第6話 またお買い物に行ったんです
二度手間もいいところである。
ただ本当にいいところがある。
片道20分、往復40分と、ジュリア対策の時間が取れるのだ。
家から再度車をバックさせた時、『ママ、帰って来たんじゃないのっ?!』と、ジュリアが既に帰宅していて家から飛び出して来たから尚更だった。
しかしながら、いいところばかりでも無い。
時間を無駄にするのは言わずもがなだが、『買い忘れた物が有るから、もう一度行って来るわ』と言って、マサミが車を出そうとすると、『私も行くーっ』と、なんとジュリアが後部座席に飛び込んで来てしまったのだ。
マサミが『ヴィッキーなんかが来るかも知れないから、ジュリアはお留守番しててちょうだい』と説得するのだが、『居なかったら、携帯に電話するっしょ?』と、マサミはジュリアの至極真っ当な答えにぐうの音も出ず、ただただ目ヂカラのみで押し切り、半ば強引に何の正論も無く、ジュリアを車から追い立ててしまった。
何の根拠も無く、ただダメなものはダメと頭ごなしに。
これはマサミが一番嫌っている事の一つで、娘のジュリアにも一度もやった事は無い。
むしろジュリアには、そう言う人間には絶対になるなと、常々口を酸っぱくして言い聞かせていた事だ。
でも、マサミはやってしまった。
よりによって、そのジュリアに。
アイスクリームを買って帰ろうかしら?
いや、物で釣る様な真似を絶対にするな、と言うのも、同じく言い聞かせていた事だ。
自分で自分の首を絞めているのか?
いや、あれはあれでいいのだ。今回は自分が悪いのだ。
帰ったら素直に謝ろう。うん、それが良い。
きっとあの娘は、昔ジェフに見せた優しさを私にも見せてくれるだろう。
大人を手のひらで転がす出来た娘だ。そうだ、私もジュリアの手のひらで転がればいいのだ。なんだ、簡単な事じゃないか。いや、私はあの娘の母親だ。娘の手のひらで転がってどうする。いやいや、転がってる様に見せかけて、その実、母親の私が主導権を握っていればいいのでは無いか? いや、これは浅はかな考えと言うものだろう。そもそもこの場合、主導権とはなんぞや、と言う事だ。ふと、手と言えば、昔修学旅行で行った、大きな手をしていらっしゃる奈良の大仏様、毘盧遮那仏が頭を過る。そうだ、あれだ、あの施無畏印与願印。恐れる事なくなんでも話せるのが、家族と言うものなのだ。そうした上で、私はジュリアをあの毘盧遮那仏が如く、優しい目で見守ってあげればいいのだ。私の娘はジュリアしかいないのだ。そして、ジュリアにも母娘は私しかいないのだ。
その既成事実は不変なのだ。
悩む事など無いのだ。
真っ直ぐに愛せばいいのだ!
ん?
嫌な視線を感じる。
「流行ってんのか、そう言うの?
さっきからとっくに着いてるぞ」
ユーリが先程と同じ様に、右肘を車のグローブボックスの上にのせ、そのまま頬杖をついてマサミをじっと見ていた。デジャブだ。
周りを見渡すと、確かに駐車場に着いている。しかも、先ほど停めた場所と全く同じ場所に停めている。真性デジャブだ。
無意識にやっている自分が怖くなるマサミ。
「あ、そ、そうね、着いてるわよ、ね……。
ほら、行くわよっ、迷子にならないでよねっ!」
最初こそ動揺を見せはしたが、逆ギレ気味に言い放つ事によって、乱暴に危機を乗り越えるマサミ。
マサミ待ちしていたユーリは、やれやれと言った表情を浮かべて素直にマサミに続いた。
(しかしなんなのよ私。幾ら別れ際に気まづい思いをしたからって、こんな失態あり得ないわよね。完全に異世界ペースだわ)
ジュリアの事でうじうじと考えを巡らし、ジュリア対策の為の時間を半分も無駄にした気がしたマサミは、自分の失態を異世界のせいにする。言い換えればユーリのせいにしてる。ユーリにとっては溜まったものでは無い。
「しっかし、悪りぃな本当。俺の為に色々考えてくれて、金も使わせちまって。
どうやって礼をすればいいか、今のところわかんねーんだけど、必ず礼はするからな」
ユーリ、いいヤツだ。
こんないいヤツにマサミは責任転嫁しているのだ。
こっれはマサミの株が下がったなー。誰が言ったかは私は関知しない。
「そんなお礼なんていいからっ!
