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オタクドラゴン電光石火  作者: 古川ムウ
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10/10

〈エピローグ:そして人生はつづく〉

 「キララとウララというのは、小室哲哉さんの最初の奥さんが所属していたアイドルデュオさ」

 浅尾は信郎に説明した。

 「グループ解散後に、キララだった女性が小室さんと結婚したんだ。結局は離婚したんだけどね。ちなみに、今のキララさんが何をやっているかと言うと……」

 「そんなことは聞いてないだろ」

 信郎が呆れたように言った。


 そこは任世館だ。

 二人の他に、人はいない。

 来店した信郎は、特に意味も無く、キララとウララのレコード『パックンたまご!』を手にした。

 だが、それを見た浅尾が、いつもの悪い癖で講釈を始めたのだ。

 ちなみに、今日の浅尾は、『顔のない殺人鬼』の時のロッサナ・ポデスタがプリントされたTシャツを着ている。



 浅尾が奇矢納興業の連中を倒してから、二週間が経過していた。

 信郎の顔の腫れは、かなり引いている。

 歯は三本折れていたし、体のあちこちに殴られた痣は出来ていたが、長期入院するほどの大怪我は無かった。

 食事の時に困るぐらいで、それ以外は普段通りに過ごしている。

 いつものように生意気な言葉が吐けるぐらい、彼は元気である。

 浅尾も戦いで怪我を負ったが、こちらも順調に回復している。

 信郎にアイドル歌謡の講釈をしたり、金田伊功のパースについて村西と熱く語り合ったり、カラオケでザ・カーナビーツの『好きさ好きさ好きさ』を熱唱したりするぐらい元気だ。


