〈第六章:予期せぬ出来事〉
「それはつまり、大張正己氏が描いたドラグナーをバリグナーと呼ぶような感じか」
特注の『電人ザボーガー』Tシャツを来た浅尾が、村西に言う。
「その例えは的外れだな。というか浅尾、お前はただ単にバリグナーって言いたかっただけだろ」
「バレたか。だけど村西、お前だって派手なものを見たら、やたらと『板野サーカスのように派手だ』って言うじゃないか」
浅尾と村西は、中身の薄い会話を任世館で繰り広げていた。
村西はVマックスが営業時間であるにも関わらず、仕事を副店長の大鳥に任せっきりにしたまま、昼食休憩と称して三十分以上も任世館で長居している。
「こんなに暑い日が続くと、やる気が起きないよなあ」
と村西は言うが、店内はクーラーが効いているので釈明としては無理がある。
だが、村西が仕事をサボるのは日頃から良くあることだ。
大鳥も慣れたもので、店長が不在でも、何の問題も無く業務をこなしている。
それをいいことに、ますます村西のサボり癖は治らない。
浅尾も、それを注意することは無い。
どうせ無駄だと分かっているからだ。
最初の内、浅尾と村西は、熱くなれるアニメ主題歌について語り合っていた。『装甲騎兵ボトムズ』の「炎のさだめ」だとか、『北斗の拳』の「愛をとりもどせ!」だとか、幾つかのタイトルを言い合って盛り上がっていた。
やがて『新造人間キャシャーン』の「たたかえ!キャシャーン」が挙がったところで、実写版映画のキャシャーンについて話が脱線した。
すると村西が、
「あれはタイトルを変更すべきだ、キャシャーンとは呼べない」
と言い出した。それに対して浅尾が、
「それはつまり、大張正己氏が~」
と返したのだ。
さらに話を続けようとした二人だが、そこへ来訪者が現れた。
信郎である。
「おお信郎君、キミは実写版のキャシャーンについて、どう思う?」
信郎の姿を確認した村西は、挨拶も抜きに、いきなり質問した。
「ガッシャーン?何のことだ?」
唐突な問い掛けに、信郎は怪訝な表情を返した。
「いや、ガッシャーンじゃないよ。それだと、まるでアラレちゃんと仲良しみたいじゃないか」
「それはガッちゃんだろ」
浅尾がクールなツッコミを入れた。
「じゃあ、パトカーから変形する伝説の勇者ロボか」
「それはダ・ガーンだ。って、もはや原型を留めてないじゃないか。せめて超神ビビューンの仲間とか、何かあるだろ」
「それはバシャーンだろ。それだと特撮になるから言いたくなかったんだよ。アニメで統一したかったんだ」
「変なことで意地を張るなよ」
「意地じゃない、こだわりだ」
「大して変わらないじゃないか」
「全く違うぞ。『ジャングル大帝』と『ライオン・キング』ぐらい違う」
「何だよ、その微妙な例えは」
「あのなあオッサンども、ゴチャゴチャ言ってる場合じゃねえんだよ」
浅尾と村西のやり取りを聞いていた信郎が、声を荒げた。
「どうした信郎君、何かあったのか」
「オッサン、覚えてるか。二日前の、亜里とエミさんが来た時のことを」
「もちろん覚えてるさ。室輪さんの積極性には参ったよ。携帯番号とメールアドレスを交換したのはいいけど、こっちから連絡すべきなのかな。どうしたらいいと思う?」
浅尾は真面目な顔で尋ねた。
「自分で考えろよ、それぐらい」
突き放すように信郎は答えた。
「そんなことより、これを見てくれよ」
そう言って彼は、浅尾の眼前に箱を差し出した。
それは、帆足が亜里に押し付けた箱だ。
「これは、あの時のプレゼントだね。だけどリボンが外れている」
「ああ、俺が外した」
「つまり、中を見たんだね」
「亜里は見るのも嫌がっていたが、俺は帆足に返す前に中身が確認したくなったんだ」
「別に責めているわけじゃないさ」
「それ、何だよ?」
村西が、好奇の目で箱を見た。
「まあまあ、詳しい話は後でな」
いなすように浅尾が言う。
「それより信郎君、その箱が、どうかしたのか」
「これだよ」
信郎は箱を開けた。
浅尾が覗き込むと、そこに入っていたのは指輪だった。
「おっ、それって、もしかしてダイヤじゃないのか」
