公爵家の妹君はお兄様に溺愛される
ごきげんよう。
わたくしは、ローランド公爵家が娘のメルフェリアともうします。
齢はもうすぐ五さいになります。
ただいま、おべんきょうの時間からとうぼうを図っております。
わたくしのきらいな、すうじのお時間だったから…というのは理由のひとつです。
息をころしてひそむ先は、大大大すきなおにい様の書斎です。
キャビネットの隣の、つくえの下にかくれています。
このまま、見つからないといいのですが…。
そうおもっていたら、おへやの扉が開いてどなたかが入ってこられました。
どきどきする心臓をおさえつつ、わたくしはつくえの下の奥の方に身を寄せます。どこかの国のことわざにある、あたまかくしてしりかくさず、とやらの状態です。
「…くす、」
ひとつ、やさしく笑う声がちいさく聞こえました。
この声は知っています。知っているどころか、大すきお声です。
「みーつけた。」
その声とともにわたくしのからだはつくえの下から引きずりだされてしまいました。
「メル、お勉強がそんなに嫌かい?」
引きずりだされたわたくしはのからだは、そのままお声の主によって抱きあげられてしまいます。
わたしは両の手のひらで顔をかくして、けっしてそのお声の主は見ないようにします。
見てしまったら…見てしまったら…。
「…メル、お兄様に可愛いお顔を見せて?」
ちからを込めて顔を覆っていた手を、おにい様の手によってやさしくほどかれてしまいます。
「メル。どうして泣いているの?そんなにお勉強が嫌?」
「…ぅぅーっ、」
おにい様の手が、やさしくわたくしのめもとを拭ってくれます。
そしてわたくしの頬におちた涙はやさしい口付けでひろってくれます。
「メル。そんなに泣いていてはお兄様も悲しいよ。理由を話してごらん?」
おにい様は書斎にあるいすに座ると、そのおひざにわたくしをのせました。
「うっ…ひっ、く…おにいさま…っ、」
「うん?」
「おにい、さまが…っ…、おにいさまがぁぁぁあ…っ…」
せっかくお顔を見ないようにしていたのですが、めもとを拭われた拍子に、おにい様の方を向いてしまいました。
途端に、むねがきゅーっと痛くなって、ぶわあっと涙もあふれでてきて、わたくしはおにい様の首にぎゅっと抱きつきました。
「僕がどうしたの?」
「…ぅぅっ…おにいさま、とおくにいっちゃいやあああああ…!!!」
「…うん?」
止めれない涙と、行き場のないきもちと、いっぱいいっぱいですが、おにい様にいっしょうけんめい説明します。
「おにい様が、…っ学校いくって…っ…、それで…っ、おうち、でてくって…っ!!!」
そうなのです。わたくし聞いてしまったのです。
もうすぐ十二さいになるおにい様が、王立魔術学園にかようために、寮というところはいると。
だから、このお家からはでていってしまうと。
「…ああ、そのことか。」
「うううう…っ、」
「メル、…僕のお姫様。ほら、泣き止んで?僕はどこにも行かないよ?」
「…ふぇ?」
え…?いま、なんと?
おにい様のことばに、わたくしの涙もぴたりと止まりました。
「学園には通うけど、ちゃんとここから通うから。何より、僕がメルから離れるわけないでしょ?」
「…ほ、ほんとうですか?」
「うん。…メルは僕が離れるかもって聞いて寂しくなったの?」
「は、はい…。」
いままで考えたこともなかったこと。おにい様とはなれるということ。
それはわたくしにとってはとっても大きなもんだいで、かなしくてかなしくてどうしようもできなかった。
「ふふ、嬉しいなあ。」
「おにい様っ…くすぐったいです。」
うれしそうにほほ笑むおにい様が、おでこから目元、ほっぺにとたくさんキスを落としてくれます。
くすぐったくて身をよじっていたら、こんどはぎゅーっとちから強く抱きしめられました。
「はぁー、可愛い。僕のお姫様はどうしてこんなに可愛いのかな?」
「…へ?」
「あー、あのクソ殿下の婚約者にって推されてるけど、絶対阻止しないと…。」
おにい様がなにやらボソボソとつぶやいていましたが、つよくつよく抱きしめられていてよく聞こえませんでした。
「おにい様、とってもとってもだいすきです。」
わたくしはいまの気持ちをすなおにおにい様にお伝えしました。
すると、お兄様が弾かれたようにお顔をあげて、とろけるような笑みを見せてくれました。
「…ずっと、僕だけのお姫様でいてね?」
「はい!」
なにはともあれ、これからもずっといっしょにいれるとわかって、とても安心しました。
わたくしはすり寄るようにおにい様の胸に顔を埋めて、そのあたたかさを堪能します。
そうして、すっかりおべんきょうのことなど忘れていたわたくしは、あとで家庭教師の先生にこっぴどく怒られるのでした。
ーーーその後巻き起こる、わたくしの婚約者となるひとと、おにい様のおともだちたちと、まわりのひとたちも巻き込んだおにい様のシスコン騒動は、また別のおはなし。
読んでいただきありがとうございます。
続編も書いていきたいと思っています。今後お付き合い頂ければ幸いです。