第7話 またお買い物終わって帰ってるんです
「なんかこれゴロゴロすんだけど、本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫だいじょーぶ、気にしない気にしない」
綺麗なロングの髪をサッパリ剃髪したマサミが、ユーリに笑いながら答える。いや、マサミのロングヘアは無事だ。
「気にしないって言われてもな、すんごい違和感だぞ」
「大丈夫だいじょーぶ、気にしない気にしない」
マサミ、無理矢理にでも剃髪されたい様だ。
ユーリも眉間にシワを寄せている。当たり前だ。
「本当にコレが慣れんのかねぇ……」
「そのうち慣れるって。だいじょうブイッ」
中々マサミ、古いネタをご存知な様だ。
ここで緊急速報。
マサミ年齢詐称疑惑だ!
マサミは今年34歳。実は……
などと言っている場合では無い。
ジュリアだ。
今、最も重要なミッション。
ジュリアにハートブレイクな訳では無いけどユーリはジュリアと仲良くなる予感プンプンなのにその始まりの設定が見つからないものだから星屑のステージで歌ってみたけどやっぱりちっちゃな頃から悪ガキのナナが割り込みでギザな子守唄を歌うもんだから哀しくてジェラっちゃったら夜明けの息遣いが苦しくって苦しくってひとりきりのKissも逆に悲しみが腕の中へ吸い込まれて来てそれを吸い込んだシンデレラが午後9時キッカリに鳥になった少年の夢をみてもう一度さよならと言ったらその少年はアメリカに向かって唄を歌うと急にモテ出してあの娘とスキャンダラスな恋に落ちていきなりロカビリーな夜がCまで行ってその娘はポップスター!!と感嘆すると最後にサ・ヨ・ウ・ナ・ラと言ったかと思ったらふれてごらんてな事も言い出す始末でだったらと涙ながらのリクエストをしたのだけれどもワーワーワーと天使が裏通りから顔を出して来たんだよって君は言うけど僕は最後に言ってしまうのさ愛しているけどSAYONARAと、作戦。
いや、こんな長いミッション名じゃない。
これはアレだ、マサミのせいだ。
マサミが娘にジュリアなんてハートブレイクな名前をつけたからだ。
よって、この罪は15年前のマサミの罪だ。
無駄な時間を過ごした数少ない人には、後でマサミから謝罪の挨拶があるだろう。個別で。
物凄く逸れた。
戻そう。
えーと、ちょっとスクロールしてっと。
そうそう、やっぱりマサミが余計な事を言うからいけなかったようだ。
ユーリが慣れないカラコンで不快感を表していると言うのに、古臭いネタを知っていたからだ。
ここでまた緊急速報。
今ググ特派員から報告があがりました。
なになに、それによりますと、あのネタは、90年に放映されたCMと言う事が判明したとの事で、マサミはその当時8歳、えー、当時このくらいの年頃だと、一日中「だいじょうブイッ」と連呼して、Vサインしていたとの事のようです。
そしてググ特派員が裏取りの為、マサミの母親に確認したところ、どうやらマサミもその内の一人だったようで、電話取材に応じてくれた母親は「当時は良くそれで笑わせてくれたのですよぅ」と、可愛らしかったマサミのあの当時を思い出した様子で語り、「今は遠く離れたアメリカで暮らしてるんですぅ」と続け、電話越しにも娘を想う母親の心情が、ありありと伝わって来た、との事のようです。そして、今年4歳になる娘のいるググ特派員は、鼻をすすりながら娘の事を語るマサミの母親に、自分と4歳の娘を重ね合わせてしまい、思わず貰い泣きをしてしまったとの事です。ってググちゃん、コレは要らない情報なんじゃ?
