光と大地の館への帰還 後編
そんな中、先程リュースが告げた、緑の騎士らしき姿が見えた。
薄緑の地に濃い緑の蔦と、紫の葡萄の房の裾模様がある、騎士服の精霊騎士。
その顔を見たオーガは、驚きながら声を上げる。
「ランシェ…様?」
彼の呼び声が聞こえた件の騎士は、微笑みながら挨拶を返す。
「お久し振りです。オーガ君…いえ、リシェア様。
今の貴方は、我が神の神子ですので、私に敬称は不要です。…まさか、レアの想像通り、貴方が神子様であらせられると、思いませんでしたよ。」
昔と同じ優しい微笑に、オーガは感極まって口調があの頃に戻る。
「ランシェ様、あの…僕、御免なさい、僕は…勝手にあの森から出て、酷い事をしてしまいました。…何も知らずに、人の世に混乱を起こして…御免なさい。」
子供らしい口調で謝るオーガを、カーシェイクはやっと床に降ろし、良く言いましたとばかりに、彼の頭を撫でる。
それが切っ掛けとなったのか、オーガから涙が零れ始める。
彼の傍に来た緑の騎士は、彼の頬に触れ、持っていた布で、優しくその涙を拭う。
「リシェア様、今までした事を罪と思い、反省なさっているのですね。
貴方の心は、あの頃に戻っている様で、何よりです。」
「でも…僕は…邪気に身を任せて…許されない事をしたんですよ、僕は…罪人です。その罪を償う事が出来るのなら…この身は、如何なってもいいんです。」
思わぬ告白で、周りの精霊は驚きながらも、悲しそうな顔を彼へ向ける。彼等の心を受け取ってか、光の神がオーガへ話しかけた。
「リシェア、前に、ラールからも聞いただろう?
その件に関しては、追って七神から言い渡される。
罪の自覚があるなら、償えば良い。だが、命を失くそうとはしないでくれ。
やっと、帰って来た我が子のそなたを、我等は失いたくないのだ。」
そう言って、膝を折り、我が子と視線を合わす光の神と、その傍らで、悲しそうな顔をする大地の神。オーガが振り返って見たそれは、神で無く両親の顔。
彼等の様子に微笑み、近くにいる父親へ抱き付く。
「申し訳…いえ、御免なさい、父様。あの時の様に、自ら死を選びません。
だから…心配しないで。」
姿は似ていなくても、この神々から受け取る物は全て、自分の親と判る物。
確信は無くても、オーガの本能は、彼等を親と認め、兄弟と認めている。
その彼等が悲しむ姿を、オーガは見たくない。
特にリルナリーナの微笑は、護りたいと思っている。
精霊と思っていた頃、繋がりのある彼女は、オーガの為に会えない両親の姿を届けてくれていた。夢という形であった為、前世の記憶と取っていたが、それは紛れも無く現実であり、今目の前にいる夫婦神であった。
自分の事を思って、幼いながらも届けてくれたリルナリーナへの、感謝の気持ちと共に、会ってからの彼女の行動で、推測出来た性格の為、オーガに取って彼女は、放って置けない存在になっていた。
危なかしくて、目を離すと、何をするか判らない双子の兄弟。まるで風の精霊の様に、自由気儘で、破天荒な性格の持ち主では無いかと、思われる彼女だが、確りした信を持って行動し、真直ぐで揺らぎ無い心の持ち主でもある。
そう、オーガは、リルナリーナの事を思っている。
実際の所、全く以てその通りなのだが、まだ子供で、無邪気と言う点を付け加えた方が、良いのだろう………。
その場が収まった頃、緑の騎士は、戻って来た神子に声を掛ける。
「リシェア様、
貴方に会いたがっている騎士が、他に数名程いますが、如何されますか?」
未だ、慣れない呼び名に振り向き、その騎士の名を確認する。
「…ランシェ…さ…じゃなくて、ランシェ。それって…レア様とアレィ様ですか?」
精霊の頃の呼び名が抜けないオーガへ、緑の騎士は微笑んで頷き、会いたいかどうか聞いて来た。思わず頷くオーガへ、母親が尋ねる。
「リシェア、もしかして先程言っていた、会いたい騎士って、レアとアレィなの?」
「はい、母上。?如何かしましたか?」
「いや…あの光の屋敷にいた頃、彼等は、そなたに会いたいと申し出ていた。
だが、意識が戻らない以上、会わせられなかったし、その後もそなたの体を案じて、此方で待つ様に言っていたのだ。
…手間が省けたと言っても、良いのだが、そなたは大丈夫か?」
心配そうに言う父親に、一瞬驚いたオーガは、安心させる為に微笑を添えて、大丈夫だと答える。覚悟を決めて、ランシェに会うと告げると、彼は承諾の言葉を告げ、直ぐ様呼びに行った。
彼の姿が、廊下へ消えた数秒後…目の前に突然、三人の騎士の姿が現れた。
「何をやっているんですか!エアレア!
