第5話 お買い物終わって帰ってます
「絶対魔法つかったでしょーっ、ちゃんと白状しなさいよねー」
「だから魔法は使ってねーって。さっき約束したじゃねぇのっ」
「嘘、絶っ対使ってるー、だってあんなんあり得ないもん。
あんなデッカい男が、なんか遊んでたみたいだったわよっ。アレは絶対なんかやったのよっ!」
「あのくらいは魔法なんか使わなくったって、出来るんだって。まあ、どうでもいいけどよぅ」
「どうでもいいって、やっぱり使ったって事なんでしょう?」
「しつこいな、お前、どうでもいいけど使ってねーもんは使ってねーって事。
もう終いだ、この話しはっ。うるせえっつーのっ」
「なに、逆ギレてんの?
あんなチンタラチンタラひょひょひょって動いてて、魔法使ってないって言い張る方がいけないのよっ」
「…………ちっ」
帰りの車の中で二人は言い合っている。
先ほどの男との騒動が、魔法を使っただの、使ってないだのと、もうもう、どうでもいい話しだ。
しかし、この二人以外の人間がこの話しを聞いたら、どうでもいいなどとは言ってられないかも知れない。
まあ、大概は頭のおかしなカップルとしか、見てくれないのだろうが。
それに、この悶着にはマサミの照れ隠しが顔を潜めている。
先ほどの“間接キス”が、ボディブローの様に時間が経つにつれ効いて来て、必然、密室になる車内でそれが爆発して、何かを話していないと落ち着かない心境になっていたのだった。
「ねぇねぇ、怒った?
でも使っちゃったんでしょ、魔法?」
「…………」
完全に無視を決め込んで、流れる景色を楽しみ出したユーリ。
ドアウィンドウに両手をつけて、景色を楽しむ姿は、まるで子供の様でもある。
マサミも無視を決められていなければ、母性本能をくすぐられていたのかも知れない。
「それにしてもユーリの髪って不思議よねー」
暫く無視を決められて、流石に気まずくなったマサミは、ごく無難な話しに切り替えた様だ。
「聞いてるのっ!?
ねぇ、もういい加減返事してよぅ」
「……………」
「わかったわよっ!
アレは魔法じゃありませんでしたっ。ユーリが言っていた様に、体術でやった事ですっ」
マサミは折れた。
こんな事なら、あんなに引っ張らなければいいのに、と私は思ってしまう。誰だ、私って。
「何が不思議なんだ?」
流石勇者だ。
こう言う舌戦の心得もある様だ。と私は思ってしまう。もういいな、コレ。
「だって、ユーリの髪って太陽の光に当たると青に見えるじゃない?
それって完全に不思議よぉ」
「そうなのか? やっぱり。
まあ、俺の世界でも珍しかったんだが、マサミも今までそれに触れなかったし、街で青い髪したヤツがいたから、こっちではあまり珍しくないのかと思ってたよ」
「いや、私はなんて言うか、ユーリに関しては驚きばかりなんで、いちいちツッコんでたら疲れちゃうって思ったからよぅ。
それにあの青い髪の子は染めてんのよ、アレ、本当の自分の髪の色じゃないから。こっちの世界では青い髪の色はいないわよ、私の知る限りはね」
「そっか。
まあ、それがいいやな。珍しい色ってだけで疎外されずに済むだろうしな」
「………」
ユーリの過去に、髪の色の事で何か嫌な思い出があるのだと気づき、マサミは次の言葉が瞬時に出て来なかった。
「まあ、アレだ。人は自分達と違う物を嫌う節があるからな。髪の色だけでは無く、色々と、な……」
マサミの沈黙の意味を察したのか、ユーリはぶっきらぼうながら、幾分明るい声で言った。
「そうよねぇ……。
でも寂しい事よね、それって?」
「ああ、そうだな」
ユーリはマサミに短く答えると、ドアウィンドウからフロントガラスに目を移し、フロントガラスの先に見える景色を寂しそうに見る。
「でも、マサミの様に、皆が皆、一時は理解して、そんな気持ちが無くなったとしても、次第にまた時間とともに戻っちまうんだよな。
でも、戻っちまっても、また誰か一人でもマサミの様に思っているヤツがいれば、またそれが浸透して行くんだと思う。それが順繰りと繰り返してその数が増えれば、そのうち俺の世界も、マサミの世界も、争い事は無くなるんだろうな」
何言ってんのコイツ。なんて思わないでやって欲しい。
ユーリにはユーリの見てきた物がある。
その見てきた物を咀嚼し、彼なりに思うところがあるのだろう。
マサミはそのユーリの横顔を見ながら、ユーリが背負ってきた憂鬱の陰がどんな物なのか、自分には到底理解出来ない何かなのだろうと、そう思いながらも、切なさが泉から溢れ出て来る様な、常に言葉が足り無い心持ちになって来る。
今の自分では下手に言葉をかけられ無いと。
「あ、丁度いいや。
マサミ、あそこで一度車を停めてくれ」
なんとも言えない沈黙が流れ始めた時、ユーリがおもむろに言い出した。
マサミはユーリに言われるまま、右手に見える少し開けた空き地へと車を寄せた。
「どうするの?」
車を停めたマサミは、助手席のユーリに問いかける。
「まあ、降りろよ」
「へ?」
もしかしたらトイレ?