それより、早く帰れる方法を見つけなきゃなんだから、これからが大変なんじゃない?」
「ま、まあな……」
存外マサミはユーリの事をちゃんと思ってあげていた様だ。無論、そんな事は読み返せばわかる事なのだが、他に面白いネット小説を読んでいるので、そんな暇は私には無い。この小説を読み返すほどの生産性の無い事は、この世には存在しない。それこそ、そんな時間があるならば、その時間を有効活用し、学生は勉学に、疲れた主婦はパチンコなんかもいいだろう、サラリーマンだと…っと、話しが逸れ過ぎた。
マサミとユーリだ。
そうそう、ユーリが曖昧に返事を濁したのは、その、帰る方法と言うのが、皆無に近いのではと危惧していたからだった。
もし仮に、元の世界でユーリを転移トリップさせた何者かが、ユーリを召喚ないし再転移させて、再び呼び戻す様な事が出来れば別なのだが、ユーリはここへ来て未だ数時間しか経って無いが、その短い時間この世界を見ただけで、自分のいた世界には無い便利な道具こそ有れ、魔法の魔の字も見当たらない世界だと理解した。それはマサミの反応を見れば如実で、先ほど見て回った街の者たちを見ても、それは明らかな事だったのだ。
第一、人や物に魔力を感じないのだ。これは百聞は一見にしかずの上を行く。ユーリの世界では見えないながらも、その強弱こそ有れ、其処彼処で魔力を感じる事が出来たのだ。
ユーリの世界にも、稀に魔力を持たない者もいる。しかし、それは極々限られた希少な者で、ユーリも長いこと冒険者として旅を重ねて来たが、そんなユーリでも未だ一度も見た事が無いくらい希少な存在なのだ。
それが、この世界にはそんな存在が溢れている。ユーリはこの数時間、魔力感知に気を入れて探り、魔力を“感じ”ていたのだが、見かけた者全て、魔力を感じ取れない。
きっとこの調子で行くと、この世界の者達はほぼ全て、魔力を持っていないのだろうと、容易に想像出来てしまった。
そんな、魔力が皆無のこの世界で、神代級の魔法を複数組み合わせなければならない様な、異世界への転移や召喚などが出来る者は、一体何処にいるのだろうか。
考えなくてもわかる。そのような者は、この世界には存在しないのだ。
ユーリはそこに思い至っている。
勿論ユーリは、自分がいた世界でも、規格外の魔力と、体術、剣術の戦闘能力を有していると自負している。しかしそれでも、異世界への転移や召喚などはやった事もなければ、それが実際に行われたと言う噂すら、一度も聞いた事が無かった。
正直、お手上げである。
しかし、帰るには何かしらしなければならない。絶望的な何かしら、を。
自分にそれが出来るのかはわからない。いや、やるしか無いのであろう。
が、しかし、今はその絶望を考えたく無かった。
いや、考えられなかったのだ。
「この色がいっかなぁー……」
ユーリのそんな思いを知ってか知らずか、マサミは何気に楽しそうで、先程からカラーコンタクトの色選びに夢中になっている。
当然の事ながらユーリは、ティアドロップ型の真っ黒な濃いサングラスをしているので、色などわかったものではない。
なのでマサミ達は先程から、“コッソリ”と店の隅に行ってはユーリを屈ませ、サングラスをほんの少しずらして目の色を確認し、そしてまたカラーコンタクトのサンプルのところへ戻り、を繰り返している。
楽しそうなマサミはさておき、接客する方の店員は溜まったものではない。
その満面の笑みの裏でグングンと成長する、殺意に似た苛立ちを隠しきれなくなりつつあるのだ。
