ルナシスーーサンドマンタ
職業鑑定所の後、丸腰では心もとない、と武器屋へと赴いた。
武器屋には多種多様な武器が並べれていたが、
その中でもパッとしないメリケンサックを購入した。
剣、鎌みたいな武器は扱うにも多少の技術が必要だが、
メリケンサックなら拳に装備して殴るだけ。そして何より安い。
戦闘経験未熟で貧乏なヒズルにはまさに御誂えの武器なのだ。
もちろん購入費はイザベル持ちだ。なんてったって俺は素寒貧だ。
返せる時に返してくれればいい、と寛大な心を示してくれたので、そのご厚意に甘んじた。
彼女の寿命が尽きる前には返すつもりだ。
防具に関しては想像以上に値が張ったので購入を控えたのだ。
小銭程度なら最悪トンズラをしても心が痛まないが大金は別だ。
つまるところヒズルは小心者だった。
こうしてヒズルの装備は、メリケンサックと貰い物の服となった。
冒険者として心許ないが、贅沢を云える立場ではないので受け入れた。
身支度を終えると、イザベルに冒険者としての心構えなどをご教授された。
この世界には経験値なるものが存在していて、モンスターを倒すともらえること。
その経験値が一定以上溜まると、自らのステータスの向上、所謂レベルアップが出来ること。
そしてレベルが上がる毎にスキルポイントが手に入り、
それを使用することで新しいスキルを習得出来ること。
またスキルポイントで、習得したスキルの火力、効力を上げる事も可能なこと。
最後に、使用したスキルポイントを再度振りなおすことは出来ないこと。
要約すると、スキルポイントはよく考えて使えってことらしい。
説明を聴き終えたヒズルは、ゲームみたいで面白いじゃないか、と心躍らせつつ新たな冒険(無償)へと旅立った。
現在、二人はルナシスの東にあるサンサン砂漠へと足を運んでいた。
無論、討伐対象のサンドマンタの住処がこの砂漠の何処かにあるからだ。
燦々と照りつける太陽。加えて灼熱の大地が二人の水分をジワジワと奪ってゆく。
周囲には、モンスターと思しき骨があちらこちらに伺えた。
それらが砂漠の凄惨さを物語っているようだった。
「イザベルさん。今さらだけどその格好は何?」
砂漠に入ってから暑くて喋るのも億劫になっていたヒズルだが、堪え切れず質問した。
「敬称はいらん。なにって戦闘服だが?」
「そ、そうですか」
イザベルは髑髏の仮面を被り、全身を黒いコートで包んでいるのだ。
砂漠に入るなり、忘れてた。戦闘服に着替えなければ、とどこからともなく不気味な戦闘服を取り出したのだ。
因みに肩には大鎌を背負っているので死神にしか見えない。
「九条よ。初めての冒険で色々と不安だろう。
だが、安心しろ。私がお前を全力守ってやる」
まあ頼もしい!
でも、その仮面着けたままこっち向かないでほしいな。おしっこちびっちゃいそう。
「ありがとう!」
イザベルの言葉は素直に嬉しかったので感謝した。
しかしヒズルは全く不安を抱いていなかった。
ヒズルはレベル1だが、それでも常人離れしている肉体能力を持っていると自負しているからだ。
街で遭遇した悪そうな三人組はヒズルの怪力に青白んでいたし、
納豆スライムを一撃で屠った功績もある。
加えて、城を脱出する際に複数のオークを気絶させている。
そして何よりスカンクピエロという名称こそダサいが伝説の職業の持ち主なのだ。
これらの要素がヒズルに圧倒的な自信を与えていたのだ。
俺は強い。恐らくこの世界で最強の個だ、と考えてしまうほどにだ。
既にヒズルの脳内では、
駆け出し冒険者の自分がサンドマンタを一瞬で屠ってイザベルが、「す、すごい(きゅん)」となっている辺りまでシミュレート済だった。
そんな物思いに耽ていると、「あれだ」と声が掛かった。
意識を外に戻すと、イザベルが何処かを指さしている。
そこには巨大な洞窟の入り口があった。
「よし、慎重に進むぞ。くれぐれも勝手な行動はするな。カバー出来なくなる。それとーー」
イザベルが大鎌を左右に振る。すると、大鎌から黒々とした粒子のような粉がヒズルとイザベルに降り注ぐ。
「これで暗闇でも昼間同然に見える筈だ」
イザベルは振った大鎌を右肩に担ぎ直す。
「おお。本当だ。洞窟の中がはっきり見える! そういえばイザベルの職業って何なの?」
ヒズルは、ついでに服も透けて見えないかな、と期待してイザベルを見る。
しかし世の中そう甘くはなかった。
「私はデスウィザードだ。死を司る魔法使いだ」
イザベルは自分の職業が気に入っているらしく誇らしげだ。
「なにそれカッコいい。俺もそれが良かった」
ヒズルはイザベルに羨望の眼差しを向けた。
「嫌味はよせ。お前は伝説の職業だろうが」
「つーかそれでその装備なのか。てっきり危ない人なんじゃないかと疑ってたわ」
「失礼な奴だ。私は正常そのものだ。そんなことより気を引き締めて行くぞ」
洞窟の中へと足を踏み入れた。洞窟内は異様なほど静まり返っていた。
気味が悪いな。壁には、禍々しい濃紫色の蔦が一面に絡みついている。
ヒズルは興味本位で蔦に触れようとした。
