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第3話 お買い物に行ってみました【前編】

「これ美味いなっ」


 ユーリはインスタントのコーンスープが気に入った様だ。

 これは日本から送ってもらっている物で、マサミのフェイバリットスープ。マサミは魔法テヌキのスープと呼んでいる。

 娘のジュリアもお気に入りなのだ。


「ふふふ」


 ユーリが魔法を使えるだけあって、この魔法テヌキのスープに共感持てたのかな、と、マサミは少し可笑しくなって笑ってしまう。


「これはどんな魔法をつかって作ったんだ?」


 マサミはユーリの目の前でお湯を注いで作ったので、何かユーリは勘違いをしている様だ。


「で、これからユーリさんはどうするの?」


 マサミはクスリと笑ってから、ユーリの質問には答えずに今後の話しを切り出した。


「どうするって言ってもよぅ……。

 どうやら俺は異世界に転移されちまったみてーだし、これが何の為に誰がやったのかが分からねー事には、どうしようもねーしなぁ」


 ユーリはマサミとの話しで、自分が異世界トリップしているのだと理解していた。

 なにせ、洗濯機やら冷蔵庫、火の出るガス代にテレビ等、自分が居た世界では見たことの無い、未知の道具に囲まれた部屋の中を見れば、容易にそれが想像出来たのだ。

 召喚では無く転移トリップだと思ったのは、ここには大々的な魔法陣が無いのと、召喚であれば召喚先に居たマサミが呼び寄せたはずで、そのマサミの様子を見れば、これが召喚で無いのは直ぐに分かる事だった。


「んんーー」


 何処かの某銅像がそこにあるかの様に、困った様子で考え込むユーリ。


「行くあては当然無いわよねぇ……」


 マサミはユーリの所作にコミカルさを覚えるも、気づけば自分も足を組んで同じポーズで考えながら呟いている。


「まぁな。ここが何処かもわからねーしな。

 ところで、ここは何処なんだよ?」


 ユーリは何処と無く投げやりに言って、自分のいる場所をマサミに聞いた。


「はぁ。言ってもどうせわからないでしょうけど、ここはカリフォルニアのパームスプリングスってとこよ」


「カリフラのパー……なんだ?」


「パームスプリングスよ。カリフォルニア州のパームスプリングスっ。アメリカって国で、今私たちが話してる言葉の国じゃないの」


「あぁ、ニホンゴって言ってた国と違うって訳か?」


「ふふ、日本語は国の名前じゃ無くて、国の名前は日本だけで良いのよ」


「ニホン…ねぇ」


「そう、日本。

 私はこのアメリカって国の人と結婚して、さっきのジュリアを産んでから、ずっとアメリカで暮らしているんだけど、元々はその日本で産まれて育ったのよ」


「ほぅ。マサミには旦那がいるのか?

 そう言えば、娘がいるんだから当たり前か」


「ま、色々あって夫とは別れて、今は一人なんだけどね……」


「あ、すまん。俺、余計な事を言ったな。まさか既に亡くなってるなんて思っちゃいなかったもんで、悪く思わないでくれ」


「何言ってるの、死んでなんかいないわよ。2年前に離婚しただけで、元の夫はピンピンしてるわよっ。あのバカ、本当死ねばいいのにっ!」


 マサミは先ほどの事を思い出して、思わず罵る様に言ってしてしまう。


「リコン?

 てか、生きてんのか、マサミの夫は?」


 ユーリは不思議そうにマサミを見る。

 聞けばユーリの居た世界では、離婚と言う概念が無いらしく、一度結婚すれば二人が死に別れるまで離れる事は無いそうなのだ。最も、例外と言うべきか、貴族などの上流階級の者は、子を宿さない女の場合、男の方が第二夫人、第三夫人と迎える事になり、その女と離婚すると言う訳では無いが、だいたいはだんだん疎遠になり、自然、他人の様に暮らす事になる場合も有るそうなのだが。

 しかし、それでも婚姻関係は続くと言うのだった。


「だからと言って、死ねばいいとかは言っちゃダメだろう?

