〈エピローグ:そして人生はつづく〉
「キララとウララというのは、小室哲哉さんの最初の奥さんが所属していたアイドルデュオさ」
浅尾は信郎に説明した。
「グループ解散後に、キララだった女性が小室さんと結婚したんだ。結局は離婚したんだけどね。ちなみに、今のキララさんが何をやっているかと言うと……」
「そんなことは聞いてないだろ」
信郎が呆れたように言った。
そこは任世館だ。
二人の他に、人はいない。
来店した信郎は、特に意味も無く、キララとウララのレコード『パックンたまご!』を手にした。
だが、それを見た浅尾が、いつもの悪い癖で講釈を始めたのだ。
ちなみに、今日の浅尾は、『顔のない殺人鬼』の時のロッサナ・ポデスタがプリントされたTシャツを着ている。
浅尾が奇矢納興業の連中を倒してから、二週間が経過していた。
信郎の顔の腫れは、かなり引いている。
歯は三本折れていたし、体のあちこちに殴られた痣は出来ていたが、長期入院するほどの大怪我は無かった。
食事の時に困るぐらいで、それ以外は普段通りに過ごしている。
いつものように生意気な言葉が吐けるぐらい、彼は元気である。
浅尾も戦いで怪我を負ったが、こちらも順調に回復している。
信郎にアイドル歌謡の講釈をしたり、金田伊功のパースについて村西と熱く語り合ったり、カラオケでザ・カーナビーツの『好きさ好きさ好きさ』を熱唱したりするぐらい元気だ。
「あのなオッサン、俺は『キララとウララって何だよ』とさえ言ってないぞ。もちろん、全く興味は無いしな」
「こりゃ失敬。また悪い癖が」
と言いながらも、浅尾は全く悪びれた様子を見せない。
「ところで信郎君、用事があって来たんだよね。何かな?」
浅尾が尋ねた。
そう、信郎は
「ちょっと用事があってな」
と言って任世館に現れたのだった。
「ああ、親父からの伝言があるんだ。また亜里が、商店街でイベントをやることになったんだと」
「そうか、また来るのか、亜里ちゃん。どうやら、事件のショックを引きずらず、元気に頑張っているようだね」
「ああ、あいつは大丈夫さ。それで、そのイベントで、またオッサンに警護を頼みたいんだとさ」
「へえ、また僕に。何か、気掛かりな問題でもあるのかな」
「もう帆足もいないし、奇矢納興業の連中も警察に全て逮捕されたから、そんなに心配することは無いと思うけどな」
信郎が言った通り、奇矢納興業の構成員は段手署によって逮捕されていた。
浅尾が亜里を助けてからしばらくして、花弁田刑事らが工場跡地に駆け付け、そこにいた連中を拘束した。
ロッサナにいた面々も、室輪エミも、それぞれ捕まった。
一味は一掃されたのだ。
「ただ、それでも全く警護をしないってことも有り得ないしな。それに、アンタに頼むのは、亜里の指名ってこともある」
「へえ、亜里ちゃんの指名か。だけど、警護なら君がやればいいんじゃないのか。何しろ付き合っているんだから。おっと、これは秘密だったね」
浅尾はニヤニヤしながら、わざとらしく口を押さえた。
「ムカつく顔をしやがって」
信郎は浅尾を睨んだ。
「もちろん俺だってガードするつもりさ。ただ、悔しいけどアンタの方が圧倒的に強いからな。俺もまたボクシングをやろうかな。亜里も護身術を始めたし」
「へえ、亜里ちゃんは、護身術を習い始めたのか」
「オッサンが、習うよう彼女に言ったらしいじゃないか」
「そうだね。まあ、やって困ることは無いし、いいことじゃないか」
「俺が困ってるよ。亜里の奴、かなり熱心に取り組んでいるのはいいけど、おかげで練習台にされて大変なんだぜ」
「おのろけにしか聞こえないけどね」
浅尾は冷やかすように言った。
「アンタなあ……」
信郎が何か言い返そうとした時、新たな訪問者が現れた。
「よお、元気か」
やって来たのは、村西だ。
「村西、またサボってるのか」
浅尾が苦笑する。
「いいんだよ、店は大鳥がちゃんと仕切ってくれるんだから。それに、今日は来た理由が他にもあるぞ。この前に撮った写真、渡し忘れていたから、届けに来たんだ」
