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7.北へ



 現在、四郎たちがいるこの大陸には、大きく分けて4つの国がある。


 人界と呼ばれる領土に位置する西の国。

 『アストラ王国』


 魔界と呼ばれる領土に位置する東の国。

 『ダース帝国』


 上記の両領土に接触している南の中立国。

 『ミレディア大源郷』


 両領土とは別に自身の領土を持つ北の独立国。

 『亜人領国エルヴァラ』


 今回の魔人戦争において、アストラとダースがぶつかり、ミレディアは不干渉を貫き、エルヴァラは戦下の飛び火に対する自国の防衛を行っていた。


 結果、魔王の指揮していたダース帝国が破れ、戦争は終結。


 アストラの勝利で、その後勇者の力で魔界を制圧し、人界の領土を広げることとなった。


 今は、ダースもアストラの支配下にある。


 まあぶっちゃけ、四郎からしたらそんなことはどうでもいい。


 問題は移住するにあたり、ダース、ミレディアがノウムにとって居心地の悪い場所であるため、移住の選択肢には入らないということだ。


 移住先にエルヴァラを選んだ理由はそれが一つ。


 もう一つは、エルヴァラが掲げている共通の心構えに興味を持ったからだ。


 この世界には、人間以外にも多くの種族がいる。


 エルヴァラは亜人領国と言うだけあって、雑種族が国の大半を占めている。


 主に迫害を受けている種族や小さな民族、あまり種を残さず長年生き続ける珍種、スラム出身の人間等が集まってできた国だ。


 国を統制しているのはエルフという珍種だが、行く当てのない種族に手を差し伸べ、共存する。


 四郎にとって、どこよりも可能性のある国だった。


 あそこなら、『ノウム』でも差別されずに生きていけるのではないか。


 そんな希望を持てた。


 アストラでの生活が叶わない今、四郎が行くべき場所はそこだけだ。


 そのためにも、どんな手を使ってでも移動手段を確保する。


 それ以外に道はないのだ……。



―――

――



 月明かりの照らす夜。


 今宵、四郎は計画を実行する。


(上手くいくといいんだが……)


 魔人戦争の終結後、丸ごと人界の領土となったダース帝国は、その戦争で荒れに荒れた城内や城下町の復興を、今はアストラ王国が担っている。


 無論、人界の新たな都市として再機能・拡張させるための復興に必要な資材や人材はいくらあっても足りない。


 魔界の領土から調達する資材・人材を含め、不足している分を人界からも供給しなければならないのだ。


 だが、それをダースの王都まで運搬するには、いささか遠すぎる。


 長期間の運行は、賊や魔獣の的だ。


 そこでアストラは、ちょうどダースの中間にある北の国、エルヴァラを経由して運搬を行うことにした。


 エルヴァラが戦時中の自衛に使った補給分を、アストラが立て替えるという条件でエルヴァラを説得し、無事運搬活動を開始する。


 その最初の資材運搬が今日行われる、という話を聞きつけた四郎はすぐに計画を考えた。


 四郎の計画はこうだ。


①資材と一緒に荷台に乗り込む。

②運行中はそこで身を隠す。

③エルヴァラに着いたら荷台から脱出。


 完璧な作戦だ。


 少し安直な計画かとも思ったが、運がいいことに運搬用の荷台は王都の出口に配置されている。


 遠くから観察してみた結果、荷台に兵士たちが資材を積み、その上に大幕を被せ固定し、次の荷台へを繰り返していた。


 それを見て四郎は考える。


 ようはその大幕の中に入ってしまえば、次に大幕を広げるときまで資材を確認されることはないから、四郎が紛れ込んでいることなどバレはしないはず。


 バレなければ正義だ。


 一番の問題はどうやってあの中に潜り込むかだが。


 四郎は一度、別荘への行き来でアストラの王都を出入りしている。


 そのおかげか、エルヴァラへのルートは一度使った道のりから予測がつくので、その近くに身を隠して、荷台が出発しその場所を通ったと同時に、素早く荷台に入り込むのだ。


 荷台の移動中なら、兵士は最前列と最後列の荷台で待機しているだろうし、真夜中なら多少は見えずらいはずだ。


 あとは時の運。


 成功を祈り、四郎は草むらの奥で身を潜め、荷台が来るのをずっと待っていた。


 そして、待ちに待ったその瞬間がやってくる。


 ガタゴトと音を立てて、荷台が四郎の潜む草むらの横道に迫ってきていた。


 四郎の心拍数が高まる。


 今から潜入するというワクワク感に、これがヤバいことと感じながらも引き返すことのできない緊迫感。


 1年前には考えられなかった行動力だ。


 四郎自身、いつもは抑え込んでいるだけで、以外とアグレッシブな性格をしているのかもしれない。


 まあ、そんな冗談はともかく。


 蛇のように長くつながった荷台が草むらを横切ると同時に。


 四郎は駆け出し、荷台に飛び乗った。


 すぐさま、固定されていない部分から大幕の中に入り込み、そのままじっとする。


「……」


 数秒、数分、忍び込んでから結構な時間が経つ。


 外部からの反応はない。


 つまり遠くにいる前列、後列の兵士たちには気付かれていない。


(やった! 成功だ!!)