村西が驚きの声を上げた。
そう、それは大粒のダイヤモンドが付いた指輪だった。
「本物かな?」
「俺も気になったから、知り合いの質屋に鑑定してもらった。どうやら、本物らしい。それも、かなり高額だとさ。ウン百万はするそうだ」
「なるほど」
浅尾は、しげしげとダイヤを眺めた。
「どう思うよ、オッサン」
信郎が問い掛ける。
「ちょっと引っ掛かるね」
「引っ掛かるって?」
「信郎君には、帆足という男が金持ちに見えたかい?」
「いや、全く」
「そんな男が、それほど高価な指輪をどうやって手に入れたかが問題だ。いや、そうじゃないな」
浅尾は言った直後、自身の言葉を打ち消した。
「問題は、もっと別にある」
彼は腕組みで何かを考え始めた。
「それにしても、こんな大きなダイヤは初めて見たよ。すごいな、どこで売ってるんだろう」
村西が呑気に言った。
「なあ信郎君、亜里ちゃんは今、どこにいるんだろう?」
浅尾が口を開いた。
「亜里がどこにいるかって?」
「ああ、そうだ。念のために警戒した方がいいかもしれない」
「だけどオッサン、アンタは確か、帆足が亜里を傷付けることは無いと、そう言ってなかったか」
「その考えについては、今も変わっていない。ただ、状況が以前とは変化している可能性がある」
「もっと分かりやすく説明しろよ」
「まだ推測の段階だから、はっきりとは言えない。ただ、ひょっとすると、帆足以外の人間が亜里ちゃんを傷付けようとする可能性はある」
「何だと」
信郎の顔が険しくなる。
「念のために、用心した方がいいかもしれない」
「煮え切らない言い方だな。とにかく分かった、亜里には用心するように俺が伝える。どうせ今から会う予定だからな」
「それじゃあ任せよう。それと信郎君、お願いがあるんだが」
「お願い?」
しばらくの間、その指輪を貸してもらえないか」
「指輪を?」
「それを使って、ちょっと調べてみたいことがあるんだ。僕の推測が当たっているのかどうか」
「別に貸すぐらいは構わないが」
信郎は指輪を箱に戻し、浅尾に手渡した。
「お前ら、俺を仲間外れにしたままで、意味ありげな会話を続けるなよ」
村西が、いじけたように言った。
「俺だって、一枚噛ませてくれてもいいじゃないか」
「だったら村西、お前も仲間になってくれるか」
浅尾が持ち掛けた。
「んっ、どういうことだ」
「頼みがあるんだ。お前にしか頼めない仕事だよ」
真剣な表情で、浅尾が重々しく告げる。
「なんだ、言ってみろよ」
すると浅尾は一転、悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。
「しばらくの間、この任世館の店番をしていてくれないか。僕は、ちょっと出掛けたい所が出来たんだ」
「へっ?ここの店番をしろってか」
村西が、口をあんぐりと開いた。
「お前、言ってることの意味が分かってるか。俺は自分の店を大鳥に任せて来たんだぞ。それで他人の店の留守番をするって、どう考えても変だろ」
「確かに変だな。だが、変だろ、お前という人間は」
「うっ、そう言われると、全面的に否定は出来ないけど」
「だったら頼むよ。引き受けてくれたら、お前が欲しがっていた超合金ゴールドライタンをプレゼントしよう」
「それは復刻版じゃなくて、オリジナル版の方か」
「もちろん」
「おお、我が友よ」
村西は満面の笑顔に変わり、大仰な身振りで喜びを表現した。
「よし、どこへでも行って来い。店のことは全て任せておけ」
村西は自分の胸をポンと叩いた。
「じゃあ、頼んだぞ」
浅尾はそう言うと、信郎と村西に背中を向け、入り口の扉へ向かった。
「あっ、おい、どこへ行くんだよ。行き先ぐらい教えてから行けよ」
信郎は慌てて質問を投げ掛けた。
「後で教えるよ」
浅尾は振り返らずに短く返答し、そのまま店外へと去った。
「何だよ、勝手な奴だな」
不貞腐れたように信郎が言う。
「浅尾の奴が、あんな態度を取るということは……」
村西は付き合いの長い浅尾の心中を推理し、つぶやいた。
「どうやら、かなりヤバいことになっている可能性が高そうだな」