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5.一つの結末



 この1年で日記をつけるようになった。


 練習漬けの日々を送っていたといっても、気力には限界がある。


 たまには別なことをして気分転換をしなければならない。


 書籍を読破し、練習以外にやることのなかった四郎は、この世界の情勢や持ちえない知識を知るためにしつこくメイドを質問攻めにしていた時期がある。


 メイドはだんまりしていたが、構わず永遠と疑問を話し続ける。


 そうするうちに、ある日彼女は1冊の白紙の本を手にやってきて、それを四郎に投げつけた。


 彼女曰く、「これ以上は耳に魔獣が沸く」らしい。


 ともかく、この白紙の本を日記として、四郎は練習とその日々の出来事を記録するようになった。


 そして何か成果があったのかと問われれば。


 何もない……。


 練習に進展のない日々を通して、四郎は思い知らされていた。


 これ以上やっても、無駄なんじゃないかと。


 本当はそう思いたくない。

 だが現実は、こんなにも無慈悲な結果を突き付けてくる。


 気が付けば、日記には練習の成果ではなく、憤りや不安、動揺、その他の感情をぶちまけていた。


 そして今書いているのは、なんで自分がこんなところにいるのか、だ。


「……僕は、何してるんだ」


 半年前のような、練習に対する熱は完全に消えていた。


 心のどこかではもう、期待するのを止めてしまったのかもしれない。


 だが、練習は奇跡的に続いていた。


 (僕は無能じゃない……!)

 (僕だって努力はしてるんだ……!!)


 きっとそれは、四郎の中にある幼稚な感情から維持されているものなのだろう。


 認められたい。

 無能だったとしても、せめて頑張っていることを誰かに見てほしい。


 ふとそれに気付いたとき、四郎は自分に対して、初めての感情を抱いた。


「……なんか、くだらないな。僕って」


 四郎が自分に失望した瞬間だった。


 ペンを捨てて、いつもの練習に入る。


 その日から、日記は止まった。



―――

――



 そして。

 その日は唐突に訪れた。


「――敵の勇者、並びに魔王の討伐が完了したとの報告が来ました」


「――――……え?」


 四郎がいつものように練習をしていると、珍しく部屋まで上がりこんできたメイドがそう告げた。


 一瞬何のことか反応に遅れ、その意味を理解したと同時に、目から涙があふれた。


 魔王が討伐された。

 それはつまり、勇者が役目を全うしたということだ。


 これで大臣たちとの契約が終了し、四郎は晴れて解放される。


 ――家に帰れるのだ。


「まじで……!?」


「勇者様たちへの依頼の完遂にあたり、彼の者たちを招集するよう陛下からの命令です。あなたもその対象に含まれています。すぐに準備を――」


 メイドの声など聞こえてはいなかった。


 帰れる!

 日本に帰れる!

 もうこんなところからはおさらばできる!


