聖地~神々の護る国~
森に囲まれたルシフ国、正式名・ルシム・シーラ・ファームリアは、本当に一国と言うより、町や村と言って良い程、小さな国だった。
開けた土地には、都市と呼ばれる位の大きさの場所が、三段に分かれて点在し、その一番上が住居、2番目が訓練場と思しき物と畑、3番目が全て畑となっていて、住居に隣接している森の中にも、開けた所があり、そこには馬や牛が放牧されている。他は森と草原、山々の自然に囲まれ、国自体に城壁は無く、自然の崖と森がその役目を果たしている。
その国は天然の護りと神々の結界に囲まれ、開けた土地に向かう道は草原から続く、一本のみであった。光の聖地から、ルシフに続く、唯一の道に出た彼等は、ゆっくりと住居に向かう。
木と石で出来た素朴な民家と、中心にある王宮と神殿が一つになったような、白い建物。そこへヴァルトレアとエルトは、オーガ達を案内する。白い建物は真ん中に二つの立方体の塔を抱き、周りに3~4階建ての四角い建物が、広がっている。
二つの塔は尖った緑色の屋根を持ち、向かって左の方は展望台の様な空洞があり、天見の塔と呼ばれ、右の方は二方向だけが大きな窓で、他は壁になっていて、神華の塔と呼ばれる。
此方も如何やら、本体がジェスリム・ラザレアで、出来ている様だった。建物自体は、左程大きくないとは思えるが、他の住居が小さいので、一際大きく映った。
「こちらが、私達の神殿と、王宮になります。
王宮と言っても、大勢の貴族や、王族がいる訳では、ありません。王が御一人と、後、その方に仕える者が、数名だけです。」
リシェアオーガは、他に大きな建物が無い事を、不思議に思っていたのだが、ヴァルトレアの説明に納得した。他は、神官見習いと、宿泊施設のみだとも伝える。
一般市民なら、訓練場に天幕を張るか、周りの住居に宿泊するかだが、王侯貴族となると、そうもいかない。
それ故に、神殿と王宮を兼ねている建物が、宿泊施設となる。普段は空き部屋の多い建物であるが、祭りの時は大勢の人で溢れ返る。
しかし、今はあの黒き髪の王が暴れている為、ほゞ空室だという。
「御部屋に御通しする前に、昔からの風習に基づき、大神官様と国王陛下と御逢いして頂きます。こちらです。」
建物正面位置口から入って、ど真ん中に位置する部屋の扉の前で、リシェアオーガ達は待たされた。屋敷の中の装飾は、消して華美では無く、上品な誂えだった。
白い壁紙に緑の蔦の縁取り、白を基調にした銀色と金色の、控えめの装飾…そのどれをとっても、趣味の良い物であった。
恐らく、今から入る部屋も、同じような装飾であると思われる。
ヴァルトレアの入った部屋には、20代前半位の男性と、80歳は過ぎているであろう老人がいた。若い男性の方は、白を基調に金糸銀糸で飾られ、右肩と襟にルシフの紋章を付けて、正面にある大きな木の机に座って、書類を見ている。
老人は若い男性の傍で、立ったまま何かを話している。
こちらも白が基調の神官服で、四角の大きな袖の両側にルシフの紋章、上着の前裾と胸の飾りも同じ紋章がある。
座った男性は、肩までも無い、短い薄茶の髪を掻き揚げ、入って来たヴァルトアへ、青い目を向けた。同じように老人も、薄紫の瞳を入り口に向けた。
「大神官補佐・ヴァルトレア並びに、騎士・エルト、只今戻りました。」
部屋に入り、一礼をするヴァルトレアに、老人が声を掛けた。
「如何じゃった、神に声は届いたのか?」
「…今は、何とも言えません。
只、聖地で客人を見つけましたので、連れて参りました。」
「客人とな。」
「はい。つきましては、陛下に御目通りを願おうと、思いまして…。」
まだ部屋に入らず、扉前でリシェアオーガ達は、この遣り取りを聞いていた。許しが出ないと、入れない事が判っていたので、無言のまま、その時を待っていた。
「ヴァルトレア…、この時期に客人だと言うのか?身元は確かか?」
「木々の精霊剣士殿です。聖獣を連れておられます。」
低い、しっかりした若い男性の声が、室内に響く。その声にヴァルトレアは答え、男性と老人の驚いた声が聞こえた。一瞬の沈黙の後、若い男性の声が告げる。
「判った。こちらに連れて参れ。」
「承知致しました。」
そう、ヴァルトレアが答えると、リシェアオーガ達を部屋に招き入れた。陛下と呼ばれた男性が目にしたのは、17歳位の少年。
暗緑色の髪と瞳の、華奢な部類に入る者だった。その腰に精霊の剣が見えたので、こちらが先程言われた精霊剣士と、推測出来る。
続いて見たのが、少年より背の高い、薄紫の髪と金色の瞳の青年。
その額には大きな角があり、一角獣の化身と思われた。
「ようこそ、ルシフへ。
