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第8話 帰ったら娘がすごいんです


「アナタワオイクツデスコ?」


「ん? 俺の歳か?

 俺は29だ。29歳。

 でも、“ですこ”、じゃねーぞ。聞くときは、“ですか”、だかんな、“ですか”、だぞ」


「………デスカ?」


「そうだ、いいじゃねーか?

 で、ジュリアは今何歳なんだ?」


「ジュウゴ、サイ、デスカ?」


「そこは、“ですか”、じゃ無くって、“です”、で、いいんだぞ、15歳です、てな。

 いってみな、じゅうごさいです、ほら、じゅうごさいです、って」


「ジュウゴサイデス」


「おー、いいじゃねーか。さっきより発音も良くなってるぜ」


「?」


「上手くなった、って言ったんだ」


「ウマクナッタ、『上手になったって事よねっ?』」


 ジュリアが英語でキッチンのマサミに声をかける。

 マサミは目を細めてジュリアに頷き、『そうよっ、それと、さっきよりも発音も良くなってるって言ったのよ』と英語で答えている。

 幾分マサミの声のトーンが華やいでいる。

 しかし、ユーリの年齢を聞いて五個下だと知り微妙な気分でもある。


「アナタハナニヲシゴトシマスカ?」


「仕事か? あれが仕事っつーのかわかんねーけど、俺は前は冒険者ってのやっててな、今は訳あって勇者として戦ってんだが、それが俺の仕事になんのかな。まあ、報酬もらってるんで仕事になんだろうな?

 それと、やっぱり、言い方がちょっと違うぞ、いいか?

 あなたはどんな仕事をしてますか?

 の方がわかりいいぞ」


「…………???『ママーッ』」


 ジュリアが困り顔でマサミに助けを求める。

 ジュリアにはユーリの話しが少し長かった様だ。

 ジュリアの日本語力では、未だ長文の聞き取りは難しい。なにせジュリアは簡単な質問も、自分の手のひらに書いたカンペをチラチラ見ながらしていたのだから。


『ふふふ、ボロが出たわねジュリア?

 でも、いい感じよ、私が聞いてても良くなってるのがわかるもん。

 ユーリはね、冒険家を生業にしてるのよ。今は休業中だけどね。

 あとユーリが言ってたのは、ジュリアの日本語の表現がちょっとおかしかったから、言い直していたのよ。

 まあでも、その調子で日本語の練習してたら、すぐに喋れる様になるわよ。これからも楽しんでやんなさい?』


『うん、早くユーリとちゃんとお話ししたいもん。ふふ、パパになるかも知れない人だもんねっ!』


『…………頑張りなさい』


 マサミは帰宅して早々、ジュリアに出鼻をくじかれ、当初の計画を微調整する事にしていた。

 ほんの少しジュリアに乗っかるのだ。ほんの少し。


 なので、ユーリはマサミの元ボーイフレンドの冒険家で、長い休みを利用して、日本からアメリカに遊びに来た設定にした。そして、こっちにいる間は、この家に寝泊まりしてもらう事になったと言う事にしていたのだ。

 しかし、ジュリアはしきりに『それだけじゃないんでしよ? いいんだよ、本当の事を言って? もしかして今日が初めてだったの?』などと、艶っぽい声で嗅ぎ回る始末で、最後にはそんな事を母親に聞くのか? と少しジュリアの“秘め事”ライフに不安を覚えたマサミだった。

 それでもこうしてジュリアが、ユーリに日本語で会話をしようとしている姿が、なんとも微笑ましい。

 そして、今まで日本語を勉強する様に言っても、中々やってくれなかったし、上達しなかったジュリアが、自分から率先して日本語を勉強しようとする姿が見られるなど、マサミにとっては涙が出る思いであるのだ。

 これは物凄い事なのだ。それはもう、すごいんです。


『でもママ、ユーリに最初に会った時は、目の色が左右で違ってたと思うんだけど?

 まさか、昼間だけ左右で色が違うって事ないよねー?』


『そのまさかよっ!』


 マサミは瞬発力を見せて、またジュリアに乗っかる事にした。


『なに言ってんのママ。んな訳ないじゃない。

 ママ? ジョークが通じないと苦労するわよ?』


 いたって冷静に返されるマサミ。

 コミュニケーション能力の心配までされる始末。


『わかってるわよ、そんな事ー』


 わかってない。ただ瞬発力を活かして乗っかっただけだ。

 マサミはジュリアに鼻で笑われる。


『なにその笑いっ、あなたのママなんだから、そんな風に笑わないでくれるっ?

 あれはねぇ、そう、今はハロウィンでしょ?