何気ない指摘をしてしまい、ググ特派員は今、物凄く私を睨んでます。
先程の緊急速報の誤報と共に、大脱線したことを、ここで深くお詫びを申し上げます。
申し訳ありませんでした。m(_ _)m
と、二回も話しが逸れてしまった。
本題に戻ろう。
マサミとユーリだ。
仕切り直すか。
【注意】ココから読んでください。
第7話 またお買い物終わって帰ってるんです
二人がカラコン装着違和感話しをしているのは、帰宅途中の車内での事で、かなり日も暮れてしまっている。
実はあのあと、騒ぎに気づいた誰かがポリスに通報していた様で、男達が逃げ去ったのを見届けたマサミ達が、今まさに車に乗り込もうとしたところを、サイレンを鳴らしたパトカーが、その二人を取り囲んだのだった。
しかしマサミ達は被害者な訳で、何もやましいところは無かったのだが、ポリスがマサミに男達の特徴やらを聞いた後、最後に念の為と、身分証の提示を求められたのだった。
マサミは勿論持っていたのだが、当然の事ながら、ユーリはそんな物は持ち合わせてはいない。
そのせいで、『念の為、車の中を見せてもらおうか?』との流れになり、マサミは『どうぞどうぞ』とドアを開けて言う事を聞いたのはい良いが、案の定、車の中からあの大剣が出て来てしまい、一騒ぎになったのだった。
マサミはすっかりと、大剣の事など失念していたようなのだ。
そんな一悶着があって、事情徴収が長引いたのだったが、幸いな事に、あの大剣を抜くには多少の魔力が必要だった様で、ポリス達が二人がかりでも抜く事は出来なかった。
それでもポリス達は、この大剣の異様な重さに、『これはこのままでも武器になるな』などと言い合っていて、マサミ達を中々解放してくれなかったのだ。
焦れたマサミが革鎧と鉄兜をポリス達に見せ、この大剣はハロウィンの小道具なんだと、必死に言い訳した事によって、やっと解放されたのだった。
そんなこんなで、すっかり遅くなってしまったマサミは、ユーリと話しながらも、お腹を空かせているであろうジュリアが気になり、ついアクセルも踏み込んでしまう。
「さっき話した様に、ジュリアには本当の事を言って、わかってもらう様にするから、悪いけど、それまで車の中で大人しく待っててね?」
「ああ。別にマサミが悪く思う事なんかねーぞ。俺は面倒見てもらう立場なんだから、そんな事は気にするな」
「ふふ、わかったわ。
まあ、あの娘の事だから、きっとわかってくれるわっ」
マサミは先程の、ジュリアに思い巡らした妄想の様な自問自答で、ジュリアには正直にユーリの事を説明し、二人で力を合わせてユーリの秘密を共有し、ユーリが騒ぎに巻き込まれない様、親子で協力して行こうと決めていたのだった。
「だから、多分ジュリアに証明する為に、簡単な魔法をやってもらう事になると思うけど、家の中でも出来る危なくない魔法って、なんかある?」
「アレじゃダメなのか?」
「アレ?」
「あの服を洗うヤツだ」
「あー、アレねっ!
そうねぇ、アレをみたらジュリアも納得して信じてくれるわね。
でも、もう洗濯終わっちゃったからなぁ。
あ、そうか、魔法で濡れた物を乾かすのを見せればいいんだから、大量に洗濯する必要なんて無いわよね。
一枚だけでも十分ね。ユーリ、それでいきましょ!」
「ああ。
あんなんでいいんだな。じゃあ、適当な下着を持って来てくれりゃあ、濡らすところからやってやるぞ」
「………」
ユーリは最初に足元に飛んで来た、マサミの普段履き、大き目ベージュショーツを思い浮かべていた。アイテム限定で理解した様だ。
マサミは顔を急激に赤く染める。
と、その時、ワゥゥーっと直ぐ後ろでサイレンが鳴った。
マサミは驚いてバックミラーを見ると、赤色灯を点滅させたパトカーがそこにいる。そして、瞬時にダッシュボードのスピードメーターへ目を移し、マサミは顔をしかめる。
スピードオーバーだ。
今日のマサミはつくづくツキに見放されている様だ。
この通い慣れた道では、今まで一度も捕まった事など無いと言うのに。
マサミは観念して、車を右側の路肩に寄せて停まる事にした。
『ちょっとスピード出ちゃってたねぇ』
ドアウインドウをコンコンと軽く叩いたポリスは、マサミにウインドウを開けさせ、お決まりの常套句を言う。
『そんなに出てましたぁ?』
『まあ、少しだけどな。でも少しでも違反は違反だ、免許証を見せてくれないか?』
ポリスに言われ、渋々マサミはバッグから免許証を取り出す。
『あのぅ、さっきですねぇ、ちょっとした騒ぎに巻き込まれまして、そちらのギッグス刑事にお世話になったんですよぉ。あ、勿論被害者ですよ、私達っ』
『それは大変だったな。でも、それとこれは別だからな』
マサミが免許証をポリスに渡しながら話すが、それにポリスはにべもなく返す。
『その時、私達を無理に引き止めてしまって、すまなかったって言う事で、何か困った事があったら電話してくれって、ギッグス刑事に言われたんですけどね。このカード、今使ってもいいですか?』
ポリスは苦笑いをして、鼻先を掻いている。
『まあ好きににしろ、でもそんな事しても変わらないぞ』
ポリスの言葉を聞いたマサミは早速、先程登録したばかりの、ギッグス刑事の携帯に電話した。
『なんだよ、もうトラブルがあったのかぁ?』
ギッグス刑事は鬱陶しそうな声で電話に出た。
先程、マサミは時間を無駄にされた事に怒り、クレーマーさながら食い下がって、この貸しを何処かで清算しろと喚き立て、渋々ギッグス刑事がそれを了承したのだった。
ギッグス刑事は『困った事があったら電話してくれ』とは決して言っていない。
マサミがアメリカに来て、最初に必要にかられ身につけた、自己都合主張力を発揮させたのだ。
『ギッグスさん達に時間を奪われたせいで、ちょっとよ、ほんのちょっとスピードオーバーしただけで、捕まったんだけどぉー。ちょっとコレ、なんとかなんないのっ!
あの拘束時間を考えたら、こんなちょっぴりなスピードオーバーなんて可愛いもんじゃないのよっ!
こんなんで捕まえられたんじゃ、溜まったもんじゃ無いわよっ!
