第7話
(ナレーションでの説明だったが)新竹攻防戦は、1週間余り続いた。
派手な白兵戦の応酬は、見事な殺陣もあり、本当に見ごたえがあるものだった。
いわゆる時代劇の殺陣は、どうしても日本刀でのやり取りとなるが、この映画では、銃剣が主だが、敵役の台湾民主国兵は、柳葉刀や竹槍も扱い、殺陣シーンの主役の阪東妻三郎と嵐寛寿郎が日本刀を扱うという多種類の武器が登場したことから、見たこともない殺陣が続出し、観客が見入るのが、村山幸恵にも分かった。
だが、これだけの殺陣になった理由は、別にあるのを、幸恵は、岸総司から教えられていた。
この映画の日本兵のエキストラ役は、日本海兵隊員から募集された。
一方、台湾民主国兵のエキストラは、台湾の住民から募集されたが、その多くが第二次世界大戦で従軍経験のある者だった。
そして、それによって、何が起こったか、というと。
白兵戦撮影の際に、エキストラに迫真の演技を続出させる効果があったが、その反面、思わず、役にのめりこむエキストラが続出したのだ。
映画の休息中も、日本兵役のエキストラと、台湾民主国兵のエキストラが、個別に固まり、お互いに仇敵のように睨み合う有様にまで、最後にはなった。
いい加減にしろ、と田坂具隆監督が、双方のエキストラを叱り飛ばし、それ以外のスタッフも、エキストラの仲裁に腐心するという羽目に陥った。
総司自身も、海兵隊員に対し、映画の撮影に入れ込むのも、程々にしろ、と諭して回る羽目になったとか。
幸恵は、その話を総司から聞いた時、笑うに笑えない話と思っただけだったが、映画を見る限り、複雑な思いをせざるを得なかった。
砲弾が尽き、近々、日本軍の増援が来る可能性大、という情報を得て、台湾民主国軍は、劉永福将軍の指揮の下、新竹の包囲を解き、退却していた。
退却していく台湾民主国軍の兵は、新竹攻防戦の損害により、映画上でも、明らかに減っていた。
台湾民主国軍の攻勢を退けた日本軍も、疲労しており、追撃どころではなかった。
そして、負傷して退却に付いていけない台湾民主国の兵の多くが、日本軍に投降の止む無きに至り、武装解除を受けていた。
その中には、李香蘭演じるヒロインの彼氏もいた。
彼は、ふくらはぎを銃剣で刺され、動けなくなったところを捕虜になっていた。
そして、彼を始めとし、捕虜となった台湾民主国の兵は、捕虜収容所へ連行されるのだが、彼らの目に、戦場に遺棄されていた台湾民主国の国旗が、日本軍の兵士の手によって、燃やされる光景が入ってくる。
彼や台湾民主国の兵は、それを見て、号泣し、燃やすのは止めてくれ、と哀願した。
幸恵も、それを見て、思わず涙があふれた。
それは、このシーンが、台湾人のエキストラ達にとって、余りにも辛いシーンであり、田坂監督に対し、台湾人のエキストラの多くが止めてくれ、と訴えた、というのを幸恵が総司から聞いていたのもあった。
そして、映画の撮影上、というのが分かっていたにも拘わらず、実際の撮影の際に、台湾人エキストラの多くが、演技ではなく本当に号泣し、焼かないでくれ、と哀願してしまった、というエピソードを、更に総司から幸恵が聞いたからでもあった。
だが、それを知らない観客の多くも落涙しているのが、幸恵には分かった。
映画の演出なのは、分かってはいる。
だが、もし、実際にも、これに近い光景が展開されていたのなら、ここまでのことをして、独立を求める台湾の住民の意思を無視して、台湾を日本の領土にする必要があったのだろうか。
幸恵は、そんなことまで考えざるを得なくなった。
そう幸恵が思う間にも、彼や台湾民主国の兵は、日本兵に連行され、捕虜収容所に送り込まれていた。
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