森の精霊剣士 後編
一方、ランナとオーガは既に、ランナ達の住まいへ着いていた。
リューレライの集落と変わらない、緑の天幕にオーガは安堵する。ここ2・3日、野宿を続けていたので普通の寝床が恋しかったのだ。
まあ、大地の寝床や動物達のモフモフした柔らかい毛の寝床も悪くはなかったが、慣れ親しんだ寝床が嬉しかった。
「ここだよ。ちょっと狭いかもしれないけど…。」
そう言って中に案内されたが、オーガの住んでいた所より広い。中の作りもリューレライの森と様式が同じで、大の男が3・4人は入れる位の広さの台所と、入って直ぐにある居間は台所より大きく、その奥には寝室があるらしい。全然狭く無いとオーガが言うと、そうかな~とランナが返した。
でっかい大の男が二人もいれば狭く感じるであろうそこは、小柄なオーガにとって広い所だった。
「そっか、オーガ君は、まだ小っちゃいから…広く感じるんだ。
俺達では狭いんだけどね。」
「…それは、お前の素行が悪いからだろう。
ここは元々、私一人の家だったからな。お前の両親に頼まれさえしなかったら、こんなに狭く感じなかったんだ。」
入り口から聞こえるランシェの声に、ランナは、ビックと体を縮こませる。恐る恐る振り返ると、仁王立ちになっているランシェがいた。
「オーガ君でしたね。この馬鹿の事は気にしないで、ゆっくりお休みなさい。
あっと、その前に食事が先でしょうか?食べれない物とかありますか?」
ランシェの問い掛けにオーガが無いと答える。
するとランシェは、ランナの首根っこを摑まえ、
「ランナ、食事の支度をするから手伝え!」
と、強気の命令口調で連れて行く。
そんな、殺生な~と呟きながら、連れて行かれるランナをオーガは、憐みの眼差しで見つめていた。御愁傷様と心の中で思い、それと同時にランナの扱い慣れているランシェの行動に感心する。
悪態を吐きながらも手綱をしっかりと握っているランシェに、ファンアの姿が重なる。アンタレスの行動を諌めているファンア…その姿を何故か思い出した。
まだリューレライの森を出てそんなに経っていないのに懐かしく感じてしまい、早く帰りたいとも思った。
長からの用事も終わった事だし、早く帰ってレス兄さんとファンに会いたいな。
そう、オーガは考えていた。
しかし、それは、叶わぬ望みだった……。
騒がしい食事か終わって、オーガは、彼等に勧められた寝床へ着いた。初めての遠出で疲れが出たのか、寝床に着くや否や直ぐに寝息を立てている。
それを確認したランシェは、ランナと居間で話をする事にした。オーガの事を知っているらしい甥に、詳しく聞き出そうとしたのだ。
「ランナ、あの子は、リューレライの森にいたそうですが、詳しい事を知っていますか?」
騎士の口調で尋ねる大伯父に対してランナは、何時もの家族の口調では無くギルド騎士の口調に戻す。
「俺と同じ、リューレライの森出身のギルド騎士、アンタレスの弟と聞いている。
その実は、森の養い子で神に愛されし人間らしい。レスから聞いた話では、長から本体としての若木を与えられ、精霊として育てられている。
後、剣の修業もしている。何でも、あのレナムと三本勝負をして、全て勝っている手練れらしい。…これは、レナム本人から聞いた。」
「…人間の子が精霊剣士相手で…勝っているのですか?信じられない…。」
「嘘では無い。本当の事だ。
あのレスがあの子に与える為に、精霊の剣を求めた位だからな。」
この森の長老と同じく、生まれながらにしてリュース神の恩恵を受けた精霊剣士が態々、あの子の為に精霊の剣を求めた。
信じられない事実だったが、それ程あの子供に入れ込んでいる精霊。
リューレライの森の精霊達も、あの子供には相当入れ込んでいたようだ。精霊として育て剣を教え、そして今、自らの代わりの保護者を求めた。
長の所で聞いた話ではあの森は神殿の修復に使われ、木々の精霊は神殿の守護精霊となる。
その為、人間の子供であるオーガは、この森に託された。ランナが彼をここに連れてくる間ランシェは、この事を長から詳しく聞き出した。
確かに、精霊が魅かれる何かをあの子供は持っている。しかも、ここに来る時、あの子の周りには動物の姿が見受けられた。
