罰としての役目 前編
実質自分の家とも言える、光の神と大地の身の館へ戻り、その一室を与えられたオーガだったが、未だ与えられた部屋で休んだ事が無い。
眠る時は常に両親か、兄夫婦の許であり、双子の兄弟が一緒にいる。起きている時も両親が一緒か、兄夫婦の許での勉強をしていて、一人になった事が無かった。
心配してなのか、今まで居なかった為に構いたくて仕方が無いのか、判断付き難かったが、たまに来る緑の騎士や闇の騎士の言葉で、後者だと知った。
溺愛されていると判るそれに、オーガは表だって、戸惑いを見せるようになる。
鏡に映る自分の姿、髪の色は母譲りと言っても良いのだが、瞳の色は両親と違う。双子の兄弟は、光の髪と空の瞳、父親譲りで、顔もどちらかというと父親似であった。
自分の顔は…と言うと、判らない。父親に似ていると、言えるのかもしれないが、彩の違いで、似ていないようにも思える。
だが、彼等から感じる物は、血の繋がった家族の物。
この屋敷に帰って、半月経つが、未だ容姿の違和感が拭えなかった。
木々の精霊の中にいた頃は、違和感無かった姿であったが、今の屋敷では違和感だけが先立つ。腰にあるのも木々の精霊剣であり、父や伯父の様に、自分専用の剣では無い。神子である以上、剣を使わなくても良いのだが…如何しても、剣の道は捨てられなかった。
そんな折、七神の決定が決まったらしく、オーガに七神からの招集が掛った。
光の屋敷の中にある、七神の広間へリルナリーナと共に赴く。そこには自分の両親を始め、伯父である空の神、闇の神、炎の神、水の神、時の神が揃っていた。
初めて見る七神の存在に、オーガは緊張するが、初めてでは無いリルナリーナが、オーガの傍に寄り添っている。
「お前が、この度の騒動を起こした者だな?」
右半分が光の髪で、左半分が闇の髪の男性が、オーガへ尋ねる。以前会った時と違う、厳しい視線を向けられ息を呑むが、素直に答える。
「はい、そうです。私が邪気に身を任せ、人の世に戦を齎し、その戦で幾つかの国を滅ぼしました。誠に、申し訳ございません。
……七神の方々、如何か、私に厳しい処罰を御与え下さい。」
覚悟を決め、謝罪と罰を申し出るオーガは、その場で神々に捧げる最敬礼を施す。己の持つ精霊剣を神々の前に差し出し、彼等の言葉を待った。
もし、これで剣を失う事になっても、仕方の無い事。
それ程の事を仕出かした為、剣の道を失う覚悟はあったが、いざ実現するとなると、かなり厳しい物となる。己の命と等しい物である剣の為、失えば生きる気力さえ、無くなるかもしれないと感じていた。
そんな彼の思考を遮り、先程の男性の声が聞こえる。
「罪の意識も、罰の覚悟も出来ているのか……
………たく、命乞いとか、無駄な言い訳をして、罪の軽減を図ろうともしないとは…ジェスそっくりだ。リシェア、ジェス達から言われているだろうが、これからお前の名は、リシェアオーガとなる。」
新たな名を七神から告げられ、オーガは真摯に受け止めた。
両親から付けられた名と、精霊から付けられた名。
この両方を合わせた名が彼の真の名となる事を、七神が認めたのだ。これを己の名として納得した彼は、続く言葉を待ち、再びクリフラールの声が響く。
「そして…七神からの命だ。
今、この時から、お前は、ファムエリシル・リュージェ・ルシム・リシェアオーガ、戦の神・リシェアオーガと名乗り、その命を掛けて世界を護れ。
それと…もう一つの罰は、カーシェイクからの説教だ。今までやっていた勉強と共に、半年ほど、説教を聞く事。
それと…リルナリーナ。」
オーガの罰を聞かされた後、彼の半身であるリルナリーナが呼ばれる。
これに彼女は、返事をする。
「はい、何でしょうか?」
「お前も、今日からエレルニアラムエシル・リュージェ・ルシム・リルナリーナ、美と愛の神・リルナリーナと名乗るが良い。邪気に身を任せたリシェアオーガを、目覚めさせる事が出来たお前なら、その役目が相応しい。」
オーガと共に神の役目を貰ったリルナリーナは、その場で膝を折り、神官達がする最敬礼をして、返事を返した。
「勿体ない御言葉です。私などで宜しければ、その名を頂戴いたします。」
珍しく改まった態度の彼女に、七神は頷き、この言葉を受け止める。しかし、オーガの方は、納得出来ない為、その旨を告げる。
「恐れながら、七神の方々に御聞きしたい事があります。
何故、私から剣を奪わないのですか?
