罰としての役目 後編
次回から、最終章突入です。
フェーニスから、厳しい視線を向けられているリシェアオーガは、初めて見る有翼の神に見惚れただけであり、その結果、つい、小さな呟きを漏らした。
「真っ白で、何て…綺麗な…翼…。凄い…飛べるんだ…。」
少年の呟きに、フェーニスの怪訝そうな顔が緩んで、微笑に変り、口調も事務的な物から、砕けた物となる。
「君は初めて、有翼人を見た様だね。綺麗か…久し振りに言われたよ。
…そんな所も、ジェスそっくりだね。」
自覚の無い行動で、父親と似ていると言われ、オーガは再び不思議そうな顔をするが、否定しようにも、理由が思い付かなかった。
そんな彼を見て、クリフラールも参加する。
「フェーの言う通り、リーナよりも似ているかもな。
ジェスはリシェと同じに、何かしら問題を起こすし、騒動に巻き込まれる。まあ…似なければ、良い所を似てしまったのは、可愛そうだな。」
「伯父様、それだけじゃあないわ。剣もお父様と一緒で、強くて綺麗なの。」
リルナリーナの言葉を受け、父親であるジェスク神は、対戦した時の事を思いだしていた。自分に似ていると感じたそれで、はっきりと判るのは、並の腕では無い事。
精霊騎士より、強いかもしれない我が子に、視線を向けた。向けられた子は、傍らの兄弟の絶賛に、紅くなって反論を始めていた。
「リ・リーナは、見た事無いんじゃあないの?
僕の目から通して、見ていたから、判んないんじゃあ…。」
「え?見た事あるわよ。
一度だけ、意識のみを飛ばして、あれは…確か…アレィとの、手合わせだったかしら?暗い所だったけど、物凄く綺麗だったわ。」
木々の精霊時代にあった出来事を言われ、オーガは言葉に詰まった。あの後、力尽きて不覚にも、闇の騎士の腕の中で、眠ってしまっていたのだ。
続きを言わんとしている彼女の口を、慌てて塞ぐ少年に、周りから笑いが起こった。何かしら、想像が出来たらしいクリフラールから、声が掛った。
「大方、コテンパンに、やられたんじゃあないのか?
アレィは精霊騎士の中でも、1・2を争う剣豪だからな。」
「え…?アレィって、そんなに強いの?」
意外な言葉が帰って来て、おやっと思いながら、強いぞとクリフラールが返す。唖然となっているオーガへ、アークリダが真剣な眼差しを送り、尋ねる。
「リシェア、若しかして貴女、アレィに勝ったの?
あの木々の精霊剣で、あの子に勝ったの?」
「そうよ、伯母様。オーガって、アレィに勝ったの。その後…もご。」
塞ぐ手が緩んだ事で、言葉を言うリルナリーナ。
彼女に気付き、再び口を塞ぐオーガへ、彼女は抗議の視線を向けるが、オーガには全く効かない様で、無視されている。
その様子で彼等は、何があったか、悟ったらしい。
逸早く、オーガの額に再度、クリフラールの平手がぺちりと当り、平手を加えた本人とジェスクの声が聞こえた。
「大方、勝った後、その場にへたり込んだかで、アレィに迷惑を掛けたな。
全く、無茶する所まで、ジェスに似てやがる。」
「…リシェア、そなた、力尽きて、アレィに抱きかかえられながら、眠ったな。
赤子の様だと思って、恥かしいのだろう。」
図星を付かれたオーガは、父親と伯父を交互に見る。
そして、諦めた様に頷き、言い訳をする。
「あ・・あの時は、初めて全力で剣を操っていて、力の補給の仕方も、全然知らなかったんだ。でも、これからは大丈夫…って、
伯父上~、普通に痛いんだけど…父上まで…。」
「「当たり前だ、無茶を前提にして、言う事じゃあない。」」
見事に合わさった、光の神と空の神の一撃に加え、彼等の言葉の応酬に、オーガの反撃の余地は無かった。余りにも見事な連携で、我が子の事を憐れに思った母親が、救いの手を差し伸べる。
「ジェス、ラール、その位にしておいてあげて。この子はまだ、何も判らないのよ。
力の補給の仕方なら、カーシェが良い教師となるわ。
お説教のついでに、教えて貰いなさいな。」
大丈夫と言いかけて、止めたオーガの頭に細い手が乗る。顔を上げると、時の神が優しい微笑を浮かべ、頭を撫でてくれていた。
「リシェア、君は変わったんだ。邪気に侵された君は、もういない。
ここにいるのは、元の木々の精霊でも無い、本来の君。
ジェスとリューの子…リシェアだよ。判るかい?君は、光と大地の神子なんだよ。
だから、安心して、ここにいればいい。罪を償いたいのなら、そうすればいい。
全ては、君と大いなる神の意思で決まるからね。」
「…僕と、大いなる神の意思ですか?
