神々の精霊騎士達1
朝食を終えた三人は、シェンナの森の訓練場に向かった。
そこはオーガのいた森の訓練場より少し大きく、色々な精霊が剣を交えていた。木々の精霊だけで無く大地の精霊、風の精霊、水の精霊…。
後、一人づつではあったが、緋色の髪の精霊と黒髪の精霊がいた。
短めの燃える様な紅い髪で、日焼けしたような肌をしている豊満な体の女性剣士…彼女と手合わせをしているのは肩位の黒髪、彼女と正反対の白過ぎる肌で中肉長身の男性。彼等はランシェを見つけると駆け寄って来て、ランシェの傍らにいるオーガに気が付く。
じっとオーガを見つめた後、彼等はランシェに尋ねて来た。
「やっぱ、ここにいたんだ、ランシェ。
あれ?ランナと一緒にいるその子は?…血族じゃあないよね。」
「…珍しい、子。大地と、光の気配、する。」
「リューレライの森の子ですよ。用があってここに来たのですが、良い機会なので剣を教えようと思いまして…。」
素直に答えるランシェに二人の剣士は、納得したらしく自己紹介を始めた。
「初めまして、おちびちゃん。
あたしはフレル。見た通り、炎の神に仕える焔の精霊騎士よ。たまに緋色の騎士って、呼ばれるわね♪」
「自分は、アレスト。
闇の神に、仕える、闇の騎士。若しくは、暗黒の騎士か、黒騎士。」
おちびちゃんと呼ばれてオーガは驚いたが、眼の前の騎士達は、頭一個半以上大きかった。己より背の高い彼等を見上げながら、オーガも挨拶を交わす。
「初めまして、精霊騎士様。
リューレライの森の剣士見習いで、オーガといいます。」
修行の旅に出ていないオーガは、剣士見習いと彼等に告げるが、持っている剣を見た彼等は疑問に思った。
オーガの持つ剣は聖なる精霊の剣。
なのに眼の前の子は、自分の事を見習いだと言う。その答えを、本人であるオーガの代わりにランナが告げる。
「この子の兄から聞いたんだけど、この子はまだ、修行の旅に出して貰えていなんだ。だから、見習いのままらしい。
この剣は、その子の兄…俺の知り合いがこの子にって、必死になって求めたんだ。この子の実力は、これを扱えると信じて…ね。」
ランナの言葉にフレルは驚き、眼の前の少年の技量を推し量ろうとする。アレストは、無表情で少年を見ている。するとランシェが、ランナから聞いた話をした。
「フルレとアレストは、レナムを知っていますね。
この子は彼の教え子なのですが、既に、彼と三本勝負で全勝しているそうです。ランナが本人から聞いています。」
「え…うそ~。あのレナムに勝ってんの?」
「…レナムより、強い…。なら、この精霊剣、扱える。」
彼等の遣り取りをオーガは、黙って見ていた。レナムより強い事実は変えようが無く、リューレライの森では既に稽古を付けれる精霊がいなかった。
あのアンタレスにまで勝ってしまった今では、あの森では相手がいない事となる。塞ぎ加減になっていたオーガに後ろから声が掛って来た。
「この子が噂の子なのかい?