私はルシム・シーラ・ファームリア・シュアエリエ・サニフラール。
一応、ここの王を務めている。」
「初めまして、私はオルガ、木々の精霊剣士でございます。
ルシフ王様には、御機嫌麗しく…。」
「面を上げたまえ…堅苦しい挨拶は、抜きで良い。
オルガ殿、ここには、生誕祭の為に来られたのか?」
一礼をして応対するリシェアオーガに、厳しい目を向けながら、ルシフの王・サニフラールは尋ねた。頭を上げ、真っ直ぐな瞳を向け、彼は答える。
「いいえ、修行の道すがら、森を抜けて聖地に辿り着いた折に、此方の大神官補佐様から誘われました。
御迷惑でなければ、滞在を御許し頂きたいのですが…如何でしょうか?」
「判った、許そう。」
そう言ってサニフラールは、リシェアオーガの服装を見渡した。
剣士特有の物に間違いなかったが、装飾品に目が留まる。
ヴァルトレアが誘った訳を察して、オルガと名乗った者の顔を、暫し見つめた。端正な作りで、邪な気配が全く無い様に感じられ、つい、本音口にした。
「オルガ殿の様に、美しい方を連れて来るとは…。
ヴァルトレアも、隅に置けないな。」
「陛下…私は、そんな心算で、御誘いしてはいません。」
「そうですよ、陛下。おっと、失礼しました。私はルシフの大神官を務める、ルシフ・ラル・ルシアラム・ガリアスと申します。
オルガ殿、田舎の、何も無い場所ではありますが、祭りを楽しんで下され。」
薄紫の瞳を細め、優しく微笑むガリアスに、リシェアオーガは、はいと、言葉を添えて一礼をする。サニフラール達は大神官補佐に、部屋を案内する様、命じ、ヴァルトレアは、訪問者達を連れて退出した。
残った王と大神官は、お互いの意見を言い合った。
「陛下…見ましたか?」
「ああ、見た。あれ程多くの、ルシム・ガラムアに飾られた精霊は、今まで見た事が無い。しかも、カーシェイク様のまで、あるとは…。」
「あの御方は…滅多な事では、己に仕えている者以外への、自らのルシム・ガラムアの贈与をされません。祝福の金環を受けた者でさえ、あの御方の輝石を持っている事は、稀ですのに…。」
「何者なんだろうな。」
「敵…黒き髪の王の、手の者で無い事は確かですな。」
老神官の言葉に、王は頷き、先程の少年の姿を思い出す。
美しいと思う一方、何か、魅かれる物がある少年。
そちらの趣味は無いが、精霊となると、性別が不確かな者も多いと聞く。どちらにせよ、自分が魅かれている事を、サニフラールは自覚した。
何故、これ程までに魅かれるか、かの王は、その理由を知り得ていなかった。
ヴァルトレアの案内で、2階の部屋に通されたリシェアオーガとアルフィートは、一息を吐いた。今いる部屋も、先程の部屋も上品な装飾品で飾られ、ここが王族や貴族専用の部屋と判る。
神官の宿泊施設で良いと、リシェアオーガは言ったのだが、如何せん、彼の姿が、精霊の手練れの剣士だったので、こちらに通された。特にエルトが、ここでないと可笑しいと彼等を説得し、その間ヴァルトレアが、さっさと部屋を用意させてしまったのだ。
断る訳にもいかなくなった彼等は、素直にその部屋に入った。アルフィートは、初めて入る人間の部屋に、少々興奮気味だったが、リシェアオーガは無言になった。
今いる部屋は、元々の自分の部屋と変わらない装飾…白地に金と銀の蔦の様な装飾の家具と、白地に緑の蔦と、紫の葡萄の果実の縁取りのある壁紙…。
見知っている物が、そのままここに、あるように思えた。
只、琥珀色の、蔦の装飾がある本棚と、薄桜色の小箱が無いだけだった。
通された部屋は、居間らしき物と寝室と分かれており、アルフィートの部屋は、従者の部屋として別にあった。日中はリシェアオーガの傍にいるので、問題無いが、眠る時は一人になる為、大丈夫か?と彼は訊く。慣れませんが、大丈夫です、と答えるアルフィートに、リシェアオーガは安心した。
「オルガ様は、ここにおられる。私を置いて、行かないでしょう?」
「…そうだな。」
アルフィートの問い掛けに、リシェアオーガは微笑んで肯定する。今は、黒き髪の王と対峙する為に、このルシフにいる事を決めた。
黒き髪の王が、何れ、この国を狙ってくるだろう。ここがルシム・シーラ・ファームリア─神々の護る国─である以上、奴は絶対に、この国を落とそうとするだろう。
そう、確信出来たと同時に、リシェアオーガの中に、この国の人々を見極めたい、という気持ちが宿っていた。本当に己を…、リシェアオーガ神を敬っているのか、本当に信じているのか…彼は、それを知りたかったのだ。
ルシム・シーラ・ファームリア…その名の示す通り、この国の人々が信心深く、優しさに満ちていると、その日の内に、リシェアオーガは知る事となる。




