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第2話 娘が勘違いしてるんです

「おいおい、なんで俺がこんな事しなきゃならねーんだよぅ」


「しょうがないじゃないのよ。ユーリさんにも責任があるじゃないですかー。

 て言うか、私が倒れたのもユーリさんが原因なんで、ほぼユーリさんの責任よ!」


「俺だって被害者なんだけどなー。あれだって悪気はねぇしよぅ……」


 ユーリとマサミが言い合いをしながら、洗濯と掃除をしている。


 ユーリがマジュツで洗濯を、マサミが小池オシッコの拭き掃除を。

 いや、ユーリが魔術を使って洗濯をしているのは、ユーリがマサミを待つ間に洗濯機を物色していて、その際にコンセントを破壊していたのだ。

 本人曰く、「ちょいっと、引っ張ったら千切れちまった」と。

 そんな事は知らないマサミが、うんともすんとも言わない洗濯機に、首を傾げていたところに、ユーリが済まなそうに「これが原因なのか?」と千切れたコードを見せたのだった。

 マサミは頭を抱えた。

 何故なら、未だ山の様な洗濯物と、先ほど洗濯が終わったばかりの物も、例の小池にはまってさあ大変とばかり、もう一度洗わなければならなかったからだ。

 そんな頭を抱えたマサミに「俺が洗ってやろうか?」と、少々責任を感じていたユーリが声をかけて、マサミの説明を受けつつも水系魔術と風系魔術を併用して、即席の魔動式乾燥機付き洗濯機を、電力の通わない洗濯機の中で体現化して見せているのだ。


「てか、凄い血が飛んでるんですけどー!

 全く、家の中だって事を考えてよねー。あっ、あんな高いところまで……もーぅ……」


 マサミは速やかに小池を無きモノにすると、今度は、ユーリが大剣を血振りした際に飛び散った、血痕の拭き掃除に取り掛かっていた。


「ほら、貸してみろ」


 ユーリは白で統一された部屋を見回し、確かに至る所に血痕が飛び散っているのを目にし、これまた責任を感じた様で、マサミから雑巾を取り上げた。

 魔動式乾燥機付き洗濯機は、ユーリが離れても稼働している。どうやら、時間で次の作業に移る様に予め魔法をかけていた様だ。

 付け加えなくてはならない、魔動式“全自動”乾燥機付き洗濯機、と。

 マサミはコードが千切れる前とは比べものにならないくらいの、ハイスペックな洗濯機を手に入れた。とは思わないだろう。


「やっぱり背の高い人がいると便利よねー」


 背が高いと言っても、ユーリは180センチは無いくらいの身長だ。

 要するにマサミと娘のジュリアがちまいのだ。

 ちまい女が二人で暮らしていると、なんでもアメリカンサイズに作られた家の構造に、何かと不便をきたしていただけの話しだ。


 マサミは日本人と言うこともあって、今年34歳になったにもかかわらず、そのちまさと童顔から、周りからは子供扱いされている。

 娘のジュリアと街を歩くと姉妹に間違われるほどだ。まあ、マサミは悪い気はしていない様だが。

 以前は、高いところにある戸棚の物の出し入れや作業は、専ら別れた亭主のジェフが担当していた。

 しかし、離婚してからは何かと不便を被っていて、長身のヴィッキーが遊びに来る度に、纏めてそんな作業を頼んだりしていたので、ユーリが何気なくやっている作業にも、いちいち感慨を覚えてしまう。


「ところでココは何処なんだ?」


 白い壁に付いた血痕を、その原因を作った大剣を腰に佩いたユーリが、チマチマと擦りながら言う。


「えっ、なに?

