異世界転移でチートな神剣を手に入れた俺の涙が止まらない件
異世界転移の短編です!
「これは?」
空間にヒビがあった。
何だこれ?
『ここは異世界の扉です』
ふむ、と思案し、俺は入る事にした。
入ると真っ白な部屋があった。
『ようこそ、ここでは異世界に転移するためのチートを授けよう』
部屋の中の石板に書かれているチート、という言葉に興奮し、俺は続きを呼んでみる。
『金:異世界で贅を尽くしながら一生遊べるだけのお金。一生金に困らないスキル』
『経験値:あらゆる経験値が永久に十倍になる』
『神剣:神々が鍛えし剣。チート以外では決して手に入らない異世界で最強の剣。(魔物ダメ百倍、ステ百倍)を取得する』
思い描いていたチートと比べると少しショボいが、まあ構わない。
どれがいいんだろうか。金か?
結局さ、勇者とかああいうのは他の人に任せておいた場合、金があればチーレムだよね。
札束でひっぱたいたり、借金漬けにして美女を借金のカタにって下衆展開もありだ。
超高級な奴隷とか買って奴隷とラブラブライフってのもいい。もう異世界クリアと同じじゃね?
「金を選……」
いや、待て。もし金が使えないような状態になったらどうなるんだ?
魔王が復活して、金が意味を持たないような状態になったら。
「金か?金ならある!ひひひひ、オーガ如きには一生稼げぬ大金をやろう、だから命は見逃してくれ」
「ウガ?」
「ひぃぃぃ、ワシの、ワシの金がぁぁ。異世界で贅を尽くしながら一生遊べるだけの金がぁぁぁ」
そう言いながらモンスターに食い殺される姿を想像してみる。
嫌すぎる。そんな時代劇の悪代官みたいなのはお断りだ。
なら、経験値か?十倍って言うのは結構凄い気がする。
ちょっと針に糸を通すだけで器用さが上がったりしてな。
どんどん経験値を積めばチートな強さを身に着けられるだろう。
金についても、あらゆる技術って書いてあるんだ。職人や商売を始めても、成功するだろう。
「経験値を選……」
いや、待て。十倍ってそんなに凄いか?
確かにすごいが、俺が一日十回腕立て伏せをするだろ。それが百回腕立て伏せした経験になったとして、そんなチート級な強さになれるか?
仕事もそうだ。俺が一年で十年経験した程度の実力が身に付く。
逆に言えば、それは十年経験した人と同じだけの力しか身に付かないって事だ。
それってあんまり凄くないんじゃないか?
他の人間と同時に転移した時の事をイメージしてみよう。
「よう、お前も同じ時期に転生したよな?俺はもうオーガを倒せるぜ!」
そう俺が言っている時に、
「すごいね、僕はお金を選んだからまだゴブリンが精いっぱいだよ。じゃあまたね」
「ご主人様、今日のご飯美味しかったですぅ!」
「ご主人さまあ、今日はボクと一緒に寝ようよぉ」
「ご主人はあたしと一緒に寝る番にゃん!」
そう言って金チートを選んだ男が、美女を二人、美少女奴隷二人を連れて、高級ホテルへと入っていく。
「おう、アンチャン筋がいいな!この様子なら、もうオーガに囲まれても大丈夫だな」
「あざーっす!」
そして俺は冒険者で稼いだ金で人肌が恋しくなり、夜の街へ繰り出し、稼いだ金のほとんどを使うんだ。
安酒に安宿でマズい飯を食いながら、明日は経験値十倍でもっと強くなる!と俺が意気込んでいる間に、金チートを選んだ奴は美女や美少女といい事をしながら、ラッキースケベイベントを起こしながらいい生活をするんだ。
最強って訳じゃない。誰でも時間をかければ身に付く能力が早く身に付くだけ。
そう考えると微妙すぎる気がしてくるな……。
そこまで見て、『神剣』という響きが気になってきた。
このチートでしか手に入らない世界最強の剣だ。
金の方が良かった場合、これを売れば金チートとまでは言わないが、一生遊んで暮らせる額にならないだろうか。
何せ神々が鍛えた世界最強の剣なのだ。
モンスターにも負けないだろうし、冒険者としていきなりチートで戦える。
『異世界転移でチートな神剣を手に入れた俺の笑いが止まらない件』
どこぞに投稿されていそうなタイトルが思い浮かんだ俺は、それを選ぶ事にした。
「俺は、神剣を選ぶ!」
…… …… ……
「で、君が我が社を選んだ動機を教えて頂けますか?」
「その、成長性と御社の製品に魅力を感じて」
「どこに魅力を感じたのですか?」
「えっ……すみません。その、まだこっちの世界に来たばっかりで、その……でも何となく良いんです」
「……ふう、学校も出ていないようだけどきちんと働けるのかね?」
「あ、高校までは出ました。異世界ですけど……」
「なるほど、その異世界の高校ではこっちの世界の数学は難しすぎるのですか?」
「いえ……同じ、同じような感じです……」
「なるほど、君は前の世界でも、『馬鹿』だったんですね」
「……はい」
ふう、と溜息を付く面接官。
「それで、貴方が我が社に入ったとして、何ができますか?」
「神剣を持っています」
「はぁ?」
「これです、神々が鍛えた世界最強の剣、ラグニールです」
そう言って抜き身の剣を持つと、担当者はイラついたように尋ねた。
「君はそのラグニールとやらで、何ができるんですか?」
「魔物へのダメージが百倍らしいです……」
「それなら、その魔物とやらを探して、百倍のダメージで倒して勇者でもやったらどうですかね?」
俺は不採用確実だろうな、とビルを出た。
ビルを出るとコンクリートジャングル。
異世界と言っても、ここは日本と大差なかった。知り合いが居ないだけの、日本だった。
「……」
「ありがとうございましたーー」
おでんとカップ酒を買って、コンビニを出た。
幸いにもお金は転移した時に持ってきた日本銀行のお金がそのまま使えた。
「ふう……」
俺は公園のダンボールハウスへと戻る。神剣ラグニールを持って。
「よう、勇者様!今日は角の金物屋が空き缶を買ってくれる日らしいぞ」
俺の公園での綽名は勇者様だ。剣を持った可哀想な奴、という目で見られている。
色々な所で働こうと頑張ってみた。
昨日は神剣を持って、道場に行って見た。
強い事が解れば、雇ってくれるかもしれない……と。
「腕を見てみよう。道場の方で立ち合いましょう」
「では、俺はこのラグニールで戦わせて頂きます!」
剣を見せると、道場主はぎょっとした顔をして言う。
「……何を馬鹿な事を言っているんだ。ここは道場だぞ?真剣を持ちだすとか馬鹿なのかね?竹刀を持ちなさい」
「え、で、でも俺は剣道なんてやった事なくて」
「そうか。剣道道場が剣道経験が無い人を何故雇うと思ったのかね……もういいから帰りなさい」
俺は神剣ラグニールを抱いてダンボールハウスで横になる。
「今日も疲れたな……痛ッ……」
寝転がると、ラグニールの刃に腕があたり血だらけになっていた。
「怒ってるのか。ごめんな、お前を活躍させてやれなくてごめんな……」
俺はラグニールを抱きしめ、ただ泣いた。
せめて今夜見る夢は、魔物達がいっぱい居て神剣が活躍し、勇者ともてはやされるようないい夢である事を望んで。
俺は涙でかすむ目を強く閉じた。
~ Fin ~
読んで頂きありがとうございました。