 マサミは血も涙も無ぇ、酷え女だなっ」


「………」


 ユーリもマサミから離婚と言う平等かつ建設的なシステムを説明されたのだが、ユーリにはドライで利己的なシステムに感じられた様で、説明の最中にもやたらとチャチャを入れて来て、最後にはマサミの人格否定をする始末だ。


「酷いのはあのバカなんだからっ!

 何にも知らないユーリさんにそんな事言われたく無いわっ!」


 マサミは「酷え女」と言われ、口籠ってしまい瞬時に何も言えなかったが、口惜しくて思わず涙ぐみながらユーリに言い返す。


「あ、ま、まぁ、そ、そうだな。

 俺もこっちの世界の事を知らねーのに、余計な事を言っちまった。すまん。この通りだっ」


 ユーリは両手をあげて仰け反る様なポーズをする。

 日本の世界に誇る美徳文化『OJIGI』の真逆バージョンである。


「なんか逆にムカつくんですけどっ!」


 マサミはユーリの格好を見て、日本の美徳文化を踏みにじられた心地になったのか、は、さておき、とにかく気分を害した様だ。


「ム、ムカ??

 てか、俺がここまでしてんのに、なんで怒るんだよっ」


「はぁあ?」


 マサミは盛大に溜め息を吐くと、日本での謝り方、美徳文化『OJIGI』を実践して見せて、「そんなんじゃ謝った内に入らないのっ」と、怒りを露わにする。

 それでもユーリは「これは貴方に敵意は無い証拠に身体を晒して、ここまでするから許して欲しいと言う、服従のポーズと言ってもいい最上級の謝り方なんだぜっ」と、必死に説明する。

 要は日本で言う『DOGEZA』が、それに当たるのかも知れない。

 この『DOGEZA』は、日本の世界に誇る美徳文化の一つと言う論調は、常に真っ二つに分かれている。


「もういいわよ、こんな話しっ!

 それよりも、ユーリさんがこれからどうするかって話しよ」


 やっと本題に戻った様だ。

 マサミの言葉で、ユーリも途端に消沈する。


「行くあてが無いんなら、暫くウチに置いてあげても構わないけど、本当、行くあてと言うか、帰るあてが無いの?

 こうしてやって来たんだから、何かしら方法があるんじゃないの?」


 黙り込んだユーリに、マサミが問いかける。


「ーーまぁ、帰る方法は無い、な。今のところは……。

 俺が知らねーだけかも知れねーがな」


 そう言ってユーリは寂しそうに笑う。


「でも良いのか?」


「何が?」


「俺をここに置いてくれるんだろ?

 なんか急に現れた男なのに、悪りぃじゃねーか?」


「ま、まぁ、しょうがないじゃない。だからと言って、ユーリさんは行くあても無い事だし、異世界だか勇者とか言っても、そう簡単に信じられる物でも無いしねぇ。それに、何よりユーリさんは英語を喋れないじゃない、それこそ話しにならないじゃないの?」


「あ、そうだった。エイゴってのが、このアメリカって国の言葉だったな……」


「そうよ、人と喋れないんじゃ、ご飯食べるにしてもどうすんのよ?

 って言うより、お金も持って無いでしょうに」


 マサミに言われ、ユーリは益々消沈する。


「ま、とにかく暫くはウチに居て良いから、その、帰る方法ってのを考えましょうよ」


「ああ、そうだな。

 …………ありがとう」


 ユーリは先ほどレクチャーされた、感謝の気持ちも伝える事の出来る便利な日本式の所作、『OJIGI』を完璧に体現して見せた。

 見た人が皆、その心が伝わって来る惚れ惚れする『OJIGI』だ。

 ユーリは一度見ただけで、既に自分の物にしてしまった様だ。さすが伝説の冒険者で勇者と言うべきか。

 何を大袈裟な、とのユーリやマサミの声が聞こえて来そうだが。


「えーと、そしたらユーリさん」


「ん?」


「ここでの暮らしでは、例の魔術?

