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第4話 お買い物に行ってみました【後編】

 ビリーの見立ては執拗なまでに綿密だった。

 なにせ、あれこれベタベタとユーリの身体を触りながらも、次々とカゴに商品を入れて行ったビリーは、マサミが他のスタッフと話し込んでる隙に、ユーリと一緒に試着室にまで同行する念の入れようだった。

 試着室に同行したのがバレたのは、「キャー」との野太い声を聞いたマサミが、驚いて駆けつけてみると、半裸のユーリの前で、目を両手で隠しているビリーを見たからだった。

 勿論、ビリーは指の隙間からたんまりと、ユーリの鍛え上げられた身体を堪能していたのだが。


『ビリー、なにも一緒に入る事はないでしょーにっ!

 そんなサービス聞いた事ないわよっ!』


 マサミはビリーに掴みかからんばかりに吠え立てる。


「マサミ、なに大声出して怒ってんだ?」


「ユーリも早いとこなんか着なさいよっ」


 ユーリがキョトンとした目をしてマサミに聞いて来るが、マサミはそれには答えず、相変わらず半裸のユーリに怒鳴りつけて、シャッっとカーテンを閉めた。


『ビリー、あんた一体なにしてんのよ。ちょー意味わかんないんですけど』


 マサミはカーテンを閉めると、少し落ち着いて来たのか、ビリーを引き寄せて小声で抗議する。


『マサミ、バッキバキよ、バッキバキっ!』


 ビリーも興奮しながらも小声で答える。


『あのねーっ……』


 と、マサミが呆れて声をあげた時、誰かがマサミに声をかけて来た。


『あら、マサミちゃんだったのね。どうしたのよそんな興奮してぇ。そぉゆーの、マサミちゃんらしくないわよぉーう。

 もー、何があったかわからないけど、お客様も居るんだし、“メッ”っだぞっ。うふ』


 マサミが振り返ると、声をかけて来たのは騒ぎを聞きつけてやって来た、マネージャーのテッドだった。

『ダメ』の所で、両手チョキをピョコピョコやっている。正確には、『ダ』は口パクで、『メッ』だけ発音をしてピョコピョコ。満面の笑みだ。

 テッド。

 そう、この流れでは間違いなく男である。

 ビリーと違い、テッドは160センチ程の小柄ではあるが、一緒なのは、彼もまた中々のオシャレさんなところだ。


『いや、あのですねテッド、ビリーが私の友達にふしだらな事をしたからですね…』


『なに言ってるのよマッサミー、私はそんなふしだらさんなんてしてないわよっ!

 誠心誠意お客様の対応をしていただけじゃないのよー。

 もー、テディもマサミの事なんか信じちゃ“メッ”っだぞーっ』


 ビリーが大ウソをこく。

『ダメ』の所でのピョコピョコも忘れない。

 マサミは知っている。

 この二人はくっついたり離れたりを繰り返している事を。

 ビリーがテッドをテディと呼んで、『ダメ』ピョコピョコをやり合っていると言う事は、統計からすると今はくっついてる時期のはずだ。


「着たけど、これはどうすりゃいいんだ?」


 スリムのデニムパンツに、ピタっとしたハイゲージの薄手ニットを着たユーリが、カーテンを開けて顔を見せた。手にはジップアップのレザーブルゾンを持っている。

 細身なユーリだが、ピタっとしたハイゲージの薄手ニットなだけに、筋肉の起伏がありありとわかる有り様だ。少しヘソも見えて見事に割れた腹筋もチラリと覗いている。

 完全にビリーの思惑がだだ漏れだ。


『ちょっとビリー、これレディースじゃないのよっ!』


 マサミがビリーを怒鳴りつけると、ビリーは巨体を縮こませながら首を竦める。そして、それを見たデッドは、『ダメ』ピョコピョコをビリーに浴びせる。


「おいマサミ、どうすんだこれ?」


「あぁ、ジッパーね。これはここんとこを持ってね、っと……ほら、これで開くのよ」


「ほぅ、なんか面白いな」


「てか、ジーンズはどうやって履いたのよっ」


「ジーンズ??

 ああ、これか、これはだな……」


「いーーっ!

 ここで脱がないっ!」


「あ、そ?

