儀式~新たな主の誕生~
リシェアオーガの選んだ者達は、一つ所に集められた。
困惑顔で集まった彼等の様子に、リシェアオーガは不思議に思い、尋ねる。
「…何故、その様に驚いている?」
リルナリーナよりやや低い、少年の様な声が、神龍達の耳に届く。目の前の少年・リシェアオーガは、暗緑色の髪と瞳…大地の、然も、木々の精霊そのものの姿。
ジェスク神とも、リュース神とも、似ても似つかぬ容姿をしている彼に、神龍達は更なる困惑の表情を浮かべる。
この少年は、本当にリルナリーナ神の双神だろうか?にしても似ていない…、繋がっていると噂をされるのだが、そうなると姿は、鏡を映したようにそっくりの筈。
そんな思いを、彼等は抱えていた。
両性体では無い、完全な無性体…繋がっていない双神の場合は、あり得る性別の違いだが、彼等は繋がっている。
それは翆龍と黄龍が、目の前で確認済みだった。癖の無い、腰までの長い深緑の髪と、翡翠色の瞳を持つ女性の姿の翆龍は、リュース神に、ふわふわの綿毛の様な癖毛の、腰までの長さの淡い金色の髪と、薄金色の瞳で背に白い羽毛の翼を持つ少女の姿の黄龍は、ジェスク神に、それぞれ仕えていた故に…。
神龍達が困惑している中、彼の問いに、意を決して一人の女性が答えた。肩までの短い紅い髪と、炎を映した様な紅い瞳を持つ、女性の姿の緋龍だった。
「それは…我等全員が、顔見知りだからですよ。
リシェアオーガ様は、それを知っていらしていたのですか?」
「知らない。私は、ほんの半年前に、自分自身の事を知り、本当の両親の元に戻った。…故に、自分が神の子だったなんて、未だに実感が無い。
…この姿だしな…。
この名…リシェアという名も、違和感があって……慣れない……。」
返答ついでに尋ねられ彼は、呆気無く、本音の答えを返えす。
自らの髪を一掴みして、似ていな両親と兄弟…その戸惑いと、遣る瀬無さの混じった表情を浮かべる少年神に、彼等は苦笑しか浮かばない。偶然にも神龍を選び抜いた彼の眼力は、完封物であったが、如何せん、彼等も気が気で無かった。
自分達が、一つ所に集った事実。
…例え、それが戦の神の下であっても、神龍王でなければ意味が無い。
そんな考えを持っていた彼等から、声が上がる。
右が首までで、左が肩までの長さの黒い髪と闇色の瞳の、まだ幼さを残す顔の少年の姿。その背には、黒い被膜の翼があった。
「何で、あんたが、僕達を集めるんだ。
国同士の戦で破壊の限りを尽くし、幾つかの国を滅ぼしたあんたが、よりによって戦の神…全ての護りの神なんて、片腹痛い!」
言い放つ彼を、黄龍が羽交い絞めにし、翆龍がその口を塞いだ。彼女等の連携は、それは見事な物だった。
「何て事言うの、緇龍!リシェア様は、その事を反省していらっしゃるのよ。
償える物なら償いたい、というお気持ちを、お知りになった七神の方々が、戦の神の役目をご命じになれたのよ。」
「そうですよ、緇龍。その事は、私も目の当たりにしています。リシェア様は、酷く項垂れて、屋敷に帰って以来、何時も、そう、おっしゃっていましたから。
まあ、半年の間、罰として、散々カーシェ様にも、説教をされていましたし…ね。」
緇龍の言葉と黄龍と翆龍の擁護で、リシェアオーガは無言で俯いた。
言われて当然の言葉を、緇龍に告げられ、それに対して、まさかの黄龍と翆龍の、事実の暴露だったのだ。
「緇龍だったな…済まない。確かに、私如きが、この役目に就く資格は無い。だが、父を…いや、光の神を含む、最初の七神に命じられた。
私の勝手で、辞退出来ないのだ。その事に関しては、許して欲しい。
…破壊者の私が戦の神、…守護神だなんて、滑稽だが…。」
最後に行った呟きは、極小さな声で、震えが混じっている。
俯いたままで告げられた言葉に、流石の緇龍も不機嫌に、そっぽを向くしか出来無くなり、言われたリシェアオーガは、自嘲気味に微笑んだ。