 「あのなオッサン、俺は『キララとウララって何だよ』とさえ言ってないぞ。もちろん、全く興味は無いしな」

 「こりゃ失敬。また悪い癖が」

 と言いながらも、浅尾は全く悪びれた様子を見せない。

 「ところで信郎君、用事があって来たんだよね。何かな?」

 浅尾が尋ねた。

 そう、信郎は

 「ちょっと用事があってな」

 と言って任世館に現れたのだった。


 「ああ、親父からの伝言があるんだ。また亜里が、商店街でイベントをやることになったんだと」

 「そうか、また来るのか、亜里ちゃん。どうやら、事件のショックを引きずらず、元気に頑張っているようだね」

 「ああ、あいつは大丈夫さ。それで、そのイベントで、またオッサンに警護を頼みたいんだとさ」

 「へえ、また僕に。何か、気掛かりな問題でもあるのかな」

 「もう帆足もいないし、奇矢納興業の連中も警察に全て逮捕されたから、そんなに心配することは無いと思うけどな」


 信郎が言った通り、奇矢納興業の構成員は段手署によって逮捕されていた。

 浅尾が亜里を助けてからしばらくして、花弁田刑事らが工場跡地に駆け付け、そこにいた連中を拘束した。

 ロッサナにいた面々も、室輪エミも、それぞれ捕まった。

 一味は一掃されたのだ。


 「ただ、それでも全く警護をしないってことも有り得ないしな。それに、アンタに頼むのは、亜里の指名ってこともある」

 「へえ、亜里ちゃんの指名か。だけど、警護なら君がやればいいんじゃないのか。何しろ付き合っているんだから。おっと、これは秘密だったね」

 浅尾はニヤニヤしながら、わざとらしく口を押さえた。

 「ムカつく顔をしやがって」

 信郎は浅尾を睨んだ。


 「もちろん俺だってガードするつもりさ。ただ、悔しいけどアンタの方が圧倒的に強いからな。俺もまたボクシングをやろうかな。亜里も護身術を始めたし」

 「へえ、亜里ちゃんは、護身術を習い始めたのか」

 「オッサンが、習うよう彼女に言ったらしいじゃないか」

 「そうだね。まあ、やって困ることは無いし、いいことじゃないか」

 「俺が困ってるよ。亜里の奴、かなり熱心に取り組んでいるのはいいけど、おかげで練習台にされて大変なんだぜ」

 「おのろけにしか聞こえないけどね」

 浅尾は冷やかすように言った。

 「アンタなあ……」


 信郎が何か言い返そうとした時、新たな訪問者が現れた。

 「よお、元気か」

 やって来たのは、村西だ。

 「村西、またサボってるのか」

 浅尾が苦笑する。


 「いいんだよ、店は大鳥がちゃんと仕切ってくれるんだから。それに、今日は来た理由が他にもあるぞ。この前に撮った写真、渡し忘れていたから、届けに来たんだ」

 そう言って村西は、数枚の写真を浅尾に手渡した。

 「写真?」

 信郎が尋ねる。

 「ああ、二週間ほど前に、アニソン歌手が集合するライブがあってな。それを見に行った時、一緒に写真を撮らせてもらったんだ」

 「へえ、なかなか良く撮れている」

 写真を見ながら、浅尾が満足そうに言う。


 「なあオッサン、二週間ほど前って、例の一件があった頃だよな」

 「ああ、事件の翌日に行ったんだ」

 浅尾は、サラッと答える。

 「いやいや、アンタ、大怪我してたはずだろうが。確か、骨も折れていたよな」

 「そうだよ。だから骨折した箇所が痛くて、思うように盛り上がれなかった。それは残念だったな」

 「そういう問題じゃねえだろ。そもそもライブに行くこと自体、無茶が過ぎる」

 信郎が、呆れたように言う。

 「アンタ、何を考えているんだ。超人でもあるまいし」


 「いや、超人かもしれんぞ」

 店の入り口から、声がした。

 皆が顔を向けると、そこには花弁田がいた。

 「おや、花弁田さん。この間はどうも」

 浅尾が軽く会釈する。

 「何を言ってるんだよ、浅尾。こっちこそ礼を言わなきゃならない立場だ。あいつらを全員逮捕できたのは、全てお前のおかげなんだから」

 「成り行きでそうなっただけですよ」

 「謙遜するな。やっぱり、お前はすごい男だよ」

 花弁田がポンと浅尾の肩を叩く。


 「しかし、また助けてもらったな。お礼に、何かしてやらなきゃいけないかな」

 「へえ、そんな気遣いをしてくれるんですか。珍しいこともあるもんですね」

 浅尾が微笑する。

 「そうだな、好きなガンダムのプラモデルでもプレゼントしようか。もちろん、旧キットで」

 「それじゃあ、ジドムかアッカムでお願いしますよ」

 「それはガンダムじゃなくて、ガンガルだろうが」

 「良く分かりましたね、さすが花弁田さんだ」


 「オタク同士で盛り上がっているところを悪いんだけど」

 信郎が会話に割り込んだ。

 「なんだい、信郎君」

 「ちょっと引っ掛かることがあってな。さっき花弁田さんは、また助けてもらったと言ったよな」

 「ああ、これで三度目かな」

 「ってことは、これまでも浅尾のオッサンは、警察に協力したことがあるのか」

 「そうだが、何も知らないのか」

 花弁田は意外そうに言った。


 「君は江角会長の息子だろう?何も聞かされていない?」

 「ああ、全く」

 「そうか。まあ、あえて話す必要も無いと思ったんだろう」

 「だったら、アンタが話してくれよ」

 「中国マフィアのワンユー商会が、一年前に現金輸送車を襲撃事件があったのを覚えているか」

 花弁田が尋ねる。

 「あれだけの大きな事件だ、覚えてるさ。って、ちょっと待ってくれよ。まさか、それと浅尾のオッサンが、関わっているっていうのか」

 「関わっているどころじゃない。あの事件を解決できたのは、浅尾のおかげだ」

 「えっ?」

 信郎が仰天する。

 「嘘だろ、そんなの」

 「そんな嘘をついて、何の意味があるんだ。本当のことだよ」


 「それだけじゃないぞ」

 村西が口を挟んだ。

 「半年前に起きた、ビデオ制作会社クナシクでの立て篭もり事件、あれを解決に導いたのも浅尾だ」

 「まさか」

 信郎の声が上ずった。

 「だって、二つとも大きな事件だから、新聞やテレビで大々的に取り上げられたぞ」

 「だから?」

 「それなら、事件を解決した浅尾のオッサンは有名になっているはずだろ。だが、そうじゃない」

 「マスコミに浅尾の名前は出ていない。名前が表に出ないようにしてほしいと浅尾が頼んできたので、そうしたんだ」

 花弁田は、淡々とした口調で言う。


 「もういいでしょう、そんな話は。つまらないですよ」

 浅尾は照れたように頭をかきながら、話を遮った。

 「そんな話ってオッサン、すごい事件に関わってるんだぞ。ニュースに疎い俺でも、その二つの事件は知ってる」

 興奮したように信郎が言う。

 「まあまあ、いいじゃないですか」

 「良くないぜ。アンタ、やっぱり普通じゃないな。何者だよ、いったい」

 「何者かって、それは前にも説明したじゃないですか」

 すました顔で、浅尾が答える。

 「僕は、ただのオタクですよ」


 【完】


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