 自分が何処に居るかも知らないの?」


「ま、まぁな。

 俺も急な事で何が何やら……」


「って言うか、ユーリさんって一体何者なの?」


 マサミは治癒魔術だとか魔法の様な物を使いこなすユーリが、先ほどから不気味ではあったのだが、ユーリの人柄なのか見た目なのか、それとも“日本語”で話していると言う安心感からか、訳が分からないながらも比較的平静でいられた。

 しかし、やはりこれはどう考えてもおかしな状況で、ユーリが一体何者なのかと思ってしまうのは当然の事である。いささかツッコミが緩いくらいだ。


「何者かって言われてもなぁ。

 まあ、俺は元々は……」


 ユーリはチマチマと血痕を擦り落としながら、戸惑いつつ語り始めた事を要約すると、こんな感じだ。


 ユーリは元々、昔、名を馳せた貴族の末裔のカイサー家で生まれ、そのカイサー家が魔人大戦で武功をあげ、平和が訪れてからは何かを秘匿する様に、人里離れた魔物の棲む森に居を移し、剣術、魔術と、一家相伝で心技を鍛える、貴族とは言え、世の貴族とは一線を画した稀な家で育ったのだった。

 そのカイサー家では、2歳から徐々にその剣術や魔術の修練が始まり、12歳の元服を機に、才能や、その能力に特化した修行に入り、宗家を継ぐ者を3年をかけて篩にかけ、15歳を迎えるとその篩にかけられ厳選された者が、貴族でありながら冒険者として家を出て、迷宮にて魔物と実戦を積み、武者修行さながら、心技体、全てを究極まで鍛えあげる事10年、25歳で家に戻り、改めて宗家を継ぐ為に、更に修行を始める事とされていた。

 しかし、ユーリはと言うと、一族の中で100年に一人の逸材と謳われながらも、その冒険者の生活が楽しくなり、25歳を過ぎても家に戻るでもなく冒険者を続け、やがて伝説の冒険者と肩を並べる程、名が売れて行き、この度、アイラプス王国に勇者として迎えられ、魔人族からの侵攻に対して助太刀していた。

 このアイラプス王国と言うのは、ユーリのボルディール皇国に隣接する大国で、豊かな土地柄もあって経済的には栄えているのだが、その利を王族が一手に握っている傍ら、国民にも安定した生活を約束していて、殆どの国民が農耕に従事する平和な国の一つである。

 昔はそれなりの兵力があったものの、今はその豊かな土壌からもたらされる作物や鉱物を基盤に、隣国との貿易で国が成り立っているだけに、経済力を武器に他国や国に属さぬ冒険者から兵を要請するのが主で、自国での兵力はと言うと、おっとり刀で駆けつけて、漏れ無く死んで行く様な兵士しかいない。

 至極他力本願な実情だったのだ。

 しかし、今まではそれでも良かったのだが、最近では他国との経済摩擦が生まれていて、今までの兵力の要請も通らなくなり、ここ最近では自国の国防を考え、兵力の底上げに努めていた。

 そんな矢先の魔人族からの侵攻である。

 アイラプス王国は急遽大枚を叩いて、力のある冒険者を集う事になり、その中でもユーリは、勇者として迎えられる事なったのだった。勇者と言えば聞こえが良いが、要は傭兵と言っても良いのかも知れない。

 ユーリは伝説化される程に名が売れていた事もあり、真っ先に声がかけられたと言う事だ。

 そんなユーリが、アイラプス王国の勇者として魔人族との戦いの最中、魔獣や魔族を斬り伏せつつ魔王と対峙する所まで行き、討伐寸前の所で激しい目眩と共に、いつの間にかマサミの家に転移されていたのだった。



 ☆



「勇者ねぇ……」


 マサミはボソリと呟いて紅茶を啜る。


 あれからユーリは、魔動式“全自動”乾燥機付き洗濯機を稼働させながら、拭き掃除をせっせとこなし、淡々と自分の事を語り、今は洗濯も拭き掃除も終わり、ユーリはバスルームで粉塵や血で汚れた体を流しているところだ。


 マサミは先ほどのユーリの話しが、未だ半信半疑ですんなりと受け入れる事が出来ない。

 とは言っても、非現実的な魔法を見せられ、一切嘘などついていないであろう、真面目腐った顔で淡々と語られると、信じざる得ない様な気になってしまう。


「ふぅ」


 マサミは溜息を一つ吐くと、あの話しが本当ならば、あのユーリと言う男は元の世界に帰れない限り、この世界では何処にも行く所が無いのだと思い至る。


「どうしよう……」


 マサミは独り言ちて、あれこれと今後の事に考えを巡らした。


『キャー!』


 マサミが考えに耽っていると悲鳴と共に、娘のジュリアがキッチンに駆け込んで来た。


『ママ、あ、あの人って、も、もしかして彼氏アレ?』


 ジュリアが興奮気味に目を爛々とさせて聞いてくる。


『な、何言ってるのよっ、そ、そんなんじゃ無いわよっ』


 どうやら家に帰って来たジュリアはトイレに駆け込んで、直接バスルームに居たユーリと出会ってしまったらしい。


『マ、マジっ?