 ユーリは戦士のコスプレしてたのよぅ。カラコンよカラコン。

 片目が違った方が雰囲気出るんだってさ。

 ねぇ、ユーリ?』


 マサミは色々と繋ぎ合わせてストーリーを完成させたらしい。


『なにソレ?』


 ジュリアが頓狂な声を上げる。

 マサミの話しの最後に自分の名前が出て、思わず振り返ったユーリだったが、そのユーリの例のカラコンがズレていたのだ。

 右目を痛そうにパチクリさせて、涙目になっている。


『え? エメラルドグリーンが本当の色なの?』


 また明日あの店に行かなくては。と、瞬時にマサミは思ったが、あの店にはユーリのエメラルドグリーンに近い色のカラコンが無かった事にも思い当たる。

 思い当たった時には、『てか、痛いんならもうコンタクト外したら?』そう言いながら、ジュリアはユーリに近づいていて、身振り手振り、片言の日本語、と、色々と駆使してユーリにカラコンを外す様に勧めていた。


『ママ、ごめーん。

 コレ、ママじゃ無いけど、違う意味で、そのまさかだったね?』


『で、でしょーぅ………』


 ユーリはカラコンを外せて、ほっとした表情をしている。

 しかし、『でしょーぅ』はずるい。棚ボタだ。


『でも、これは内緒ねジュリア』


『なんでよママ、いいじゃない、これがユーリの本来の姿なんだから。

 何も秘密にする事なんか無いじゃないのよぉ』


『だ、だって目立つじゃない?

 ユーリをあまり目立たせたくないのよ』


『ママって、そぉんな独占欲が強かったんだぁ?』


 ジュリアがイヤラシイ笑いを浮かべる。


『い、いや、そう言う事じゃなくてねジュリア』


『いいのよママ、私だって付き合って最初の頃は相手を独占したいもん。

 でも、よく考えてよママ。

 いくらユーリを独占したいからって、そんな事しても、ユーリがカッコイイのは変わらないよ?

 逆に普通のブルーアイの方がモテちゃうと思うんだけど?』


『だ、だからちがうのよジュリア。私が言いたいのはそんなんじゃなくてね。ユーリは…』


「あの、話しの最中に悪りぃんだけど、ちょっといいか?」


「な、なぁに?」


「今、俺の事で揉めてるんだよな?」


「ユーリの事を話してたけど、揉めてるって程の事じゃないわよ。どうしたの?」


「そっか、俺が原因で揉めてるんじゃなきゃいいんだけど。

 でも、俺の話しをしてんならそろそろ終いにして、その、アレだ、メシを、な……。

 急に転がり込んで来て言えたもんじゃねーが、さっきから腹が鳴りっぱなしなんで、メシの時間にしねーかなって…な?」


「そ、そうね。話しはご飯食べながらでも出来るしね。

 あとちょっとだけ待っててね、あと少しで出来るところだから」


 マサミとユーリの話しに、ジュリアが首を傾げている。


『ああ、ユーリがお腹空いちゃったんだって、ジュリアもペコペコでしょ?

 すぐ用意するから、ユーリと待ってて?』


『そうだね、言われてみたらペコペコー。

 じゃ、私も手伝うっ!』


 マサミは少し驚いてしまう。

 マサミが具合が悪い時や、仕事で遅くなる時などは、料理や他の家事を卒なくこなすジュリアだが、普段ははマサミに甘えていて、マサミが頼まないと手伝う事などなかったのだ。

 マサミは特にそれに不満が有った訳ではない。

 何故なら、ジュリアは2年前までは、良く自分から手伝ってくれていたからだ。

 そう、2年前と言えば、マサミとジェフが離婚した時期だ。

 ジュリアは口にこそ出さないが、彼女なりにこの出来事に傷つき、そして寂しい思いをしているのだろうと、マサミは理解していた。なので、あれからジュリアがマサミに対し、甘える様になっていたのも特に咎める事なく、そっと見守って来たつもりだった。

 むしろもっと甘えて欲しいとさえ思っていた。

 ジュリアの甘えは一般的には普通の事で、あくまでも離婚前と比べての事で、離婚前のジュリアが良く気の利く優しい娘すぎたのだから。

 だから、もっと甘えて母親の自分を頼ってくれて、そして嫌ってくれてもと。

 しかしジュリアはマサミを愛し、ツンケンな態度こそ取れ、要所要所でマサミを気遣う事を忘れなかった。

 マサミはそれが嬉しかった。

 この娘がいれば、アメリカでもやって行けると無条件で思えた。

 そんなジュリアだから、今日の、このユーリとの出会いで動き出した少しの変化も、すぐに受け入れてくれて、前向きに考えてくれてるのだろうとも思ってしまう。

 それと同時に、本当にジュリア自身がユーリをパパとして迎えられる事を、切に願っているのだろうとも思ってしまう。

 ユーリは今日出会ったばかりで、しかも異世界から来たと言う男だ。

 そんな願いが叶う相手では無いと、いつかはジュリアに言わなければならない日が来る。

 期待をさせてしまうのだろう。

 その期待がどのくらい大きいものなのかは、マサミには見当がつかない。

 きっとこの2年間の寂しさの分だけ、大きいのだろう。マサミはその2年間の寂しさの大きさを知り、それを埋めたいと思っている。

 ごく自然にそれが出来たらどんなに幸せなのだろうと、マサミは常々思っているが、今の所、そっと見守り、ジュリアの為に働いて、ジュリアの為にご飯を作る事しか出来ないでいる。