 四郎の頭の中はそれでいっぱいだった。


 だからだろうか。


 泣き崩れる四郎を見ているメイドの姿に、その意味に気付くことなど、到底できなかった。



 そうして丸一日を使い、城に帰還することとなった四郎。


 召喚されて過ごしたあの2日以来、かなり久しぶりとなる城内を、少しスキップしたくなる気分で渡り歩く。


 それもそのはず。


 夏休みの宿題が終わった学生のように。

 始めての就職が決まった就活生のように。


 なんの曇りもない爽やかな気分でいられるのは、日本に帰れるという明るい未来。


 その事実があるからだ。


「もうすぐだ。もうすぐで日本に!」


「――着きました。この扉の先が謁見の間です」


 高揚した気分でメイドの後をついていくと、あっという間にその場所についてしまう。


 ここから先は自分で行けという意味だろう。


 メイドは扉の隅でお辞儀をし、四郎が入っていくの待つ。


 四郎はそんな彼女の姿を見つめる。


「……あのさ」


 監視ではあったが、1年を共に過ごし、今までの対応がひどかったこのメイドも、心なしか今日は丁寧で礼儀正しいように見える。


「……なんでしょう?」


 どうせもう会わないんなら、最後くらいお礼を言っておくべきだろう。


「今まで、その……ありがとう」


「礼には及びません。ではお元気で」


 彼女の笑顔を始めてみた気がした。


 満面の笑みに見送られ、四郎は扉を開く。


 そこには、1年前と変わらない豪華な装飾に巨大な召喚陣を描くための広大な空間。


 壁に並び立つ兵士。

 目の前に配置されている騎士。

 そしてこの空間の奥に階段状となって高い位置にある席には、記憶に薄く残っていた王の姿があった。


 前回は王だけだったが、今回は席がいくつかあり、そこに王妃、お姫様などの王族らしき人たちが座っている。


 久々の光景に、四郎は緊張していた。


「――うむ。これで全員かね」


 ”全員”と言われ、四郎は今更ながら、すでにこの空間の中央にいる存在に気付く。 


 白銀の鎧や真紅のローブを纏っている3人組。


 それから、多種多様な装備をした身に覚えのない5人組。


 遠目からでも、その熟練の強さを感じ取れる。


 彼らは一体……。


「――よくぞ、再びこの場に集まってくれた! 勇者たちとその一行よ!! 魔人勇者、そして魔王を討伐してくれたこと、深く感謝する!」


「「「お褒めの言葉を預かり光栄です、陛下」」」


 王の言葉に、3人組が意思疎通しているように発言した。


 その声に、四郎は聞き覚えがあった。


(今の声は、恭志郎たちか!?)


 間違いなかった。


 少しの間だが、かつて四郎が勇者として言葉を交わしたことのある、恭志郎、茜、理沙の3人なのだ。


 よくよく考えれば当たり前のことだった。


 魔王を倒したのが勇者なのだから、この3人以外ありえない。


 それでも、と四郎は戸惑う。


 あの時とは。


(雰囲気が全く違う……)


 勇者として戦っていた過酷な日々。

 それを乗り越えた強靭な覇気を纏う、そんな後ろ姿から、彼らが魔王を倒したと強く物語っている。


 四郎ですら分かる。


 今、目の前にいるのはこの世界の絶対的な強者だ。


 似ても似つかない。

 四郎の記憶の人物と照らし合わせられないほどの変わりようだ。


 驚愕している四郎をよそに、王は話を続ける。


「君達のおかげだ。未来永劫、君達の名は英雄として語り継がれることだろう」


「ま、俺たちはやりたいようにやっただけだがな」


「またまたー。カイトさん照れなくてもいいのに~」


「……相変わらずツンデレ」


「ツンデレじゃねーしだまれ」


「一時はどうなるかと思いもしたが、強大な敵を前に、皆が心を一つにし、其方も我が国に帰ってきた。其方たちの力あっての今だ。いくら感謝してもしきれぬよ」


「成り行きだ、成り行き。気に入らない方をぶん殴った。そんだけのことだ」


「カイトさん! 今のセリフは少し寒かった気が!」


「しー! 察してやれよリリィ。カイトは今最高にドヤってる瞬間なんだ。邪魔してやるな」


「まあ、カイトがナルシスト予備軍なのはいつものことだろ?」


「……カイト、哀れ」


「――お前ら、ちょっと黙ろうか」


 王の話の途中で、今度は5人組の方がやたら騒がしく言い争いを起こす。


 よく見ると、カイトと呼ばれている男にも見覚えがある。


(……あのとき出て行った、眼鏡の学生?)


 記憶は曖昧だが、勇者の説明の時に王の依頼を跳ね除け、自ら城を出て行った男だ。


 あの後、先立つものも無しにどうやって生活し、仲間を集め、今のような強者と成り得たのか、四郎には定かではない。


 だが彼も勇者として、魔王を倒した一員であることは明確だった。


(…………まあ、もう関係ないことか)


 馬鹿みたいに驚いてばかりの四郎だったが、少し冷静になる。


 そうだ、全部関係ないことじゃないか。


 恭志郎たちが変わっていようと、眼鏡男子が帰ってこようと、勇者が強かろうと、王の機嫌が良かろうと、魔王が倒されようと、この世界が平和になろうと。


 全て四郎には関係ない。


 こんな茶番はどうでもいい。

 早く日本に帰りたい。


 それだけが四郎の心を埋め尽くしていた。


「ハッハッハ! まったくもって愉快だな。そんな其方たちと、我が勇者たちがこの世界に与えてくれた恩は計り知れぬ。本来なら褒美を払ったのち、元の世界に還すことになるのだが…勇者達よ、其方達もなにか吾輩に言いたいことがあるのではないか?」


 その言葉は、四郎の耳によく響いた。


 は?

