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オタクドラゴン電光石火  作者: 古川ムウ
7/10

〈第七章:奴らに深き眠りを〉

 浅尾が出掛けた先は、ロッサナだった。

 だが、マニアックなビデオを借りる目的で訪れたわけではない。

 彼はズボンのポケットに手を突っ込み、そこに入れた指輪の箱を確認する。

 それから、おもむろに店のドアを開けた。


 レジカウンターに目をやると、前回と同じく定庭がいた。

 定庭は浅尾の顔を見てギョッとした表情になったが、すぐに手元へと視線を落とした。

 浅尾は、顔を伏せた定庭の視線が、一瞬だけカウンター奥にある扉へ向けられたのを見逃さなかった。

 扉の向こうは、たぶん事務室か何かになっているのだろうと浅尾は推察した。


 店内を見回した浅尾は、他に客がいないのを確認した。

 それから彼は、真っ直ぐレジカウンターへ向かった。


 「やあ店長さん、この前はどうも」

 軽い調子で話し掛けると、定庭は無言で顔を上げた。

 浅尾は言葉を続ける。

 「あの時は、連れの青年が失礼なことを言ってすみませんでしたね」

 「いや、別に」

 ぶっきらぼうに、定庭が言う。


 「ところで、ちょっと見てほしい物があるんですよ」

 「見てほしい物?」

 「ええ、これなんですけどね」

 そう言って浅尾はポケットから箱を取り出し、蓋を開けた。

 「あなたなら、何か分かりますよね」

 「そ、それは……」

 ダイヤの指輪を目にして、定庭の顔色が瞬時に変わった。

 その激しい動揺は、浅尾の推理を裏付けるに値するものだった。


 「なるほど、やはり分かりましたか」

 「な、何のことだ」

 定庭は平静を装ったが、その目が明らかに泳いでいる。

 「今さら芝居をしても無駄ですよ。こちらは全てお見通しです」

 「何を言っているんだ。俺は何も知らんぞ。こんな物、俺は関係無い」

 半ばキレ気味に言って、定庭はパッと顔を背けた。

 「へえ、そうですか」


 「だ、だけどお前、そんな物、どこで手に入れたんだ」

 すぐに定庭は視線を戻し、尋ねてきた。

 「関係が無いにしては、興味があるんですね」

 「そ、それはだな」

 アタフタした態度になりながら、定庭は言葉を探した。

 「まあ、いいでしょう」

 助け舟を出すような形で、浅尾が言う。


 「僕の質問に答えてくれたら、あなたの疑問にも答えますよ」 

 「質問?」

 「この指輪、本来の持ち主は、いったい誰なんですか」

 「何だと?」

 「質問が聞こえなかったのなら、もう一度、繰り返しますよ。でも、そうではないですよね、たぶん。僕の質問、ちゃんと聞こえましたよね」

 「持ち主なんて、知らん」

 「そうですか。じゃあ仕方が無いですね」

 浅尾は淡々と告げ、指輪を箱に戻した。

 「あ、いや、それは」

 物欲しそうな目で、定庭は箱を追った。


 「それなら、もう用事は無いので帰ります。失礼しました」

 浅尾は定庭に背を向け、振り返らずに言葉を付け加えた。

 「ああ、それと奥の部屋にいる人にも、よろしくお伝えください」

 「むっ!」

 一瞬にして、定庭の顔が引きつった。


 浅尾は箱をポケットに入れ、店を出ようとした。

 その時、背後でレジカウンター奥の扉が開く音がした。

 続いて、定庭とは別の声が響いてきた。

 「おい、待て」

 その声に、浅尾はゆっくりと振り向いた。

 事務室にいた三人の男達が、姿を現していた。

 全員がスーツ姿で、一人は小柄、一人は肥満体、一人は中肉中背で目が吊り上がった男だ。

 三人は厳しい顔付きで、レジカウンターから外へ出てきた。


 「うーむ、三人もいるとは、ちょっと予想外だったな」

 浅尾は頭をかきながら、つぶやいた。

 奥の部屋に定庭の仲間が潜んでいるのは予想していたが、その人数までは分からなかったのだ。


 「そのダイヤを持っているからには、帰らせるわけにはいかないな」

 目の吊り上がった男が、刺々しい声で言った。

 「もう僕は何の用事も無いんですけどね、奇矢納興業の皆さん」

 浅尾はすまし顔で言葉を返した。

