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第1話 洗濯してたら厄介な事になったんです

『そうなのよ、あのバカったら、ジュリアに箱ごと渡してたみたいなのよ、本っ当ごめんなさいねー。

 あまりデイビッドを怒らないであげてねぇ』


 マサミは洗濯機の中から洗濯物を出しながら、親友のヴィッキーとスマホで話している。

 ジュリアと言うのは、先月15歳になったばかりの一人娘で、マサミが『あのバカ』と呼んでいたのは、元亭主のジェフだ。

 ジェフとは2年ほど前に離婚していて、月に一度の頻度で、ジェフに娘が会いに行っているのだった。


 マサミがヴィッキーと話している内容と言うのは、先日そのバカな元亭主が、シューズケースにパンパンに詰められたコンドームを、娘の誕生日祝いとしてプレゼントした事から始まった騒動なのだ。

 ヴィッキーは元々はジェフの友人だった。

 マサミがジェフと結婚して、カリフォルニアにやって来た時からの付き合いで、彼女とはかれこれ15年来の友人になる。今ではマサミにとって、アメリカでの親友と呼べる一人になっている。

 そのヴィッキーには11歳になる息子のデイビッドがいて、良くマサミの家に遊びに来るのだが、どうやらジュリアはそのデイビッドに、ジェフからもらったコンドームを、大量におすそ分けした様なのだ。

 そして、デイビッドは学校やら女の子の家で、そのコンドームを見せびらかし、その学校や女の子の親から、ヴィッキーに苦情が入ったのだった。

『まぁ使ったって言っても、水を入れたりして遊んでたみたいなんだけどねー』と、あけすけにヴィッキーは言うのだったが、元を正せばジュリアに繋がったとの事で、ヴィッキーはジュリアが年頃の女の子なだけに、心配してマサミに電話をくれたのだった。

 まぁ、なんとも間抜けな話しでもある。


『ジェフもジェフなりに考えてんのかも知れないし、マサミこそ、あんまりジェフを怒らないであげなよねー』


『何言ってんのよヴィッキー、そこは怒るところでしょーよ!

 あのバカには、三ヶ月はジュリアに会わせないって言ってやるわよ!』


 マサミは怒りにまかせ、洗濯物を乱暴にカゴへ投げ入れる。

 そもそも元亭主が、娘にそんな物を誕生日プレゼントとして渡していた事も許せない。

 そして何よりも、ヴィッキーは親友とは言え第三者、マサミはそんな事を他人から最初に聞いた事に、情けなくもあり、怒りを覚えたのだった。


『だから怒ってもしょうがないじゃないのよー。元々ジェフはそう言うヤツなんだからさ、マサミだって、最初はそんなジェフにメロメロだったんでしょ?

 もう、エロエロカップルだったくせにー』


 ヴィッキーのあけすけな笑い声がスマホからこぼれ落ちる。

 マサミは図星を突かれて、益々カゴに投げ入れる洗濯物のスピードがあがる。

 と、スピードが上がるにしたがい、洗濯物を二つ一緒に掴んで投げてしまった様で、一つはバスッといい音をさせてカゴに入ったのだが、一緒に投げたもう一つは、あらぬ方向に飛んで行ってしまう。


『○○○○!』


 マサミは娘に聞かせられない言葉を吐くと、未だカラカラと笑うヴィッキーの声を聞きながら、ワイルドピッチ気味にすっぽ抜けた洗濯物を拾おうと、後ろを振り返った。


『ヒャッ!』


 マサミが息を吸い込みながら悲鳴をあげる。

 ワイルドピッチした洗濯物のすぐ側に、見知らぬ男が立っていたのだ。

 今の今まで、そんな気配は無く、今この家にはマサミしか居ないはずなのに。

 瞬時に驚愕と恐れと絶望がマサミを襲う。

 何故なら、その男は焦げ茶色の革鎧を纏い、鈍い真鍮色の鉄兜を被っていて、至る所傷だらけで血を流していたのだった。

 しかもその男の手には、刃渡り1メートル以上あるであろう、重厚な大剣が握られている。そして、その大剣にはベッタリと生々しく血糊がこびりついているのだ。

 マサミはワラワラとスマホを取り落とし、小刻みに震えている。

『あれ、聞いてるのマサミ?』

 落としたスマホからヴィッキーの声が小さく聞こえて来る。

『おーい、マサミー、どこ行ったー。

 笑い過ぎてゴメンよー、おーい、出てこーい……』

 ヴィッキーは暫くマサミを呼びかけていたが、マサミを怒らせてしまったと勘違いしたのか、諦めた様に最後に謝罪の言葉を言うと、電話を切ってしまった。

 そんなヴィッキーの声が小さく聞こえている最中も、その男はマサミを物色する様に睨みつけていた。そして、ヴィッキーの声が聞こえなくなったのを合図の様に男が動き出した。

