雑談
「それにしたって納得いかねぇ。先月のも先々月のも、うちの管轄で起こった殺しじゃねぇか。それを全部取り上げられる。ニュースにもなりゃしねぇ。絶対に何かがおかしいんだ」
苛立たしげに短くなった煙草を灰皿に押し付けながら、徳川は未だぶつくさと文句を言っていた。
「徳さん。あんたぁ、幽霊とか信じるかい?」
吉村の唐突な質問に2本目の煙草を取り出した手は止まった。不自然なほどゆっくりと、彼の方に目を向ける。
「ゆうれいだぁ?どうしたんだいシゲさん。何の冗談だよ」
煙草を取り出したまま、火を付けずに聞き返す。先程の苛立ちを忘れてしまうほど虚を突かれていた。
「いやぁ。幽霊だよ、幽霊。お化けって言ってもいい。そういうのを信じるのかいって聞いてんだ」
しかし、いつもにこにこと笑っているその男はいつになく真顔で同じ質問を繰り返した。
「はっ。マジって顔してんなぁ、珍しく。いや、薄気味悪ぃぜえまったく。あぁ信じないよそんなもの。俺ぁはな、自分が見たものしか信じない。幽霊もおばけも見たことねーから信じないよ」
笑い飛ばして、ライターで煙草に火を点ける。一口吸って、吉村の様子を伺う。
「やっぱりそうかい」
ふ、と真顔から笑みをこぼして、吉村は視線を手元の煙草に向けた。
「そうだとも。だいたい、幽霊の正体見たり枯れ尾花、ってぇもう結論出てるじゃあねぇか。妖怪だぁなんだってのも、むかぁしの奴らがよくわかんねえことを無理やり説明するために考えられたんだからよ。最近のガキどもだって言ってたぜ『全部妖怪のせいだ〜』ってな」
徳川は煙草を指で挟んだままに両手を広げて戯けてみせた。しかし、吉村はそれには笑わなかった。
「で、幽霊がどうしたよ。急にそんなこと言い出すなんて、ただの雑談じゃないんだろ」
ふぅ、と煙を吐き出して徳川は話を促した。その言葉に、吉村はにこにこといつもの顔に戻った。
「なに、くだらない雑談だよ。まぁ雑談になったってのが正しいかな」
答えてから、すぅ、と深く煙草を吸い込む。吉村は一本の煙草を比較的ゆっくりと楽しむ男だった。
「なんだよ、それ。俺が幽霊を信じますって言ったら話が変わったのかい」
含みのある言い方に、徳川はせわしなく煙草の煙を吐き出す。はぐらかされているようで、あまり気分は良くなかった。忘れていた苛立ちが少しずつ戻ってくる。
「そうだなぁ・・・」
徳川とは対照的にゆっくりと紫煙をくゆらせていた吉村はようやく1本目の煙草を揉み消した。
「今回のヤマ、どうしても納得できないってんなら紹介してやろうかと思ってさ」
水の貼られた灰皿の中に、吸い殻を投げ入れた吉村は、その煙草の行方を見守るように手元を見たまま言った。
「幽霊をかい?」
にやりと茶化すような徳川に、同じようににやりと笑って首を横に振る。
「生憎、幽霊の知り合いは居なくてね。紹介するってのは、徳さんの大嫌いな特別捜査局の連中さ。ただし、怒鳴り込みは無しだぜ。トラブル厳禁だ。本当は紹介もすんなって言われてんだからさ」
予想外の言葉に徳川は目を丸くする。火を点けたばかりだったことも忘れて、手元の煙草を揉み消しながら、目の前の男に質問する。
「紹介ってあんた、特別捜査局の連中を知ってるのかい」
吉村は黙ってにこにこ笑っているだけだった。