 なんだ今の振りは?

 この人は何を言ってるんだ?


 そんな四郎を置いてきぼりに、恭志郎たち勇者が一歩前に立ち、王にひれ伏した。


「はい、国王陛下! 私達はこの地に降りて、色々な経験を積み、色々な方々と出会い、戦い、学ばされました!」


「そして、私達はここまで強くなることができた。この世界で得た経験が、出会いが。私達を強くしたのです」


「今なら言えます。私達はこの世界が好きです! これからも、王国のため、民のため、そして私達が愛するこの世界のため、私達はここに留まりたく存じます!」


 恭志郎、茜、理沙が誇らしげに声を上げる。


 は?

 ……え?

 いや、何言ってんの君たち?


 まるで理解が追い付かない。

 そう思うと、今度はカイトたち勇者一行が前に出た。


「……ま、なんだ。俺もこっちに来てから大切なものが増えた。居心地もいいし、手放すのもアレだしな。留まる覚悟くらいならしてやる」


「か、カイトさんがデレたぁぁあ!?」


「……かなり希少。もう一度聞きたい」


「おいおい今夜は雪が降るぜ!」


「ハハハハハ! こりゃ宴はまったなしだな!」


 カイトの仲間たちから歓喜の声が飛び交う。


 なんで。分からない。

 意味が分からない。

 なに、この流れ……?


「よいよい、表を上げい。其方達の答えは分かっておった。うむ、ではアストラ王国現王テリオス・ロード・アストラの名に置いてここに宣言する! 我等は勇者達の永住を心から歓迎し、祝福しよう!」


 どっと、この謁見の間にいる人々全てから歓声が湧いた。


 これを待っていたかのように曲が鳴り響き、次々となる拍手の嵐。


 恭志郎たち勇者は手を取り合って喜び、カイトは仲間たちにわっしょいわっしょいされ、お姫様は床に崩れ嬉し涙を流している。


 誰もが感動し、納得し、まさに絵に描いたようなハッピーエンド状態だった。


 たった一人を除いて――……。



―――

――



「は? 帰れない……?」


 謁見が終了し、部屋から追い出された四郎は、国王に直接話をしたいと要求した。


 何を思ってか、すんなりとその要求は通り、四郎は国王の自室に連れて行かれた。


 そこで待っていたのは、国王とそれを護衛するように立つ恭志郎たち勇者だ。


 そして四郎は今、受け入れがたい事実を聞かされていた。


「当たり前であろう。貴様も同席していたのなら分かっているはずだ。我が国の勇者も、あの勇者一行も帰還を望んではおらん。であるならば、召喚陣を発動する理由もない」


 国王の雰囲気は謁見とは一変し、四郎に威圧的な目を向けて話す。


 恐ろしく怖い。

 だが、その言葉に納得できるわけがない。


「そんな!? じゃ、じゃあ僕はどうなるんだ!?」


「知れたこと。貴様との契約は、敵の勇者が滅びるまで貴様自身の存在を保護・隠蔽すること。その契約が終了された今、我が国に貴様のような無能を置いておく理由はない。即刻立ち去れ、『ノウム』よ」


