聖地~神々の護る人々~
ルシフは小国であったが、今の時期、異常に賑やかになる。
今年はあの黒き髪の王のお蔭で、例年より5割程、賑わいが減っているらしいのだが、それでもかなり賑わっている。
特別な祭りであり、こんな現状だからこそと、言う者が多かった様だ。ヴァルトレアを連れて、歩いているリシェアオーガにも、良く声が掛った。
客人が来ているとなると、彼等も気分が高揚する様で、色々説明を受ける。
アルフィートは、出掛ける際に角を隠し、普通の人間の姿になったが、如何せん、珍しい髪の色なので、何処で染めたの~系の質問をされている。
微笑と共に返す言葉が、茶目っ気たっぷりの、秘密♪であった為、周りの者から好意の眼差しを受けていく。
中には、悶絶するご婦人がいたので、息子や夫、兄、弟等、血の繋がった者に、介抱される者も出る始末だった。
その様子に、リシェアオーガも微笑んでいる。こちらもその微笑に、我を忘れる者が出たが、幸い一瞬の出来事で済んだ。
人々に注目される彼等を見ながら、ヴァルトレアも微笑み、自分達の考えの確かな証を、見つけ出そうとしていた。
「オルガ殿、あちらが舞台になります。
当日、舞いや吟遊詩人の詩が披露されて、一番賑わいを見せますよ。」
城から数分程、掛かる大きな広場には、ここぞとばかりに、大きな舞台が出来上がっていた。祭り用であり、常備で無い簡易舞台とは言え、しっかりと作ってあるそれは、流石、祭りの中心と言えた。
数人の者が舞台の出来を見る為と、自らの踊りの練習を披露している。その中の若い吟遊詩人が、ヴァルトレアを見つけ、話し掛けて来た。
「神官様、先程、物凄く綺麗な曲を聞いたのですが、誰がお弾きになったのですか?あんなに綺麗な春の曲は、初めて聞きました。
流石、ルシフの神官様達ですね。」
興奮気味で、尋ねる若い詩人に、リシェアオーガは、綿を喰らった顔になった。あの手慰み程度の曲が、絶賛されるとは、思ってもみなかったのだ。
そんなリシェアオーガを、ちらりと見て、ヴァルトレアが微笑を浮かべて答える。
「残念ながら、あれは私共、神官の手によるものではありません。
こちらの精霊剣士殿の御手で、弾かれたものです。」
「え…せ・精霊の方の竪琴…通りで、素晴らしいんだ。
あ・あの…精霊様、祭りの当日は、曲を弾かれるのですか?弾かれるのでしたら、是非聞きたいです。」
「…弾く予定はないのですが…
私の腕はそんなに、絶賛する程の物でしたか?」
はいと強く頷く吟遊詩人に、リシェアオーガは苦笑する。本気で弾いていないのに絶賛され、これがもし本気だったら、如何なるのかと思った。
輝いた眼で見つめられ、是非聞きたいと、更に迫られたリシェアオーガは、後程と言葉を濁し、舞台を後にした。その遣り取りを聞いていたのか、他の人々からも同じ様に問われ、是非聞きたいと懇願され続けた。
先程の曲がこんなにも人々に、感銘を与えたのかと、リシェアオーガは驚く。
光の竪琴の音だけて無く、その担い手の腕前。拙いと思っていたのに、こんなに人々に望まれるとは、思ってもみなかったのだ。
リシェアオーガの様子に、ヴァルトレアが微笑を漏らし、
「オルガ殿、祭りの際に弾かれたら、如何ですか?
