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8.新天地



 エルヴァラまでの旅路はあっという間だった。


 あれからも、テレスタという話し相手がいたおかけで暇ではなかったし、荷台が賊や魔獣に襲われる心配もなく運行していた。


 移動中の飯の心配も、最悪エルヴァラまで飢えをしのぐ心積もりではあったが、テレスタに食料を分けてもらったおかげで結果オーライ。


 旅は驚くほどに順調だった。


 その間に、四郎はテレスタから彼女の身内話やこの世界のことについていろいろと話を聞くことが出来た。


 テレスタの故郷はミレディアで、彼女自身も獣人という種族らしく、修行のために外の世界を旅することが目的だそうだ。


 今はダース帝国を目指しているのだとか。


「だって強そうなやつがいっぱいいそうだろ?」


 獣人は彼女のように好戦的な性格が大半らしい。


 その反面、日の上がっている頃に見ることの出来た彼女の姿は、赤毛の髪の女の子に猫耳と尻尾をつけたコスプレみたいで、ギャップ萌えというやつか?


 とても可愛かった。

 まあ素直にそれを言うとぶん殴られたんだが――。

 女子って不思議な生き物だ。


 そんなテレスタとの荷台での旅は、四郎にとってとても価値のあるものだった。


 テレスタは多くの旅のエピソードを語ってくれて、話をしていて飽きることがない。


 特に、波動のことについては多くの知識を持ち、四郎にもその「業」というものを教えてくれた。


「獣人は皆、『波動獣術』って業を会得してるんだ」


「それって、普通の波動術とは違うの?」


「違うな。獣人が編み出した特別な業だ。波動を応用していることに変わりはねーんだが、波動術っていう概念とは扱いが違う。これは獣人にしか使えねーが、知りたいなら今度教えてやるよ」


「今度って、いつ会えるかも分からないだろ?」


「生きてりゃそのうちまた会えるもんなんだよ。そんときにゆっくり手取り足取りと、な」


 色気のある言い方に対し、指や首の関節をパキポキと慣らすテレスタ。


 ハグの時もそうだが、獣人視点でコミュニケーションをとられると命の危険という意味で、人にはちょっと刺激が強い。


「た、楽しみだな~、はは……」


 そんなこんなで約2週間が過ぎたころ。


 荷台でくつろいでいたテレスタが、不意に呟いたのだ。


「……――そろそろ、見えてくるんじゃねーか?」


 その言葉に起き上がった四郎は、大幕から少しだけ顔を出し、運行されている進路を確認する。


 確かに、地平線の先にぽつんと何かが見えていた。


 それも数時間で、巨大な城壁の輪郭だと分かり、さらに荷台が近づいていくと、塔のように高くそびえる城が目に入る。


「そうか。あれが……」


「おめでとさん。無事、到着だぜ」


 アストラ王国と同じように、巨大な防壁が城と町を囲み、この土地を支配しているであろう、圧倒的な国の首都の存在を強く知らしめる。


 亜人領国エルヴァラ。


 その領域に足を踏み入れたと、四郎は改めて実感した。



「――んじゃ、ここでお別れだな」


 荷台はすでにエルヴァラの壁門を潜り、町の中で止まっている。


 多くの兵士たちはここで一度休息をとるのだろう。


 気が緩んでいるせいか、兵士の8割は町に繰り出しているおかげで監視している兵士も少なく、その彼らも雑談で気をそらしている。


 今なら荷台から降りて、町の人混みに紛れることができる。


 それを確かめた四郎はテレスタに向き直る。


「ありがとう、テレスタ。君のおかげで、いい旅をさせてもらったよ」


「気にすんなって。あたしもてめえと一緒は飽きなかったし、面白い話もできたしな」


「僕はこのまま降りるけど、テレスタはこのまま荷台に? 出発までにまだ数日あると思うし、町を見て行ったりとかは……」


「馬鹿お前、別れは早い方が良いんだよ。名残惜しくなるだろ。それにあたしは狭いとこが気に入ってんだ。もう少しくつろいでから行くとするよ」


 それもそうか。

 彼女くらいになると、その気になればいつでもこの荷台に出入りできるだろうし。


 わざわざ四郎に付き合う理由もない。


「ま、シロウとの旅も悪くはなかったし、また会えるといいな」


 テレスタは愉快に笑う。


「……」


 本当にそうだ。

 この旅路で、彼女は四郎にとって、初めての知り合い、友人と言える存在になった。


 2週間という時間は短くはない。


 それをあっという間に感じてしまうほど、彼女とは意気投合していたのだ。


 もう、お別れだなんて……。

 四郎は少し名残惜しく感じた。


「なんだ、寂しいのか? なんなら、このままお姉さんについてくるか? ん?」


 勘のいいテレスタはそれを察したのだろう。 


 この2週間で見慣れた姉モードに入る。


 心地が良く、本当に弟になった気分だった。


 本当はもっと話したい。

 一緒についていきたい。


 そんな気持ちを振り払い、四郎は意思のある目でテレスタを見つめ返した。


 今度こそ、自分の力で生きると決めたんだ。


「……やっとてめえも男らしくなったな。その眼なら、どこでだってやっていけるぜ」 


 本当に勘のいい人だ。


 四郎は荷台の外へ向かう。


「じゃあ――」


「ああ、待った」


 別れの言葉に割り込んできたテレスタ。


 もーなんだよー、と四郎が振り向く前に、背中越しにあの時と同じ、柔らかい感触が当たる。


 また抱きしめられた。

 でも今回は優しく包み込むように。


「これはあたしからの餞別だ。……次に会うときまで、お姉さんの温もりで悶え苦しむといい♪」


 おちゃらけたようにからかうテレスタに、さすがの四郎もカッチーンときた。


(人をいつまでも童貞だと思って!)