何故ならマサミは、ユーリの目の色を確認する度に、店の隅へ行ってサングラスをずらし、それをチェックしているのだが、この店員の居る角度からだと、完全に、チュッチュしてる様にしか見えないのだった。全く“コッソリ”などしていない。
まさしく、プレイである。
店員からして見たら、マサミ達は露出、晒し系、自分は放置、おあずけ系統の部類に当たる。同じ系統で表しているが魔術では無い。もう一度言おう。プレイである。
残念ながらこの店員、放置、おあずけ等、そっち系統は苦手らしい。私からはそう見える。あ、失礼。
とにかく、この店員はマサミ達が商品サンプルを見に来ると笑顔。チュッチュしに行くと顔を歪める。のスイッチを、カチャカチャ入れ替えている状態だ。サラリーに見合っていない。と店員は思っているのだろう。アップチージが必要だ、と。
『あ、ありがとうございました、帰りは気をつけてお帰りくださいませー』
店員は生でカラコンを渡し、引きつった笑顔でマサミ達を送りだす。
生でカラコンを渡したのは、決して悪意が有っての事では無い。アメリカとはそういうものだ。近頃は大分マシになったが、過剰包装、レジ袋と、当たり前になっている日本とは違うのだ。
が、この店にもレジ袋はあるのだが。
決して悪意では無い。はずだ。アメリカ万歳。
「へへーっ、なんか楽しみーっ!
車ん中で早速つけちゃおうよ、そしたらもうサングラスともおさらばよっ」
店を出たマサミは、やけにはしゃいでいる。
カラコンなぞ買うのはウン年ぶりだ。いや、ウン十年ぶりかも知れない。
若かりし頃のマサミはカラコンを付けて、良く盛り場へ繰り出していたものだ。
当時は、今ほど気安く買えない価格と経済力だったので、久しぶりに買ったカラコンで、たとえそれが自分用では無くとも、昔を思い出しテンションが上がってしまった様なのだ。
要らない話しだが、テンションと打つと店員と予測変換された。全くもって要らない話しだが。今はピコピコとスマホで打っているので、その臨場感が伝われば、と。
『いやいや、そんな臨場感要らないつーの』
ごもっともなツッコミです、ジュリアちゃん。出来たら日本語か大阪弁でお願いしたいところだが。
さて、なんだっけ?
そう、マサミが浮かれてはしゃいでいたのだ。
「でも、悪りぃけど、それだけは気が進まねーなぁ。アレを目の中に入れんだろ?
それやんのって、本当に必要なのか?」
「ユーリが帰れる日が来るまで、どのくらいかかるかわからないんだから、これはここで平穏に暮らす為には必要よー。それに、最初は抵抗あるかもだけど、慣れると案外なんとも無いわよっ」
「そんなもんかねぇ…」
と、ユーリが言いながら、マサミに近づいて肩を抱く。
マサミは思わずハッとするが、ユーリの真剣な面差しが、そんな甘いものでは無いと教えた。
緊張の中にも冷静でいて落ち着きのある、自然体と言うべきか、一見何も変わらない様にも見えるが、ユーリの戦闘態勢の顔なのだ。
マサミは今日、ユーリの体術を身をもって体験していたので、それが何かを感じ取れたのだ。
「懲りねーヤツだなぁ。
マサミ、どうしたがいい?」
先程のタトゥー男が仲間と屯していた様で、マサミとユーリに気づいたタトゥー男が、飛んで火に入るグラサンの勇者とばかり、今度は数を頼りに、ゾロゾロと20人ほどの仲間を引き連れて、マサミ達の元へと歩いて来たのだった。
「どうって、どういう事?」
「いや、あんなヤツらがウロウロしてたら邪魔だろ?
