第3話
幸恵が、そう考えを巡らせる間にも、映画は進んでいた。
李香蘭演じるヒロインが、両親の目を掠めて、台湾人の男性と共に、イングランド長老教会が行っている台湾語教室で、台湾語の書き方を秘かに学んでいるところに、日清戦争の結果、台湾が日本に割譲されることが、台湾の頭越しに決まった、というニュースが飛び込んでくる。
台湾に、日本軍が上陸していない中で、そんなことになるとは、教室にいた台湾人全員が思っておらず、虚報に決まっている等の声が飛び交う中、台湾語教室は中止になり、ヒロインは帰宅する。
帰宅したヒロインは、どこに行っていたのか、と両親に叱責されると共に、北京に向かう準備を整えるように、両親から言われる。
父親は、台湾割譲に伴い、失職が決まり、北京に向かうことにしたのだ。
台湾から離れたくないヒロインは嫌だ、と訴えるが、北京に帰ったら、ヒロインを誰かの愛妾に提供してでも、仕事を得ようとしている両親は耳を貸さない。
親のために、悦んで自分の身を愛妾として差し出すのこそ、人としての孝の道だ、とまで言う両親に反発したヒロインは、反射的に家を飛び出し、教会へ、更に台湾人の男性の下へと駆け込む。
これを見た幸恵は、想いを巡らせた。
この映画を撮影した田坂具隆監督は、ヒロインと台湾とを、二重写しにしているようだ。
恐らく、日本政府の意図もあるのだろう。
細かいことを言えば、ヒロインの両親の考えは、孝を説く考えからすれば正しいと言える。
親のために、子は犠牲になりなさい、という考えに、極論まで突き詰めれば孝は成りかねない。
二十四孝を見れば、それがよく分かる。
だが、子からすれば、どうだろうか。
親のために、子どもは悦んで犠牲にならねばならない、という道理が、どこまであるだろうか。
幸恵自身が、実父を全く知らない身であり、実父から愛情を注がれていないせいか、そんなことを、幸恵はふと、思った。
(ちなみに、幸恵の実母、「北白川」の大女将は、幸恵に対し、実父が海兵隊士官だったこと、第一次世界大戦で戦死したこと、までは伝えているが、名前を伝えることは、頑として拒んでいる。
実は伝えた場合、幸恵と岸総司らとの関係等が微妙になるからだが、表向きは、実父が家族に自分を紹介する前に、実父が出征して戦死したため、実父の家族は自分との関係を知らず、言っても信じてもらえないし、金目当てと思われるのが嫌だ、と大女将は、幸恵に説明しており、幸恵もそれを受け入れている。)
そう思っている内に、映画の場面は、更に進んでいた。
最早、清国に捨てられた以上、台湾は独立するしかない、とまで思いつめたヒロインの交際相手の台湾人の男性やその周囲の人達は、清仏戦争で勇名を馳せた名将、劉永福将軍に対して、台湾民主国軍の総司令官になることを懇願する。
劉将軍は、清仏戦争終結後、自らを慕う黒旗軍の子飼いの部下達と共に台湾に渡っていたのだ。
そして、部下達の援助もあり、悠々自適の半隠棲生活を劉将軍は送っていたのだが、日清戦争勃発により、清国政府からの命を受けて、子飼いの部下達と共に黒旗軍を再編制し、台湾防衛の一翼を担っていたのである。
多くの台湾人の懇願を受けた劉将軍は、台湾独立のために起つことを終に決断し、黒旗軍の面々も、劉将軍と共に、と台湾独立のために戦うことを誓う。
ここに台湾独立のために不可欠な軍の核ができ、台湾民主国の独立が、台湾人によって、世界に宣言されることになる。
だが、これは言うまでもなく、下関条約に明確に反する台湾の独立宣言である。
小松宮殿下は、
「ここまで、反抗されるとは」
と呟き、嘆きながら、台湾民主国独立運動鎮圧のため、台湾に向かう。
すみません、思ったより話が進みませんでした。
次話こそ、海兵隊を登場させます。
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