 手に握られた大剣を天井に当たるくらいまで振り上げ、それを一気に振り下ろしたのだ。


『イヤーッ』


 マサミの絶望の叫びとブォンと風を切る音が重なり、その直後、マサミはドサリと崩れ落ちた。


 ☆


 男が大剣に血振りをくれて鞘に納めると、眼前の女がドサリと倒れてしまった。

 何があったのか考える様にか、暫く女を見ながらじっと佇んでいたが、何か合点が行ったのか、首を回しながらゆっくりと女の元へ近づいて行った。


「おい、しっかりしろっ!

 ほら、目を覚ませ、おい、女、おい……」


 マサミは誰かに声をかけられながら、ピタピタと頬を叩かれている自分に気づき、漸く覚醒する。


 マサミは恐る恐る目を開けると、先程のあの男が、自分のすぐ側に片膝をついて見下ろしていた。

 マサミはやはり夢では無かったのだと思い、恐ろしくなる反面、この男は自分に危害を加えないのかも知れないとの思いも生じる。

 何故なら、自分が目を開けた時に合った男の目が、幾分ほっとした様な目に見えたからだ。

 男は鉄兜を脱いでいて、青味がかった不思議な色の金髪を、無造作に後ろで束ねている。

 右目がエメラルドグリーンで、左目がブルーと少々不気味だが、その薄汚れた顔を近くで良く見ると、精悍な顔でいて女性的でもある整った顔をしている。

 マサミは“美しい”とさえ思ってしまう。

 思わずうっとりと、男の顔を見てしまっている自分に気づき、マサミは少し体を起こしながら『誰?』と一言、男に投げかけた。


「フゥァ? なんて?

 ………んん?」


 男は首を傾げて目を丸くする。

 そして困った様な顔をして「着替えはあるのか?」と、男は顔をしかめながら笑う。


『着替え?』


「ーーー?」


 男は眉間にしわを寄せて、訝しそうにマサミを見ると、もう一度自分の革鎧の下の服を摘んで、パタパタとさせながら面倒くさそうに言う。


「着替えだよ、キ・ガ・エ。このままだと汚ねぇだろ?」


『で、でもウチには男物の服なんてありませんし、そんな事、急に言われても困ります。

 勝手に人の家に入って来て……って、第一あなたは誰なんですか?

 そうよ、最初に誰だか聞いたんだから、服を催促する前に、自分の名前くらい答えなさいよね!』


 マサミは話している内に、やはりこの男は自分に危害を加えないと確信し、それと共に、いきなり家に入り込んで来た上、図々しくも着替えを所望するこの男に対し、無性に腹が立って来たのだった。


「やっぱ話し通じねーよっ!

 ったく、なんだココはよー!」


 男はマサミの話しを眉間にしわを寄せながら聞くと、苛だたしく叫んで天を仰いだ。


『なに訳のわからない事言って逆ギレしてんのよ!』


 と言い放った時、マサミは先ほどから、薄っすらと感じていた違和感に気がついた。


 さっきからこの男は“日本語”で喋っている、と。


 勿論マサミはヴィッキーと話していた時から、今の今まで英語で話している。


「日本語?」


「ニホンゴ?」


 男が盛大に眉間にしわを寄せながら、おうむ返しをする。


「あなた日本語喋れるの?

 え、英語はわからないって事?」


「なんだお前、話し通じるんじゃねーか?

 で、何だニホンゴとかエイゴって?

 ま、いいや、それより早く着替えちゃえよ。汚ねぇし、臭えし、話しはそれからだ」


「だから男物の……ん?

 今、着替えちゃえって言った? 私が着替えるって事?」


「決まってるだろうが」


 マサミは男の指し示す先を目で追い、グラリと目眩を起こし絶望する。


 マサミはあまりの恐怖に失神した際、まさかの失禁をしていたのだ。

 しかも楽な家着のホットパンツを履いていた為、オ○ッコを吸ってくれる生地が極小。

 つまりはマサミの股下に、かなりの量のオ○ッコが水溜りを形成している。いや小さな池と言ったところか。

 しかも残念な事は連鎖する。

 マサミが倒れた際に洗濯物のカゴを蹴散らしていた様で、洗濯物の三割はその小池に浸水していたのだった。


(死にたい)


