聖地~光の竪琴~
部屋で静かに佇んでいるリシェアオーガの心へ、何か、呼ぶ様な想いが届く。
生き物か否か、判断出来無かったが、心に響く何かが、彼を呼んでいる事を感じ取れる。傍にいるアルフィートに尋ねたが、彼は、何も感じていない様子だった。
リシェアオーガだけに感じる何かは、か細い音を発しているようだ。
そんな時、扉が叩かれ、先程面会したルシフの王が老神官とその補佐を伴い、リシェアオーガの部屋を訪れた。
「オルガ殿、何か不足な物とか、無いだろうか?
あったら、ヴァルトレアか、ガリアスに申し付けるがいい。」
「今の処、特にはございませんが…。」
「ん?どうした?」
言って良いのか、如何か、迷った挙句、リシェアオーガは尋ねた。
「先程から、変な感じを受けるのです。何かが、私を呼んでいる様な…。」
「呼ばれて、御出でですか?」
老神官の復唱に、リシェアオーガは頷き、不思議そうな顔で彼等を見つめる。
一瞬、黒き髪の王が、リシェアオーガを呼んでいるのかと、ルシフの者達は考えた。だが、その考えは、リシェアオーガから出た言葉に、否定される。
「生き物とは、言い難いのですが、
何か…爪弾く様な音が、私を呼んでいるのです。」
彼の告げた言葉に、老神官が、反応した。
「貴方の感じ方じゃと、悪い物では無さそうですな。
オルガ殿、此方から呼んでみては、如何ですか?」
「呼ぶ?」
「そう、貴方の言葉で、呼び掛けて御覧なさい。」
老神官・ガリアスに言われ、リシェアオーガの口から、自然に言葉が紡がれる。
『我を呼ぶものよ。我が前に、姿を現せ。』
紡がれた言葉は、何時ものリシェアオーガの口調とは違い、重い物だったが、その言葉に反応した何かが、虚空に現れた。強い光を纏い、現れたそれは、ゆっくりとリシェアオーガの手の中に降り、その光を弱める。
それは、白く輝く石で出来た竪琴だった。14本の弦を持つ物…以前見た、闇の竪琴と似た形のそれが、リシェアオーガの腕の中に納まった。
「…我を、呼んだのは…そなたか…。」
生き物で無いにも関わらず、先程の口調のままリシェアオーガは、その竪琴に聞いた。ビィーンと、肯定の様な音が竪琴から鳴り、これが意思を持つ事を知らせる。
現れた竪琴に驚いたのは、リシェアオーガだけでは無かった。ガリアスもヴァルトレアも、サニフラールでさえ、驚いていたのだ。
「な…光の竪琴が…ジェスリム・ハーヴァナムが…主を選んだ…。」
「まさかの…出来事ですな。」
「あの…竪琴が…主を持つなんて…
ガリアス様、これは…吉兆ではないのですか?」
3人の言葉に、リシェアオーガは不思議そうな顔で、彼等を見つめた。自分の手の中にあるのは、光の竪琴─ジェスリム・ハーヴァナム─と呼ばれる物。
話には聞いた事があるが、実際の所、あまり興味が無かったので、詳しくは知らない。只、手にした物は、ジェスリム・ラザレアで出来ていると判った。重さも程々で、リシェアオーガの手の中に馴染んだそれは、何かを訴える様に輝いている。
「オルガ殿、それが何か、御判りですかな?」
「…貴方々のお話を聞く限り、これが光の竪琴・ジェスリム・ハーヴァナルと、呼ばれる物だとは判ります。私もそういう物があるとは、風の噂に聞いていますが、どの様な形の竪琴か、全く知りません。
只、手の中にあるこれが、光の神の輝石であるジェスリム・ラザレアで、出来ている事だけは判ります。」
リシェアオーガの返事を聞いて、ガリアスは、説明を始めた。
「この竪琴は、光の竪琴…ジェスリム・ハーヴァナムと言い、ジェスク神の手で創られ、かの神の持ち物だった物です。
同じ時に創られた、光の剣・ジェスリム・シェナムは、ジェスク様の御手元に今もありますが、竪琴はジェスク様から我等へ、安らぎを与える様、下賜されました。ですが、かの神の手を離れた竪琴は、一度足りとて、主を定めた事が無いのです。」
言われた言葉に、リシェアオーガは絶句した。
父から離れ、一度も主を決めていない竪琴が撚りによって、前の主の子供を主と定めたのだ。正直、未だ自分がジェスク神の子だと、信じ切れないリシェアオーガだったが、竪琴の主の選択にも、呆れ返った。
未だ、前の主を忘れられず、その気配を持つ子供を選ぶとは…。
意思があるのなら、後でみっちりと、説教をしてやろうと思った。
リシェアオーガの心を知らないのか、手の中の竪琴は、まだ、何かをせがむ様に輝く。その様子を見て、サニフラールが、彼に話し掛けた。
「…竪琴が、主の手を欲している。
新しい主の手で、音を爪弾いて欲しいらしいぞ。」
笑いながら言うサニフラールに、観念したリシェアオーガは、竪琴を演奏する為に持ち替える。ポロンと普通に弾くが、音が震えている様に響く。
いや実際、歓喜に震えて、響いていたのだ。
永きに渡り主を欲し、漸くその主を見出した喜びが、音に現れていた。
リシェアオーガは竪琴の欲するままに、一曲爪弾いた。この季節、他の国では馴染のある詩、春の到来を告げるそれを、曲だけ弾く。
詩もせがまれた様に感じたが、リシェアオーガは敢えて、無視をした。彼自身が、この竪琴の主として認めていない以上、詠う気にならなかったのだ。
「詠わないのですか?」
残念そうに問う、ヴァルトレアに、リシェアオーガは簡単に答える。
「私は、この竪琴が何故私を選んだのか、納得してません。
竪琴の名手でも無い私が、この竪琴の主なんて…、可笑しいです。
私自身、認める事が出来無いので、まだ、この竪琴の本当の主とは言えません。故に私は、詠いません。」
「確かに、幾多の名手がこれを手にしたがったが、この竪琴は見向きもしなかったのぉ。どんな名手でも、これが気に入らなければ、袖にしっぱなしじゃった。」
「その竪琴が、自ら望んだ。
それでいいと思うが…オルガ殿は、納得出来ないのか?」
「私の腕は、手慰み程度ですし、何が理由で選ばれたのか、判りません。」
言えない理由を飲み込んでの、返答だったが、それを覆す意見が、サニフラールから出た。
「竪琴が、オルガ殿を気に入った、それで良いのでは無いのか?