 四郎の自意識が過剰になっているだけなのだが、そのことに気付くことはない。


 振り返り、四郎自身もテレスタを思いきり抱き締めてやった。


「きゃうッ!?」


 意外なことに、彼女のものとは思えない女の子らしい声が吹き出し――。


「――ぐはッ!?」


 それを聞いた次の瞬間には、四郎は右ストレートを食らっていた。


 だが幕内でも分かるほど、顔を赤くしているテレスタ。

 それを見れただけでも、身体を張ったかいがある。


「ああもう、この馬鹿! 変態野郎! さっさといけ!」


 完全に拗ねてしまい、背を向けるテレスタ。


 まったく理不尽だ。

 でも彼女らしい。


「――じゃあ。また会う日まで」


 やっと別れの挨拶を言うことができる。


 そして拗ねていながらも、ちゃんと反応は返ってくる。


「……ふん。楽しかったぜ」


 それを聞けただけで、四郎は満足だった。


 兵士の隙を見て、荷台を飛び下り、人混みに溶け込む。


 再び荷台を見ると、大幕の奥で手を振っている彼女の姿が見えたような気がした。



―――

――



 はてさて。


 荷台を後にした四郎は、さっそくエルヴァラのギルドに足を運んだ。


 ここで仕事を取れれば安泰だ。


 色んな種族が共存しているのだから、アストラのようにノウムだけが厳しい扱いをされているとは考えずらい。


 テレスタの話でも、エルヴァラでは特にそういった差別や虐待は国のルールに反するため、表向きは友好的に接してくれると言っていた。


 きっと問題はない。


「すいません、この依頼を受けたいのですが……」


「冒険者の方ですね? この国に来るのは初めてですか?」


「はい。今さっき着いたばかりでして」


「それは長旅ご苦労様です。ここエルヴァラでは、統制のルールさえ守っていただければ、如何なる者であろうと歓迎いたします。しかしルールに反する行為を行った場合、即座にその身柄を拘束させて頂きますので、お気を付けください」


「は、はあ……肝に銘じておきます」


 受付人の説明に、四郎は肝を冷やす。


 確かに、さまざまな種族を受け入れている分、その体制も規則的に厳しく取り締まっていかなければ、どんな問題がおこるか分かったもんじゃない。


 すでに不法入国という、とんでもない罪を犯している四郎だったが、あれはノーカンとする。


 今後、なるべく行動には注意しようと四郎は決意した。


「これがエルヴァラの規則について書かれたしおりです。後で目を通しますようお願いします。それと依頼を受けるのでしたね。プレートの提示をお願いします」


(きた……!)


 四郎は冒険者プレートを渡す。


 受付人がそれを確認し、一瞬だけ眉をひそめる。


 なんだ?

 やっぱりノウムはダメなのか!?


 脳裏に不安がよぎる。

 四郎には祈ることしかできない。


「……」


「…………はい、問題ありません。ランクはE-Eですね。依頼の受諾を確認しました。完了した際は当ギルドで申請の後、報酬が支払われます」


 プレートが通った。


 つまり、四郎がノウムでも、ここで仕事ができると証明されたのだ。


 すべての障害が去って四郎はほっとしていた。


 いや。

 まだ考えることは山ほどある。


 これはまだ入り口なのだ。



 その日の夜。

 とりあえず即席で出来る、素材探しや掃除・力仕事といった冒険者らしからぬ戦闘以外の依頼を手あたり次第こなしていった四郎。


 そして初めて手にしたお金を使い、念願の宿部屋を借りることができた。


 戸籍のプレートには波動情報が載っているので、ノウムが宿に入れるか懸念していたものの、ギルドと同様に、追い出されることなく受け入れられた。


 アストラではこうはいかなかっただろう。


 ノウムが差別され、どこからも門前払いを受けたアストラと違い、この国では「共存」というルールが四郎を護ってくれる。


 すでに四郎はこの国の住民になることを決めていた。


 働きづめでくたくたの身体をベッドに預ける。


 ベッドといっても、少し埃っぽくて堅い。


 だが、アストラの監禁施設や地べたやごみ溜め、荷台の荒床に寝ていたころと比べればかなりの進歩だと思う。


 やっと生活らしい生活ができそうなのだ。

 これほどうれしいことはない。


「僕も、やればできるじゃあ……ないか。この調子でどんどん――……」


 疲れ切っているせいか、目蓋が重く、すぐに深い眠りに落ちていく。


 無為にした1年の時間を取り戻すべく、やっと、彼らと同じスタート地点に立つ。


 これから何が起こるか分からない。

 何が起こってもおかしくはない。

 不思議な縁と未知なる体験の連続だろう。


 ――四郎の生活は始まったばかりだ。



シロウ ヤマダ 19 男

種族:人種

称号:異世界人


波動操量:147

波動質:無

波動術:---

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