 「何だと」

 三人が一瞬、たじろいだ。

 「俺達が何者なのか、知っているのか」

 「初対面ですけど、それぐらいは分かりますよ。いかにも悪そうな顔付きだ」

 「言うじゃないか。だったら、ますます帰ってもらうわけにはいかないな」

 吊り目の男が、腕組みをする。


 「何となく予想は出来ますが、一応は聞きましょう。そちらの用事は何ですか」

 「ダイヤを渡せ」

 「ああ、やはりね」

 浅尾は、うなずいた。

 「分かっていたのか。それなら話が早い。渡してもらおう」

 「いえいえ、そちらの要求は予想通りでしたが、承諾はしかねますね」

 「こいつ、なめた口を」

 小柄な男がいきり立ったが、吊り目の男が右手で抑えた。

 どうやら、三人の中では、吊り目男がリーダー格のようだ。

 「つまり、我々にダイヤを渡す気が無いってことか」

 「あなた達が持ち主なら、喜んでお渡ししますよ。でも、違いますよね。この指輪は、宝石店“ガイガン”から盗まれたものだ」

 「そこまで知っているのか」

 「当たりでしたか。それは良かった。僕の勘も捨てたものじゃない」

 浅尾は微笑した。


 「てめえ、ふざけやがって」

 今度は肥満体が怒鳴った。

 「こうなると、ただダイヤを渡してもらうだけでは済みそうにないな。お前は色々と知りすぎた」

 「邪魔者は始末する気ですか」

 「なるほど、勘はいいらしい」

 「どうせ素直にダイヤを渡していても、殺すつもりだったでしょうに」

 「勘は素晴らしいが、こっちの方はどうだろうな」

 吊り目の男は、右拳を左手で包み込み、ポキポキと音を鳴らした。

 「分かりやすい挑発だこと」

 浅尾が肩をすくめる。

 「僕は一応、平和主義者なんですけどね。しかし今逃げても、どうせ後で戦わなきゃいけなくなるんでしょうね」

 「戦うも何も、すぐに眠らせてやるぜ。それも永遠にな」

 そう言って、吊り目の男は胸ポケットからカイザーナックルを取り出し、右手に装着した。

 その後ろで、小柄な男と肥満体がいずれも懐から匕首を取り出した。


 「こちらは一人、そちらは三人なのに、さらに武器まで使いますか」

 「卑怯とでも言いたいのか。言いたけりゃ、あの世で言いな」

 「いいえ、そんなことは言いませんよ。ただ、これはポール・バーホーベン監督の映画じゃないんでね」

 「どういう意味だ?」

 「悪党は最後までのさばることなく、ちゃんと退治されるってことです」

 浅尾は悠然と言った。


 「ふざけたことを。兄貴、こいつは俺がやるぜ」

 小柄男が匕首を構えた。

 「出来れば勘弁してもらいたいんですけどね」

 そう言いながら、浅尾はビデオ棚の方へ後退するという行動を取った。

 「いきなり逃げ腰かよ」

 「どう考えてもらっても結構」

 浅尾は、ガラス窓に面した列に入った。

 「食らえっ!」

 小柄な男が走ってきて、匕首を持った右腕を突き出した。

 「食らわないっ」

 浅尾は棚からビデオを一本抜き取り、それで相手の右腕を外に受け流した。

 ビデオケースの中身が、カタカタと小さく鳴る。

 浅尾は手にしたビデオにチラッと目をやり、それが『ダークマン』だと気付いた。

 「おっと、これはマズい」

 浅尾がつぶやく。


 「すみません、ちょっと問題があるので、待ってもらえますか。ビデオを別の物と交換したいんですけど」

 「ふざけんなよ、このっ」

 男が再び匕首で突いて来た。

 「ふざけてませんよ」

 浅尾はビデオで内に受け流し、そのままガラス窓に相手の腕を押し当てた。

 「いててっ」

 男は右手を引き、打った箇所を左手で押さえた。

 その隙にすかさず、浅尾は『ダークマン』を棚に戻し、『ダークマン2』と『ダークマン3』を抜き出した。

 「さあ、二作目と三作目なら、損傷してもそれほど心が痛まない」

 浅尾は、ビデオを両手に一本ずつ持った。


 「どけっ、俺がやってやる」

 肥満男が小柄男を押し退け、前に出た。

 キエエッと甲高い声を発して、肥満男は左手に持った匕首を突いて来た。

 「へえ、体型の割に機敏だ」

 浅尾は体を右にかわしつつ、左手のビデオでドスを下に受け流す。

 同時に、右手のビデオで相手の手首を横から叩き付けた。