 あの魔法は極力使わない様に」


「なんでだ?」


「なんでだって、目立つからよっ。それにここの暮らしでは、そんな魔法なんで必要ないですしね」


「でも今さっき、必要にかられて使ったろ?」


「…………」


 どうやらユーリは、魔動式“全自動”乾燥機付き洗濯機の事を言っているらしい。


「あれは、しょうがないじゃないの。だってユーリさんが、コードを引き千切っちゃったからいけないんでしょう?

 あれは例外とします、はい。でも、修理したら、あれも禁止とします」


「治癒魔術もか?」


「当たり前ですっ!

 あんなの人前でやったら天下がひっくり返るわよ。あれもこれも、魔法は極力使わない様に。

 でも、命の危険に晒される様な事があったら、ご自分の身を守る程度に使ってくださいね」


 マサミは言っていて思った。

 この辺りは治安が良いとは言っても、やはりここはアメリカだ。いつ騒動に巻き込まれてズドンとピストルで撃たれるとも限らない。

 そんな時は例の“治癒魔術”とやらで、命だけは助かって欲しい、と。


「とにかく、その格好を何とかしなきゃだわね」


 マサミはユーリの着ている服をマジマジと見て言うのだった。



 ☆



「こんな便利な物があるんだなっ」


 ユーリはマサミの運転するステーションワゴンの助手席に座っている。そして、流れる景色を見ながら興奮気味に声をあげているのだ。


 二人はユーリの取り敢えずの衣服を買いに、マサミが勤めている某ファストファッションブランドの店へと、向かっているところだった。

 そんなユーリの格好はと言うと、着物と洋服の中間の様な例の服に、革鎧に鉄兜をフル装備して、なんと大剣まで後部座席に積んでいる。

 これは今がハロウィンだと言う事に気がついたマサミの作戦で、逆にこのくらいやった方が目立たないのでは無いか、との微かな希望を持っての出で立ちだった。

 ただ、ユーリの左右の目が異色である為、マサミのティアドロップ型のサングラスをかけている。なので台無しと言うか、急に間抜けなソルジャーに見えるのが難点だが。


「ユーリさんの世界ではどんな移動手段なの?」


 マサミはサングラスの違和感にクスリとしながら、ユーリに質問する。


「あぁ、俺の世界では大抵ラーシャだな。

 偶に魔獣を調教したティクンやらディアナやらに乗ってるヤツもいるけどな」


 ラーシャとは、こちらの世界で言う馬の様な生き物らしく、それが最も一般的らしい。魔獣のティクンやディアナはラーシャに比べ、走る速度も速く、パワーもあるそうなのだが、いかんせん調教も難しく、かなり値の張る代物で、そう簡単に手に入れられるものでは無いそうだ。