 なんかマサミ、仕事場だと凄え男っぽいんだな?」


「…………」


 などと言いながら、ユーリがレザーブルゾンを羽織る。


『あんらぁー』『キャー』


 桃色の歓声が男性陣からあがる。

 しかし、それと同時に、ビリーとデッドのバチバチと音が聞こえる様な、嫉妬の視線が絡み合う。


「わかったから、次のに着替えてよ」


 げんなりしたマサミが、疲れた声でユーリに指示を出す。


「これ全部着るのか?」


 ユーリの面倒くさそうに指差す先を見ると、カゴからこんもりと顔を出した服の山。


『ビリーっ!』


 マサミが再度ビリーを睨みつけると、『だってお尻がすっごいカワイイからスリムでみたかったんだもーん』『あんなタイトなニット着せるんならもっとルーズ目のがセクシーよっ!』っと二人の世界。全くマサミは蚊帳の外。


「ったく、もーぅ」


 マサミはキャッキャやってる二人は無視して、山の中から適当な服を選んでユーリに渡し、カーテンを閉めたのだった。


 ☆


「なんか、こっちの男ってのはちょっと変わってんな?」


 店を出たユーリは、周りをキョロキョロしながらボソリと言った。


「あの二人は特別濃ゆいので誤解しない様に」


 マサミが疲れた声でポショリと言う。


 店から出て来たユーリはスリムのデニムパンツに、メンズサイズのニット、レザーブルゾンを上に羽織っている。足下はレザーのスリッポン。

 なんだかんだ最初にビリーがコーデネートした、シンプルなスタイリングに納まっていた。

 マサミの切な願いで、ハイゲージの薄手ニットは程良いゆとりのある物になっているが。

 この他にシャツやカットソー、替えのパンツなども購入している。


「なんか悪りぃな、見ず知らずだった俺が、こんな良いもん買ってもらっちまってよぅ」


「いいのいいの。社割だし、それにパンツやカットソーとかニットなんかは、ビリーとデッドがプレゼントしてくれたんだしね」


「本当にこっちの男ってのは親切だよなぁ」


 親切と言うより下心丸出しなんだけどな、と、思ってしまうが、口に出さないマサミ。

 なんやかんや、ビリーやデッドはユーリが着た切り雀だと知ると、靴下や下着などもプレゼントしてくれたのだった。

 この下着は店の物では無く、ヤケにセクシーな生地が少な目の物なのだか、そんな事はマサミは知らない。家に帰ってから初めて『○○○○!』と、呟くハメになるのだった。


「しっかし、この靴は軽いんだな?

 それにこのジーンズっての?

 こんなピッタリしてんのに動きやすいのな?

 ま、すぐに破けちまいそうだけどな」


 ユーリはコスプレでもしてるかの様に、自分の着ている服を珍しそうにテラテラみながら、嬉しそうにしている。


 何か新鮮。

 と、嬉しそうにしているユーリを見ていると、マサミはそう思ってしまう。

 最近では娘のジュリアでも、マサミの勤める某ファストファッションの服では、ここまで喜んでもらえないのだ。それが、こんないい大人の男が、こんな子供の様に嬉しそうにしているのを見ると、つくづく買ってあげた甲斐があると言うものだ。

 しかも、あまり大きな声では言えないが、自分の所の店の物だとは思えないほど、高級な物を着ている様に見えてしまうくらい、よく似合っている。

 今ではティアドロップ型のサングラスも、やけに様になっている。


 駐車場の車まで来て、ショップバッグや大剣などを積み込んでいると、ググゥゥウっとユーリのお腹が盛大に鳴り響いた。


「ククク、お腹空いちゃった?」


 マサミは笑いを抑え切れずに、笑いながらユーリに声をかける。


「ちょっと……な?

 戦いの最中は何も食えなかったんで、かれこれ二日ほど食ってなかったモンでな」


「えっ! そうなの?!

 なぁんだ、言ってくれれば、あんなスープだけじゃなくて、他にも何か出したのにー」


「いや、あれは美味かった、うん。

 それに、空きっ腹には最初はあのくらいが丁度いいしな」


「そっかぁ。

 じゃぁ、ついでだからここらで何か食べてこっか?」


「いいのか?