レナムより強く、ギルド騎士のアンタレスまでも負かした子は?」
澄んだ高い男性の声に、オーガは振り向いた。そこには、肩を少し過ぎた長さの白い髪と虹色の瞳で、細身の風の精霊がいる。
服装は、白を基準に虹色の糸の装飾の騎士服…フレルとアレストの服と色違いに見える。フルレが緋色の服で、アレストは黒い服…二人とも精霊騎士の服装であった。
彼の後ろには、青い髪がちらちらと見え隠れしていた。そこからも声がする。
「フレル…、フレィリー様が呼んでおられました。
あれ?…ランシェはいざ知らず、アレストまで…如何かしたのです?」
「暇、だから、来た。」
質問に短く答えるアレストと、聞こえた男性の低めの声に素早く反応するフレル。彼女は、声のした風の精霊の方へ文字通り飛んで行く。
彼女の行動に気付いた様で、彼の後ろから長い青い髪で水色の瞳の青み掛った肌を持つ、やや細めの精霊が出て来た。
その優しげな眼差しの男性の腕にフレルが飛びつき、自らの腕を絡ませている。恋人同士に見える彼等に、オーガはきょとんとした。
オーガの様子に気付いたフレルは、嬉しそうに言った。
「彼は、水の神の精霊騎士、ウォーレよ。で、私の旦那様♪」
「フレル、そう言う事は、後で良いですから。
…早くしないと、フレィリー様に叱られますよ。エアレア、頼みます。」
彼等の言葉に頷く、風の精霊が、
「ラン、また後で来るよ。その子の紹介もその時に…。」
と言って、彼等を運んで行った。一瞬にして風が舞い、彼等の姿が消える様子は、オーガにとって初めて見る物だった。
残ったのはアレストだけ。
その暗黒の騎士へ向き直ったオーガは、好奇心に満ちた目を向けていた。
自分の事を精霊の剣を扱える者と断言した騎士に、興味を持った。彼の視線に気付いたアレストは、オーガとランシェに声を掛ける。
「自分、相手、する。ランシェ、良いか?」
短絡的な言い方をする騎士にランシェは頷き、オーガに剣を抜く様に促す。
相手の技量が判らないオーガは、右手で剣を構え、アレストと対峙する。始まった打ち合いでオーガは、アレストの技量を知った。
アンタレスより数段も上のそれは、オーガの右腕では敵わなかった。数回の打ち合いで剣を手放す羽目になったオーガは、再度、相手をして欲しいと懇願した。
アレストは無言で頷き、再び剣を構える。体制を整えたオーガは剣を左手に持ち替え、何時にも増して真剣な眼差しを向ける。
始まった打ち合いは先程度は全く違っていた。オーガの力、反応の速さ…どれを取っても別人の様な物だった。
それに気付いたアレストも、打ち合いの間で自らの利き腕の左腕に剣を持ち替える。オーガも相手が本気になった事に気付き、更に自分の力を引き出そうとする。
師匠であるレナムと勝負して以来、久し振りに本気で勝ちたいと思っているオーガは、手加減を忘れ始めていた。
対等に打ち合っている彼等にランナは、固唾を呑んだ。レナムから聞いていた以上に、眼前の幼子の腕は優秀であった。
師匠である己を、超えてしまった弟子の事を、嬉しそうに話した剣豪……。
精霊騎士には及ばなかったが、ギルド騎士を務められる腕前を持ちながら森を出る事を拒み、後継者を育む事を選んだ剣士。
その弟子であったオーガの剣の腕は、ほんの数年で師匠を超えた。まだまだ発達の余地のある年齢で超えてしまった事は、教え子にとって複雑な物だっただろう。
身近な所で自分の相手になる腕前の剣士がいない。剣の高みを求めている者に取って、これ以上ない失念である。
現に目の前で繰り広げられている剣技からは、それが見え隠れしている。オーガの態度に歓喜の想いが、滲み出ている様に見えたのだ。
同じ様に普段あまり、自分から喋らないアレストがオーガに声を掛けた。アレストが珍しく興味を持った故の行動であったが、その彼でさえ本気で剣を繰り出している。
彼等の打ち合いは、長く続いていた。終わりが見えない様子だったので、ランシェがランナへ食事の用意をするよう指示をした。
太陽が真上に来る頃、まだ打ち合いの勝負は着いていなかった。お互いが完全に本気を出しつつある稽古をランシェは、目を逸らす事無く見入っている。