ちょっと聞いてんのっ!?』
マサミがスマホに怒鳴りつけている。正確にはギッグス刑事だが。
ユーリにはそう見えている。
ユーリは急に訳のわからない言葉で激昂したマサミを、目を真ん丸くして見ている。
『ああ、ちゃんと聞いてるから、そんな大声だすなよ』
『大声も出るって言うのよっ!
早くなんとかしなさいよっ!』
『……………………わかったから、じゃあ、そこの警官に代われ』
ギッグス刑事はスマホを耳から遠ざけていたのか、酷く間を開けてから、不承不承マサミに言った。
『あのー、ギッグス刑事が代わって欲しいって言ってますーっ』
マサミは後ろのパトカーへ戻ったポリスに、手を振りながら声をかけた。が、あくまでも、ギッグス刑事が率先して代わって欲しいと言った口調だが。
アメリカでは声が大きい方が勝つ。
どんなにその主張が間違っていても、堂々と自分の主張を言ったもの勝ちだ。
遠慮などしていたら、それこそアメリカでは生きていけない。自己主張を通す国なのだ。いや、通さなければならない国なのだ。
役所などは如実にそれが現れる。
遠慮などしてると、自己主張の強い声高の者共に横入りされて、いつまで経っても自分の用事を済ます事が出来ない。
マサミも2年前の離婚手続きの時には、それをマスターしていたが、結婚当初は役所の手続きともなると、一日がかりと腹を決めなければならないほどだった。
マサミは成長したのだ。
必要にかられ身につけた、自己都合主張力のおかげで。
『………わかったわかりました、わかりましたよぅ。今夜絶対ビール奢ってくださいよっ。じゃあ、今回は見逃しておきますんで、はい。では』
ギッグス刑事が交渉に成功した様だ。
ポリスは微妙な顔でマサミにスマホと免許証を返すと、『これからはスピードに気をつけろよ』と、呆れる様に言ってパトカーへ戻って行った。
完璧なまでのマサミの勝利の瞬間だ。
マサミはアメリカ合衆国連邦政府に勝ったのだ。
「あ、なに話してたっけ?」
そんな大業を成し遂げたマサミは、力抜けした声でユーリに問い掛ける。本気でド忘れしている様だ。
「ああ、魔法の話しだったな。
俺がマサミの娘に簡単な魔法見せるって話しだ。
まあ、マサミの下着で実演するって事で話しが纏まったけどな」
「纏めてなーいっ!」
マサミが顔を真っ赤にさせて叫ぶ。
一体このちまい身体の何処から、こんな大きな声が出て来るのかと思う程に。
「下着じゃなくていいのよっ。濡れた物が魔法で乾けばそれでいいの。勝手に決めつけないでよねぇ、もう」
マサミは少し落ち着いた声で言って、車のエンジンをかけた。
わが家は、もう目と鼻の先だ。
ユーリの戸惑う視線を尻目に、マサミは急ぎ車を走らせる。
今度はスピードには十分に気をつけて。
☆
『ただいまぁー』
マサミはユーリを車の中で待たせ、酷く疲れた顔で家に入って来た。
『おかえり、ママー。
遅いから心配したわよぅ、丁度今電話しよっと思ってたところだったんだからねー』
ジュリアが二階から話しながら降り来る。
『あれ?
ユーリはどうしたの? 帰っちゃったの?』
『うん、今、ユーリには車の中で待っててもらってるの。その前にジュリアに先に話したい事があるからね』
『なんで?
てか、早く入ってもらえばいいじゃない』
『だからその前に、ジュリアに言っておかなきゃいけない事があるのよ。二人で話しましょ?』
ジュリアはマサミの前まで来ると、マジマジと顔を見て艶っぽい笑みを浮かべる。
『いいよ、ママ。私ももう大人なんだから、別に隠さなくたっていいからっ。ママが気に入った人なんだから、私はなんにも言わないよ。
私の了解なんて取らなくていいんだからね。さっきも言ったけど、ママはママの好きにしていいのよ。
それに彼、チョーカッコイイしねっ!
でも、弟ね、私、弟が欲しいから、産み分けよろしくねっ!』
ジュリアはマサミにウインクすると、嬉しそうに家を飛び出して、ユーリのいる車へと駆け出して行ってしまった。
もしかしたらジュリアは、マサミの疲れた顔を見て、大人の“秘め事”と勘違いしたのかも知れない。
片道20分、買い物の時間を入れても、普通なら小一時間ほどで帰って来られるところを、乱闘騒ぎや、二度に渡る警察からの足止めを食い、マサミ達は3時間半強の時間を要してしまっていた。
ジュリアだって経験こそ無いにしろ、“秘め事”に要する時間などの情報は、それなりに入っているだろう。
アノあとはやたらと疲れるとか、逆にハリが出るとか、あれやこれやと夢見るガールズトークのオンパレードだ。
マサミは唯一の家族であるジュリアに全てを打ち明け、二人で協力してユーリを世間から守り、そして帰還を応援すると言う計画が、ガシャガシャ、チィンと、崩れ落ちる音を聞いたのだった。