「触れるなよ。毒におかされるぞ」
イザベルの警告にヒズルは急いで手を引っ込めた。
「こわっ! これ毒あんのかよ」
毒状態になりたくないヒズルは、蔦に触れないよう心掛け、慎重に奥へと進んだ。
途中、毒蔦が道を塞いでいる場面もあったが、イザベルが大鎌で薙ぎ払ってくれた。
特に立ち止まる事もなく順調に進んでいると、納豆スライムが数匹現れた。
経験値の存在を知ったヒズルは、やったモンスターだ、と目を輝かせている。
ふふふ。俺の糧になってもらうぜ。
「おっしゃ。このメリケンサックのいりょーー」
目の前で数匹のスライムがバラバラに切り裂かれた。
「ん? 何か言った?」
イザベルはヒズルの意図をまるで察していない様子だった。
「あ、なんでもない。大丈夫。いや、ほんとに」
「ならいいが」、とイザベルは堂々たる足取りで進んでいく。
ヒズルは、なんだかなぁ、と小声で呟きイザベルの後を追った。
しばらく歩いていると円形型の穴を発見した。穴の大きさは三人同時に入れるほどである。
「大きい穴だな」
ヒズルは穴を覗こうとする。
すると穴の下から、きゅろろろろろろ、と獣の咆哮のような獰猛な声が轟いた。
ヒズルは驚いて尻餅をついた。
「この穴の先にいるようだな」
イザベルは慣れている様で特に焦った様子もない。
「ようやくか」
ヒズルは立ち上がるとメリケンサックを装着していた拳を握る。
初めての狩りなので、ワクワクしているのだ。
「九条。やる気満々なところ悪いんだが、ここで待っていてくれ」
ヒズルは、What!? 、と返した。
「当たり前だろ。お前は狩りの経験がないだろ。
そんな奴に戦わせるわけにはいかない。危険すぎる」
「じゃあなんで連れてきたんだよ!!」
ここに来るまで全く役に立っていないヒズルは、サンドマンタ戦で活躍する予定なので抗議した。
「サンドマンタの素材を一緒に運んでもらう為だ。
それに一緒に連れて行かないと契約不履行になってお前が困るだろう」
「待て待て。俺は冒険者としては未熟だが、腕には自信があるんだ」
少しでも強く見せようとしたヒズルは腕に力を入れて力こぶを作りアピールした。
しかし人間に変身している為、非常に貧相だった。
「はぁ。分かった。熱意は認めよう。じゃあ私が合図したら降りてこい。
合図するまでは絶対降りてきたら駄目だ。絶対だからな。絶対だぞ。約束しろ」
「分かった! 約束する!」
間髪入れずに威勢よく返事をした。
ヒズルの返答に納得した様子のイザベルは、よし。行ってくる、と大鎌を肩に担ぎ直し、穴へと飛び込んだ。
それからすぐに激しい剣戟音がヒズルの耳に轟いた。
「あれだけ露骨な前振りされちゃあ、
降りないわけにはいかないよな。ふふふ。俺の雄姿を見せてやるぜ」
大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
よし。ようやくこの世界に来て、異世界らしいことが出来るな。
それに自分の強さがどの程度か図るのに丁度いい。
せっかくだ。思いっきり暴れよう。
晴れ晴れした気持ちになったヒズルは躊躇なく穴に飛び込んだ。
着地する。そして周囲を見渡した。穴の先は広い空間になっていた。
そして眼前にはーーーー超巨大なマンタがいた。
おいおい。デカすぎるだろ。どうなってんだよ。
サンドマンタは、優にヒズルの10倍はあった。
大きな口の上には、触手のような巨大な目玉が突き出ている。
全身は砂色。原理は不明だが浮遊していた。
サンドマンタの前方には無数の魔法陣が展開している。
魔法陣からは無数の触手が放たれており、イザベルへと叩きつけられていた。
イザベルは、ヒズルの視界では捉えられないほどの速さでその触手達を捌いていた。
や、やるじゃない。じゃねえよ、どうすんだよコレ!
こんな怪物無理だ。困った困った。あー困った。
そんな時、突如としてヒズルに天啓がひらめいたのだ。そうだ。路傍の石になればいいんだ。
そしてヒズルは、石になった気持ちで、その場に胡坐をかいた。
しかしそんな作戦も虚しく、ヒズルの存在に気付いたマンタは、目玉をギョロリとヒズルへと向ける。
するとイザベルもヒズルがこの場にいる事に気付く。
そしてヒズルはイザベルの服が所々破けている事に気付く。
「なんで降りてきた!! はやく戻れ!! はやく!!」
「お前服が破けておっぱいがみえーー」
言い終える前に、サンドマンタの巨大な尻尾がヒズルに向かって振り下ろされーー脇腹を横殴りにした。
ヒズルは物理法則を無視した勢いで吹き飛び、思い切り壁に叩きつけられた。
「グハッ......」
叩きつけられた衝撃で一瞬呼吸が止まる。
身体には回避したくなるほどの激痛が走った。
やばい。意識が朦朧とする。
ボヤけた視界には、イザベルが敵の攻撃を避けながら此方に向かって駆けてくるのが見えた。
「キ...レイ...な......ピンク......最後に......見れて...よか......った」
そしてヒズルは意識を失った。




