3.不適合者
この世界の人間は皆、『波動』という能力を、生まれながらにして持っている。
それはバクス神――こちらで信仰されている唯一神の恩恵であり、『波動』を持つことは、知恵を持つ生物として認められた証なのだ。
だが例外として『波動』を持たない生物もいる。
食用の動物や微小生物などだ。
そういったものはどういう立ち位置にあるのか?
答えは簡単。
人間以下だ。
―――
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城に戻ってきた四郎たちは、それぞれ再び個室で待機するよう兵士に命じられていた。
今回の適性検査について上に報告するらしいが、あの深刻な顔つきは、このあと悠長に朝食を、という雰囲気ではなかった。
原因は間違いなく四郎にあるだろう。
あの検査結果は、どうやら非常によろしくないものだったようだ。
恭志郎たちが「3000」だの「赤黄緑」だの、俗に言う高ステータスらしき値に対して、四郎は「10」や「無」。
そして最大の決め手は、称号という欄。
3人は「勇者」。
だが四郎は「異世界人」。
さすがの四郎でも分かる。
「なんで僕だけが……」
大臣が言っていた「今回の勇者は多すぎではないか?」という言葉を思い出す。
おそらく四郎は望まれて召喚された存在ではないのだ。
巻き込まれた部類か、あるいは召喚に割り込んでしまった部外者。
悪く言えば侵入者とも言える。
「というか、勇者じゃないとしたら僕はどうなるんだ?」
国王はこうも言っていた。
召喚はたった一人を還すために、おいそれと発動してやれるような軽い代物ではない、と。
すぐに日本に帰してもらえるわけではないのだ。
その場合、四郎はこちらでは勇者としての立場ではない移住者として生活することになるのだろうか。
どれくらいの期間?
そもそも勇者ではないのにこの城で養ってもらえるのか?
不安が消えないせいか、四郎の疑問は尽きない。
その時、部屋がノックされる音がした。
ドアが開かれ、入ってきたのは例の兵士だった。
「ヤマダシロウ殿。至急、集会室まで来るよう上からのお達しが来ている」
「あの、僕はこれから一体……」
「先程の報告の後、君の“処遇”が決まった。ついてこい」
兵士はそれだけ言うと、四郎を集会室まで連れて行く。
『処遇』とは一体何か。
少なくとも、日本に帰してもらえるなどという甘い考えは捨てておいた方がよさそうだ。
部屋の前まで着いた四郎は、兵士に促され、扉をゆっくりと開ける。
そこで待っていたのは、円卓に座る複数人の老人。
国王に大臣と呼ばれていた者や、勇者召喚を行ったと思われる神官も数名いた。
そして円卓の中央には一人分の椅子。
四郎の席だ。
「そこに着きたまえ」
言われるがまま、四郎は一人椅子に座る。
しんとした空気の中、全方位から老人に眺められるこの様子は、さながら圧迫面接か死刑執行を待つ罪人のようだ。
周りが四郎を見てブツブツ呟き何かをメモしている中、ようやく目の前の老人達が話を切り出した。
「検査の報告を受け、まさかとは思ったが……」
「不適合者を引き当ててしまうなど、なんたる失態!」
「この情報が王都全土か、あるいは彼の帝国にでも流れれば、国中の信用を失いかねん」
「しかし勇者召喚は既に大々的に公表してしまっている」
「君という不名誉な存在が明るみに出ることで付きまとう問題に対し、我々は早急に対策をせねばならない」
「君の能力では勇者を名乗る資格足り得ないのだ。現状、我々王国は君の存在を隠さなければならない」
「しかしこちらが召喚してしまった手前、君を荒事で処置しては現在の勇者達と我が国の関係にひびが入ってしまう。火種の可能性は避けるべきだ」
「――そこで君には、一つ提案を用意した」
「提案、ですか?」
矢継ぎ早に語る老人達の代表であろう大臣が四郎の目の前で1本の指を立て、こう言い放った。
「この国の辺境に、今は使われていない別荘地がある。君はそこで隠居したまえ」
「……へ?」
―――
――
―
ふと、目が覚めると知らない天井だった。
だがよく見ると、この天井の模様には身に覚えがある。
もちろん、山田家の天井でも、ましてや王城のものでもない。
「……また、あの夢か」
あの日のことを何度も夢に見る。
それだけ強く記憶に残っていることなんだろう。
――四郎は一ヶ月前、王城を追い出された。
アストラ王国の辺境、生い茂る森の奥にポツンと建っている小さな別荘。
今はそこで隠居生活を送っていた。
「聞こえはいいけど、ようは厄介払い。何もできないほど苦しいことはないよ」
あの日、別荘に移される代わりにいくつかの制約を加えられた。
1、別荘地を越える外出の禁止
2、現地民との接触の禁止
3、使用人兼監視の命令に遵守すること
4、期間は敵の勇者を処理するまでの間
この制約が破られた場合、四郎の身の安全は保障できないとまで言われた。
さすがに文句の一つは言ってやりたかった。
だが、これを断った場合に、彼らが取る行動が薄々予想できてしまったため、従うしかないと四郎は判断した。
もとより断る余裕も、他に行くあてもない。
四郎に選択肢など用意されていないのだ。
そして了承するやいなや、恭志郎たちに声をかけることもできずに、四郎はすぐに別荘地に移動することになった。
それからの一月。
彼らは勇者として上手くやっているだろうか。
恭志郎たちが敵の勇者を倒すまでどのくらいかかるか分からないが、それさえ済ませられれば四郎はきっと日本に帰れるのだろう。
それまではここで耐えるしかない。
「なんか、悔しいな……」
力のない四郎には、ただ待つことしかできない。
そんな自分に、少しだけ嫌気がさした。