表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/30

ルナシスーー悪夢


 「ヒズル。早く起きなさい」


 誰かが呼んでいる。誰だろう。重たい瞼を頑張って開く。

 すると、険しい顔をした母が此方を見下ろしていた。

 ああ、もう朝か。

 

 「いつまで寝てるの。ご飯台所に置いてあるからね。

 サボらず大学に行きなさいよ。じゃあ母さん仕事に行ってくるからね」


 母は慌ただしく部屋を出ていく。

 ヒズルも母の溌剌さを見習い、気怠い身体に活を入れて起き上がった。

 どこかボーっとした感覚に包まれながらも部屋を出る。

 そして部屋の前にある階段を降って台所に行った。

 テーブルには、白米に焼き鮭、味噌汁といった和食中心の料理がラップを掛けて置いてある。

 

 「いただきます」


 食に対する感謝を忘れずに合掌。

 ヒズルは大好物の焼き鮭をご飯と一緒に頬張り咀嚼した。

 あれ? なんだか味がしないな。なんでだろう。

 噛んでも噛んでも口の中に味が染みてこない。

 不思議だなと思いながらも、特に気に留めることはなかった。

 ご飯を食べ終わると身支度をして玄関の扉を開く。


 「やっほーヒズル。一緒に大学行こう」


 玄関の外には、セーラー服を着た可愛い美少女がいた。

 その少女は耳が普通の人間より横に長かった。

 ヒズルはその耳に見覚えがあったのだが、すぐに思い出すことは出来なかった。


 「なにボーっとしてんの」


 女の子は屈んでヒズルの顔を覗きみた。


 「お前誰だっけ?」


 すると眼前の少女は、ひっどーい、と頬をプクプクと膨らませた。

 可愛い。


 「ルーズィよルーズィ。もう幼馴染なのに忘れるなんて酷いじゃないの」


 ルーズィ? ああ、ルーズィか。なんで忘れてたんだろう。


 「幼馴染だったんだっけ?」


 「そうよ。何寝ぼけてんのよ。それより早く行きましょ。一限目に遅れちゃうわ」


 その後、二人で肩を並べて登校する。

 果たして自分はこんなにも恵まれた環境に身を置いていただろうか。

 それに何か大事な事を忘れている気がする。

 

 「オッハヨー」


 背後からやけに野太い声がした。

 ルーズィは後ろに振り向き、おはよーオー子ちゃん、と手を振っている。

 どんな子だろうと振り返り確認した。

 そしてその直後、振り向かなければ良かったと激しく後悔した。

 ヒズルの目にしている光景を一言で表現するなら悪夢。

 悍ましい豚顔の巨体が、ぶりっ子のようにクネクネと身体をひねりながら此方に向かって来ているのだ。

 しかもセーラー服を着用している。

 一応生物学的には女に属している様で、汚らしい胸がたゆんたゆんと揺れている。

 ハッキリいって、いやハッキリ言わなくても見るに堪えない光景だった。


 「オッハヨールーズィちゃん。それとア・ナ・タ」


 ア・ナ・タ? ヒズルは周囲を見回した。

 しかしア・ナ・タという人物は見当たらなかった。

 

 「あんた何キョロキョロしてんのよ。オー子ちゃんに失礼じゃない」


 ルーズィに軽く脛を蹴られた。


 「ア・ナ・タって誰?」

 

 オー子と名乗る化け物は、あらヤダ。もう照れちゃって、と両手を頬に当てクネクネした。

 ヒズルは、朝食の鮭が喉から躍り出るような気配を感じ、反射的に自分の口元を手で押さえた。


 「まだ寝ぼけてんの? ア・ナ・タってあんたのことでしょう。九条ヒズル、あなたよ」


 寝ぼけてるのかと思い、ルーズィの頬を思いっきり引っ叩いた。


 「痛いわね! なにすんのよ!」


 「ごめん。寝ぼけてるのかなって思って」


 「それはこっちの台詞よ。まったく自分の彼女を忘れるとは最低な男ね」


 どうやらオー子ちゃんは俺の彼女みたい。死のう。

 ヒズルは道端に落ちていたサバイバルナイフを拾い上げる。

 そしてそのナイフで自分の喉元を突き刺そうとした。

 だが、そのナイフがヒズルの喉元に達することはなかった。


 「ナニシテルノ。ア・ナ・タ!!」


 オー子ちゃんは、サバイバルナイフのエッジ部分を握っていた。

 普通は握った手が血だらけになるが、オー子ちゃんの身体は強靭のようで、逆にナイフが拉げていた。


 「シニタイホド、病ンデイタノネ。ワタシノ、愛デ、イヤシテアゲル」


 オー子ちゃんは信じられないほどの力でヒズルを押し倒した。

 そしてそのままヒズルの上に馬乗りしたのだ。

 