そう言って村西は、数枚の写真を浅尾に手渡した。
「写真?」
信郎が尋ねる。
「ああ、二週間ほど前に、アニソン歌手が集合するライブがあってな。それを見に行った時、一緒に写真を撮らせてもらったんだ」
「へえ、なかなか良く撮れている」
写真を見ながら、浅尾が満足そうに言う。
「なあオッサン、二週間ほど前って、例の一件があった頃だよな」
「ああ、事件の翌日に行ったんだ」
浅尾は、サラッと答える。
「いやいや、アンタ、大怪我してたはずだろうが。確か、骨も折れていたよな」
「そうだよ。だから骨折した箇所が痛くて、思うように盛り上がれなかった。それは残念だったな」
「そういう問題じゃねえだろ。そもそもライブに行くこと自体、無茶が過ぎる」
信郎が、呆れたように言う。
「アンタ、何を考えているんだ。超人でもあるまいし」
「いや、超人かもしれんぞ」
店の入り口から、声がした。
皆が顔を向けると、そこには花弁田がいた。
「おや、花弁田さん。この間はどうも」
浅尾が軽く会釈する。
「何を言ってるんだよ、浅尾。こっちこそ礼を言わなきゃならない立場だ。あいつらを全員逮捕できたのは、全てお前のおかげなんだから」
「成り行きでそうなっただけですよ」
「謙遜するな。やっぱり、お前はすごい男だよ」
花弁田がポンと浅尾の肩を叩く。
「しかし、また助けてもらったな。お礼に、何かしてやらなきゃいけないかな」
「へえ、そんな気遣いをしてくれるんですか。珍しいこともあるもんですね」
浅尾が微笑する。
「そうだな、好きなガンダムのプラモデルでもプレゼントしようか。もちろん、旧キットで」
「それじゃあ、ジドムかアッカムでお願いしますよ」
「それはガンダムじゃなくて、ガンガルだろうが」
「良く分かりましたね、さすが花弁田さんだ」
「オタク同士で盛り上がっているところを悪いんだけど」
信郎が会話に割り込んだ。
「なんだい、信郎君」
「ちょっと引っ掛かることがあってな。さっき花弁田さんは、また助けてもらったと言ったよな」
「ああ、これで三度目かな」
「ってことは、これまでも浅尾のオッサンは、警察に協力したことがあるのか」
「そうだが、何も知らないのか」
花弁田は意外そうに言った。
「君は江角会長の息子だろう?何も聞かされていない?」
「ああ、全く」
「そうか。まあ、あえて話す必要も無いと思ったんだろう」
「だったら、アンタが話してくれよ」
「中国マフィアのワンユー商会が、一年前に現金輸送車を襲撃事件があったのを覚えているか」
花弁田が尋ねる。
「あれだけの大きな事件だ、覚えてるさ。って、ちょっと待ってくれよ。まさか、それと浅尾のオッサンが、関わっているっていうのか」
「関わっているどころじゃない。あの事件を解決できたのは、浅尾のおかげだ」
「えっ?」
信郎が仰天する。
「嘘だろ、そんなの」
「そんな嘘をついて、何の意味があるんだ。本当のことだよ」
「それだけじゃないぞ」
村西が口を挟んだ。
「半年前に起きた、ビデオ制作会社クナシクでの立て篭もり事件、あれを解決に導いたのも浅尾だ」
「まさか」
信郎の声が上ずった。
「だって、二つとも大きな事件だから、新聞やテレビで大々的に取り上げられたぞ」
「だから?」
「それなら、事件を解決した浅尾のオッサンは有名になっているはずだろ。だが、そうじゃない」
「マスコミに浅尾の名前は出ていない。名前が表に出ないようにしてほしいと浅尾が頼んできたので、そうしたんだ」
花弁田は、淡々とした口調で言う。
「もういいでしょう、そんな話は。つまらないですよ」
浅尾は照れたように頭をかきながら、話を遮った。
「そんな話ってオッサン、すごい事件に関わってるんだぞ。ニュースに疎い俺でも、その二つの事件は知ってる」
興奮したように信郎が言う。
「まあまあ、いいじゃないですか」
「良くないぜ。アンタ、やっぱり普通じゃないな。何者だよ、いったい」
「何者かって、それは前にも説明したじゃないですか」
すました顔で、浅尾が答える。
「僕は、ただのオタクですよ」
【完】