 バシッと良い音がする。

 「いてっ」

 肥満男が顔を歪めた。

 「その顔、ちょっとだけ『ダークマン』の悪役のラリー・ドレイクに似てるな」

 浅尾は真顔で言った。


 「黙れ!」

 肥満男は匕首を逆手に持ち替え、大上段に振り下ろした。

 いや、振り下ろそうとしたが、その動きは完了しなかった。

 浅尾は素早く一歩踏み込み、左手のビデオで相手の腕を跳ね上げ、右手のビデオを肥満男の顔面に思い切り押し当てた。

 「ふぎゃっ」

 潰れた蛙のような声を上げ、肥満男がタタタと後ろへ下がる。


 「おい、今度は二人で同時にやるぞ」

 小柄男が肩をいからせ、肥満男に話し掛けた。

 「行くぞ」

 「よしっ」

 だが、その作戦は実行されなかった。

 二人が同時に襲い掛かるには、列の幅が狭すぎたのである。

 同時に踏み出そうとして、小柄男と肥満男はそのことに気付いた。


 「なるほど、そこなら一人ずつしか攻撃できないと考えて、移動したのか」

 吊り目男が、二人の後ろから言った。

 「ご想像にお任せしましょう」

 浅尾は答えた。

 「だが、残念ながら、それは浅知恵だな。おい、隣の列から反対側へ回り込め。挟み撃ちにするぞ」

 吊り目男は、小柄男と肥満男に指示を出した。

 「その手があったか。うーむ、そこまでは考えてなかったな」

 とぼけた顔で、浅尾が言う。


 「馬鹿め、絶対に殺してやるからな」

 小柄男と肥満男は、隣の列へと走り込んだ。

 同時に、吊り目男が動いた。

 「はあっ!」

 掛け声を発し、吊り目男が浅尾を襲う。

 浅尾は、二本のビデオを吊り目男に投げ付けた。

 「こんな物っ」

 吊り目男は両手で荒々しく叩き落とす。

 その間に浅尾は素早く後ずさり、列の一番奥まで移動した。

 すなわち、奥の壁とガラス壁が交わる角の部分を、背負うような状態になったわけだ。


 小柄男と肥満男は、隣の列を通って奥の通路へ行き、浅尾の左サイドへ回り込む形になった。

 だが、彼らはいきなり浅尾に襲い掛からず、リーダーの指示を待った。

 吊り目男は余裕の笑みを浮かべ、ゆっくりと浅尾に近付いた。

 「ふっ、わざわざ自分から追い詰められるとはな。作戦が失敗に終わって、どうにもならなくなったか」

 「そりゃあ、そっちが言う通り、僕は馬鹿だからね」

 浅尾は、落ち着き払って言った。


 左側に二人の敵、正面にも敵、そして右と後ろは壁に囲まれているのだ。

 追い詰められていると考えるのが、普通だろう。

 ただし、浅尾は普通ではない。

 そして実際、彼は追い詰められたわけでもない。


 「お前ら、行けっ」

 吊り目男は指示を出し、自らも右ストレートを浅尾の顔面へと放った。

 すぐさま浅尾の左から、小柄男が匕首を腹へと突き出してきた。

 「甘いね」

 浅尾は頭を低くして吊り目男のパンチをかわした。

 同時に、小柄男の突き出した腕を自分の手前に左の掌底で捌いた。

 そして左に一歩踏み込み、右の貫手で小柄男の喉を鋭く突いた。


 「ぎひっ!」

 小柄男は喉を押さえながら、弾けるように後ろへ下がった。

 息つく暇も無く、吊り目男が右フックを放ってきた。

 それに続いて、肥満男が匕首を中段に突いて来た。

 浅尾は体を反らし、左の手刀で吊り目のパンチを内に捌いた。

 そして右手で、肥満男の手首を掴んだ。

 そのまま彼は肥満男の腕を引き込みながら、左に大きく踏み出す。

 そして左の手刀を水平に構え、首筋へ強く打ち込んだ。


 「きゅっ!」

 妙な裏声を発し、肥満男は床にうつ伏せとなって卒倒した。

 浅尾が相手では、厚い脂肪も鎧としては不充分だったようだ。


 「くそっ」

 吊り目男は舌打ちし、左ジャブと右ストレートを連続して打ってきた。

 シュッシュッと、男が短く息を切る。

 浅尾は左へ体重移動してジャブをかわし、一歩踏み込んで右肘でストレートパンチを外に捌いた。

 そして、その捌いた肘を軸にして、右の裏拳を吊り目男のこめかみに決めた。


 パシンッ。

 小気味良い音が店内に響く。

 「うぐっ」

 吊り目男は脳髄を激しく刺激され、体を揺らす。