 結局のところ、出来る事はそれが精一杯で、あとは変わらぬ娘への愛しか残っていない。

 しかし、マサミはその娘への愛があれば、娘からの愛があれば、それが消えずに残っていれば、あとは何もいらないのだとも思っている。

 それ以外の事は自分が出来る事を出来るだけやれば。

 つまるところ、物理的には自分はジュリアのパパにはなれないのだから。なので、娘を二人分の愛で見守って行こうと。

 ユーリの事はあまり時間が経たないうちに、ジュリアにちゃんと説明した方がいいだろう。

 パパにならないからと言って、ユーリに対して、今の様に接する事が出来ないと言う訳では無いだろう。

 そんな事は些細な事だと言える様な、初対面から通じ合う何かがある気がしてならない。

 ユーリと仲良く話していたジュリアを見ていたら、それが確信に変わったのだった。

 下手な期待をさせる方が酷と言うものなのだ。

 これはやはり早く打ち明けた方がいい。

 でも、今日くらいはいいだろう。

 あんなに楽しそうにしてるのだから。

 ユーリと言う人間が一人、ただ一人、そこにいると言うだけで。

 マサミがそんな思いに耽りながら、ふと隣のジュリアを見る。

 ジュリアが両手を腰に当てながら、フライパンを覗き込む様に腰をかがめた横顔は、このところ見た事がない様な、充実した笑みを浮かべている。


『どーお、焼け具合は?』


『もうちょいかなー。でもあと少しってところよっ』


 チキンの上に乗せたヤカンを持ち上げて、焼き色を見ていたジュリアは、マサミに振り返ると、難しい顔をして言うのだった。


『ふふ、なーに、そんな難しい顔してぇ、まるで何処かのお偉いシェフねっ。

 ユーリはウチのペチャンコは初めてなんだから、美味しく焼いてちょうだいね。

 って、ジュリアは私より上手に焼くものね、私に言われたくないってトコよね?!』


 フライパンに薄っすら油を落としたところに、鶏もも肉を皮目を下に乗せ、アルミホイルを敷いた上に水の入ったヤカンを乗せて焼く、焼き色が付いて皮がカリッとして来たら醤油に砂糖、酒を合わせたタレを入れ、煮詰めながら蒸し焼きにする。要は鶏の照り焼きだ。

 ただ、この焼き方をする事によって、皮がパリッと焼き上がり、食感も楽しくとても美味しく仕上がるのだった。

 マサミの母の姉、久美子叔母さんから教わったレシピだ。

 マサミは子供の頃からこの叔母をクック叔母ちゃんと呼び、よく懐き、この料理上手な叔母から時折料理を教わっていたのだった。

 日本から遠く離れたアメリカに暮らす様になった今でも、このクックパ、いや、久美子クック叔母さんとは時折連絡を取り合っている。今はネットに繋げば距離など関係ないのだ。便利な時代だ。

 そしてマサミはこれをペチャンコと呼ぶ。

 もう少し美味しそうなネーミングにしてあげても良さそうなものだが、ジュリアもこの“ペチャンコ”と言う響きが、面白く、カワイイと言って気に入っているのだった。

 ヴィッキー家族も『PECHANKOYAKI』目当てに時折訪れるくらいで、アメリカ人でも万人ウケするメニューなのだ。

 なので、今日はユーリがいるという事で、ユーリの為に一枚だけ『PECHANKOYAKI』、要はテリヤキチキンをご馳走する事にしたのだった。

 普段はちまいマサミとジュリアの女二人、一枚焼けば十分なので、今日も鶏肉は一枚しか無いが、マサミもジュリアも納豆が大好き、今日は二人は納豆とほうれん草のおひたし、作り置きして冷凍してあった肉じゃがを小鉢で出し、豆腐のお味噌汁でご飯を食べる予定だ。完全に純和食だ。

 マサミはその純和食が心配だった。

 果たしてユーリの口に合うのか、と。

 ジェイミーバーガーは口に合った様だが、マサミの作る純和食の料理に、あそこまでパンチのあるメニューは数少ない。

 その数少ない中の一つのペチャンコを、ユーリ用に保険で作る事にしたのだった。

 それにマサミ達にとっては、ユーリは大男。そんな大男がマサミ達と同じメニューでは、きっと物足りないのだろうと言う危惧も、一つの理由である。


 さて、ユーリの反応を見るのが楽しみだ。


 マサミもジュリアも同じ事を思い、ご飯が炊き上がると嬉々として、出来上がった料理をテーブルに持って行くのだった。


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