そして…リシェアオーガから告げられた言葉で、神龍達もこの事を受け入れざる負えなかった。何故なら、最初の七神、つまり、最初の姿在りし神々は、この世界での重大な神々であり、大いなる神と、直接話す事の出来る者達である。
その為、彼等が決定した事を、他の者が覆す事は出来無い。
色々と吟味した末に、何事も決定されている為だ。
傲慢で無い神々故の、絶対な信頼、それがこの世界にあった。決定が間違いならば、それを覆すのは、決めた七神のみ。時に間違える決定も、色々な考えと予想を導き出し、新たな決断を下すのが、彼等である。
然も、七神が決めた事に、神々の僕である神龍達は、口出しが出来無い。抗議という名の、意見の提出は出来るが、逆らうと言う事は不可能だったのだ。
神龍達は、大いなる神に創られた存在であり、神々の僕。大いなる神から生まれた七神とは、在り方が違うのだ。
故に、彼等は神々に従い、仕えていた。
そして今、新たな主へ仕える事になるが、彼等の真の主は、神龍の王のみであった。
リシェアオーガが、自分に仕える騎士を選び終わった事を悟った、光の神は、壇上から声を上げる。
「決まった様だな。リシェアオーガ、その選んだ者達と此処へ。」
ジェスク神に促されて、リシェアオーガと神龍達は、彼の横に赴いた。我が子が選んだ結果に、内心驚きながら、ジェスクは宣言した。
「この場にて、彼等、神龍達を戦の神…ファムエリシル・リュージェ・ルシム・リシェアオーガに仕え、共に戦う者を認める。」
告げられた言葉に、集まった者達だけで無く、リシェアオーガまでもが驚いていた。
大いなる神が、破滅の根源・【邪悪なるモノ】と戦う為に、創り出した者…それが神龍という種族。リシェアオーガですら、その名だけは知っていた。まさか、自分の選んだ者達が全員、神龍であった事など、夢にも思わなかったのだ。
冒涜を犯している…そう、リシェアオーガは思った。
神龍の王の下に集うべき者を、偶然にも自分の下に集めてしまった。
後悔と自責の念に駆られながら、リシェアオーガは、その場に佇んでいた。
儀式が終わり、一通り神龍達の名前を知ったリシェアオーガは、自分の家族、神龍達と共に、光と大地の神々の住居に戻った。白い輝ける光の輝石と、緑の絨毯に囲まれた住居の与えられた部屋で、彼は佇んでいる。
まさか、両親の許に居た翆龍と黄龍が、神龍とは気が付いていなかっただけで無く、他の神龍達の名すら知らなかったのだ。
その為に、こんな大それた事…神龍の王の許に集うべき者達を、事もあろうか、自分の許に集めてしまったと言う、大惨事を起こしてしまった。
この事柄でリシェアオーガの後悔は、尽きる事が無かった。
自分の仕出かした大それた事に呆然とし、何もせずにいや、何も出来ずに只、そこに居るしか出来無かった。
彼が自室で佇んでいる時、神龍達の殆どが別室に控えていた。
しかし、黄龍と翆龍だけは、彼の傍にいた。新しい主と言えるリシェアオーガに、戸惑いと喜びを感じながら、彼女等はここにいる。この儚げな御仁に仕える事は、喜びに値したが、如何せん彼は、神龍の王では無い。
それだけに戸惑いがある。
然も、今、眼の前の新しい主は、思いつめた顔をして、見ている方も辛い。
「リシェア様、如何されました?」
暗い空気を失くそうとして、翆龍が声を掛けた。それに反応したリシェアオーガは、彼女の方へ顔を向けるが、その表情は悲しげであった。
「翆龍か…そなた達には、済まない事をした。
神龍王の下に集う筈の神龍達を、私の様な者が集めてしまった。…後悔しても始まらないと、判っているが…本当に済まない…。」
深々と頭を下げるリシェアオーガに、翆龍も黄龍も困惑していた。
神々は普段から、こんな風に親しみやすい行動をされるので、慣れてはいたが、目の前のリシェアオーガに対しては、何故か、不思議な感じを受ける。その悲しげな表情、何かを思いつめた瞳…敬愛する神の子供故に、放って置けなかった。
翆龍と同じように、声を掛けようとした黄龍も、リシェアオーガの傍に近寄ったが、彼から拒絶の言葉が発せられる。