これで2回目だし、ほら、ヤツらナイフも持ってるじゃねーか。俺は殺っちまった方がいいと思うんだが、ここはマサミの街だしな、駆除が必要かどうか、マサミに聞いてからの方がいいと思ってな。
殺るんなら魔法使えば塵みてぇにしちまえるぜ」
「ちょ、ちょっと待って、ヤ、ヤルって殺すって事?」
「当たり前ぇじゃねーか、他にどの殺るがあるんだ?」
「ダメーーッ!」
マサミがユーリの本意を聞いて、思わず大声で叫んでしまう。
『おいおいおいおい、こっちの数が増えたからって、今更命乞いは聞き入れねぇぜ。まあ、お前は後でヒィーヒィーと別の命乞いさせてやるがな』
タトゥー男が下卑た笑みを浮かべて、マサミをねっとりと舐める様に見て来る。
『最も、少し歳が行ってるみてーなんで、全員が全員相手してくれるかわかんねーけどな?
ジェフ、お前は一番若ぇんだ、どうだこの女?』
男達が下卑た笑い声を立てる中、タトゥー男が、すぐ後ろにいる未だ幼さが残る少年に声をかける。
『俺は無理っすかねー。まあ、ジャップは案外いいのかも知れねーんで、終わったヤツの意見を聞いてみてってところっすかね?』
ジェフと呼ばれた男が戯ける様に言って、皆の嘲笑を誘う。よりによってジェフだ。
マサミにとって今日と言う日は、ジェフに散々な目に遭わされているとも言える。
『なあ、みんな、ジェフがこう言ってっけど、俺はジャップとヤってみてぇぜぇ。
まあ俺の為に、この女は程々に頼むぜっ!
あと、さっきも話しだが、こいつは変な技使うんで心してかかれよっ』
タトゥー男が言うや、自分の首に巻きつけられていたチェーンを手に取り、ユーリに向けてブゥオンと投げつけた。
タトゥー男の膂力が凄まじいのか、チェーンが鞭の様に軽々しく凄いスピードでユーリを襲った。
が、ユーリは例によってゆらりとブレた様にも見せて、ほぼその場を動かずにチェーンを躱す。
「ユーリ、殺さない程度にねっ!
あ、それとあの若いのは、お仕置きしてちょうだいっ!」
マサミはタトゥー男の一撃を、ゆらりと余裕で躱すユーリを見て安心したのか、ユーリに無理な注文をつける。
ユーリは、一瞬苦笑いを貼り付けた顔をマサミに向けると、一撃を躱されて逆上したタトゥー男と、その周りに居た数人が一斉に殴りかかって来るのに視線を戻す。そして次の瞬間、ユーリが左足を一歩下げただけで、数人が絡み合う様に団子状に重なり、それぞれの利き手を重ね合わせる様に、一人のユーリに手を取られていた。いや、触られていたと言っていい。
例の如く男達は自分の手を引く事が出来ない。
それどころかその男達の顔は皆、苦悶の表情を浮かべている。
何がどうなっているかわからない男達。
その様子を、今まで下卑た笑いを浮かべていた残りの男達が、呆気に取られた様に見て顔を引きつらせる。
が、それは一瞬で、それを見た男達はヘラヘラと笑い、タトゥーの男達を馬鹿にする様に『真面目にやれよ、デイブ!』『遊んでんじゃねーぞっ!』などと口々に嘲笑を浴びせる。
確かにタトゥー男と一緒に殴りかかった男達は、遊んでいる様にしか見えない。
そのくらいユーリの体術はゆらりとゆっくりしたもので、直ぐにでもぶちのめす事が出来そうなのだ。今もユーリは、数人の男達に軽く触れている様にしか見えず、そして全くユーリに力が入っている様には見えない。
『ほらほらほらほら、遊んでねーで、さっさと殺っちまえってっ!』
誰かが叫んだと同時に、周りを囲んだ者の中から新たに三人の男が、肩を左右に揺らしながらユーリに歩み寄る。三人とも刃が鋸の様になったサバイバルナイフを持っている。
『へへ、殺っちまうぞぉ』
一人は腰をかがめ、二人は相変わらず肩を大きく左右に揺らしながら、ニヤニヤとユーリを見ている。あと一、二歩で死地のへの境界線と言ったところだ。
『ほらほら、お前ぇらもビビってんのか?
