聖地~大神官補佐の想い~
リシェアオーガは、神官が光の聖地にいる事を不思議に思い、問い掛ける。
「ヴァルトレア様、大神官補佐である貴方が、何故、この聖地に?」
「…神へ御願いの儀がございまして…
神殿より、この聖地の方が声が届き易いので、参りました。」
神へ呼びかける為、ここを訪れた神官に護衛の剣士が付く。
当然の状況に、リシェアオーガも納得した。神への願いを告げる為に、聖地へ訪れた事を聞き、手助けになればと、呼びかける神の名を尋ねる。
「込み入った事を聞いて、申し訳ないのですが、ヴァルトレア様の御願いしたい神とは、一体誰なのですか?」
「戦の神・リシェアオーガ様です。」
にっこりと微笑んで、答えられた名に、リシェアオーガもアルフィートも驚いた。
「あの破壊神に、黒い髪の王にお願いなんて…馬鹿げた事ですよ。」
「いいえ、あの御方は、破壊神ではありません。
況してや、黒い髪の王でもありません。あの者は、名を騙る者。
戦の神・リシェアオーガ様では、決してありません。」
「その通りだ!あの方は、黒い髪の王ではない!!
あの方は…我等をあ奴から、必ず救って下さる。」
自分が告げた言葉に対しての、二人の反論で、更にアルフィートは驚く。
リシェアオーガも驚いていたが、全く別の理由だった。
リシェアオーガを破壊の神では無く、戦の神と認め、更に救いを求めている人間がいる。その真実に、驚いていたのだ。
慕われているとは、思っていなかった彼は、改めて彼等を見た。
神官の服にあるのは、盾に8本の色違いの剣…神の創りし剣と思しき物と、神の華…その紋章が意味するのは、只一つの国…。
「そう言えば先程、ルシフと言われましたね。
もしかして、ルシム・シーラ・ファームリアの事ですか?」
「はい、そうです。私達は、ルシム・シーラ・ファームリアの者です。」
ルシム・シーラ・ファームリア─神々に護られし国─と呼ばれる小国は、光の聖地を持ち、唯一神官が跪く王を抱える国。
という事は、神への願いは、恐らく…。
「貴方々の願いとは、黒き髪の王に関する事ですか?」
導き出した推測を声にして、リシェアオーガは彼等に尋ねた。
「はい、もう我等では、あの者を止める事が出来ません。
人間や精霊、獣人や龍人の戦の手練れ達が、幾人も挑みましたが、誰一人、あの王を倒せませんでした。そして、最悪にも彼等は操られ、または脅されて、黒き王の傘下に入っています。」
「その中には、精霊の剣を持つ者もいると、聞いています。
…先程は、申し訳ありませんでした。」
リシェアオーガは、神へ救いを求める理由を神官に聞き、少年騎士から先程の無礼の詫びを、元気の良い声で告げられる。
「気にしてはいません。自らの危険を顧みず、護ろうとする姿勢は寧ろ、騎士の鏡とは思いますよ。只、無謀でしたが。」
「…確かに、無謀でしたね。エルト。
オルガ殿、もし宜しければ、ルシフに滞在されませんか?
生誕祭も近い事ですし…。」
「こんな時勢に、お祭りだなんて…。」
「アルフ、こんな時だからこそ、神々の生誕祭を行うのだ。
そうでしょう、大神官補佐様。」
リシェアオーガからの援護の言葉にヴァルトレアは、微笑を添えて頷き、エルトも真面目な顔で頷く。
祭りの内容が、神々の生誕祭という事だったので、アルフィートも納得した。
「オルガ殿、少しばかり時間が掛りますが、宜しいでしょうか?
