龍馬~長と精霊~
喜び勇んのアルフィートは、早速リシェアオーガを、自分の住居に連れて行った。
手を繋がれたままで、連れて来られた住居は、先程とは違い、こじんまりした佇まいは全て、薄紫で統一されている。
唯一絨毯だけが、薄緑で、部屋の色彩を落ち着けていた。
「ここが、私の家ですよ♪
オルガ殿は、ここで寛いで…あっと、過ごして下さいね。」
漏れた本音を訂正しつつも、アルフィートは、リシェアオーガに座るよう、促した。それに従い、リシェアオーガは絨毯に座り、辺りを見回した。
彼の髪と同じ、薄紫の配色…その優しげな色は、母の瞳を思い出させた。書置きを残したのだが、心配をしているだろう母に、思いを馳せる。
翡翠色の髪の母…似た色ではあるが、自分の方が暗く闇に近い色で、瞳の色は、両親のどちらにも似ていない。その容姿が、リシェアオーガに本当の家族なのかと、疑問を投げ掛けている。只、リルナリーナと繋がっている…それだけが、家族なのかもと思える、唯一の証しだった。
想い耽るリシェアオーガの様子に、アルフィートは態と、明るい声を掛けた。
「お腹、空いてませんか?ええっと、何か、食べれない物ってありますか?」
「特にないと…思う。あまり食べないから、判らない。」
言われた言葉で、精霊という事を思い出したアルフィートは、リシェアオーガに幾つかの果物を出す。見た事も無い果物もあり、彼の興味はそちらへ向く。
紅い果実は、良く見る林檎、黄色の大きな物はレンナ(洋梨のような物)、小粒の紅い木苺と見た事の無い黄色の木苺…。
その黄色い粒を手に取り、まじまじと見つめ、思い切って口にした。普通の木苺と変わらない、甘さに驚き、目を丸くする。
リシェアオーガの行動をアルフィートは、微笑みながら見つめている。可愛らしいと思い、つい、他の物も進めた。
少量であるが、一通り口にして満足したリシェアオーガは、アルフィートの姿を改めて確認する。ここに来るまでに会った、彼の同族と思われる人々は、皆白に近い銀色の髪で、その瞳は薄い黄緑色…金色にも見える色であった。
だが、眼の前のアルフィートは、薄紫の髪に、黄金の瞳…同じ姿の者が一人もいなかった。今の自分と、重なって見えるアルフィートに、暗い陰が無い。
自分一人しか、持っていない姿…故の寂しさ、悲しさが、彼から見出せない。虚勢を張っている可能性もあったが、そう見えなかった。
「如何かしました?オルガ殿。」
首を横に傾けながら、アルフィートが尋ねた。きょとんとした表情で、リシェアオーガを見つめる仕草は、精霊には見えない。
何者とは問えなかったが、もう一つの疑問をリシェアオーガは問った。
「アルフィート…その、聞き難い事なのだが…。」
「ああ、この容姿の事ですね。周りと違うから、気になったんでしょう。
私は皆と違うんです。特殊…と言えば、そうなんですが、滅多に生まれないんで、珍しいんですよ。」
特殊という言葉で、あっさりと片付けてしまうアルフィートに、リシェアオーガは驚いた。更にアルフィートは、言葉を続ける。
「異端らしいんですが、私はある目的の為に、生まれて来てるんです。
それは、ある方に仕える為らしいんですが…誰だか判んないんですよ。」
「判らない?」
「そうです、本来の特徴だけは判っているのですが、変化されている今の顔も姿も判らない…でも、絶対会えるっていう事だけは、判るんです。」
そう言って、アルフィートは、嬉しそうに空を見つめていた。希望に満ちた眼差しは、オーガが失って等しい物だった。
リシェアオーガは、アルフィートの行動に、思い当たった事を質問した。
「…若しかして、アルフィートが外の森に出ているのは、その人を捜す為なのか?」
「はい、人間の方の筈なんですが…。」
言葉に詰まるアルフィートは、真剣な眼差しでリシェアオーガを見つめる。何かを見定める様な眼差しに、リシェアオーガは不思議に思った。
何故、その瞳で自分を見つめるのか、色々考え抜いた事を口にしていた。
「私が、そうと思うのか?」
「…判りません。何時もそう思いながら、ここに色々な人を招いています。
で、何時も怒られてます。」
にこにこと、笑いながら話すアルフィートに、気にしないのかと問うと、変わらない表情のまま、全然と帰って来た。