 成し遂げた謎の達成感が半端なく四郎を満たす。


 こんな気分になったのはかなり久しぶりだった。


(これで移動手段は確保できた! あとはエルヴァラまで気付かれずに身を――)



「――……お前、誰だ?」



 刹那。

 背筋が飛び上がり、間近から聞こえた何者かの声に四郎は叫び声をあげそうになった。


 が、その何者かに口を押さえられる。


「おい馬鹿やめろ、叫んだら何もかもおじゃんになるだろうが」


 耳元で焦ったように小声で呟かれ、四郎もハッと我に返る。


 危なかった。 

 叫んでいたら、兵士にバレるところだった。


「ご、ごめん。驚いてつい」


 反射的に、その何者かに謝ってしまう。


 相手はため息をつき、反応を返してくる。


「まあいいけどよ。次叫んだら殺すからな、マジで」


「ははは……」


 今のが怒りからくるジョークだと信じて、四郎は情けなく笑う。


「……それで、君は本当に何者?」


「それはこっちのセリフだっつの。上手く忍び込んで気分良くくつろいでたら、何かが音立てて入り込んでくるし、声掛けたら叫ぼうとするし」


「だから悪かったって。僕は山田四郎。理由あって、この荷台に忍び込んだんだ。もしかして、君も?」


「ああ。てめえもってことは、皆考えることは一緒だな。あたしらの他にも、何人か潜んでるかもな。荷台いっぱいあるし」


 何者かは、愉快そうに小声で喋る。


 他にも、四郎のように荷台を利用して移動しようと企む輩が大勢いるのか。


「マジかよ……って、”あたしら”?」


 「あたし」という一人称は、男が使うにしては結構違和感がある。


 四郎は、少しその何者かに近づいてみる。


 すぐに目が暗闇に慣れ、目の前にいる人物が男ではないと感じるのに、そもそもただの人間ではないと気づくのに、そう時間はかからなかった。


 暗闇の中で彼女の眼が光る。


「ああ、あたしはテレスタだ。テレスタ・マーリン。まあ偽名だけどな」


 相手の前でそれ言っちゃあかんでしょ……。


 などと思う四郎をよそに、テレスタは小声で会話を続ける。


「それでヤマダだっけ? てめえの目的も移動なのか?」


「ヤマダは妙で、シロウが名前だよ。まあそうだね。エルヴァラまで運賃無料さ」


「へえ。さっき見た感じ、荷台の移動中に乗り込んだんだろ? 見た目はひょろいくせに攻めるじゃねえか」


「まあ、こんなことするのは、これが初めてなんだけどね」


「初めてかよ! ハハッ、気に入ったぜシロウ! あたしが初めて悪をしたときなんか――」


 いつの間にか、会ったばかりのテレスタとの会話で四郎は柄にもなく盛り上がっていた。


 今まで、人と接する温もりというものを忘れてしまっていたせいなのか。


 自然と涙がこぼれた。


 いけない。

 この世界に来てから、結構涙もろくなってる。


「なんだシロウ、泣いてんのか? 女々しいやつだな。男ならシャキッとしてドンと構えろよ!」


 テレスタはかなり夜目が利くらしい。


 しかも男ではないのに、テレスタが男勝りなせいで妙に説得力がある。


 目を拭いて慌てて誤魔化す。


「いや泣いてないよ、埃が目に入ったんだって」


「言い訳とか男らしくねーな。なんか悩みでもあんのか? 時間はたっぷりあるんだ、ほら、お姉さんに話してみ」


 こっちに来てから、今まで心配されたことなんてあっただろうか。


 気付けば四郎は、ぽつりぽつりと今までの経緯をテレスタに話していた。


 知らない場所に連れて来られ、戦争への参加を強要されたこと。

 適性で使えないと判断され、1年以上も監禁されていたこと。

 自分が周りにとって迷惑で、使えない奴だと自覚してしまったこと。

 戦争が終わり、何も出来なかった自分がそのまま捨てられたこと。

 故郷に帰ることもできず、適性のせいで仕事もなく王国から出ていかざる負えなくなったこと。


 「勇者」や「ノウム」といった危うい単語は伏せて、その上でありのまま起こったことを話した。


 こうもあっさり話したくなったのは、自分の心の内を、誰かに知ってほしかったからなのかもしれない。


 驚くことに、先程までうるさかったテレスタは、四郎の話に黙って耳を澄ませていた。


 荷台が揺れる音と、四郎だけが話している時間が続く。


 一部始終を全て話し終わり、四郎が一息ついていると、テレスタは何かを考えこむようにうつむく。


 そして突然、四郎の胸倉を引っ張った。


「うおっ!?」


 思わず声を上げたのもつかの間、何か柔らかいものが四郎の顔を埋めた。


「……あたしからは何もいえねーけど。あたしの妹が泣いてたときは、いつもこうやってた」


 四郎は、テレスタに抱きしめられていた。


 顔に当たる柔らかな感触とは裏腹に、骨折しそうなほど身体を強く握りしめられる。


 待って死ぬ! 死ぬ!

 これ絶対違うから!

 これじゃ妹も死んでるから!


 声を上げられず、テレスタの背中をバンバン叩く。


「なんだ、そんな嬉しいのか? まったく女々しいくせに男なんだな! ほらほらぎゅーっと」


 女性との初めてのハグがこんな形で叶うとは、1年前の四郎には考えられなかっただろう。


 きっとハグで窒息死するのも、この世界で四郎が初めの人間だ。


(ハグで死ねるなら本望かも……な)


 意味不明な思考と一緒に、四郎の意識は彼方へと飛んで行った。




シロウ ヤマダ 19 男

種族:人種

称号:異世界人


波動操量:61

波動質:無

波動術:---

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