吸血鬼は告白した
吸血鬼のイメージってなんだろう?
綺麗? 残酷? 天才的? 恐怖?
伝説に出てくる、人の血を吸って生きる知能の高い生物。永い生命と美しい姿を持ち人に近付くと言われるなど、やや怖い印象が強い気がする。
私にとっての、そんな吸血鬼のイメージは…。
「新田がねぇ…吸血鬼ねぇ…」
「ほんとだって! お前信じてないだろ?!」
ギャーギャー騒ぎながら、こちらを指さしてわめく失礼なやつ。それが自称、吸血鬼の新田。
新田は顔立ちは整っていて、学生の身分を象徴する黒い学ランも着こなしている。成績も優秀だし、まあここまではいいだろう。
「吸血鬼ってさ、クールなイメージあるよね」
明らかにクールよりホットな新田は、なぜが突然笑顔を見せた。
「性格は色々いるさ! そうじゃなきゃつまらないし!」
「ほぅ…」
私は椅子に座りながら、疑うような目で新田を見る。端から見たら熱弁する新田と、気怠そうに話を聞く私は滑稽な画になっているのだろう。
そんな私を薄情だと思ったのか、新田は大きな溜息をついた。
「信じてないな?」
「まぁねぇ? 新田、人間にとっての吸血鬼のイメージってどんなの?」
「冷徹で見た目がよくて、頭もよくて…。……ああ、なるほどね。確かに俺は人間の君以下だ」
「…」
さすがに新田は察したらしい。
なぜなら彼の目の前にいる私は、ナンパからモデルのスカウトは日常茶飯事の美人である。その上、成績は新田より良いし、性格もクールだ。
ま、口に出しては言えないけどさ。
頭を大きく横に振った新田は、腕を組んで考え込む。
「更科は酷いよなー。こっちは一大決心で正体教えたのによー」
やっと出てきた私の名は更科。
そんなことより、少し気になることを新田が言ったような…。
「一大決心?」
「そうさ! 吸血鬼…だけじゃなく真の姿を隠す者は、好きな人にだけは正体を知っておいて欲しいからさ」
「へぇ…そういうものなんだ?」
「そう! そういうものなんだ! …じゃねえよ! なに人の二回目の一大決心スルーしてんだよ!」
爽やかにノリツッコミを決めた新田は、既に涙目だ。
…ってこれ私のせいだよね。さすがに。
「好きな人ねぇ…」
きっと今のは愛の告白とやらなのだろう。今まで何人もの人に好きだと言われてきたが、こういうシチュエーションはさすがに始めてかもしれない。
「吸血鬼は、血を吸った相手を吸血鬼にするとも言うけど」
私がこう言うと、新田は素直に頷く。
「うん。だけどそれは相手の肌に直接牙をたてたときだけ。爪とかで傷つけて血を出せば大丈夫」
「なるほどねぇ、苦労するね」
「まあ、こっちは数十年生きてるから慣れたけどね!」
数十年か。そういえば人間より吸血鬼って長生きするんだった。ちょっと忘れてたかも。
ちなみに私も新田も、身分は中学生だ。
そして元気なのか戸惑っているのか分からない彼に対して、私は思い切って聞いてみた。
「新田は私の血、飲みたいの?」
首を傾げながら言うと、新田は急にまじめな顔へと変わる。いつも彼のなかで大切な話となると、新田はこう真剣な雰囲気を出していた。
こういうのって、ちょっとかっこいいよね。
私が心の中で少し笑ったとき、新田は首を縦に振った。
「更科の血、飲みたいよ。吸血鬼は好きな人の血は極上に美味しく味わえるらしいから」
「へえ、知らなかった。…どれどれ」
ずっと椅子に座っていた私は、さっとその場を離れ、新田の背後をとる。
「え、ちょっと、更科?!」
何が起こったのか分かってない新田は、慌てふためく。
だが、もう遅い。
「いただきます」
「ごちそうさま」
私が食事を終えたのはあれから十秒後。そんなに時間は経っていない。
しかし新田は気を失い、私の膝を枕にして眠っていた。
なぜかって?
まあ、じたばたする新田の頭を叩いた気はするけど。そのせいかな?
うーん、うん。
違う。きっと違うって。
その新田の首筋には二つ、円い穴が空いている。これは私の牙が開けたもの。吸血鬼が牙をたてて食事をした証拠。
すやすやと眠る新田の頭を撫でながら、私は独り呟いた。
「私は自分が人間だなんて、一言も言ってないから」
むしろ、ヒントを与えてたつもりだったのに。新田は最後まで気付かなかった。
なんとなく、私はため息をついてしまう。
私にとっての吸血鬼のイメージは、一言では言い切れない。でも怖くはないかな。自分のことだし。
でもただ長生きして血を飲む以外、人間と変わらないような気もする。
新田みたいに吸血鬼っぽくないやつもいるし。
それ以前に未だに新田が吸血鬼かなんて私にはわからないし。
あ、でもさっき牙たてちゃったから“今は”確実に吸血鬼かな。
それより、大問題がある。
私はまだ眠っている新田の頬をぺちっと叩く。
新田の血の味は確かに美味しかった。でも、極上とは呼べない。
つまり私はまだ彼のことを、心の底からは愛していないことになる。
極上の血を口にしてみたい。でもそれ以前に悲しい何かが胸に残る。
私は新田の頬をもう一度触ると、無意識のうちに思ったことを口にしていたらしい。
「…いつか私に極上の血、食べさせてくれるのかな?」
そのとき新田の顔が一瞬ほころんだ気がした。
何はともあれ「想いを伝える」ということは素敵なことですよね。