遊んでねーで、とっとと殺っちまえよっ!』
外野からの罵声で、三人の表情に殺気が生まれる。
肩を揺らした一人が、他の二人に目配せすると、腰をかがめ戦闘態勢に入っていた男がユーリに襲いかかった。と、同時に他の二人も時間差で殺到する。
ユーリはくるりと反転すると、団子状になっていた男達が一斉に崩れ、それぞれの利き手を絡め合わせたまま倒れこむ。倒れても尚男達の手は絡み合ったままだ。まるでそれぞれが、相手の関節を極めてる様に絡まっている。
ユーリはそれには目もくれず、次のナイフの男達の間をすり抜ける様にゆらりと動き、そのすれ違いざまに、最初に動き出した男のナイフを突き出す手を、肘の辺りから軽く触れる様に脇の下まで滑らせる。
次の瞬間、その男の手からナイフが飛び、他の二人のナイフを突き出した腕を、その男の腕が絡め取る様にして重なり合った。
今、ユーリは右手を最初の男の脇の下に添えたまま、左手をその男が絡め取った二人の男達の指を同時に握っている。いや、ユーリの左手の指に絡まってると言って良い。
その時も緩慢な体捌きに見えたユーリだが、手の動きだけは速く、ブレる様に残像がぼやけていた。
『ヴゥェッ……』
『グヮガ、ガ、ガ、ガ、ガ、ガァー』
『デゥデ、デ、デ……デ、デ』
苦悶の表情とともに、悲鳴にならない叫び声を漏らす男達。
案の定、男達は自分の手を引く事も出来ず、ただユーリのなすがままにされているのだ。
そのユーリは涼しい顔で、相変わらず力を入れてる様子も無い。
流石に周りで見ていた男達が騒ついた。
一歩、二歩と男達は後ずさる。
『テ、テメェ、そ、その手を、は、離しやがれっ!』
カタカタと震えながらも、周りで見ていた男の中から、一人の男がピストルを構えて言い放つ。
ユーリはその男をチラリと見るが動じない。
言葉がわからないのも有るが、ピストルと言うもの自体、初めて見たと言う事もあるのだろう。
『は、離せっ!
い、今すぐ離しやがれっ! は、早くしろっ!』
男は尚、どもりながらも叫びたてる。
ユーリは三人の男に手を添えながら、マサミの方を見て首を傾げる。
『こ、この人英語が話せないのっ、だから、だから話しが通じて無いだけだから撃たないでっ』
『だ、だったら早くお前が通訳して止めさせろっ!』
男がマサミに怒鳴りつける。
マサミはユーリに男の言っている事と、あのピストルは危険な武器だと言う事を伝える。
「どう危険な武器なんだ?」
ユーリは思いの外長閑な声で、いつもの様にぶっきらぼうに聞いて来る。
「どうって言われてもねぇ……。あの先っちょから、鉛の弾がビュンて物凄い速度で飛んで来るってところ? かしらねぇ?」
「そっか、それはどの位の数が飛んで来んだ?」
「どの位ってねぇ、まあ、一度にたくさんは出て来ないかしら。
うん、一度に一発よ。でも連続して撃つ事が出来るかな?」
「んじや、避けられんじゃねーかな。大丈夫だと思うぞ。
それより、そんな危険な武器持ってんなら、やっぱ殺っちまうか?」
「…………」
『テ、テメェ、な、なに呑気に話してやがんだっ!』
マサミはユーリが思いの外いつもの調子だったので、それに引き込まれて普通に会話してしまっていた。
『あのぅ、止めた方がいいと思うんですけどぉ?』
『な、なに言ってんだテメェ、この状況がわかんねーのかっ!』
『いや、だから、この状況をこの人に説明したら、この人、ピストルで撃たれても避けられるから大丈夫って言うのよ。
それでこの人、そんな危険な武器を使って来るんなら、あなた達を殺しちゃってもいいかって言ってるのよ。
だから悪い事言わないから止めときなさい?』
『なっ……』
男はマサミの話しに言い返そうとするも、言葉が出て来ない。
『それにこの人、本当は最初っから、あなた達を殺してもいいかって私に聞いて来たのよ。
それを私は止めてあげてたんだからねー。
私が止めてなかったら、今頃あなた達はものも言えない死体になってたところなのよぅ。
だから一度救われた命なんだから、その命は粗末にしないで欲しいのよ。わかってくれる?