 て、てか、じゃあなんであんなカッコイイ人がウチでお風呂に入ってるのよっ?!』


『いや、ちょっと話しが長くなるのよ、これが……』


「悪りぃ悪りぃ、なんか驚かせちまったみたいだな……」


 ユーリがゴリゴリと頭を掻きながら現れる。


「…………」『ワオ』


 マサミが絶句して、ジュリアが艶っぽい感嘆の声をあげる。


「ち、ちょっと、ユーリさん、そんな格好で出て来ないでくださいよっ!」


 ユーリはバスタオルを腰に巻いただけで、細身だが見事に鍛え上げられた、バキバキの筋肉を晒して立っていたのだ。


「しょうがねーだろ、俺にはこれしかねーんだから」


 ユーリは粉塵や血で薄汚れた、着物と洋服の中間の様な服を掲げて見せる。


『な、何ママ、あの人って日本語で喋ってるの?』


 ジュリアがマサミに小声で聞いてくる。


『あ、そうなのよ、彼、日本語しか喋れないのよ。ジュリアも少しなら喋れるでしょ、彼には日本語で話してあげてね』


 少し意地悪げにマサミが言う。

 実はジュリアは日本語が分かると言っても、極めて片言で、幾らマサミが教えても中々覚えてくれようとはしなかったのだ。

 マサミはジュリアに日本語を覚えてもらい、自分の母国語である言葉で、娘とお話しする事がささやかな夢であった。そして、いつの日か日本で暮らせたら、とも思っていたのだった。


『え、無理無理、私マジわかんないからっ、ママが通訳してよっ!』


「またあの洗濯洗剤? って言うの使ってコレ洗っても良いか?」


 ジュリアがマサミに抗議する様に言い募っていると、ユーリが間の抜けた声でマサミに聞いて来る。


「あ、そ、そうね、早いとこ洗濯して、早く何か着てくれると助かるわっ。

 ほら、好きに使って良いから行った行ったっ」


 娘のジュリアには目の毒だと言わんばかりに、マサミはユーリを追い立てる。


『何ママ、あの人ウチで洗濯するって言ったの?

 てか、ママ、ど、どう言う事になってるの?』


『あら、聞き取れてるんじゃないの、日本語。

 やるじゃないジュリア』


 マサミはクスリと笑って、思いの外出来ている、娘の日本語の聞き取りに満足する。


『って言うか、あの汚い服もって洗濯機の所へ向かったらそう思うでしょうよっ!

 だから、ママ、なんなのあの人?』


 ジュリアが日本語のヒアリングでは無く、状況推理で理解していた事にガッカリするマサミ。

 しかし、今、ユーリに聞いた事をそのまま娘に話すのも憚れる。

 何より自分も信じつつあるが、未だ半信半疑だし、整理がつかない状況なのだ。


『なんか近所で映画の撮影があったみたいなんだけど、撮影スタッフに置いてきぼりにされちゃったみたいなのよ。

 あ、彼の名前はユーリね、ユーリ・カイサー。ジュリアもユーリが戻ったら自己紹介しなさいよ。

 勿論、日本語でね』


 マサミは厳しい作り話しを仕立てると、また意地悪げに日本語を強要して笑った。


『映画の撮影なんて、そんな噂、私聞いてないわよ?

 でも、あのユーリって人は日本語しか喋れないのに、良く俳優なんてやってるわよねぇ?』


 ジュリアが小首を傾げながら、スマホで何かを検索し出した。


『いやいや、なんかアレよ、そんな有名なのじゃなくって。

 そう、日本のインディーズ映画の撮影だったみたいだから、誰も知らなくって当然よ』


『そうなのー?

 でもあの人、チョーカッコイイから、英語覚えたらハリウッドでもイケるんじゃない?