 両膝がカクッと折れ、彼は気絶した。


 「テエッッッ!」

 小柄男が奇声を上げ、倒れた肥満男の背中を踏み付けて、浅尾の左サイドから勢い良く飛び込んで来た。

 そして、匕首を顔面に突き刺そうと伸ばしてきた。

 浅尾は、跳躍してきた小柄男の突きを、左の裏拳で上に受け流した。

 そして、がら空きの右胸部に縦拳を突き上げた。

 確かな手応え。


 「ぐわっ」

 小柄男の体が大きくのけぞる。

 目を大きく見開き、充血を示す。

 「むうっっっ……」

 男の口から、だらしなく涎が垂れ落ちた。

 そして彼は気を失い、バッタリと崩れ落ちた。


 「馬鹿でも意外にやれるもんだね」

 三人を退治し、浅尾は飄々と独り言を口にした。

 それから彼は吊り目男の体をまたぎ、レジカウンターへ向かった。

 そこには、青ざめた顔をしている定庭の姿があった。


 「さて、どうする、店長さん」

 「そ、そんなはずが。あの三人を相手にして、あっさりとやっつけるなんて」

 定庭は狼狽する。

 「四人目になるかどうかは、そちら次第だよ」

 「く、くそおおっ」

 定庭はヤケになったかのように、声を張り上げた。

 「やる気かな?」

 だが、定庭は戦おうとしたのではなかった。

 彼は浅尾の横をすり抜け、店外へ逃げ出そうとした。

 もちろん、そんなことをを浅尾が許すはずもない。


 「逃げちゃいけないね」

 浅尾は右足を定庭の方へ大きく踏み出し、相手の足を引っ掛けた。

 同時に浅尾は、定庭の右腕を自分の右腕で巻き込むようにしつつ、相手の手首を自分の左手で下から掴んだ。

 そして定庭の走る勢いを利用し、引っ掛けた足を大きく刈った。

 「うおっ」

 定庭の体は、前方へとつんのめる。

 浅尾は掴んだ手を離さず、自分も体を右へ捻りながら倒れ込んだ。


 ドスンッ。

 両者の体が床を鳴らす。

 だが、二つの音は意味がまるで違う。

 一方は受け身を取った音、もう一方はダメージを受けた音だ。

 「ぐっ」

 胸を床に圧迫され、定庭が小さくうめく。


 浅尾は間髪入れず、うつ伏せで倒れた定庭の右腕を逆関節に絞り上げた。

 「いたたたたっ!」

 定庭の顔が苦痛に歪んだ。

 「このまま力を加えれば、確実に腕が折れるぞ。外してほしかったら、僕の質問に答えるんだな」

 「知らん、俺は何も知らんぞ」

 定庭は意地を張った。


 「ほう、何も知らないというのか」

 「知っていても、お前に喋ることなんて何も無い」

 「そうかな」

 浅尾は両手に力を込め、さらに強く定庭の右腕を捻り上げた。

 「ぐおっ、わ、分かった、何でも喋る」

 定庭の意地は、あっけなく崩れた。


 「よし。では最初に、この店について聞くとしよう。ここは奇矢納興業の店だな」

 「あ、ああ。皆浜社長が実質的なオーナーだ。だが、俺は組織の正式な構成員じゃないんだ。彼らに脅されて、仕方なく店長をやってるだけだ」

 「今さら無駄な逃げ口上はやめろ。まあいい、では次に、先程見せたダイヤの指輪についてだ。あれは、この前の宝石窃盗事件で盗まれたものだな」

 「そ、そうだ」

 「盗んだのは、奇矢納興業の連中だな。そして、その盗品は全て、ロッサナに置かれていた」

 「ああ」

 「なぜ、この店に保管していたんだ」

 「事務所に持ち帰るつもりだったが、ちょっとドジをやらかして、警察のマークが厳しくなったと社長が感じたんだ」

 定庭は、自分がドジをやらかしたことは言わなかった。


 「それで、ほとぼりが冷めるまで、しばらくロッサナで隠しておくことになった」

 「なるほどな」

 「しかし今朝、確認作業をしていたら、ダイヤの指輪が無くなっていることに気付いた。さっきの指輪だ。きっと帆足が持ち出したんだろう。それ以外に考えられない」

 助かりたい一心からか、定庭は聞かれてもいないことまでベラベラと喋った。

 「その帆足は、どうしているんだ」

 浅尾が聞く。

 「さあ、知らない。専務にでも捕まっているんじゃないのか」

 「専務というのは、世羅間のことか」

 「ああ」

 「帆足にダイヤのありかを吐かせて、その後は始末するつもりだな」

 「それは、そうなるだろうな」