 腹は鳴っちまったが、俺は別に大丈夫だぞ。一週間くらい飲まず食わずでも、耐えられる身体は持ってるつもりだ」


「そんな事言ってー。遠慮なんかしなくていいからっ。

 あ、でも夕飯はジュリアと一緒に食べるから、ちょっとつまむ感じがいいかしらねっ?」


 マサミは、はて何が良いのだろうかと考える。


「やっぱアレかねっ?!」


「アレ?」


 一人納得するマサミに、ユーリが首をかしげている。


「まあ、ユーリはアメリカ初めてなんだし、あ、この世界そのものが初めてかっ。

 まぁいいや、とにかくアメリカと言ったらアレ。バーガーよっ」


「バーガー?」


「そうそう。こう、お肉のミンチを焼いたのに……って、とにかく食べればわかるから、行きましょっ!」


 つまむ程度って思ってだけど、まあ、いいわね。と、思いながらマサミは、ジェイミーバーガーを目指し歩き出した。

 ユーリは首をかしげながらマサミについて行く。


 ☆


「本当にマサミは食わなくていいのか?」


「うん、私お腹空いてないし、実はバーガー苦手なの……」


 ジェイミーバーガーに着いて、鉄板メニューのジェイミーチーズバーガーを頼んだ二人は、外のテラス席で向き合って話している。

 ユーリは、自分だけに運ばれて来たバーガーを見ながら、申し訳無さそうにしている。

 実はマサミ、アメリカに来た当時は良くバーガーなども食べていたのだが、今ではバーガーどころか牛肉自体食べなくなっている。

 一時体調を崩した事があり、それからは食生活を改め、肉は鶏肉の胸肉や豚肉を少し摂るくらいで、主に魚や豆腐などを中心に、野菜を多く摂る食生活なのだ。

 アメリカに住んではいるが、食生活は素材、料理法に至るまで、純和食になっているのだった。

 それもあって、ユーリにはマサミの家では食べられない、“American”な味覚を楽しんでもらいたかったのだ。


「そんなに不味いのか、これ?」


 マサミか苦手と言ったせいか、ユーリが訝しそうにバーガーとマサミを交互に見る。


「いやいや、美味しいわよっ!

 私も昔は良くここのバーガー食べたのよっ」


 マサミは手慣れた手つきで、バーガーに特製ソースをかけてあげる。


「これでね、グシュゥって潰して食べるのよっ」


 パティの厚さもそうだが、輪切りのトマトと厚めにスライスされたピクルス、盛り上がったバンズでかなりの嵩になっている。

 これをそのまま食べようものなら、顎がいくつあっても足りない。いや、顎が外れてしまうだろう。

 マサミはそんな分厚いバーガーの食べ方を教えているのだ。


「ムゥアイッ……」


 口一杯にバーガーを頬張ったユーリが、モグモグさせながら多分「美味いっ」と言った。

 サングラス越しにも目をパチクリとさせて、目尻が下がっているのだろう事がわかる。


「でしょー」


 マサミが多分「美味いっ」と言ったであろう事は、顔を見ていれば如実で、嬉しそうに胸を張って言った。


「まあ、ウチではこんなの出ないから、期待しないでちょうだいねぇ。

 それに、ここのバーガーはここら辺では格別だから、それも忘れない様に」


 マサミがこんな美味しいバーガーが、何処でも簡単に食べられると思うなっ、的に、言い終えると、ユーリに人差し指を立てて釘をさす。

 が、人差し指を立てる時に、誤って飲んでいたソーダに手をぶつけ、マサミはそのソーダをぶち撒いてしまった。


「あっ!」


 と、マサミが声をあげた時には遅かった。

 丁度通りかかった、両腕にタトゥーがこれでもかと入った強面の男の足に直撃して、無残にもフタが外れ、ビジャリと男の足下を濡らしてしまったのだ。

 ジロリと男が振り返る。

 視線を上にあげると、男は首にもタトゥーがひしめき合っている。

 男はこの肌寒くなって来ている中、タトゥー見せたさか、半袖のビッグTシャツ、ルーズなデニムを腰履きにしている。

 ジャラリと、首に三重に巻かれたチェーンの音をさせて男はマサミに近づいて来る。

 男は何も言わない。

 マサミは逆に怖くなって、謝罪の言葉も出ずに固まってしまう。


『どうしてくれんだぁ、おいっ!

 謝る事も出来ねーのかぁ?

 なんか言ったらどうだっ、あぁあっ!』


 徐々にボリュームを上げて凄んで来る男に、マサミは益々萎縮して、謝罪の言葉も発せられない。


『おいコラ聞いてんのかっ、なんか言わねーかっ!』


 男が怒鳴りながらマサミの髪の毛を掴もうとした時、その男の手が途中で止まった。

 ユーリだ。

 ユーリが男の手を、マサミの頭の寸でのところで掴んでいたのだった。


『なんだテメェ、いいとこ見せようってかぁ!