などと、マサミは車内の雰囲気的にはあり得ない事も考えてしまい、そんな時は「家まで我慢しなさいっ」と、毅然と言うべきかなのかどうなのかなどと、勝手にシュミレーションし、最終的には整理現象なのだからしょうがないのかな、と妥協する事まで考えてしまっていた始末。
そんな事を考えていたせいか、マサミはさっさと先に降りて行ってしまったユーリを、戸惑い訝しみながら慌ててその後を追う。
「ほら、なんか変な話しになっちまったから、外の空気を吸いたくなっただろ?
だからマサミの一つの憂いを拭っちまって、お互いスッキリすんのも一興かなってな。
まあ、本当のところは、憂いでもなんでもねーだろうがな」
「どう言う事?」
「ほら、これ持ってみろ」
マサミは車を降りてから、何事かと訝しく思って見ていた物があった。
その訝しく見ていた大剣をユーリに差し出され、マサミは益々戸惑ってしまう。
「いいから、ほら」
と、ユーリは大剣をシャガンと鞘から抜き払う。
そしてユーリは、その大剣をマサミに手渡す。が、マサミは手渡された瞬間そのままに、シャバリとその重さに持ちきれずに、剣先を地面に突き刺してしまう。
「あれ?
マサミには重めーか。なんか締まらねーな、ハハ」
ユーリがボリボリと頭を掻いて苦笑いをする。
そして、独り言の様に「しょうがねーか…」と呟くと、地面に刺さった愛剣を軽々しく抜いて鞘に納めた。
「仕方ねーな。それじゃマサミ、俺に殴りかかって来い」
ユーリはそう言うと、マサミの眼前でのそりと立った。
「殴りかかって来いって言われても……」
「まあ、いいから。こんなったらこうなったで、それなりにわかる様にやるから、マサミは俺の顔に拳を打ち込む事だけ考えて、ただ殴って来りゃいいんだ」
「はぁ」
ユーリに気の無い返事をしたマサミは、何故か不思議と、「もしかしたら当たっちゃうかも」と、ユーリを見ている内に思って来るのだった。
「マサミの拳なんか当たっても大した事にはならねーんで、遠慮せ…」
ユーリが話している途中で、何故かマサミの身体が動いていた。
しかし、マサミの拳は何故かそこにあったはずの顔を捉えられずに、20センチ程外れた空を突いてしまう。そして、一瞬ユーリに何処かを触れられた気がした瞬間、金縛りにあった様に一瞬身体が動かなくなっでしまい、そのまま触れられた感触が指に移ると、身体全体の関節を極められた様に、全く身動きが出来なくなってしまった。しかし、痛みは全く無い。
先ほどのタトゥーの男の様に、いつの間にかユーリに背を向け後ろ手になっていて、ユーリに手先を触れられている感触だけ感じる。ただ、感触を感じるだけで動けないだけだ。
痛みも無いので、自分が自分を自制している様で、なんとも滑稽に感じてしまう。
「ユ、ユーリ、こ、これって……」
「なんとなくわかったか?
マサミ、これは魔法じゃねーかんな。これは俺の体術が成せる技なんだ」
「そ、そうなの?」
「これをな、ちょっ、って……」
「痛、痛、痛、痛、痛いーーっ!」
「な?
痛いだろ?」
ユーリが何をどうしたかわからないが、スルリとユーリの手が触れているところが移動したかと思った途端、鋭い痛みがマサミを襲ったのだった。
「こう言う技があるんだぜ。これでわかってくれたらいいんだがな?」
痛みは一瞬だけで、ユーリの手が触れている位置が少し変わるだけで、全く痛まなくなっていた。感覚的にも強い力が手に加えられている感触は無い。
「どうだ?
ちょっとは体感出来たか?」
コクコクと小刻みに頷いてしまうマサミ。
少しユーリに恐れすら感じてしまう。
何故かユーリと対峙しているだけで、“殺される”と、身体が反応して硬直してしまっているのが、他人事の様に感じられる。
とても不思議な感覚だ。
「最後にもう一度言っとくが、これは魔法なんかじゃねーかんな」
ユーリはパンパンっと、手を払う様にして鳴らし、大剣をひろって「んじゃ、行くか?」と、車へとてとてと歩いて行った。
マサミはユーリを呆然と眺めてしまい、ふと、我にかえる様にして、慌ててユーリをちこちこと追って行く。
「あのぅ……」
「ん?」
「やっぱり、魔法は人前で極力使わない方が良いとは思うのですが、使う使わないはユーリさんにお任せします」
「なんだ?