滅多に剣を抜かない闇の騎士と、見習いとは言え、その腕は師匠を超えている剣士。
終わり無く続くと思われたそれは、中断せざる負えなくなった。
そう、今の時間帯が悪かったのだ。影があるとは言え、光りの刻である昼間に力を使う事は、傍に己の仕える神のいない状態である闇の精霊のアレストにとって、かなりの負担である。
反対にオーガは、木々の精霊…周りに森がある為、力の消耗は少ない。アレストの様子に気付いたランシェが、彼等の手合わせを止めた。
「アレスト、オーガ君、もう良い加減、時間が時間ですから休憩にしましょう。」
掛けられた声に二人は、お互いの触れ合っている剣を離してランシェに振り返る。彼が言う通り何時の間にか太陽は真上にあり、お昼時を告げている事に二人は気付いた。
剣を収め、ランシェとランナの許に向かう彼等へ、ランナは湧水で冷やした濡れた冷たい布を渡す。
オーガは渡されたそれを手に取り、じっと見つめて何に使うのかと疑問に思った。アレストの方を見ると、彼は頭からそれを被っている。
グッタリしている様子のアレストにオーガは声を掛けた。
「黒騎士様、大丈夫ですか?」
「アレスト、で良い。…君、面白いから、少し、無理した。」
そう言うと、彼はオーガに凭れ掛かった。驚きながら彼を支え、その体が熱を持っている事を知る。
焦りながら視線をランシェに向けると、
「オーガ君、何時もの事ですから気にしないで下さいね。アレストは闇の精霊なので今の時間は、動きが鈍って熱を出す事もあるのです。
君の方こそ、大丈夫ですか?」
と反対に尋ねられた。不思議に思いながらもオーガは返答した。
「平気だよ…あ…とっ、平気です。」
「そうですか、ならばこのまま、アレストを運んでくれませんか?
あちらの陰に食事を用意させましたから。」
誰とは言わなくてもオーガには、用意した人物が想像出来た。案の定、想像通りランナだったが、先程の風の精霊も一緒だった。
アレストに肩を貸しながら、ゆっくりと歩みを進めるオーガに周りの精霊は驚いていた。
彼等の中で一番小柄の100歳にも満たない子供の精霊が、成人した精霊に寄りかかられて平然と歩いていたのだ。
やっと、ランシェが提示した場所に着くと風の精霊がアレストを支え、傍の木に寄り添わせた。
まだ、グッタリしている彼をオーガは心配そうに見つめ、傍を離れようとしない。その様子に気が付いたアレストは、大丈夫だと声を掛けた。
でも…と、続けるオーガにアレストは手を伸ばし、
「君の、中、光、ある。自分の、中、入った、光、渡す。」
と言って、オーガの手を取った。それを見た風の精霊とランシェは驚き、声を上げる。
「ちょ・ちょっと待った、アレィ。
幾らその子に光の気配があると言っても、譲渡は無理でしょう。」
「そうですよ、その子はまだ子供ですから、無理ですよ。」
「…レスから聞いたけど…その子、まだ13歳だよ。幼子に無理させちゃあ駄目だよ。」
最後の止めとばかりにランナが、オーガの本当の歳を言う。アレストは、その事にも動揺を見せないまま譲渡を続けている。
他の精霊騎士達はランナが告げた事実で更に驚くが、当の本人のオーガは流れてくる光の力を難無く受け止めていた。
自分に馴染む力…木々の精霊とは違う物なのに違和感無く体に溶け込み、先程の手合わせで使った力の消耗が無くなって行く。
アレストが譲渡を終えたらしく己の手を離し、被っていた布を取った。そこから現れた月色の双眸に、オーガは見つめられる。
「体、良く、なった。感謝、する。」
薄らと微笑みながら告げられた言葉に、オーガも安心して微笑む。日に当たっていない故か白過ぎる肌の暗黒の騎士は、眼の前の幼子の頭を撫でる。
優しく撫でられる心地よさにオーガは瞳を閉じた。そして、今まで感じた事の無い優しく暖かな気配を知った。
闇の精霊の気配…優しく包み込む、安らぎの気配…夜の闇の眠りを護る気配。
その傍で渦巻く様な気配も感じる。
の精霊の気配…感情豊かで、好奇心剥き出しの強い気配。
時には優しく、時には厳しい気配にオーガは瞳を開けた。