これならば剣士に取って、最も重い罰になると思いますが、如何して、それをなさらず、世界を護れとおっしゃるのですか?」
尋ねられた言葉に、空の神は驚き、オーガへと近付く。
そして、彼の頭を軽く叩き、視線を合わす。
「確かにその方が、剣士とっては重い罰になるが、お前は罪を償いたいのだろう?だったら、その剣で傷つけた人々を護れ。
それと…これは、我等への罰でもある。
我等がもう少し早く、お前を見つけ出していれば、この様な事態は免れた筈。故に、お前の命を掛けて、この世界を護れという判断になった。
……リシェ、お前なら判るだろう?これが、俺達への罰にもなる事が……。」
空の神が告げた言葉に、オーガは含まれている意味を知った。
自分の命を懸けるという事は、もし、それで死を迎える事があれば、悲しむのは両親を含む七神である事。これがオーガへの罰と、七神への罰を両方含む決断だと、納得したオーガは、その旨を告げる。
「判りました、クリフラール様、七神の方々。
今までの罪を償えるのなら、この役目、受けさせて頂きます。この身に変えましても、この世界を護ってみせます。」
真剣な眼差しで、承諾の言葉を言うオーガの頭に、空の神・クリフラールの、軽い張り手が再び落ちた。
痛いと思いつつも、本気で無い事が判るそれに、不思議そうな顔をする。
彼にとって、七神は尊敬する神々であり、様と言う敬称を付けるに相応しいと思っていたのだ。しかし、クリフラールから聞こえた声は、それを否定する。
「リシェ…、また言わせる気か?クリフラール様じゃなくて、伯父上だ。
ついでに言うと、他の神々にも様付けは駄目だ!お前は、神々の一員になったんだから、神々に敬称付は必要ないぞ。
後、公の場以外での敬語は禁止!普通の…子供らしい言葉で良いんだぞ。」
空の神の言葉を受けて、闇の女神がオーガの傍に近寄って来た。
「ラールの言う通りよ。リシェア、私の事は伯母様か、伯母上で良いわ。ジェスは私達にとって、弟みたいなものだから、その子の貴女は、私達の姪に当るのよ。」
空の神と闇の神の夫婦に言われ、驚きながら、父親と母親を見る。オーガの様子に二人は頷き、再び彼は目の前の夫婦に向き直る。
「判りました、伯父上、伯母上。…他の方々も、如何呼べば良いのですか?」
オーガの質問に、逸早く声を上げたのが、紅の髪の少女だった。
「リシェ、私はフレィで良いわ。
だって、見た目もあまり変わらないし、リーナにも、そう呼んで貰っているから。」
「フレィは七神の中でも、一番年若いのですから、その方が良いでしょう。
私は…叔母上でも叔父上でも、愛称のウェーでも良いですよ。両性体なので、どちらで呼んでも支障はありませんし、名前でも構いませんよ。」
炎の神の後に水の神がそう告げると、時の神も口を開いた。
「私は…フェーで。ラール達や、ウェーの様に伯父や伯母で呼ばれると、ごちゃ混ぜになって、判り難いですから。
…リシェア、良く戻ってきましたね。お帰りなさい。」
時の神・フェーニスが真っ白な羽を広げ、オーガの前へ降り立つと、彼の驚きの目は釘付けとなった。奇異な目で見られたと思った、時の神は、顔を顰め、彼を見た。