表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/13

6.安息を求めて



 とてつもない異臭が鼻を通って脳に痛覚を訴える。


 そんな刺激臭で四郎の頭が強制的に覚醒する。


「……――く、うぁッ!?」


 酷い臭いだ。

 四郎が気が付いて最初の感想だった。


「――こ、こは……!?」


 意味がないと分かっていても鼻を押さえ、周りを確認する。


 空からは眩しい日光が覗いている。

 おそらく時間帯は朝。

 遠くからは町の賑やかな音が聞こえる。


 そして四郎の周りには、捨てられたゴミと動物らしき死体がそこら中に転がっていた。


「うおッ! 臭すぎ!」


 どうにかしてこの場を脱出しようともがくが、この辺りは狭い壁で囲まれていて動きずらい。


 動けば動くほどゴミが四散し、ますます臭いが酷くなる。


 最悪だ……。


 動き回るのを止めて、四郎は仰向けに倒れた。


 ――ここはどこだ?

 ――なんでこんなところにいるんだ?


 もはや疑問しかない。


 確か、最後の記憶では四郎が王に会いに行き、それから――。


「……本当に捨てられたのか」


 あの後、どこかのタイミングで気絶させられてここに捨てられたのだろう。


 状況が分かり、自然と恭志郎たちとの会話も鮮明に思い出す。


『――つまりなにも出来なかったんだろ? お前が脳無しだったから』


 特にこの言葉だけは、強く記憶に残っていた。


 なにもしなかった。

 なにも出来なかった。

 だから捨てられた。


 改めてそう考えると、昨日の感情の爆発が嘘のようだった。

 今は水をかけられて消沈したように、思考が穏やかで冷静だ。


 四郎はどこかで納得してしまっていた。


 この1年、なんの結果も出せなかった。

 結果を出したのは恭志郎たちだ。

 四郎は何もしていない。

 見放されて当然か。


「郷に入っては郷に従え、か……」


 この世界のルールを否定して日本に固執した四郎がいけなかったのだろうか。


 もっと国に貢献する姿勢を見せていれば。

 もっとあのメイドと親睦を深めていれば。

 もっと波動の勉強をしていれば。

 もっと自身の波動に目を向けていれば。


 今よりも違った未来があったのかもしれない。


 もう今となっては過ぎたことだが。


「これから、どうするかな……」


 王や勇者に対する怒りも、日本に帰れない事実も、もうどうでもいいように感じてしまった。


 いや、どうでもよくはないのだが、それよりもだ。


 今後の生活をどうするかだ。


 王国の保護下から外され、これからは自給自足で生きていかなければならない。


 果たして四郎にできるだろうか。


 監禁施設ではあったが、そこには魔獣も賊もいないし、質素だが飯も風呂もあった。

 1年の箱入り生活は、この世界で生計を立てる経験を得なかった四郎に多少なりとも不安を与えた。


「いや。もう出来るかじゃなく、やるしかないんだろうな」


 出来ないから最低限のことしかしなかった、今までと違う。


 手段を選べる立場じゃない。


「……覚悟を決めますか」


 謁見の間にいたカイトという学生を思い出す。


 彼は、あの日手ぶらで城を飛び出したにも関わらず、勇者として生きていた。


 あの様子だと、今はそこそこの生活も出来ているのだろう。


 同じ日本人の彼にできて、四郎にできない道理はない。


 死ぬ気でかんばれば、きっと生きていける。


 強い勇者となった恭志郎たちは言っていた。


 この世界で生きるための道は地獄だったと。


 今から四郎が生きる世界は、魔王との戦争が終わった世界だ。


 恭志郎たちの時と比べれば、きっとイージーモードだ。


「何も出来ないわけじゃない……! なるように、なるさッ!」


 未知への不安を気合で塗りつぶす。


 四郎は自分のやる気を掻き立て、ごみ溜めから重い腰を上げた。



―――

――



 まず始めなければならないのは、戸籍の登録。


 こちらでは、「バクス神の響き」に代わって、水晶が波動情報をプレートに記録する、適性検査からの登録が必要だろう。


 このプレートがなければ、国からの信用がないと判断されて、どこの職にも就くことはできない他、入国すら困難となる。


 かなり大事なものだ。


 監禁中に読んでいた本やメイドから聞き出した知識がさっそく役に立った。


 四郎は召喚された次に日に、一度恭志郎たちと共に適性検査を済ませてある。


 服の中に身に着けて手放すことのなかったそのプレートと日記は、放り出されたときに没収されてはいなかった。


 そのことに一先ずほっとする。


 あとは職を探すことだ。


 基本的に職の登録はギルドを通して行われる。


 そのために四郎は今、巨大なギルドの建物の前にいた。


 このギルドを探すために、四郎は町中を出歩き、周りからは不審者を見るような目でチラチラと視線を集めていた。


 言わずもがな、臭いが原因だ。


 これ以上は衛兵が飛んできそうなほどの雰囲気だったため、さっさと職を見つけて身体を洗わなければ。


 四郎は意を決して、ギルド内に足を踏み入れる。



 おそらく以前と変わっていない。


 木製の広い空間にテーブルなどの広場、壁沿いにある受付カウンターと依頼板。


 そこでガヤガヤを騒ぐ数多の冒険者たち。


 いつ見てもこの光景には、ファンタジー要素を感じる……っと、そんなことを考えている場合ではなかった。


 ガラの悪い冒険者たちに注目されないよう速やかにカウンターへ移動する四郎。


 やはり臭いが原因か、すれ違ったテーブルの冒険者たちが顔をゆがませ、「誰だようんこ漏らしたやつ!?」などと内輪揉めを始める。


 彼らには悪いが、ほんとすいません!