「私の本能ですから、如何しようもありません。
如何にかなる本能でしたら、こんな事になってませんよ。」
確かに、と納得出来る言い訳に、リシェアオーガも苦笑する。
元々の性格もあるのだろうが、悩んだり悔んだりしても仕方ない、だったら、前を向こうと言う姿勢が、好ましく思えた。
森が夕闇に染まる頃、アルフィートの住まいに、泊まる事となったリシェアオーガは、眠れずにいた。
傍らではアルフィートが眠っているらしく、静かな寝息が聞こえていた。
彼を起こさない様にして、リシェアオーガは住居を出る。空は晴れ渡り、まだ月は出ていないらしく、星々の明かりだけが、彼等の集落を照らしている。
疎らに点在する住居には、明かりが無く、夜の闇が辺りを支配していた。動く者がいないと思われた辺りに、気配を感じた。
「長殿…、こんな夜更けに、御一人ですか?」
リシェアオーガの問い掛けに、アルディオスは首を横に振り、少しばかり離れた、後ろの人物を示す。淡い銀色の輝きを持つ、腰までの長毛の銀髪と、蛍を宿した様な瞳の色…整った顔立ちの、優しげな人物。
年の頃は、人間で言えば20代半ば位に見え、真っ白な長衣に、聖なる光の精霊の剣を帯刀している。
「…光の精霊騎士様が御出でになったので、ちょっとした散歩を楽しんでおったのじゃ。
皆には内緒じゃぞ?」
そう告げて、口に人差し指を当て、御茶目に微笑む。釣られたリシェアオーガも、微笑んでいたが、薄らと、悲しみを宿した微笑となってしまった。
彼の様子に気付いたアルディオスは、不思議に思ったが、後ろから声が掛った。
「アルディオス殿、如何なさいました?」
少し低めの優しく響く問い掛けに、アルディオスはおお、と声を上げ、リシェアオーガを紹介する。
「ルシナリス様、この方が先程の言っておった、木々の精霊剣士殿じゃ。」
「初めまして、オルガと申します。」
髪の色は違うが、父の傍で見覚えのある、名前を知らない精霊騎士と、似ている気がした。しかし、リシェアオーガと名乗っていない為、敢えて、初めましてと挨拶をする。彼の挨拶に、一瞬、不思議そうな顔をしたルシナリスだったが、優しい微笑を浮かべ、挨拶を返してきた。
「初めまして、ルシナリスと申します。此処の長であるアルディオス殿とは、懇意にさせて頂いています。
ところでオルガ殿は、人間の世界の、不穏な噂を聞いていらっしゃいますか?」
急に尋ねられたリシェアオーガは、驚いたが、何も知らないので、首を横に振り、知らないと答える。するとルシナリスが、その話をし始める。
「最近、人間の住まう場所に、破壊神なる者が横行している、という噂なのですよ。その破壊神は、黒髪、黒い瞳の人物で、破壊神・リシェアオーガと名乗り、国々を攻め滅ぼしているとか。
…それが真実かは、判りませんが、そんな噂が流れているのです。」
そう言いながら、リシェアオーガを見つめるルシナリス…その瞳は、何かを見定めようとしているかの様だった。
「そんな輩が…本当にいるのですか?」
ルシナリスの視線を受け、真っ直ぐ見つめ返して、問い掛けるリシェアオーガに、まだ真実が掴めていないと、彼は言う。
だから、この地を訪れたのだとも告げる。
「アルディオス殿に、噂についての真相を、確かめていた所です。
…当たって欲しくない、予想でしたが…。」
「破壊神・リシェアオーガの事は、真実じゃ。ここは結界に囲まれている故、手出し出来ない様じゃが…何時まで持つやら…。」
溜息を吐きながら、遠い目をするアルディオスへ、リシェアオーガは真剣な眼差しを向けていた。リシェアオーガがここに来たのは、ほんの数週間前、森から出ていなかった為、その破壊神と言うのは、彼の事を示していない。
では誰が、その名を語っているのか、知りたくなった。リシェアオーガの考えを察してか、ルシナリスが、アルディオスに頼み事をした。
「アルディオス殿、オルガ殿は、噂の事を知っておられぬようなので、私から話をしても良いですか?
それに、属性は違えど精霊同士、他の話もしたいので、二人だけで…
いけませんか?」
「ルシナリス様…そうじゃのぉ…
精霊同士、話も合うじゃろうから、それも良かろうて。話が終ったら、わしの住処に来てくれんかのぉ。」
そう言うと、アルディオスは彼等を残し、住まいに帰って行った。
 