 上等じゃねーか、女の前で痛え目あわせてやらぁ!』


 ユーリはすぐに男の手を離したのだが、男は完全に逆上して、今度はユーリに詰め寄って行く。


『あ、あの、その人英語喋れないんでっ……』


『うるせえっ、テメェは引っ込んでろっ!』


 ユーリに矛先が向かった事で、マサミがやっと勇気を振り絞って声を出せたのだが、呆気なく男の怒声でかき消されてしまう。


『あ、テメェ、後悔したって遅ぇんだぜっ』


 男は落ち着きなく肩を揺らしながらユーリに近づくと、なんの躊躇いも無くユーリに拳を突き込んだ。


「キャッ」


 相当喧嘩慣れしているのか、あまりにも自然で不意をついた男のパンチが、座っているユーリの顎にぶちかまされた。と、マサミは思ったが、ふらりとユーリが揺れたかと思うと、男の拳はユーリの顔の20センチは先に外れていた。

 男は拳を引く事も出来ずに、たたらを踏む様にユーリにのしかかる。と、見えたが、ゆっくりとした動きで、ユーリがのしかかられる事なく立ち上がると、それに合わせて男が踊る様にくるりと身体を反転し『グゥワガ、ガ、ガ、ガ、ガ、ガァー』と鈍い叫び声を上げた。

 見るとユーリは男の手に自分の手を、軽く指を絡める様に触れているだけだ。

 男がユーリに背を向けてはいるが、関節を極めるてる様には見えない。本当にただ触っているだけと言った様子で、ユーリの手のひらも軽く開いていて力が入っている様子も無い。


『ヅヅヅヅヅッ』


 男は変な音を出して、顔を歪ませている。


「ユーリっ、も、もう、それくらいで…」


 と、マサミが言いかけると、ユーリはスルリと男と身体を入れ替える様に前に出て、同時に男を解放した。


『デ、デメェッ!』


 男は懲りずにユーリに殴りかかるが、先ほどと同じ様に、ゆらりとゆっくりした動きのユーリに対し、男はわざとかと思える様なところに拳を打ち込んで行く。そして、同じ様に拳を引く事も出来ずに、たたらを踏んでくるりと反転し、いつの間にかユーリに後ろ手で触れられている。掴まれてるのでは無く触れられている。

『グゥッ………………』今度は男は一つ唸り声を上げると、苦悶の表情で声も出せなくなっている。

『グゥワァァァァァアアアアアアアア』急に男が叫び出した。

 ユーリはいつの間にか、男の指を摘んでいた。

 しかし、相変わらずその手には力が入っている様子がない。


『も、もう抵抗はしませんか?

 も、元々私がソーダをかけてしまったのは謝りますっ、ごめんなさい。だから、もう、抵抗しないって約束してくださいっ』


 マサミは男に向かって話しかけた。

 そして、男が小刻みに首を縦に振るのを見て、ユーリに男を解放してあげる様にと声をかけた。


 ユーリが先ほどと同じ様にスルリと男と身体を入れ替える様に前に出ると、丁度マサミの横まで歩み出る事になり、マサミと一緒に男と向き合う形になった。


『本当ごめんなさいっ、ズボンを濡らしてしまったのは、弁償でもなんで…』


 マサミが男に改めて謝っていると、男は最後まで聞かずに、化け物を見る様な目を最後に駆け出し、逃げて行ってしまった。


「行っちゃった……ね?」


「ああ、行ったな」


「…………」


「食べていいか?」


「ーーー食べてください」



 ユーリは何事も無かったかの様に、嬉しそうにバーガーを食べている。

 そんなユーリをマサミは、ただ呆然と眺めている。


「ウォムア?」


 ユーリが口一杯にバーガーを頬張り、自分のソーダをマサミにかざす。

「飲むか?」と言ったのだと、先ほどよりも安易に理解出来たマサミは、ユーリからソーダを受け取り、またユーリの美味しそうにモグモグと咀嚼する姿を、ソーダを飲みながら呆然と眺める。


「あ……」


「ん?」


「いや、なんでもない」


 マサミは年甲斐も無く思ってしまった。



 間接キスしているのだ、と。


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