龍馬~大地の騎士と光の騎士~
翌日、飛び起きたアルフィートの傍には、昨夜、座ったままのリシェアオーガの姿があった。彼は眠れないのではなく、眠りを必要としないのに気付き、そのまま起きていたのだ。
「お早う、良く眠れたか?アルフィート。」
そう言って、微笑みかけるリシェアオーガに、アルフィートは頷く。
昨夜の体制のままだったので、リシェアオーガが眠ったのか心配だったが、彼が今起きたと告げたので納得した。
顔には隈も無く、眠そうなでもなかったので、騙されたらしい。
リシェアオーガにとって、余り眠りを必要としないという新しい体質は、かなり都合の良いものだったが、誤魔化すのに大変だと思った。
これからも、誤魔化し続ければならないか…と、頭を抱える。自らの正体を言えないうちは、そう努力しなければならない。
破壊神を名乗っている輩を、討つまでは…。
考え込んでいるリシェアオーガに、気付いたアルフィートは、まだ朝食を用意していな事を思い出す。
急いで、何かを持って来ようとした時、表から声が掛った。
「アルフ、まだ寝ているのですか?」
聞き覚えのある声でアルフィートは、急いで表に出る。
そこには昨夜の精霊、ルシナリスが立っていた。
髪の色と服装は違っていたが、確かに彼の姿だった。昨夜と同じ色の服ではあったが、今日は動き易い、精霊騎士の服装になっている。
「アルディオス殿から、アルフの所へ行くなら持って行けと言われましたので、散策ついでに持って来ましたよ。」
光の騎士が手に持っている食料の入った籠を、アルフィートに渡そうとした時、アルフィートの後ろから、リシェアオーガが出て来た。
ルシナリスの姿を見つけた彼は、髪の変化に気付き、驚いた。その姿は、父親の傍で良く見ていた精霊騎士、その者の姿であったのだ。
リシェアオーガの様子に、気が付いたルシナリスは、彼に話し掛ける。
「オルガ殿は初めて、光の精霊と遭遇された様ですね。
私達の髪は、ジェスク様と同じで、陽光の下では金色に、月光の下では、銀色になるのですよ。」
「そうなんだ…光の精霊も、光髪を持っているんだ…。」
夜の屋敷では、全くと言って良い程部屋から出なかった為、この光景を見た事がなかったリシェアオーガは、感心した声を出した。
この様子に、彼等は微笑んだ。年相応に見える彼に、可愛らしいと感じたのだ。
「さあ、アルフ、オルガ殿に食べて貰って、辺りを案内するのでしょう?」
「…残念だけど、今日は用事があって、無理なんです。
ルシナリス様…は、忙しいですよね…。」
しどろもどろになっているアルフィートの様子に、ルシナリスは微笑み、いいえと答える。実際の所、彼の用事は既に終わっており、後は報告を残すのみであった。
「私で良ければ、アルフの代わりに案内しましょう。如何ですか?オルガ殿。」
「…アルフィート、私は一人でも大丈夫だが…。」
同行を断ろうとするリシェアオーガへ、二人は忠告をする。
「オルガ殿、ここは迷いやすいので、私か、ルシナリス様と一緒の方が良いんですよ。
特に間違えて、森の方に出てしまったら、大変なんです。」
「アルフの言う通りですよ。慣れない方は迷います。精霊の方は、無傷のまま森の外に出られますが、この場所に戻る事が困難になりますよ。」
二人からの言葉にリシェアオーガは納得して、彼等の提案を承諾した。それを確認したルシナリスは、彼等に朝食を摂るよう即した。
「アルフ、用事があるなら、早く食べて行きなさいね。
オルガ殿、私は表で待ってますから。
二人とも急ぎ過ぎて、喉に詰めない様に食べなさいね。」
保護者の様な言葉に、リシェアオーガは苦笑して、判りましたと告げる。
アルフィートも、陽気に判りました♪と返事をして、リシェアオーガと共に、住居の中へ戻って行った。
数分後、食事を終えた、アルフィートとリシェアオーガは、彼の住居を離れた。
アルフィートは用事に出掛け、リシェアオーガは、表で待っていたルシナリスと共に、散策へ出掛ける。
二人の精霊が歩く様子を、ここの住民は、珍しそうに見つめていた。特に注目されたのが、彼等が帯刀している剣だった。
リシェアオーガの緑の剣には紫の輝石が、ルシナリスの白い剣には金色の輝石が、剣の中心部の柄の部分に填まっている。
共に神の輝石・ルシム・ガラムアであり、リシェアオーガの方は、リュース神のリュシアナ・クルーレア─実りを約束した水晶─、ルシナリスのの方は、ジェスク神のジェラムラ・クルーレア─光を閉じ込めた水晶─と呼ばれる物である。
厳密には水晶と異なる物だが、見た目が似ている為、そう呼ばれる。そして、この輝石が付いた剣は、聖なる精霊の剣として尊ばれる物であった。
それをオーガは右に、ルシナリスのは左に帯刀している。
