仲裁
ガン、と事務机に拳を振り下ろし、徳川は吼えた。
「ふざけんなよ!?何でまた捜査が打ち切りになるんだ!昨日の今日で!まだ何も始まってすら居ないんだぞ!」
その剣幕に眉一つ動かさず、目の前に座っている男は彼を見上げた。
「もう少し静かに話せないのかね。そんな大声を出さなくても聞こえている。それに勘違いしているようだが捜査は打ち切られていない。うちの管轄外になっただけだ。わかったら席に戻りたまえ、徳川くん」
無表情に、課長である吉良は事務的な口調で告げた。
「いいや、わからないね!うちの管轄で起きた殺しが何で管轄外になるんだ!今年に入って何件目だと思っていやがる!」
徳川は引き下がる様子も見せず、今にも吉良に噛みつきそうな勢いでまくし立てる。が、相手は一向に動じることなく応える。
「特別捜査局が引き継いだんだ。もうここの仕事じゃあないんだよ」
特別捜査局。その言葉は徳川の怒りに油を注ぐ単語だった。
「まぁた特別捜査局か!何が特別なんだか知らないけどな、そこが解決出来てないからまた人が死んでるんだろうが!そんなとこが引き継ぎました、はいそうですかで納得できるわけないだろう!」
拳か机かがおかしくなりそうなほどに、徳川は言葉とともにガンガンと腕を振り下ろしていた。
二人のやり取りを聞かされてる他の職員たちは、居心地の悪そうに顔を見合わせていた。件のやりとりをじっと見るわけにもいかず、かと言って退室するわけにもいかず、空になった湯呑みを啜ったり読み終わった資料を意味もなくめくったりと落ち着かない様子だった。
吉良と徳川はしばらく同じような会話を繰り返していたが、そのうちに無言で睨み合うだけになっていた。
そんな時、がちゃりと扉が開いた。救いを求めて振り返った先には、老齢の男性がにこにこと笑みをたたえていた。
「徳さん!相変わらず威勢がいいなぁ。外まで丸聞こえだったよ。どうしたんだい、そんな怖い顔して。課長もそんな仏頂面ばっかしてると、顔がそれで固まっちまうぞ?娘さんにまぁた、パパこわいーって言われちゃうだろうよ」
部屋にいる大半の者たちはその姿と声に安堵していた。これで緊張と居心地の悪さから解放される。
「どうもこうもねぇよ、シゲさん!また仕事掠め取られたんだ!黙ってられるかっての!」
くるりと振り返り、徳川は入室してきた人物にそう訴えかける。その顔は先程よりは大分マシになっていた。座ったままの課長は、ちらりと目線だけを入り口に向け、何も言わない。
「まぁまぁ、徳さん。何も人殺し追っかけるだけが俺たちの仕事じゃないさ。書類整理だってあるしこないだのひったくりはまだ捕まってないんだろ?」
宥めるように両手を広げつつ、ゆっくりと徳川に近づいて行く。それでも彼はまだ納得できないようで、自らもつかつかと足音を立てて歩み寄っていった。
「んな地味な仕事!そこいらで怯えてる連中にやらしとけ!鬼の徳川って言われた俺がやる仕事じゃあねぇや」
吉良とのやりとりで怒鳴り足りなかったのか、徳川はまた声を荒げる。
「派手か地味かで仕事するんじゃないだろうさ。どれも市民のための仕事に変わりないはないんだ、そうだろう。ほら、とりあえず一服でもしようや」
まだ何か言いたげな徳川を半ば無理やりに部屋から連れ出す。ドアを閉める前に、中で萎縮してる他の職員に下手なウインクをするのも忘れない。吉村茂はそういう男だった。