 あまりにも横暴だった。


 身勝手な国王の発言に、四郎は頭に血が昇る。


「……人を勝手に拉致して、殺し合いを強要して、それで使えないと分かったら捨てるのか?」


「ノウムが戯言を喚きおるわ。話はそれだけか? おい、こやつをつまみだせ」


「ふざけるな!! まだ話は終わって――ッ」


 王に掴みかかろうとした四郎の首に、細く冷たいものが当たった。


 白銀の刀身。

 触れているだけで血が流れるほど、切れ味がいい。


 少し剣を引くだけで、四郎の首を簡単に飛ばしてしまうだろう。


「これ以上陛下に近づくのなら、お前を反逆罪で始末する」


 恭志郎の声とは思えないほど、低く、殺気だっていた。


 後ろで控えている茜や理沙は止めようともしない。


 その威圧に押され、四郎は思わず後ろに引いてしまう。


 まるで別人だ。

 あれは本気で殺す気だった。


 これ以上は命にかかわると感じた。

 だが、やはり納得などできない。


 四郎は、剣を向けたまま顔色を変えない恭志郎に声を荒げる。


「おい恭志郎! 日本に帰れないんだぞ! 正気かよ!? 僕は使い物にならないからって監禁までされてたんだ! それで終わったら捨てる!? 冗談じゃない、これは犯罪だろ! 違うんなら責任もって日本に帰すべきだってお前からも――」 


「なあ、四郎。お前さ……」


 不意に、四郎の声をかき消すように、恭志郎が呟いた。


「なんだよ……?」


「この1年。なんかしてきたか?」


「なにかって……だから監禁されてて」



「つまりなにも出来なかったんだろ? お前が脳無しだったから」



 その言葉が、恭志郎から出たものだと分かるのに数秒かかった。


 それでもなお四郎は言葉を疑った。


 恭志郎を見る。

 その眼には、威圧や殺気とは違う、怒りの色が浮かんでいた。


「四郎。ここは日本じゃない。向こうのルールなんかこっちではなんの意味もない。賊は群れてるし、奴隷はいるし、人はどこでも死んでる。戦争中、安全な場所で箱入りの生活してたお前には理解できないだろうがな」


 四郎が何も言えずに固まっていると、茜と理沙が言葉を続ける。


「あたしたちは、あんたと違ってこの世界をいっぱい見てきた。戦争で何度も死にかけて、餓死しそうになって、傷を負って、犯されかけて、地獄を見てきた。のうのうと暮らしてたあんたに分かるの? あたしたちが受けてきた敵の血と、仲間の死体と、絶望的に死と向き合う毎日の酷さを」


「それを乗り越える精神は戦いの中、この世界を生きる中で自ら身に着けたものです。貴方はそれすらもしてこなかったんでしょう? 波動はその人の精神を写すものです。案外、貴方に能力がないのもその不毛な精神性の現れなのかもしれませんね」


 2人が四郎に向ける批難の声が耳に入っている。

 振り払いたくてもその言葉が強く頭を駆け巡る。


(僕がおかしいって言いたいのか!?)


「俺たちは努力して、今の結果を掴んだんだ。1年もの時間を無為にして、何もしてこなかったお前に、国がなにかしてくれるわけないだろ? 身勝手なのはお前だって気づけよ」


 彼らの好き勝手な言葉に、四郎は再び逆上する。

 もはや冷静な思考を保つなど不可能だった。


「……お前らには、勇者の力が! 最初から強力な力があったじゃないか!! でも、僕は巻き込まれただけで、能力は何も!!それでどうしろってんだよ!?」


 涙が止まらない。

 四郎は情けなく泣きじゃくり、突き立てられている剣の刀身を血がにじむほど握りしめ、それでも3人の勇者を睨むことを止めない。


 次第に、茜と理沙は深いため息をついて、部屋の扉を開け、ずっと黙っていた国王は「もうよい」と一言吐き捨てる。


 それを最後に。

 恭志郎が憐れむように四郎を見た。


「――それは残念だったな。だがそれは自己責任だ。能力のなかった自分自身を恨めよ『ノウム』」


「――ッ!?」


 ガンッと後頭部を強く打撃される。


 そこで四郎の意識が完全に途絶えた。



―――

――



 その日は、国中で盛大に宴が行われた。


 魔王が滅びたとこと、勇者の永住。


 平和が約束されたことを祝い、世界が人々の声で活気づいた。


 そんな誰もがめでたいと感じ、最高の日と称して疑わない中。



 一人の青年が、人知れず薄暗いごみ溜めの中に捨てられた。




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