 「キャー。朝からお熱いこと。憎いね憎いね。よっ色男」


 ルーズィは頬に両手を当て、きゃーきゃーと嬉しそうな声援をあげている。


 「たすけて。いやマジで。本当に本当に。冗談抜きで」


 全力で助け舟を求めるが、ルーズィは二人の恋仲を全力で祝っているのか紙吹雪を撒いていた。


 「ア・ナ・タ。ハイ、チューーー」


 オー子の突き出た唇がヒズルに迫る。

 やめろ。やめてくれ。ああ、やだやだ。


 「うああああああああああああああああああああああああああああああ」





 「はっ!! ゆ、ゆめ? ゆめか。ああ............よかったぁ」


 心の底から安堵したヒズルは、ふう、と息を吐いた。

 なんつー悪夢だよ。あんな化け物が彼女だったら俺耐えられねえよ。

 ああ、夢で本当に良かったーーーーってあれ!? 

 なにこれ? どんなご褒美展開!?


 ヒズルはイザベルの太ももを枕にして横になっていた。 

 イザベルはスヤスヤと寝息を立て、気持ちよさそうに眠っている。

 悪夢(オー子)を見たせいで、イザベルがいつも以上に可愛く見えた。

 よし。神様がくれたご褒美だ。堪能しよう、と意気込み、仰向けからうつ伏せに態勢を変えた。

 柔らかくて温かい感触が顔に伝わる。ああ、最高だぜ。


 「おい、なにしてる」


 突然の声にヒズルはビクッと跳ねる。

 そして顔にあたっていた柔らかい感触が消え、地面に顔をぶつける。


 「イテッ」

 

 どうやらイザベルが立ち上がったようだ。

 ぶつけた顔を擦りながらヒズルも起き上がる。


 「お、おはよう?」


 素っ頓狂な声で挨拶すると、イザベルは呆れた顔でタメ息を吐いた。


 「まったくお前という奴は。怒りを通り越して厭きれてしまう。

 まあその調子なら傷の方は大丈夫そうだな」


 そういえば俺、サンドマンタにぶっ飛ばされたんだった。忘れてた。

 負傷していた身体のことを思い出したヒズルは、自分の身体を矯めつ眇めつして確認した。

 

 「おお、何ともない! 治してくれたの?」


 ヒズルは吹っ飛ばされた時に直撃した脇腹をペタペタと触る。


 「いや治そうとしたんだが既に完治していた。驚異的な回復力で少々驚いたぞ」


 自然治癒したってのか。複雑骨折レベルの傷をこの短時間で?

 この身体の恩恵なのかな。ま、治ったんならいいや。


 「そんなことより一度街に戻るぞ。こんなボロボロな状態では無理だ」


 ヒズルもコクッと頷き同意した。


 イザベルの服は、ヒズルの最後に見た記憶と同じで、あちらこちら破けていた。

 髑髏の仮面も着けていないので恐らく壊されてしまった模様。


 そんなイザベルの艶めかしい格好を見たヒズルは気を失う前の光景を思い出した。

 すると自然と下卑た笑みが溢れてしまうのであった。


 「ヒッ!」


 そんな邪な考えを察したのか、イザベルは大鎌の先端をヒズルの首元に当てる。


 「この鎌をとてもよく切れるんだが、お前の身体で試してみるか?」


 ヒズルは肩を強張らせながら首を横に激しく振り、「すみませんでした」、と謝罪した。 


 それからヒズル達は街に戻る為、洞窟の入り口に向かって移動した。

 イザベルが気を失ったヒズルを入口付近まで運んできてくれていたので、

 洞窟を出るのにそこまで時間は掛からなかった。 


 あの化け物相手によくもうまあ逃げ切ったな。しかも俺を背負ってか。 

 ヒズルは、自分を見捨てなかったイザベルの優しさと、それを実行できる実力に、

 感心と憧れの気持ちを抱いていた。

 それと同時に、自分は冒険者を基準に考えると相当弱い部類に入るんだな、とへこたれた。

 なによりとても迷惑を掛けてしまったことに対し、柄にもなく落ち込んでいた。

 そんなヒズルの心中を察したのか、イザベルが励ましてきた。


 「そう落ち込むな。腕っぷしに自信のある奴は大抵似たようことをやらかす。

 私もそうだった。大事なのはそのミスから何を学ぶかだ」


 イザベルの言葉がヒズルの胸中にすとんと落ちた。

 そしてヒズルの中で燻っていたやる気に火が灯る。


 「うん。俺、もう二度と勝手な行動はしないよ。

 正直冒険者を舐めてた。色々と迷惑かけてごめん。

 強くなってこの恩は絶対返すよ。後、本当は返さないつもりでいた小銭もキッチリ返すよ」


 イザベルは、最後の一言は余計だ、と笑顔を浮かべた。 

 初めて見るイザベルの笑顔にヒズルも嬉しくなり笑顔を返した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