ここは飛び入り参加も出来ますし、彼等も望んでいますよ。」
と、耳打ちした。考えて於くと返答したが、そうなると先に、竪琴と絆を結ぶ決心をしなければならない。中途半端な状態で、彼等に聞かせたくなかったのだ。
部屋に帰ってから、遣って於かないとな…と、リシェアオーガは思った。
一人になった夜にでも、それを実行する予定にした。
次に案内されたのは、屋台が並ぶ場所だった。作り掛けの物も点在し、明日で殆どが仕上がると説明された。
ルシフの国民の人懐っこい笑顔と、話し掛けに、リシェアオーガも微笑む。ふと、恰幅の良い、如何にも世話好きな感じのする、熟年の女性が、独り言を漏らす。
「今の物騒な時期に祭りなんてって、言うもんもいるけどね、今、やんなければ、何時やるのさ。初めの七神様方の生誕祭なんだから、何時もの通り、盛大にやらないと駄目じゃあないの。
…それに、やんないと、七神様は勿論、他の神々も悲しまれるし、リシェアオーガ様も、お迎えできないじゃあないの。」
「…えっ…リシェアオーガ神を…御迎え?」
聞こえちゃったの?って顔を見せた女性は、あらあらと困惑した声を出していたが、リシェアオーガの姿を確認すると、その顔を微笑みに変えて、言葉を続ける。
「そうだよ。精霊剣士様。
自分の偽物の為に、生誕祭を中止だなんて、リシェアオーガ様も悲しまれるだろうし、私達のお願いで来て貰うには、この祭りを見て貰わないとね。
私達は、ちゃんと神々を信じています、だから、安心して来て下さいってね。」
「安心して…って…」
「そりゃ、他の国では、黒き髪の王がリシェアオーガ様って、言っているがねぇ、私達は、信じていないよ。………あんたまさか、リシェアオーガ様の事を………。」
女性が言い終わる前に、言葉を聞きつけた亭主らしき者と周りの人々が、リシェアオーガの名に反応した。
「何だ?リシェアオーガ様が、どうした?」
「あの御方は、破壊の神じゃあないぞ!」
「リシェアオーガ様は、黒き髪の王じゃあ絶~対ない!違うわ!!」
「あいつは、名を語る者だ!俺たちゃ、許せない!!」
人々から口々に漏れる言葉を、リシェアオーガ達は聞いていた。彼等の言葉と心に真実を見つけ、知りたかった答えを得たリシェアオーガは、彼等に微笑む。
自分を信じている人々を見回し、嬉しく思う。
と同時に、リシェアオーガの中に何かが、芽生える。
『こんな自分を…これ程までに、信じてくれている彼等を護りたい。
自分の命を懸けても、この愛しき者達を護りたい。
彼等…ルシフの民人を護りたい。』
初めて心に芽生えた想いに、リシェアオーガは喜んだ。
これこそが、今まで求めていた目的…ルシフの、生きとし生ける愛しい者達を護りたい…それが、今まで追い求めた、剣の使い道だった。
何時しか、囲まれたリシェアオーガは、利き腕の左手を胸に置き、彼等に優しい笑顔を向け、
「有難う。そして、…大いなる神よ、感謝します。」
と、呟いていた。流石に、囲まれているので、膝を折る事は出来無かったが、気持ちは、最敬礼をしたも、同然だった。呟きが聞こえたのか、それとも、リシェアオーガの微笑に魅せられたのか、人々は口を閉ざし、唖然としている。
ヴァルトレアも彼ら同様、驚いて無言になる。
≪今、オルガ殿は、何を言った?大いなる神・エルムエストム・ルシムと、そして、かの神への感謝の言葉…それが意味するのは…。≫
口にしそうになった言葉を、飲み込んだヴァルトレアは、リシェアオーガに声を掛けた。だが、その声は震え、上手く言葉にならなかった。
「オ…ルガ…殿…、次は…何処に…しましょうか?」
途切れ、途切れになる言葉に、気付いたリシェアオーガは、ヴァルトレアの傍に近寄って、その右手を取り、強引に自分の方へ引き寄せる。倒れかかる様に、リシェアオーガの腕の中に納まった、ヴァルトレアは焦った。
畏れ多くも、神の懐に収まってしまったのだ。
「ルシフ・ラルファ・ルシアラム・ヴァルトレア、普通に接していて、構わない。
今は名乗れないが、そなた達の思う通りだ。」
極小さな声で耳打ちされ、ヴァルトレアは、リシェアオーガを見上げる。瞳の色、髪の色は違えど、ジェスクの面影が重なる。