 「アイドルに熱を上げただけで、命を落とすことになるとはな。可哀想な奴だ」

 浅尾は、同じアイドル好きとして帆足に同情した。


 「おい、もう質問は終わったのか。だったら離してくれ」

 定庭が苦しそうに言った。

 「いや、最後にもう一つだけ聞きたいことがある。この店は奇矢納興業にとって、どういう場所なんだ?」

 「質問の意味が分からん」

 「これほどマニアックすぎる品揃えは、普通のレンタルビデオ店としての営業を考えているとは思えない。きっと、何か裏があるんだろう」

 「そんなものは無い。ここは普通に商売をしているビデオ店だ」

 「つまらない嘘をつくと、ためにならないぞ」

 浅尾は両手に力を加える素振りで脅す。

 「ほ、本当だ。皆浜社長はB級映画やカルト映画が大好きなんだ。だから個人的な趣味として、この店を営業しているんだ」

 「だったら、ジョン・カーペンター監督の特集を組んだり、ここの品揃えを決めたりしているのも、全て皆浜の意向なのか」

 「そうだ、社長が全て決めている。他の誰も口出しは出来ない。この店に関しては、儲けは度外視なんだ」

 「いい趣味じゃないか。悪党じゃなかったら、仲良くなれそうだ」


 「なあ、もういいだろう」

 「そうだな、もう充分に語ってもらった。感謝するよ」

 浅尾は、定庭から両手を離した。

 「ふうっ」

 大きく息を吐き、定庭は右肩を押さえた。

 「僕は、約束を守る主義だ。だから、安心させておいて殺すような、卑怯な真似はしない」

 上半身を起こした定庭の背中に右手を軽く当て、浅尾はそう話し掛けた。

 「ただ、しばらく眠ってもらう」

 「眠る?」

 定庭が首を横に向けた時、浅尾は右掌底で定庭の背中をグッと押し込んだ。

 「ひっ!」

 定庭は瞬間的にピンと海老反りになり、そして気を失った。


 浅尾は定庭の体を床に横たえてから、立ち上がった。

 「もしも帆足が指輪のありかを吐いたら、いよいよ亜里ちゃんの身が危険だな。さて、どうするか……」

 浅尾は思案した。

 その時、彼のズボンの後ろポケットから、『カンニング・モンキー/天中拳』の日本版主題歌のメロディーが流れてきた。

 携帯電話の着信メロディーが、それに設定されているのだ。


 浅尾は携帯を取り出した。

 「もしもし」

 「あっ、浅尾さん、覚えてる?」

 それが室輪エミの声だということは、すぐに分かった。

 短い言葉でも、溢れんばかりの色香が伝わってくる。

 「室輪さんですね。ええ、覚えてますよ、もちろん」

 浅尾は、定庭から少し離れる。


 「ずっと連絡が来るのを期待して待ってたのよ。なのに、メールも電話もして来ないんだから」

 やや拗ねたようにエミが言う。

 「すみません、色々とありまして。連絡する気持ちはあったんですけど、なかなか出来なかったんです」

 「本当?無視されているのかと思って、落ち込んでいたのよ」

 「いえ、エミさんを無視するなんて、とんでもない。ところで今日は、どうしたんですか」

 「実は、亜里のことで急ぎの話があるの」

 「急ぎの話?何ですか」

 「電話じゃ言えないわ。かなり重大な話だから。ねえ、今どこにいるの?お店?」

 「いえ、ちょっと外出中です」

 「もし都合が悪くなかったら、私のマンションに来てくれないかしら」

 「えっ、室輪さんのマンションですか」

 浅尾の声が上ずった。


 「都合はどうかしら」

 「いえ、別に都合は悪くないんですけど。でも、あまり遠い所まで行くわけにはいかないんです」

 「そんなに遠くないのよ。段手商店街から車で五分ぐらいの場所だから、近いでしょ。それじゃあ決まりね。今からメールで詳しい場所の説明を送るわね。よろしく」

 重大な話がある割には軽い調子で、エミは電話を切った。


 浅尾は沈黙し、携帯の液晶画面を眺めた。

 ちなみに待ち受け画像は、烈風正拳突きを見舞う闘将ダイモスだ。

 「だけど、車で五分ぐらいだから近いと言われても」

 眼鏡のフレームを触りながら、浅尾はつぶやいた。

 「僕、車の免許を持ってないんだよなあ」


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