会議
会議室では、現在一人の女性が手元の資料を元に報告を行なっていた。
「今回の事件も恐らく《蟹》によるものと思われます。胸部の切り傷、満月、現場の水滴、と以前と同様の状況が揃っています。傷に関しては司法解剖の結果待ちですが、これまでと同じものかと」
前髪をかき上げながら、そこで彼女は言葉を切った。資料から視線を上げ、一番前に座って指揮を取っている局長を見る。
「3人目、か。多くはないが少ないとも言えなくなってきたな。足取りは掴めているのか?」
上司からの質問に、報告をしていた女は目を伏せて首を振る。
「残念ながら…恐らく水を媒介にこちら側へ来ていると仮定して追っているのですが潜伏場所を未だ特定出来ていません。しかも今回は現場付近には水辺はなく、ここ数日雨なども降っていないため水溜りなどもありませんでした。《蟹》が残していったと思われる現場の水滴だけです」
芳しくない報告に、女性の声だけでなく会議室全体の雰囲気が暗くなるようだった。
「そうか・・・次、被害者について頼む」
深い溜息を吐きつつ、次の報告を促す。先程の女性と入れ替わりに立ち上がったのは、最近配属された若い男だった。
「ほ、報告致します!被害者は、菊池裕太、浅見勇次郎、三浦洋輔ですが、職業・年齢・人間関係など特に共通点はありません。この市内に住んでいることと、全員が男性であることは共通しています!・・・ええと、あと、遺体発見の現場もバラバラであります!」
緊張感のためか、男の声は上擦っている。局長はできるだけ柔らかな声を作って言葉をかけた。
「そうか。君、もっとその、力を抜いていい。それで、被害者の年齢と職業をそれぞれ頼む」
局長の言葉を受け、深呼吸をするものの、新入りの声は先程とあまり変わらないようだった。
「は、はい!まず一人目、菊池裕太は23歳フリーター。居酒屋でアルバイトをしていたようです。えー、二人目の浅見勇次郎は73歳無職。妻と二人で隠居生活していたようでして、あー、えーと、最後が今回の被害者三浦洋輔、38歳、会社員。製薬会社の営業をしていたようでし」
くすくすと会議室内に小さな笑いが起こる。局長の咳払いに、すぐにそれはなくなるが、当の本人は顔を赤くしたままぷるぷると震えていた。
「えー、他に何か報告のあるものはいるか」
場を取りなすように局長は全体に向けて言葉をかけた。室内のほとんどの者が静まり返る。
その時、一番後ろの席で今まで黙っていた男が手を挙げた。
「シゲさん、どうした?」
局長に呼ばれた吉村は机に手を付きながらゆっくりと立ち上がる。自然と視線は後方へ集まった。
「いやぁ、報告ではないんだけどね。局長には事前に知らせておいたんだが、今回に会議には一人見学者がいるんだ。是非この事件の捜査に加わりたいっていう熱意のある男がね」
にこにことした顔でそう言って、吉村は隣に座っている徳川へと目を向ける。
腕を組み、眉間にしわを寄せていた徳川は椅子を鳴らして立ち上がった。
「徳川敬次郎です。うちの管轄で起きた事件がこちらに引継ぎされたということで、是非捜査協力させていただきたいと思い・・・あー、うん、よろしくお願いします」
話を聞いていた時同様にしかめっ面をしたまま、慣れない敬語でそう話す。特に「うちの管轄で起きた事件」という部分が強調されていたが、反応を見る限りあまり気にされてはいないようだ。
それよりも、そのしかめっ面と部外者であるという点が、室内の人間を困惑させていた。
「まあ彼は一般的な事件においては腕利きの刑事でね、鬼の徳川、なんて呼ばれたりもしてはいるんだけれど、根はいいおじさんだからよろしくしてやってね。私からは以上です」
笑顔を見せたまま、吉村はそう付け加えて席についた。それに合わせて、徳川も音を立てて乱暴に座る。
その後、局長は報告をまとめた後に各員に指示を出し、会議は終了した。ほとんどは捜査のため気持ちをきりかえていたようだが、何人かは未だ困惑の色を隠せないようだった。
特に、配属されたての武田柚基は、徳川の声と顔に怯えてしまって会議終了の意を局長が発言した後ですら、後ろを振り返ることができなかった。