……………………今のでも未だ疑ってんのか?」
車に乗り込んで暫し沈黙の後、マサミがおずおずとユーリに話しかけ、今、ユーリは目を丸々とさせマサミを暫く眺めてから呆れた様に言った。
「いや、あれは信じてます、あれとはまた関係無く…………ですねぇ。
ただ何と無く思い直したんです」
「ふふ、まあいいや、わかった。
わかったけどマサミ、お前やけに改まった口調になってねーか? 普通にしろよ、普通に」
「そ、そうね………。じゃ、行きましょっか?」
先ほどの不思議で怖い体験をしたせいか、マサミは敬語調になっていた。ユーリは最後にそこを指摘して笑ったのだった。
マサミは改めて車を走らせると、ある事に思い当たった。
ジュリアだ。
ジュリアになんて説明しよう、と。
ユーリを暫く家に置いてあげる事は、ジュリアが出かけてしまってから決めてしまった事に、今更ながら気がついたのだった。
家に帰る前に、いや、ジュリアがアビーのところから帰ってくる前に、何とか理由を考え、ユーリと口車を合わせておかなければならない。
この際、ジュリアの勘違いに乗っかってしまった方が良いのだろうか?
いや、あの娘の事だからどんどん盛り上がってしまうだろう。
やたらと人にふれ回ったり、普段連れて来た事も無い友達を大量に連れて来たり、ジャニス(ジェフの母)に写メを送りつけたり、終いには結婚式をあげろだの、弟をいついつまでに作れだの、何かと面倒な事になるのは目に見えている。危険極まりない。
しかし、だからと言って、急にユーリを家に泊める事になるのは、どう考えてもおかしいだろう。
なにせ、ジュリアは取り合わなかったが、ユーリの事は、スタッフに置いてかれた日本のインディーズ俳優などと、無理のある設定の嘘をついてしまっている。今更ながら、ジュリアが取り合わなかった事に頷ける。我が娘ながら実に賢明だ。いや、ただ単に設定に無理があり過ぎたのだろう。
ユーリの見た目の事を考えると、ある程度は無理を効かせない限りは難しいだろう。
なにせあの髪、青味がかった不思議な金髪は良いとして、直射日光が当たるとブルーになる。あり得ない。不思議な金髪では無く、普通に不思議だ。『ホント不思議ねぇー』などと呑気に言って済まされるはずも無い。不自然過ぎる。
それに目だ。
ユーリの目は右目がエメラルドグリーンで、左目がブルー。あり得ない。
片目がブルーで片目が琥珀色のヴァン猫と、アニメキャラや映画くらいでしか見た事が無い。
この広い世の中の事である、もしかしたら自分が知らないだけで、何処かの世界の果ての奥地の何とか族では、「○○さんところの下の子は今度は右目に赤が出たらしいぞ」、「そんな事言ったら、ワシの孫の左目は金じゃぞ金っ」などと、片目の色の違いを肴に、濁った発酵酒を飲みながら、そんな事が日常茶飯事に話されているのかも知れない。そんな事が実在しているのかも知れない。いや、無いか?
何れにせよ、ジュリアにはそんなお伽話は通じないだろう。なにせジュリアは、4歳にしてサンタがジェフだと言う事を看破した、稀に見るリアリズムの塊なのだ。あの時の寂しそうなジェフの顔は何とも痛ましかった。今でも鮮明に映像化出来る程だ。そうだ、でもジュリアは、翌年の5歳の時に迎えたクリスマスには、サンタがジェフだと言う事を、露ほども感じさせ無い鈍感力を見せると言う、類い稀な離れ業が出来る子だ。悲しむジェフを気遣う優しい心の持ち主なのだ。まあ、その5歳のクリスマスからは、『サンタさんへ』と小箱に入ったビーフジャーキー(ジェフの大好物)の差し入れを、『世界中の子供達にプレゼントを配るのは大変だと思います。これを食べて元気になってください。ラブ。ジュリア』と、どっちなんだか、まるで大人を試すような手紙付きで、そっと枕元に置くようになったのだが。
たがら、ユーリの目の事もそんな鈍感力を発揮して大目に見てくれるのだろうか。
などと考えていたマサミは電気がついた。
カラコンだ、と。
カラーコンタクトを片目にすればいいんじゃないか、と。
自分も酷い近眼で普段からコンタクトをしているのに、何故そんな簡単な事に思い当たらなかったのだろうと、自分の迂闊さを悔やむ。
無駄な考えを巡らして、無駄な時間を過ごしてしまったなぁ、と、少々自分に呆れて笑いが溢れる。
「おい、なに笑ってんだ?
さっきから着いてるぞ。大丈夫か、お前?」
ユーリは右肘を車のグローブボックスの上にのせ、そのまま頬杖をついてマサミをじっと見ていた。
どうやら色々と妄想の様な考えを巡らせている内に、とっくに家に着いていたらしいのだ。
「…………………………もう一度買い出しに出ます…」
マサミは、ユーリにずっとそんな妄想状態の自分を見られていた恥ずかしさと、自分の迂闊さに暫くフリーズしてしまったが、力なくポソリと言ってギアをリバースに入れる。
また先ほど行ったばかりの所へ20分かけて戻り、マサミの勤める店に隣接する店へと向かうのだ。
カラコン買いに。