 先ずマサミに浮かんだ言葉だ。

 日本語か英語かはこの際どうでも良い。

 今のマサミの顔を見れば、どんな言葉を話す人種でも通じるだろう。

 そう、物言う顔とはこう言う顔だ。

 以心伝心とは違う。しかし、それに限りなく近い事を顔で表している。


 確かにマサミは先ほどから臭いと思っていた。

 しかしそれは、この美しい顔の男が、顔に似合わずに醸し出している臭いだと思っていた。

 顔は兎も角、この薄汚れてベトベトに汗をかいた、傷だらけで血まみれの男の臭いに違いないと。

 まさか自分から発せられているとは露ほども思わずに。

 と、死を覚悟しながらも思っていると、マサミはある事に気がついた。


「傷が……」


 死を覚悟する程の羞恥に晒されていたにもかかわらず、そんな事は何処かに吹き飛んでしまったかの様に、呆気にとられながら呟くマサミ。


「ん?

 ああ、これか? お前が気を失ってる間に治しておいた」


「へ?」


 事も無げに言う男の言葉を聞いて、マサミはまさに狐につままれて、小動物の様な音を出す。

 何故なら、最初に見た時のこの男は、革鎧が捲れ上がって剥き出しになった左腕には、何かに食いちぎられた様に肉が抉り取られ、骨が露出している所さえあったのだ。それに、鉄兜から露出している頬にも、スッパリと何か鋭利な刃物で切られた様な傷が、バックリと口を開けていた。

 しかしどう言う訳か、それが今では血の跡は残っているが、その血の下は、何も無かったかの様な綺麗な皮膚が覗いているのだ。


「こう見えて俺も、一応は勇者だからな。治癒魔術くらい使えるぜ」


「ち、ちゆ、ん?」


「なんだ、お前は使えないのか?

 女の癖にだらしがねーなぁ」


 男の価値観だと、治癒魔術は女の嗜みと言ったところなのかも知れない。

 男は呆れた様に言って、マサミの左手を掴んだ。


「痛っ!」


 マサミが気を失って倒れた時に何処かにぶつけたのか、左手の甲の端の方が少し赤くなっていた。それは、腫れ上がるのは時間の問題と言ったところで、手首を掴まれただけで激痛が走る。

 今まで動転していて気がつかなかったらしい。


「ちょっと待ってろよ」


 男はそう言って、マサミの手を自分の手で包み込む様にかざした。


「えっ!?」


 男に手をかざされた直後、マサミは不思議な体験をする事になる。

 ほんの一瞬、火傷したのかと思えるほど手が熱くなり、ビクリと体を震わせたのだが、次第に温かなお風呂に手を浸している様に、ポカポカと心地良くなって行くのと同時に、手の痛みも薄らいで行き、終いには全く痛みを感じ無くなったのだ。


「えっ、えっ?

 な、なんで? 何? えっ?」


 男が手を離すと、マサミは奇妙な声を出しながら、自分の左手を右手でさすっている。

 すでに先ほどまで感じていた熱は引いて、痛みも完全に無くなっている。


「い、今何したんですかっ!?」


「なんだお前、使えないだけじゃ無くて、知らねーのかよ?」


 マサミは自分の左手と男の顔を交互に見ながら、この不思議を問い質すと、男は驚きの目で呆れた様に言うのだった。


「し、知ってるも何も、わかんないから聞いてるんじゃないの。て言うか、一体あなたは誰なんですか?」


「何をしたも何も、俺は最初に言ったじゃねーか。治癒魔術くらい使えるってよぅ。

 それに、どうでもいいけど悶着はこれくらいにして、さっさと着替えねーか?

 あ、そうそう、俺の名前はユーリだ。ユーリ・カイサー。

 俺も聞きてぇ事あっけど、あとは本当、着替えてからにしようぜ」


 ユーリと名乗った男は、ひょいっと何かをマサミに放り投げた。

 ユーリに着替えろと言われて、恥辱の真っ只中にいた事を思い出したマサミの手に、その何かがふんわりと着地する。

 マサミはそれが最初にユーリの足元に飛んで行った洗濯物だと気づくと、マサミは益々その恥辱に絶望する。


「(風系)魔術で乾かしといてやったぞ」


 マサミの手に有るのは、ベージュの大き目な普段履きショーツだった。

 せめてあの勝負下着だったら、と、マサミが思ったかどうだかは、マサミの顔を見るだけではわからない。


「…………………………………………………着替えて来る」


 盛大な放心状態の沈黙を破って、マサミはボソリと言って立ち上がった。

 ゆらりふらふらと部屋を出て行くマサミ。

 そのマサミの治癒魔術で治してもらった左手には、ベージュの大き目ショーツがぶら下がっている。



「日本語」

『英語』

「」、『』なので駅前留学必要無しです

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