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4.不毛の末に



 書籍にはこう綴られている。


 『波動』とは、バクス神がこの世界を生きる生命にもたらした恩恵であり、世界に干渉できる力である。


 その恩恵を確認する術を、神の絶対的な神託のように感じることからこう呼ばれている。


 『バクス神の響き』


 恩恵を頂いた存在のみが見ることのできる神の業だ。


 「響き」には、その存在が持つ波動の詳細が記され、本人はいつでもその情報を確認することが出来る。


 出来る……らしい。


「ふんぬううううううう!!」


 意識を集中させ、神の慈悲を乞うようなポーズで、四郎は何もない宙に心で訴えかける。


(どうか!どうかこの愚鈍なわたくしめに神の響きを!)


 2時間ごとに、このような状態を続けている四郎。


 だが無慈悲なことに、神の声も、ましてや『バクス神の響き』らしきものも見えた様子はない。


 見えるのは、目蓋の裏にある漆黒の闇。

 そして冷めた目でそれを眺めるメイド件監視員の女の人だけだ。


「――む、無理だ! 今日はもう無理!」


 とうとう根気を使い尽くし、その場に倒れる四郎。


 この半年の間、悔しくて波動に関する書籍を読み漁り、あらゆる手を使い、波動に干渉しようと四郎は躍起になった。


 四郎は常に監視されており、外出はもちろんのこと、自由に行動することもできない。

 ただ本を読むだけなら問題ないため、図書から波動教本をかき集め、この半年で波動に関する理解を少しは深めることが出来た。


 だがその反面。


 教本の序盤に登場する『バクス神の響き』でずっとつまずいていた。


 「響き」を見るには、自身の波動に意識を集中する。


 ただそれだけ。


 あまりにも抽象的なのは、それが彼らにとって身体を動かすくらい単純なことだからなのだろう。


 だが半年の時間を費やしてもなお、四郎はそのスタート地点に立つことすらできずにいた。


「何でダメなんだ……」


「――それは、あなたが『ノウム』だからですよ」


 不意に、眺めていたメイドが呟く。


 四郎が目を合わせようとすると、メイドはさも嫌そうに目をそらし、いつものように語り始める。


「何度も言っていますが、『ノウム』には波動は扱えません。あなたにはその資格すらないのです。『ノウム』がバクス神様に干渉するなど、なんとおこがましいことか」


 メイドは冷めた目で、四郎を睨む。


 この別荘に来てから、監視役として一人のメイドが配属された。

 この人の四郎に対する対応は、会った当時からまったく変わっていない。


 卑下するようなその目。

 大臣たちが四郎に向けていた目とよく似ている。


「……まだ諦めるつもりはないです」


「諦める? ハッ! それ以前の問題ですね。それが分からない限り、こうしている時間そのものが無駄でしょう。あなたに一つ、いいことを教えてあげますよ『ノウム』」


 そう言ってメイドは、四郎を指さす。


 『――ライトニング』


 何が起きたのかは理解できない。

 ただ、メイドが単語を呟き、その指が光り、気が付けば四郎は腰を抜かしていた。


 ある程度の距離にいたはずのメイドが、突然目の前に出現したのだ。 


 未だ度肝を抜かしている四郎に、メイドがほくそ笑む。


「何をされたか分からないといった反応ですね。それもそのはず。『ノウム』には、人の業は理解できないのですよ」


 優越的に語る彼女の眼には、地べたから見上げる冴えない男の不甲斐ない姿が映っていた。



―――

――



 「響き」で見ることのできる波動情報は3つある。


 『波動操量』…個人が一度に波動を操作できる量。

 『波動質』…個人が持つ波動の適性。

 『波動術』…個人が身に着けている波動の業。


 それぞれのもつ波動の適性には5種類あり、一人につき必ず1種類は適性があるのが一般的である。


 そして人は、その適性に沿った波動術を行使することができる。


 火の適性 「赤」。

 水の適性 「青」。

 自然の適性「緑」。

 光の適性 「黄」。

 空間の適性「黒」。


 現在確認されているのはこの王道の5種類であり、これを『波動質』と呼んでいる。


 これを操作するために必要な値が『波動操量』だ。


 波動操量の基礎値は500で、それよりも多ければ人並み以上の波動術を行使できると言われている。



 ――だが、中には例外がある。


 稀に生まれてくる、波動操量の基礎値が1/10以下であり、どの適性にも当てはまらない「無」の波動質を持つ存在。


 一般的な子供でも見れる「響き」すらも、自分の力では見れない異質な存在。


 それらは『ノウム』と呼ばれている。


 四郎もその一人だ。


 そしてノウムの最大の特徴は、波動操量を持ちながらも波動操作を何一つ行えないことだ。

 故に、波動術も扱えない。


 波動が神聖視されているこの世界で、波動を使えないノウムは恐ろしく忌み嫌われている。


 大臣たちやメイドの目を見ても分かるように、四郎は招かれざる客なのだ。


 それでも、自分がこの世界で無能だとは認めたくなくて、その気持ちだけで正しいのかどうかも分からない練習をずっと続けていた。


 意識を集中し、自身の波動を操作するが、操作という感覚がいまいち分からず、それを確認する術もない。


 ただ、波動を操作し続けると、波動操量が増えていくらしい。


 「響き」の波動情報さえ見れれば、自身が波動操作出来ているのか分かる。


 だから四郎は、「響き」を見るための練習を続ける。


 それが無駄ではないと信じて。

 何日も、何日も。



―――

――



 施設で生活している間、外の情報はメイドに聞かなければ知ることが出来ない。


 このメイドは聞いてもあまり詳しいことは教えてくれないが、勇者のことになると、とても饒舌になる。


「――最近の勇者様たちは、修行の成果もあって皆どんどんお強くなられています。盗賊や魔獣の多くをいとも容易く処理していく様は、かつての勇者様に匹敵する成長度合いです。その才覚で王国に貢献する姿をみた民衆からも絶大な支持を得ています。現在は、魔界の境界を広げている魔王の手下を討伐している最中でしょうか。この早さなら、魔王勇者は元より、すぐに魔王本体の討伐も可能な領域に達するでしょう。彼らにはその才能があります。貴方と違ってね」


「さいですか……」


 恭志郎たちは、はやい速度で活躍しているらしい。


 魔界の境界となると、今の戦争の最前線に位置される場所だ。


 そこで死闘を繰り広げている。


 対して四郎は、この狭い部屋で隔離され、無意味な時間を過ごして――。


「いや、無意味じゃない。練習しなきゃ……」


 再び目を瞑って意識を集中する。


 遠くからメイドのため息が聞こえてくるが無視。


 たった10ではあったが、波動操量はちゃんと存在するんだ。

 操作していればいつかは絶対……。


 そうしていつもの作業に戻る。


 諦めずに何日も、何日も。

 それしか、今の四郎に出来ることはなかった。


 飽きもせず日々を練習に費やし続け。



 ――そして何も起こることがないまま、1年が経った。




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