決意
「いやぁ、無理言って悪かったねえ局長」
廊下に設置されている自動販売機の缶コーヒーを飲みながら、吉村は言った。
「シゲさんの頼みなら断れないさ。それに、少なからず納得できないって殴り込んでくる人間は居るからね。黙って会議聞いてるくらいなら問題ないよ」
そう答える局長の手には、青いキャラクターの描かれたオレンジジュースがあった。まったくもって似合わないが、彼はコーヒーが飲めないのだ。
「局長さんよぉ。それで、俺は捜査に加えてもらえるのかい」
二人のやりとりを黙って見ているのに耐えかねたのか、徳川は苛立ちを隠さず問い掛けた。
局長は特にそれを気にしたそぶりも見せず、徳川に向き直る。
「徳川さん、でしたね。ええ、そちらがよろしいなら結構です。うちはいつでも人員不足ですから。しかし、しばらく本来の仕事には戻れなくなりますけどね」
「そんなことは構わねえ。自分とこで起こったヤマが、解決したのかしないのかもわからねえでいるのが嫌なんだ。ほっとかれてたらと思うとゾッとする」
落ち着き払っている局長とは対極的に、興奮を抑えきれない様子で徳川は話した。
「そうですか。いやぁ、シゲさんから聞いてた通りの熱血漢というか、熱い人だねぇ」
「そうだろう?それこそ殴り込む勢いだったから、大人しくするように宥めるのが大変だったんだよ」
二人は肩を揺らして笑う。徳川は、どうにもこの二人の男の前では調子が狂うように感じた。
「でもね、徳川さん。例え今回だけでもうちで仕事するっていうなら、うちのやり方でうちの決まりを守ってもらわないと困りますよ」
「そりゃ、郷に入っては郷に従う心算さ。ただ、あれはダメこれはダメって難癖つけて何もさせないのは無しだぜ」
局長の言葉に徳川はクギを刺すように言い放った。部外者だからと舐められては困る。
「そんなことは言いません。ただ、「ありえない」という言葉をあまり使って欲しくないんですよ。言葉だけでなく、考えとしてもね」
局長は先程と変わらない調子でそう言った。どういう意味かと徳川が問いかける前に、言葉を続ける。
「例えばね。先程の会議を聞いてもらったように、うちでは今蟹の足取りを追っているんですよ。徳川さん。あなたが解決したがっている事件の有力な容疑者としてね。それを「蟹が殺人をするなんてありえない」と言うのならば、申し訳ないが捜査に加えることはできません」
その言葉に徳川は押し黙る。視線の先を局長から吉村に移し、はぁ、と一つ溜息を吐いた。それから何かに納得したように小さく何度か頷き口を開いた。
「なるほどね。シゲさんの幽霊がなんたらって話はここに繋がるわけだ。そりゃ、俺みたいなヤツなんざ紹介しづらいわな」
「ま、そういうわけだ徳さん。どうする?おとなしく帰るかい、それとも蟹を追っかけるかい」
吉村は変わらずにこにこと声を掛けた。正直なところ、徳川にはこの事件の捜査は向かないと彼は考えていた。それでも、何も知らないままでは納得もできないだろうと今回の会議に出席させたのだ。そうすれば、ばかばかしいだのくだらないだのと理由をつけて、手を引くだろうと踏んでいた。
「へへ、馬鹿言うんじゃないよシゲさん。このままおとなしく帰れるかってんだ。幽霊は信じないけどな、蟹くらいなら俺だって見たことあるぜ」
徳川は何か吹っ切れたのか、口角を上げニヤリと笑っていた。もうこの事件から手を引くつもりはないらしい。吉村は少し意外な気がした。
「蟹探しをやるのかい」
確認するように問いかける。
「蟹でも海老でも探してやるよ。それで事件が解決するならな」