 これらに乗っているのは、それこそ名の知れた貴族の富裕層か、冒険家でも幾つも迷宮を走破した屈強の成功者ぐらいのものらしい。

 因みに、ユーリもディアナを一頭持っていると胸を張る。


「へぇ、なんか想像出来ないけど凄そうね、そのディアナって」


 マサミはユーリの説明を聞いても、なんとも姿形が想像出来ず、ただその異様さは伝わった様で、関心する様に言うのだった。

 そんなユーリの居た世界の事などを聞きながら車を走らせていると、あっという間にマサミの仕事場である店に到着した。

 自宅から車で約20分と言ったところだ。ここをマサミは毎日の様に通勤している事になる。


「じゃあ、行くわよ。そのサングラスは絶対に外しちゃダメだからねぇ。

 あ、それと言うまでも無いかも知れないけど、その剣も抜いちゃダメよ」


 マサミは駐車場に車を停めると、ユーリに釘を刺す。


「ああ、わかったわかった。ついでに魔法も使うなって事だよな?」


「わかってるんなら、よろしい。

 じゃ、私から離れないでね、行くわよっ」


 マサミは子供にでも言い聞かせる様に言うと、クスリと笑って車を降りる。そして、ユーリも鼻先をポリポリと掻くと、サングラスを鬱陶しそうに指で押し上げてマサミに続く。


 ☆


「ほぅ」


 店に入るとユーリは、店内を見回して声をあげる。


「どうかした?」


「いや、結構人が多いんだなってな。それに、着るものがこんなに沢山並んでるのは、俺は初めて見る」


「ふぅーん。そうなんだ。ユーリさんの世界ではこう言うお店は無いんだ?」


「ああ。大体はそれ専門の職人に頼むのが常でな。規模はこんなに大きくは無いが、古着なんかはこんな感じで、店を構えて売ってたりするがな。

 それと、さっきから思ってたんだが、俺はユーリだぞ。ユーリサンでは無いからな」


 ユーリがマサミに応えて、先ほどから引っかかっていた事をマサミに指摘する。どうやらユーリの世界では敬称と言う概念も無いらしい。

 マサミは真面目腐って言うユーリに暫くお腹を抱え、涙目になって“敬称とは”の説明をユーリに施す事になる。

 サングラスが笑いのツボに拍車をかけたのは、言わずもがな。


『あら、マサミー、どうしたの今日は?

 休みの日にお店に来るなんて珍しいわねー』


 そこに同僚のビリーが声をかけて来た。

 身長2メートル近い大男だ。


『いや、ちょっとお買い物に、ね?』


 マサミはよりによって、とでも言いたげな顔で答える。


『ちょっとちょっとー、何あのイケメーン、まさかあんたの彼なんて言わないわよねぇーえ?』


 ビリーは巨体をクネらせながら、マサミを問い詰めて来る。

 そう、お察しの方は言わずもがな、ビリーは生粋のゲイである。

 一見オシャレでスラリとしていて、日本ならば女性にキャーキャー言われそうな、モデルの様な大男なのだが、こちらでは一目瞭然のモード系ゲイである。


『ほら、早く紹介しなさいよー。ほらほら、私の事をチラチラ見てるじゃないのー。

 キャー、見られてるーっ、これってアレじゃない? ビビッと来ちゃってるんじゃないのー、もー、マサミ紹介して、ほら早く早くぅー』


 大盛り上がりのビリーを尻目に、マサミは予期していただけに苦笑してしまう。


『ビリー、悪いけど、あの人ストレートだからね。それに、彼、英語話せないから、ビリーの言ってる事わかんないわよ。

 まぁ、紹介くらいはするから。そのくらいは彼もなんとなくはわかるでしょう』


 マサミは先ずビリーに釘を刺す事を忘れない。

 夢を見るのは良いが、叶わぬ夢は早々に諦めてもらう事も一つの優しさだ。多分。


「ユーリ、こちら私の仕事仲間のビリー」


『ビリー、こちらがユーリ、私の日本の友達よ』


 マサミが日本語と英語で紹介すると、ユーリは見上げる様にビリーを見て、「よろしく」とビリーと握手する。

 ビリーは『人生なにがあるかわからないんだからっ』と、訳のわからない事をいいながらデレデレと身をクネらせる。


『ビリー、今日はユーリの服を買いに来たのよ。なんかユーリに見繕ってくれる?』


 マサミはビリーのセンスだけは認めているので、男物の見立てを頼む事にした。


『ま、任せなさいよーー!

 このビリーちゃんがユーリちゃんを何処までもお見立てするわよ!』


 ビリーのテンションは最高潮だ。


 目を爛々とさせるビリーを見て、マサミは自分の甘さに気づくのだった。



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