オルガ殿は、他人を気に入るのに、確かな理由が必要なのか?」
そう言われて、リシェアオーガは考え込んだが、以前、実兄であるカーシェイクが試したという事を聞いていたので、それを確認する為、彼等に尋ねた。
「ルシフ王様のおっしゃった事には、納得します。
…一つ、質問して宜しいですか?」
「構わない。」
「この竪琴は…カーシェイク様も、御試しになられたのですか?」
何故、その名が出るか、彼等は不思議に思ったが、ジェスク神の子で、竪琴の名手と呼ばれている事を思い出した。
「カーシェイク様も、振られたんじゃ。お主だけが、竪琴に選ばれた主だ。
じゃがのぉ、カーシェイク様を差し置いて、自分が…という考えなら、捨てなさい。あの御方は、そんな狭い了見の御方では無いぞ。」
老神官の返答に思わず、知っていますとリシェアオーガが答える。木々の精霊という立場を取っているので、見識があっても、可笑しくないと、思っての返答だった。
と、同時にリシェアオーガは、先程の考え通り─光の神の神子だから、竪琴に選ばれた──訳では無いと確信し、納得した。
竪琴に説教をするの止めたが、小言を言う心算ではあった。
「あの御方に恥じないよう、鍛錬致します。」
そう言って、リシェアオーガは、彼等に頭を下げた。
その優雅さに、彼等は目を見張ったが、老神官だけは、彼を鋭い目で見つめていた。何かを見通す為の視線を、リシェアオーガに送った老神官は、ふっと溜息を吐く。
「オルガ殿、宜しければ、ヴァルトレアに、竪琴を教えるよう言いますが…
如何でしょうか?」
言われた言葉に、リシェアオーガは即答する。
「大神官様の御提案、大変有難く思います。
……しかし、真に心苦しいのですが、折角の良い御話を辞退させて頂きます。私の兄も竪琴を扱うので、兄に教授して貰います。
そうしないと、兄に教えられなくて残念だと、悲しそうに言われますから。」
やんわりと断ったリシェアオーガに、老神官は何かを悟ったらしい。そうですかの一言を告げ、引き下がった彼に、リシェアオーガも知られたなと気付く。
感の良い者だと、判る遣り取りだったが、アルフィートには判らない様だった。
だが、ルシフ王と大神官補佐にも、何と無く、気付かれた様に感じたリシェアオーガは、話を逸らした。
「ルシフ王様、この国の様子を見たいのですが、
誰か、案内をしてくれる方はいませんか?」
「なら、私が…」
「陛下、駄目ですよ。そう言って、祭りの準備から、逃げ出さないで下さい。
エルトか、誰かに頼みます。」
「ヴァルトレア、お主じゃあ、駄目かのぉ…。陛下には、わしが付いて監視をしておるし、神殿の方は、もう一人の補佐に頼めば良い。
オルガ殿も初対面の者より、顔見知りの者の方が良いじゃろうしな…。」
大神官に言われたヴァルトレアは、少し考えて、判りましたと返事をした。老神官の意図を汲んだ回答に、ルシフ王も頷いた。
「ヴァルトレアなら、適任かもしれん。頼んだぞ。」
王命とも取れる言葉に、彼は一礼をし、リシェアオーガとアルフィートに向き直した。
「では、ヴァルトレア様、御願いします。」
「はい、私に御任せ下さい。隅々まで、御案内させて頂きます。
…オルガ殿、まずは、何処を見たいですか?」
ヴァルトレアの言葉にリシェアオーガは、街を見たいと即答をする。人間の、一般市民の暮らし振りを見たいと、懇願したのだ。
ではと、ヴァルトレアは、彼等と共に街へ出掛けた。
それを老神官と若き王は、見送る。
「ヴァルで、大丈夫だろうか?」
「陛下、大丈夫と思いますよ。
もしも、あの御方でしたら、案内は陛下か私、若しくは、ヴァルトレアが適任でしょう。他の者では、示しが付きません。」
「そうだな。さてと、じいとヴァルが五月蠅いから、仕事に戻ろうか。」
「そうなさって下さい。じいも、御一緒しますから。」
彼等は笑いながら、リシェアオーガ達を見送り、その部屋を後にした。