お願いっ!』
マサミは最後に顔の前で両手を組みあわせ、祈る様にお願いした。
男はマサミの話しに、顔を赤くさせたり青くさせたりしながら聞いていた。そして今は小刻みに手を震わせて、何度も生唾を飲んでいる。
男は、ユーリの不思議な動きに圧倒され、今も仲間がユーリに触れられているだけで、何も出来ずに悲鳴を上げている事を思えば、マサミの言葉もあながち嘘では無い気がしている。
そして、顔色一つ変えずに不敵に佇み自分を見ているユーリに、男は絶望的な戦慄を覚えているのだった。
『わ、わかった、も、もう俺は降りたっ。だ、だから、そ、そ、そいつに、こ、殺さない様に、もう一度、もう一度、言ってくれ。た、頼む』
『よ、良かったぁ………。
わかったわ。でも、先にそのピストルをどうにかしてくれない?』
『わ、わかった、わかったから絶対に殺さないでくれよっ?!』
男はゆっくりとピストルを下ろすと、そうっと前かがみになり、ピストルをアスファルトに滑らせた。
ピストルがマサミの足元に滑って来る。
マサミはそう言う意味じゃなかったのに、と言った具合で、足元のピストルを親指と人差し指で摘む様に拾い上げた。
「ユーリ、もう、相手は降参するって。
だから、もう許してあげて?」
「いいのか?」
ユーリがマサミに念を押すと、ひょいっと男達から離れてマサミの元に歩み寄って来る。
ユーリに手を離された男達は、先ほどの男達と同じ様に崩れ落ち、手を絡め合わせたまま倒れ込んで悲鳴をあげた。
『ほら、この人の気が変わらない内に、早くこのお友達を連れて帰ってっ!』
マサミが言うと、ピストルの男は話しも聞かずに逃げ出して行く。そして、他の数人が倒れている男達を助け、這々の体で逃げて行った。
「ふぅぅぅー」
男達が先を競う様に逃げて行くのを見ながら、マサミは盛大な溜息を吐く。
「本当に殺らなくて良かったんだよな?」
「…………」
マサミはユーリの言葉に背筋が冷たくなる思いもしたが、ユーリが微かに微笑んでいるのを見て、少しほっとする。
「あの若いのも未だ懲らしめてねーが、帰しちまって良かったのか?」
マサミは苦笑いをして、コクリと頷いた。
「帰りましょっかね?」
「そうだな」
ユーリと出逢ってから未だ約5時間。
マサミは濃ゆい時間に、一日分のパワーを使い果した心地になる。
「あとはジュリアだけね…」
少し眠気を覚えるくらいの疲れを見せるマサミは、最後の力を振り絞る様に、ポソリと独り言ちるのだった。
ただ、マサミは忘れているが、夕食の支度もしなくてはいけない。
そう、母は大変なのだ。
そんな多忙の母は、ユーリと言う新しい家族? が増え、食い扶持も稼がなければならない。
がんばれマサミ!
君なら出来る!
そうだ、どのくらい居るかわからないが、君を知る人も君を応援している。
そして、マサミの長い一日は未だ未だ続くのだった。