私達はこの先の、神々の道で祈りを捧げます。その間、退屈とは思いますが、暫く待って頂けますか?」
ヴァルトレアの言葉を聞いて、リシェアオーガは頷き、アルフィートと共に彼等の後を付いて行った。聖地の奥、森と花園の境目に小さな祠があった。
大人が2・3人入れば、満員になりそうな祠は、不思議な石で出来ていた。白い石造りのそれは、光を反射して、輝いているようだった。
「ジェスリム・ラザレア…ジェスク神のルシム・ガラムアなのか…?」
「はい、ここはジェスク様の聖地ですから、直接の祈りの場は、あの御方の輝石で造られます。…オルガ殿、アルフィート殿、暫くこちらで、御待ち下さい。」
ジェスリム・ラザレア─光の結晶─で作られた、白き祈りの場の奥へと、ルシフの者達は進んで行く。残ったリシェアオーガとアルフィートは、その入り口近くの花園で、彼等を待つ事になった。
祈りの場に進むヴァルトレアに、エルトは尋ねた。
「良いんですか?ヴァルトレア様。
あの者達を簡単に信用して、ルシフに入れるなどと…。」
「心配は無用です、エルト。
貴方は、オルガ殿の装飾品を見て、気付きましたか?彼の身に付けている物は全て、数多くのルシム・ガラムアで作られています。」
「…えええっ、ルシム・ガラムア?!神の創る輝石で…ですか?」
「しっ、声が大きいですよ。」
ヴァルトレアの叱咤に、すいませんと、小声で謝るエルト。彼の謝罪を受けながら、大神官補佐は言葉を続ける。
「ジェスク様のジェラムラ・クルーレアの袖飾り、カーシェイク様のハールシェラエラ・クルーレアの外套の留め具、リュース様のリューシリア・ラザレアと、ジェスク様のジェスリム・ラザレアの指輪………ご夫婦の物を着ける精霊は存在しますが、カーシェイク様のまでとなると…珍しいですね。」
言われた言葉に、エルトは驚き、リシェアオーガの装飾品を思い起こしていた。袖飾りは金色、外套の留め具は琥珀色、指輪は白と翡翠色の、絡みついたようなデザインだった。あれが全部、本当に神の輝石だとすれば…オルガと言う人物は、何者だろうか?と言う疑問が湧いてくる。
エルトの疑問へ答えるかの如く、ヴァルトレアは呟いた。
「もう…ここに訪れなくて、良いのかもしれませんね…。」
ルシフの大神官補佐と騎士を、見送ったリシェアオーガは、辺りを見つめた。
光の聖地と呼ばれるだけあって、見事なルシム・ファリアルの花園だった。
その遠く、中心部に、白い石造りの屋敷が見える。
恐らくそれも、ジェスリム・ラザレアで出来ているであろう、輝きを持っている。父であるジェスク神の聖地故か、母であるリュース神の創ったルシム・ファリアルが、生き生きとしている様に見える。花々が歌う様に、風が優しく花園を掛け抜け、その度に、甘く優しい香りに包まれる。
これ程群生しているのに、花の香りは強く無い。元々微かに香る花だけに、これ程の量でも、仄かに香っている様だ。
花園を渡る風にリシェアオーガは、目を閉じ、身を委ねている。母と父の気配に、包まれているような感覚を受けるこの地に、暫しの安らぎを見出していた…。
暫くして、ヴァルトレアとエルトが、神々の道の祈りの場から帰って来た。
待っていた二人を見つけ、近寄り、
「御待たせして、申し訳ございません。」
と、息を切らして告げた。
そんな待っていないと返答する、リシェアオーガを、彼等は直視した。
暗緑色の瞳と髪…、新しい神の任命の儀式の際に、伝えられたリシェアオーガ神の特徴と、同じ姿。だが、精霊の気を纏っている以上、その確信は無かった。
見つめられたリシェアオーガは不思議に思い、ヴァルトレアに声を掛けた。
「如何かしましたか?」
「いえ…何でもありません。」
真実味の無い考えに、ヴァルトレアは、言葉を飲み込んだ。オルガと名乗っている以上、リシェアオーガ神では無いのかもしれない、という思いが頭を掠めたのだ。
「神に、ヴァルトレアさんの声が、届けば良いですね。」
微笑と共に、アルフィートは、そう告げる。ヴァルトレアがはいと返事をしながら、リシェアオーガを見ていた。
アルフィートと、同じ反応をしないリシェアオーガに、先程の疑問を繰り返している。だが、答えの無い疑問に、悩んでも仕方無いと考えた。
今は聞けない事柄と判断し、大神官に采配を伺う事に決めたらしい。
「オルガ殿、アルフィート殿、ルシフに御案内しましょう。」
そう言って、ヴァルトレアとエルトは、彼等をルシフへと誘った。




