覇王~穢された生誕祭の開幕~
新しい副題となります。
祭りの当日。賑わう舞台の近くに、リシェアオーガとアルフィートの姿があった。
衣装は、あの騎士の服かと思いきや、特別に用意された物だった。
光の神が身に纏っていた、騎士服と同じ様式。
白を基準に外套の裾、膝上までの丈の上着の裾や、袖口には、銀色の月と黄金の太陽の装飾がある。
白い細身のズボンに、薄い茶色の、膝までの折返し付きの長靴。
外套の留め具と袖飾り、長靴の飾りと指輪は、リシェアオーガの持っていた物が、そのまま使われた。一際目立つ服装に、暗緑色の髪と瞳が良く映えた。
手にはあの、光の竪琴がある事で、周りの吟遊詩人の視線を集める。
今まで一度も、主を決めなかった竪琴が、眼の前の少年の手にある。その少年の腕を、見定めようとする者達もいて、注目の的だった。
注目している詩人の中には、一昨日に話し掛けた青年もいた。彼と同じく、純粋に美しい演奏を聞きたい者がいた事も、確かであった。
時は少し戻るが、祭りの当日の朝、リシェアオーガは、用意された衣装と、演奏の時間を聞いて驚いた。
演奏は一番手…普段なら、ルシフ王か大神官が詠うとされる、開会宣言の前の時間…。で、用意された白い服を見ると…裾模様には、月と太陽の文様…。
即ち、ジェスク神の象徴が配置してある、騎士服であった。あの国の改革の際、父と知らず剣を交えた時に見た物の、色違いを手にしたのだ。
「…これは、一体…。」
「光の竪琴の主が現れたので、その衣装に身を包んで頂きます。
まあ、一種の御披露目って訳なのですが、その為詠う曲名も、こちらで指定させて頂きますね。」
一昨日の罰の仕返しとばかりに、用意されたのかと、思いたくなる様な服と曲目。
ヴァルトレアの姿を片隅に映し、曲目にも目を通す。
普段なら、ルシフの神官か王が詠う曲目…創世の一節だった。
以前に一回だけ耳にし、その後数回、兄であるカーシェイクから、説教の合間に教えられた物だったが、上手く詠えるか判らなかった。少々下手でも構いませんよと、余裕の顔で告げられたのだが、自分で良いのかと尋ねてもみた。
「はい、光の竪琴の主が、見つかったのですから、その曲目が一番相応しいと、陛下も大神官様もおっしゃいました。オルガ殿の腕なら、大丈夫でしょう。」
にっこりと、微笑みながら返答をし、ヴァルトレアは、オルガこと、リシェアオーガの辞退の道を塞いだ。本人はと言うと、
「如何なっても、知りませんよ。」
と、投げ遣りな返事を返した。そうして、素直に着替え、今に至るのだった。
服の寸法はぴったりで、歴代のルシフ王の物だと、リシェアオーガはヴァルトレアから教えられた。着替えた姿をサニフラールも、ガリアスも絶賛した。
彼等から見ると、良く似合っているそうだ。
髪の色を染める提案もあったらしいが、大神官および、王、補佐官とその他大勢の国民によって、却下された。特に神官達は、リュース神に属する精霊の特徴を隠すのは、勿体無いと嘆いたらしく、その言葉を聞いた、反対派の意見を覆させた。
ジェスク神の衣装に、リュース神の精霊の本人…。ご夫婦を顕しているとして、満場一致になったと、リシェアオーガは、ヴァルトレアから聞いた。
言われている夫婦の、本当の神子としては、頭の痛い所だが、内心、ルシフの者達が喜ぶのならと、納得した。
白亜の城を背にし、舞台の真正面にルシフ王、大神官とその補佐達、そして、ルシフの王の後ろに控えている、リシェアオーガとアルフィート、騎士達。
彼等と向き合い、囲むようにして、観客と舞台の関係者が集まっている。が、厳粛な開始の儀式の為、誰一人、口を利く者がいなかった。
皆が集まった事を確認した、サニフラール王は、後ろに控えているリシェアオーガに目配せをする。
前に出るよう、指示されたリシェアオーガは、王自らが、開けた道を舞台へと進む。真っ直ぐ前を見て、真剣な眼差しをした彼に、集まった者は息を呑んだ。
その手にある物もさる事ながら、その本人から受ける気配が、彼等を無言にさせのだ。精霊の気配があるにも関わらず、他の気配も纏っている様に感じられる奏者へ、彼等は目を奪われる。
舞台に上がり、一礼をしたリシェアオーガは、手にしていた竪琴を爪弾きだした。
途端に、辺りを包む、光の音…。
その澄んだ音と、柔らかな響きが、彼等の耳に届く。
前奏が終ると、漸く、待ちに待った奏者の声が響いた。
遥かな昔 一つの意思 無の闇だけの世界に目覚めり
かの意思 孤独なり
自らの他 生ける者 この世界に無し
故にかの意思 他の世界を手本とし 七つの命を作りき
七つの命こそ 最初の神々なり
空の神・クリフラール 時の神・フェーニス 闇の神・アークリダ 光の神・ジェスク
大地の神・リュース 水の神・ウェーニス 炎の神・フレィリー
この七神を以てして 神々の始まりなり
美しく澄んだ少年の声が辺りを包み、竪琴の音と響き合う。完全に詩と音が、光に溶け切ると、ルシフ王が口を開いた。
「これにて、神々の生誕祭を始める。皆の者、楽しんでくれ。」
開会宣言の声に、歓声が上がり、辺りが一気に騒がしくなった。
歓声を背にし、舞台から降りたリシェアオーガに、大神官を始め、ルシフ王、そして、騎士と神官が詰め寄った。
「素晴らしかった。何が、手慰みの腕前なものか。謙遜し過ぎるぞ。」
「本当に、素晴らしい歌声じゃ。剣士にしておくのが、勿体無い位だのぉ。」
王や神官達から、絶賛の声が上がり、リシェアオーガは、照れくさそうに微笑んでいた。集まる騎士達の後ろに、ふと目を向けると、見知った姿を見つける。
リシェアオーガは思わず、人込みを掻き分け、その人物の前に出ていた。
「ルシナリス様、来てくれたんですか?」
優しげな微笑を浮かべ、金髪の騎士は、はいと、返事をした。
「オルガ殿、先程の演奏は、素晴らしかったですよ。
流石、光の竪琴・ジェスリム・ハーヴァナムの担い手ですね。」
「そんな…私は…
カーシェイク様や、アレスト様に比べれば、まだまだ、拙いものですよ。」
「オルガ殿…比べる者の格が、高過ぎだと思うぞ。」
サニフラール王からの、突込みが入り、辺りは笑いの渦となった。