襲うで無く、寄り添い護っている動物にランシェは驚いた。ランナの方はアンタレスから聞いていた為、左程驚いてはいなかったが、良い目印にはなっていた。
「神々に愛されし、人間ですか…それがあの子にとって、良い事か如何かは判りませんが……。」
そう、ランシェは言葉を濁した。ランナは彼の言葉で無言になり、生まれ変わる友・アンタレスに思いを馳せる。
アンタレスン分までオーガを保護したいと、彼は心に決めた。
翌日、目覚めたオーガは、リューレライの森へ帰ろうとした。しかし、ランナに見つかり、ある提案をされる。
暫く此処で剣の修業をすればいい、丁度良い事に今は、神に仕える精霊騎士がいるから…と。
「神に仕える…精霊騎士?ですか?」
初めて聞く言葉にオーガは、不思議な顔をして首を傾げる。その仕草にランナは身悶えし、ランシェが何時も通りに蹴りを入れている。
抗議するランナにランシェは溜息を吐き、その変態な態度を止めろと意見をしていた。
日曜茶飯事と思える遣り取りでオーガは笑い出し、彼等の注目を浴びた。じっと見つめられて不思議に思ったオーガだったが、逸早く我に返ったランナが褒めちぎる。
「か・可愛い~♪レスの言った通りだ。
う~ん、笑顔がいい♪ぎゅっと、抱き締めたい位だ♪」
浮かれ気味のランナに同じように見つめていたランシェが、己を取り戻し、尽かさず突込みを入れていた。
「ランナ、その可愛いもの好きの変態を何とかしなさい。
オーガ君が引いているじゃあないですか!」
ランシェに指摘された通り、オーガの顔は引き攣っている。ここまで正直に褒められる事は、今まで無かった。
まあ、無言で抱き締められる事は多かったが。
ランナを諌めながら、ランシェは不思議に思っていた。
可愛いもの好きの甥っ子ならともかく、精霊騎士である自分までもオーガを見つめてしまった。いや、見惚れてしまった事に疑問を感じた。
確かに目の前の幼子は可愛い。だが何故、見惚れたのか考えた。
思い当たったのは、昨夜聞いた【神々に愛されし人間】という事。しかし、それだけでは無いと、彼は思った。
彼等精霊が見惚れるのは同じ属性の神々と神子、若しくは、己の属性の神から祝福を受けた金環の持ち主か、神の特徴を持つ者のみ。
神々に愛されただけの人間では、その様な現象は起こらない筈。
それ故に今の現象に納得がいかず、ランシェは再びオーガを観察した。
光と大地の気配を感じる人間…生まれながらの恩恵の他に何かがある。
ふと、思い当たった考えをランシェは否定した。そんな訳が無い、あの方々の御子は、人間では無いのだから。
ランシェの考えを余所にランナは、オーガを相手に話を進めていた。
ここに居て暫く剣の修業をすれば良い、先程言った大地の神に仕える精霊騎士もいる事だし…と。
神に仕える精霊騎士と聞いてオーガは、大いに興味を持った。
自分が持つ剣と同じ物を持ち、神に仕える精霊。即ち、余程剣の腕が無いと務まらない役目として、認識した様だ。
全く以てその通りなのだが、如何せん誰か判らない。その事をランナに尋ねようとした時、思案に耽っていたランシェから声が掛る。
「オーガ君が良ければ、私が剣の稽古の相手をしましょう。この馬鹿が先程から、執拗に言っているようですし…ね。」
ランシェの言葉に振り向いたオーガが、彼に問う。
「もしかして、ランシェさんが、あの…神に仕える精霊騎士…様なのですか?」
頼りなげに尋ねる彼にランシェは、にっこりと微笑み、
「そうですよ。緑の騎士とは、神に仕える木々の精霊騎士の事です。」
と答える。アンタレスと知り合いのランナの大伯父。その血筋なら、何ら剣が使えても可笑しくは無い。
然もランナはギルド騎士。
その事実は、彼の実力を語っていた。
並大抵の腕では務まらないギルド騎士…恐らくは、アンタレスと同じ位の腕前を持つ事が推測出来る。そんなランナを容赦無しで相手より早く張っ倒すランシェは、かなりの腕前と見て正しかった。
オーガは、その事実に驚きながら、お願いしますと素直に答える。ランシェの後ろではまたランナが身悶えしていたが、器用にもランシェは、後ろを振り向かずに彼へ向かって何かを投げ付けていた。
その後、食事を終えた彼等は、森の訓練場に向かう事となる。
そこで新たな出会いと、驚愕の事実を知る事となるとは誰も思わなかった。