フェーニス様の綴られる運命じゃあ、ないのですか?」
「呼び名は愛称で、様は要らないよ。さっき、ラールが言ってたようにね。」
そう言って、訂正をしたフェーニスは、先を続ける。
「運命は、私に決められない。私が出来る事は、運命の可能性を用意する事。
それを選ぶのは、大いなる神と本人のみ。
私はその先にある物と、それ以前の物を見据えるだけ。
まあ、可能性を用意する時に、少し、悪戯をさせて貰うけど、それだけだよ。」
御茶目な面を見せながら、告げる時の神に、オーガは不思議そうな顔をした。
運命を握ると、言われている神だというのに、本当の運命は、本人と大いなる神の意思が決めると言う。
時の神は、可能性を用意するだけ…その可能性は、自分にもあるのだろうか、そう思うと、色々疑問が湧いて来た。それを口にしようとする前に、フェーニスの右の人差し指が、オーガの口に当てられる。
静かにと言う合図のそれに、キョトンとしながら、彼を見つめた。
「リシェア、君の運命は、まだ決まっていないんだよ。取り敢えず、最悪は免れたけど、これから先にも道が分かれる。
普通になるか、最良になるか…ね。今の私が君に伝えられる事は、これだけ。
後は、君と大いなる神・エルムエストム・ルシム次第だよ。」
意味ありげな言葉を伝える時の神へ、周りの神々も納得するように頷く。
まだ、十数年しか生きていない子供故に、徹底的な運命が決まっていないと判る。未だ不思議そうな顔をする我が子を、光の神は優しく抱き締める。
「リシェア…そなたはまだ、幼子故、本来なら神の役目を授かるのは、早過ぎる位だ。しかし、双子の兄弟であるリーナが、神の役目の片鱗を見せた為、そなたにも罰として役目を与えた。
…辛い役目かもしれぬが、そなたの罪を償いたい気持ちがあれば、何とかなるであろう。もし、辛過ぎるのなら、我等を頼れば良い。
私も、ラールも、守護神と言う別名を持つからな。」
優しい気配に包まれながら、聞こえる父親の声に、静かに頷くオーガ。最悪の場合のみ、頼る事を決め、自分の力だけで、如何にかしようと決心していた。
傍らの双子の兄弟には、この事を知られていたが、彼女は敢えて口にしなかった。言えば、両親は元より、ここに居る七神が悲しむを理解していた為に。
こうして、光の神の双子の兄弟は、神としての役目を得たと同時に、オーガへの罰の一つ、実兄であるカーシェイクの説教が始まった。
実兄からの説教の間に彼は、育ての親だった木々の精霊達が生きていて、神殿の守護精霊になっている事も教えられた。喪っていない事を知った彼は、説教の間、己の犯した罪に苛まれ、罰である役目の事を重要視し出す。
これに加え、実兄の説教は、辛辣で辛い物であったが、罰としては最適でもあった。それが終わる半年後に、新たな神々のお披露目の儀式が行われる。
双子の兄弟の他の、役目を受ける新米神々と共に、儀式に赴く事となるが、それが新たなる波乱の幕開けになるとは、時の神しか知らなかった。