 カウンターに着き、臭いを言及される前に、手短に用件を伝える。


「すいません! 適性検査は済ませてあるので、冒険者登録をお願いします」


「うッ!? で……ではプレートの提示を」


 心優しい受付人は、四郎の臭いに鼻を押さえながらも、きちんと接客を行う。


 プレートを渡し、それに目を向ける受付人。


 一瞬目を見開き、四郎を二度見する。


 この反応の予想はついていた。


 おそらく、波動質が「無」であることに引っかかっているのだろう。


 メイドの話では、ノウムの差別意識は強く、国や地域にもよるが、人として見てもらえない場合もある。


 この国はまだましな方だということに賭けて、四郎は登録に来た。


 四郎の今後はこの受付人の対応に係っているといっても過言ではないのだ。


 続く受付人の反応を待つ四郎。


「…………奇妙な偶然もあるものですね」


「え?」


「いえ、なんでもありません。本来ならノウムの登録など許されない案件ですが、これも何かの縁です。今回だけは特別に登録を行いましょう」


「本当ですか!?」


「ええ。過去に私の管轄で、何度かノウムの登録に関わった経験があります。貴方は運が良いですね」


 受付人の言葉に、四郎は心の中でガッツポーズをとった。


 最悪当たって砕けるつもりだったのが、なんという奇跡!

 これで、ひとまず金を稼ぐことが出来る!


 だが、次に出た受付人の一言に四郎は凍り付く。


「――ですが、アストラ王都内でのノウムの雇用は固く禁止されています。冒険者として依頼の仕事を取るのであれば、国内なら辺境地域、または国外に移住することをおすすめします」


 目の前が真っ白になる。


 つまるところ、この国では雇えないから出ていけ、ということか?


 王都を出るということは、盗賊や魔獣に晒されることを意味する。


 この世界では、国を渡っての移動で多くの行商人たちが奴等の襲撃を受け、死んでいく例も珍しくはないときく。


 今の四郎に、他の町までの移動手段はおろか、自分の身を護る術すらないというのに……。


(……いや、やるしかない)


 忘れかけていたこの国への憎しみが湧くも、決まっていることはどうしようもないだろう。


 ルールを破ってここで仕事をしても、見つかればきっと重い処罰を受ける。


 ノウムを対象にした処罰だ。

 奴隷落ちか死刑だってありえる。


 誰もノウムである四郎に肩入れしてくれる人間などいない。


 国内の辺境地という選択肢もあるが、国の監視下の緩い辺境では、それこそ治安の悪さからノウムの扱いも想像できる。


 この国に、四郎の居場所などないのだ。


 なら、いくしかない。

 他の国に。


「……――登録が完了しました。以後、依頼を受けるときはこの冒険者プレートを提示してください」


「はい。……あの。忠告、ありがとうございます」


 少なくとも、ここに来た価値はあった。


 奇跡的に登録を終えることができ、何も知らない四郎に、ノウムだと分かっていながらも助言をくれたこの受付人には感謝しなければならない。


「……一つ、聞いてもよろしいですか?」


「え? あ、はい」


「……同じノウムであるのなら、『ナオ』という人物に聞き覚えはありませんか?」


「え……いえ、まったく」


「そうですか。変なことを聞いてすみません」


 受付人の唐突な質問に応えてあげることが出来ず、しゅんとなる受付人。


 この世界に来てから四郎は、監禁のせいもあってか、ノウムどころか、外の世界の人間とはほとんど会っていない。


 だが、その「ナオ」という人物のことは覚えておくことにする。


 この国を出るのだから、どこかでか会うかもしれない。


「いえ、こちらこそ。でも、もしその人と会うことがあれば、貴女のことを伝えておきます。もう行きますね」


「ええ、よろしくお願いします。お気をつけて」


 去り際の言葉に、四郎は泣きそうになる。


 この国で唯一、まともに接してくれた人だ。


 周りの冒険者たちが臭いの元に勘づく前に、四郎は急いでギルドを後にする。


 他の国。


 そう言われた段階で、すでに宛は決まっている。


 監禁生活中に本で調べた国で、永住するならここだと決めていた。


 目指すは北の国、エルヴァラだ。



―――

――



「――本当に。こんな偶然もあるのね」


 ギルド内の受付カウンターで、私は去っていく一人の青年の背中を見つめる。


 思わず、その背中を彼と照らし合わせてしまう。


 本当に、あの時とそっくりだ。


 私は、書類に記録した青年の波動情報を見る。


「……あんたの仲間、意外と近くにいるじゃない。一人ぼっちなんてうそ」


 誰に言うでもなく、私はそう独り言ちた。


「……会えるといいわね」




シロウ ヤマダ 19 男

種族:人種

称号:異世界人


波動操量:52

波動質:無

波動術:---

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