 ねぇねぇ、ママ、スカウトしちゃえば?』


『スカウトってあんたねぇ……。私がスカウトした所で、ハリウッドに伝手がある訳でもないんだから、なんの意味も無いじゃないのっ。

 何言ってんだかこの子は』


 ジュリアが勝手に盛り上がっていて、呆れてしまうマサミ。


『いやいや、そんな事を言ってるんじゃないのよママ。

 もーう。あー、いいや、ママにその気が無いんなら、私がスカウトしちゃおっかしらっ。えへへ』


『な、何いってんのジュリアっ、あんたちょっと冷静になりなさいよっ』


『ふふ、ママ、いいのよ、私に遠慮しなくても』


『………』


 ジュリアは『わかっているのよ』とでも言う様にウインクをする。


『ママも未だ未だ若くて綺麗なんだから、私の事は気にせず、好きな人と好きな事をしていいし、新しいパパができるんなら、私はそれはそれで、受け入れるだけの準備は出来てるんだからねっ』


 ギュっとハグをして来るジュリア。

 彼女の中では、あるストーリーが倍速で放映されているらしい。

 ジュリアはマサミにハグしながら続ける。


『あんな誰にでもわかる様な嘘なんかつかなくてもいいんだよ、ママ。

 どんな事があっても私はママを愛してるから。

 ママがパパ以外に好きな男の人がいたって、私は平気なんだよっ』


 マサミはジュリアにハグされながら少しジンとしてしまう。

 ジュリアを産んでからの15年間が、瞬時にフラッシュバックする。色々と紆余曲折あったが、この娘を育てて来た幸せを噛み締める。

 この娘を産んで本当に良かった、と。

 ただ、この娘の優しさ、愛に対して、泣きたくなるくらい感情が揺さぶられたのだが、この娘の勘違いをどう修正すれば良いのか、その反面、頭をフル回転させるマサミは、涙こそ流せはしないテンパリ具合だ。


「おっ、なんか有ったのか?」


 二人が抱き合っていると、未だ腰にバスタオルを巻いただけのユーリが戻って来た。


「ちょ、ちょっと、だからそんな格好でウロウロしてもらったら困るのよっ!

 娘がいるんだから洗濯が終わるまで、あっちに行っててくれるっ」


『あ、ママ、私、アビーと約束があるから、ちょっと出かけてくるっ』


 ジュリアが白々しくウインクして言う。


「ハジメマシテ、ジュリア、デス。

 マサミ、ワタシ二ママ、デス。アリガトウ」


「お、おぅ……。ユーリだ、ユーリ・カイサーだ。こ、こちらこそありがとう?」


『会えて凄く嬉しいですっ、ママを絶対幸せにしてくださいねっ!』


 ジュリアは片言の日本語でユーリに挨拶すると、ユーリはギクシャクとそれに応えて、それにジュリアが英語で返すと、ユーリは目を丸くしてマサミを見た。


「あ、その子は私の娘でジュリアって言うの。ジュリアはあまり日本語が喋れないのよねぇ。

 今は、ユーリさんに会えて嬉しいって言ったのよ」


 マサミは通訳としては不適切だった。

 ただ、母としては当然の省略だったのかも知れない。


「あぁ、そう言う事か。ジュリアの自己紹介はわかったぜ。十分通じたって言ってくれ、それと俺も会えて光栄だってなっ」


 ユーリがジュリアに優しく微笑んでマサミに通訳する様に求める。


『あー、ジュリアの日本語は通じてたって。

 ユーリはもっとジュリアと話したいから、日本語が話せる様になってくれると嬉しいってさ』


 マサミはつくづく通訳としては不適切な人材の様だ。

 ただ、母としてはここぞとばかりの瞬発力を見せた様だが。


『うん、これからは日本語を頑張っていっぱい勉強するから、話せる様になったらいっぱいお話ししましょうねって、ママ、言っておいてっ』


 ジュリアが嬉しそうにマサミに通訳を頼むと、ユーリにニッコリとバイバイして出て行った。


「ジュリアはなんだって?」


「そんな格好で突っ立ってないで、早く服を着ろってさ」


 マサミには国連の通訳は任せられないだろう。

 ユーリは首を竦めると、苦笑いしながら魔動式“全自動”乾燥機付き洗濯機の元へと向かったのだった。


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