られていた指輪に目が留まった。
「指輪ってこれか?」とルーズィの掌を無理やりこじ開ける。
ルーズィは「あっ! ダメッ」と芋虫のようにクネクネと抵抗しているが意に介さず取り上げた。
「なんだよ、この指輪。これに金貨一千枚も費やしたとか言うんじゃないだろうな」
「その通りよ。悪い」
なぜか強気なルーズィにイラつきを覚えたヒズルは、「悪いに決まってんだろ」といって、打ち上がった魚のように背中の上でピョンピョン飛び跳ねた。
「オゴッオゴッ。ごめんなさい。ごめんなさい」
「この指輪は何なんだ。金貨一千枚も費やしたんだから相当なもんなんだろ」
「ふふん。金貨一千枚どころじゃないわ。五年以上の年月を掛けて作った大作なのよ。
費用だけで考えれば三千枚以上の金貨を費やしているわ。その指輪はね、星印の指輪と言うの。
装着者は幸せな気持ちになれるのよ。どう、凄いでしょ?」
「それだけ?」
「ええ、そうよ」
ルーズィは偉業を成し遂げた偉人のように威張っていた。
視線をフィーレアに向けると、感慨深げにウンウンと頷いていた。
もはや突っ込むのも疲れた。
イザベルはもはや呆れかえっているようで、額に手を当て、左右に首を振っていた。
「この指輪は売るからな!」
「そんなの酷い! 鬼、悪魔!」
駄々をこねる子供のように喚くルーズィ。
「最低ですの! まさに鬼畜の所業ですわ! 貴方には人の心ってものがなくて?」
ルーズィに追随するフィーレア。
その後、ルーズィの想いが五年ほど詰まっていた指輪は、もちろん行商人に買い取ってもらった。
二人は、やめてやめて、と泣き叫んでいたが意に介さなかった。
ちなみに指輪は金貨三枚にしかならず、ヒズルは言葉を失った。