この集落には剣士がいない故に、特に珍しいらしく、あちこちで視線を集めた。
しかも、夫婦同士の神の物だったので、一層注目されたらしい。
…只、如何見ても、同性にしか見えないのが残念だった様だ。
集落の端まで来た、リシェアオーガとルシナリスは、そこで歩みを止めた。
「此処から、森に入りますが…オルガ殿は、如何しますか?」
まだ人前なのでルシナリスは、リシェアオーガの事をオルガ殿と呼んでいる。きちんと対応してくれる光の精霊騎士に、リシェアオーガは、森を見たいと望む。
ならばと、彼等は森へ進んだ。リシェアオーガが集落に来た時と、反対側の森に彼等は赴いた。木々の樹勢と種類は、全く同じで、迷うと言うのは嘘では無かった。
誰もいなくなった所を見計らって、ルシナリスは口を開く。
「リシェアオーガ様。
昨夜、破壊神が此処を狙っている事を、御伝えしましたね。」
対応が精霊としてで無く、神としてのそれに代わったルシナリスに、リシェアオーガは、ああと短い返事を返した。
「如何してか、御判りですか?」
「推測だが…集落にいる彼等が、聖獣だからか?」
流石と、言わんばかりの微笑を浮かべ、ルシナリスは頷いた。聖獣ならば、同族に剣士がいないのも頷ける。
本性のその身に武器を持つか、血を好まない余り、争いを毛嫌いしているか、もしくは金属が苦手か…のどれかに、必ず当て填まる。
だが、異種族…特に人間が、彼等に災いを齎すとなれば、彼等の持つ何かが、人間にとって貴重な物となる。
リシェアオーガは、導いた答えを口にした。
「…もしや…彼等は…一角獣か?」
一角獣の命の要でもある角が、人間にとって、貴重な薬となる事を、彼は知っていた為、それを答えとして告げる。
返された正解に、光の騎士は感心して、目の前の神子へ嬉しそうに言葉を掛ける。
「そうです。流石は、知神・カーシェイク様の御兄弟ですね。
やはり、聡明でいらっしゃる。」
ルシナリスに褒められ、リシェアオーガは、綿を喰らった顔になった。見聞きした事を元にして、当たり前に導き出した正解で、そう言われるとは思わなかったのだ。
確かに兄とは、髪の色が似通っているが、他は…というと、判らないと言うのが、正直な所だった。
「ルシナリスは、本当に…私が…あの夫婦神の子だと、思っているのか?…」
弱々しく聞こえた問いに、はいと、彼は答える。
「元々精霊とは、自分の属性の神々に魅せられます。その神子でも、同じ事。
それは、属性の神に祝福された、金環の持ち主にも言えます。まだ、御疑いになられるのなら、大地の精霊を呼びましょうか?リュナン、此処にいるのでしょう?」
そう言って彼は、地面を持っている剣で叩く。すると、
「何か用か…ルシナリス。」
野太い声が響き、地面からやや中年寄りの、男性が出てきた。
浅黒い肌に、尖った耳に辛うじて掛る短い黒い髪、その双璧は釣り目の翡翠色で、厳しい光を放っている。
茶色の、すっきりとした膝丈の短い上着と、黒のズボン、茶色の膝までの折り返し長靴…騎士の格好をした体格の良い男性。
左腰には、リシェアオーガと同じ形で色違いの、茶色の精霊の剣があった。彼は昔馴染みの顔を確認し、その傍らに他の精霊の姿を確認…した。
「ルシナリスの横の…あれ?精霊じゃあない…えっ、ええええええ~~。
り・リシェア~~~~!!!!」
男の、盛大な驚きの声に、リシェアオーガは思わず耳を塞いだ。ルシナリスも、同じ様にしている。
「リュナン、声が大きいですよ。
結界内だから良いものを、一角獣達にでも聞こえたら、一大事ですよ。」
言われて思わず、口に両手を当てる大男の姿に、リシェアオーガも苦笑した。
「リュナンと言ったな、そなたも、御披露目の時にいたのか?」
「あ…はい、リシェア様。俺も、騎士としていましたが…。」
「翆龍が、選ばれたんですよね。」
言われたリュナンは、がっくりと肩を落とし、残念だったと一言、呟いた。
「俺は…この可憐な方に、お仕えしたかった…だけど…翆龍の方が剣豪で、俺じゃあ駄目だったんだ~。」
大男が泣き喚く姿を見て、リシェアオーガは唖然とした。
然も、聞きなれない言葉を貰った気がする。
「リュナン…今、私の事を可憐と、言わなかったか?」
「そうです、リーナ様もそうですが、リシェア様も可憐なお方です。」
握り拳を上げ、力説されて、唖然とするリシェアオーガだったが、眼の前の精霊の背格好を考慮すると、その可憐の範囲に自分も入る事が判った。
リシェアオーガの姿は、如何見ても少年の部類に入る。
横にいるルシナリスより背が低く、体も華奢である。
反対にリュナンは、そのルシナリスより、背が高く、体も大きい。となれば、リシェアオーガは可憐に映るのだ。
自分の背格好に、頭を抱えながら、これ以上否定しても無駄と思い、敢えてリュナンの言葉を受け流した。