「黄龍、翆龍、お願いだ。考え事をしたいから、暫く一人にして欲しい。」
やんわりと、さり気無く、拒絶された彼女等は、リシェアオーガに頭を下げた。
「判りました。隣に控えていますので、何かあったら、お声を掛けて下さい。」
何時も通りの挨拶をし、彼女等は部屋から退室した。
一人になったリシェアオーガは、再び虚空を見上げ、無言で佇み続けていた。
控室に戻った黄龍と翆龍を、他の神龍達が迎えた。
「で、リシェアオーガ様は、どうだった?」
好奇心旺盛に尋ねてくる緋龍に、彼女等は苦笑した。
「神龍王でない身で、わたし達を選んだ事に、落ち込んでいらっしゃったわ。」
「未だに、楽しい微笑を見せていらっしゃらない方ですし…心配ですよ。」
意外な彼女等の答えに、緋龍は驚いて問い掛ける。
「えっ、微笑んでたんじゃあないの?」
「普段から、悲しみの隠れた微笑をなされます。
それを見ると、心が痛いのですよ。何故でしょうね。」
翆龍の言葉に、緋龍は考え込んだ。
何だろうね~と呟きながら、うんうん唸っている。
そこへ、少し肩を過ぎた位の白い髪を、後ろで纏めた皚龍が、乱入してきた。その瞳は、不思議な色彩で光り、ガッチリした男性の姿であった。
「翆龍が、大地の神龍だからじゃあないのか?
リシェアオーガ神は、大地の神・リュース神を母に持つからな。」
「そうだと、私自身も思うのですが…腑に落ちないのが現状です。
皚龍…貴方はどう思いますか?」
翆龍からの質問を受け、皚龍は自分が感じた事を答える。
「俺は判らん。只、選ばれた時に、戸惑いと喜びを感じたのは、確かだ。
おい、碧龍は如何だ?」
「…判らん。何だか…変な感じはあったが…それだけだ。」
「あたしも…皚龍と同じかな?
…嬉しい方が、先だった気もするけど…わかんない。」
それぞれが意見を述べる中、緇龍が叫び出す。
「僕は認めない。神龍王でないあいつが、僕達の纏め役だなんて。
破壊神が、守護神だなんて…絶対認めない!」
再び同じ事を言い出す緇龍に、碧龍が無言で睨む。
細身の男性に見える姿の、神龍である。
彼は水を湛えた色で、軽い癖毛の短い髪を掻き揚げ、その氷の様な、何の表情も浮かばない瞳で見つめる。彼の視線の迫力に負け、緇龍は無言になる。
緇龍の気持ちは、分からない訳でも無いが、その激情を碧龍は、何時もの様に冷ややかな目で見た。今更言っても仕方が無い事だし、決まった事には従うべきだ。そう、彼は思っている。
彼等が神龍である以上、神には逆らえない。例え、神龍王が別にいたとしても、かの王も、神には逆らえない事を十分承知している。
彼等神龍は飽く迄、神の僕。七神と同じ様に、大いなる神の手で創られはしたが、世界を作る力を持たない彼等は、神と同等で無いのだ。
逆らえないし、逆らう気も無い…それが碧龍の考え。
他の神龍も、緇龍以外、同じだった。
只々、戸惑うばかりの彼等は、戦の神・リシェアオーガ神では無く、同じ守護神として異名を持つ、光の神・ジェスク神の預かりとなった。
未だ未熟な守護神では、大地に住む人々の不安を煽ると、言う理由である。
その事を見定めたリシェアオーガは、決定が下された夜、神々の住まいの一つである、光と大地の屋敷から姿を消した。
書置きは残されており、ジェスクはそれを眺め、溜息を吐く。やっと戻った我が子が、今度は、自らの足で去って行った。
『暫く、頭を冷やして来ます。
父上と母上、兄上達にも、御心配を御掛けすると思いますが、一人で考えたい事があり、此処を出ます。必ず戻りますので、捜さないで下さい。
尚、リーナとの繋がりを制限しますので、御了承下さい。
それと、神龍達の事を、宜しく御願いします。』
読み終えたジェスクは、途方に暮れ、夜空を見上げた。
「無事でいてくれ。それだけが、父と母、家族の願いだ。
くれぐれも、無茶をしてくれるなよ、リシェア。」
我が子の、更なる試練を感じた父の、その呟きは、風に運ばれたが、リシェアオーガの許に届けられなかった。