泣きそうになった顔を、伏せようとしたヴァルトレアは、次の瞬間、リシェアオーガに抱き上げられた。 困惑する彼の耳に、リシェアオーガの声が届く。
「ルシフの方々、済まないが、神官様が体調を崩された。
戻りたいのだが、道を開けてくれないか?」
騎士が、一般市民に言う口調で、告げられた言葉で、周りの人々は顔を見合わせ、頷いて道を開けた。自分より背の高く、年上に見える神官を、リシェアオーガは軽々と姫抱っこをし、アルフィートと共に開けられた道を進む。
後ろでは人々が一礼をした様だが、リシェアオーガは気にも留めなかった。
先程の言動で悟られたと判っていたし、敢えて名乗らなかった事も、彼等は汲んでくれたのだ。体調を崩した神官を運ぶ剣士に、一礼をしたという、表向きの態度…実は、リシェアオーガ神に一礼をした事と、この事は秘密にしておきますの、合図でもあった。
アルフィートは、先程のリシェアオーガが言った【エルムエストム・ルシム】という言葉を、聞き取れなかった。
何故なら、周りの人々の意見に唖然とし、頭が真っ白になっていたからだ。
周りとは違い過ぎる意見を、神々が護る国の人々が持っている…こちらの方が真実かもしれない、だが、周りではあの事が真実…。
考えば考える程、混乱を来し、頭が痛くなって行った為、肝心な主の言葉を聞き取れなかったのだ。
それはそれで、良かったかもしれない。素直なアルフィートの事、事実を知れば、リシェアオーガの身の上が逸早く知れ渡るのは、目に見えていた。
リシェアオーガに抱えられたまま、ヴァルトレアは城兼、神殿に帰って来た。
ここに帰る途中、恥ずかしいので、もう大丈夫ですと、ヴァルトレアは何度も言ったのだが、受け入れて貰えず、そのまま帰還した。
入り口でも、リシェアオーガは、先程と同じ言い訳をし、大神官補佐を抱きかかえたまま、入って行く。通り過ぎる者達から、大丈夫ですかの声が掛る度、彼は、遣る瀬無い思いに駆られる。
「オルガ殿、もう大丈夫ですから。」
何度目かの、体調の回復を告げるヴァルトレアに、リシェアオーガは微笑みながら、小さな声で否定する。
「駄目だ、これは罰と思って良い。
ガリアスから、私が何者か見定める様、言い遣ったのだろう。勿論、サニフラールも、一枚噛んでいる。違うか?」
言い当てられた事実でヴァルトレアは、違いません、申し訳ありませんと、言葉を返す。その返事にリシェアオーガは微笑み、彼をサニフラールとガリアスがいるであろう、執務室に運ぶ。そして、己の両手が塞がっているので、アルフィートに扉を叩いて貰い、入室の許可を取り付ける。
ヴァルトレアを抱えたままで、入って来たリシェアオーガに、彼等は驚きの余り、仕事の手を止め、目を丸くした。
精霊だから、という、納得する理由はある。しかし、17歳にしか見えない少年が、細身ではあるが、大の男を軽々と抱えて来たのだ。
「ガリアス様、ヴァルトレア様の部屋は、何処ですか?
体調を崩されたので、運びたいのですが…。」
「オルガ殿、もう、私は大丈夫です。ですから、降ろして下さい。」
懇願するヴァルトレアに、リシェアオーガは笑いながら、やっと彼を解放した。
「それでは、ヴァルトレア様、御体に障らない様、養生して下さい。」
そう言い残し、リシェアオーガは、その部屋を出た。
残されたヴァルトレアは、大神官と王に報告を始める。
「御想像通りでした。
只、名乗りを上げられなかったのと、このままの対応を望まれました。」
「御苦労…大変だったみたいだね。」
「…はい、きちっり、罰を受けました。」
先程のあれが、罰と悟った彼等は、笑い出していた。笑い事じゃありませんと、反論するヴァルトレアに、済まないと、彼等は詫びを入れる。
「だが、ヴァル、考えようによっては、得したと思うぞ。
初めて、あの方の腕に抱かれた神官だからな。羨ましがられるぞ。」
「し・知りません。陛下!」
顔を真っ赤にして、叫ぶヴァルトレアだったが、王の隣でガレリアが、羨ましいのぉと呟いていた。勿論、ヴァルトレアは、老神官にも意見を述べている。
リシェアオーガが退出した執務室で、こんな遣り取りが行われた事は、リシェアオーガは勿論、他の者も知らない。
罪作りな当事者は、何事も無かった様に部屋に帰っていた。