神々の御前に出るのに、こんな力を使うなんて!!」
「ごめ~ん、ラン。どうしても早く、オーガ君に会いたくて…。」
「…ランシェ、済まない。
自分も、レアと、同じ。オーガの、無事、早く、知りたかった。」
「だからと言って、神々の御前へ飛ぶなんて…。
アレストも止めなさい!!一緒になって、こんな事を許さないで下さい。」
ランシェの叱咤で始まった彼等の会話に、オーガは唖然となったが、周りでは、また始まったとばかりに、笑いが漏れている。
「……レア様?アレィ様…?」
「え…?オーガ君??…あ…ジェスク様とリュース様。
それに…カーシェイク様…あ…と、突然現れて、申し訳ありません。」
目の前のオーガを確認した後、彼の後ろに神々がいる事を知ったエアレアは、咄嗟に謝罪の言葉を述べた。そんな風の騎士へ、光の神が話し掛ける。
「レア、アレィ、心配してくれたのだな。感謝する。この子…リシェアは大丈夫だ。
リシェアが、そなた達に会いたいと望んでいたので、早く来て貰って正解だ。」
「え……オーガ君?え…ジェスク様、今、リシェアって、呼びましたよね。
では…オーガ君は…やはり、行方不明のリシェア様なのですか?!」
そう言ってエアレアは、オーガの服装に目を向ける。
緑の地の騎士服…木々の精霊の騎士の服と同じ型であったが、その裾模様は月と太陽、蔦と葡萄の実であった。
この装飾は、光と大地の神子を示す物。
リルナリーナのドレスの裾模様も、オーガの物と全く同じ。
これを確認したエアレアは、オーガへ向き直った。
「リシェア様、私達に敬称は要りません。
勿論、敬語も不要です。…むしろ、私達の方が、付けなければいけない立場です。
……それと……お帰りなさいませ。無事で何よりです。」
「リシェア様、無事で、何より、です。
……邪気、無くなった、みたいで、安心、です。」
「あ・あの…僕…」
二人の精霊騎士からの言葉に、オーガは口籠りながらも、何かを言おうとした。
彼の言いたい事を察したエアレアは、先に口を開いた。
「ランから聞きました。だから、私達に、謝罪を言わなくていいですよ。
リシェア様も反省しているのなら、七神の方々からの御達しがある筈です。」
風の騎士の言葉にオーガは納得して、無言で頷いたが、何かしら思い立ち、彼等に声を掛ける。
「レア、アレィ…あの、敬語で対応されると、違和感と言うか…
……線を引かれた気がする…から…。」
言い難そうに告げる少年へ、三人の騎士達は微笑み、返事を返す。
「判りました。公式の場以外は、今まで通りにするね。」
「リシェア様が、望むのなら、自分も、そうする。」
「申し訳無いのですが、我が神の神子様なので、敬語は譲れません。
ですが、その代わりに、私の事は、愛称の【ラン】とお呼び下さい。」
ランシェだけは敬語が取れなかったが、代わりに愛称を呼ぶように言われたオーガは、嬉しそうに微笑んだ。
「有難う、レア、アレィ、ラン。ええっと、これからも宜しく。
あ…遅ればせながら、ここにいる皆も、色々と迷惑を掛けるかもしれないけど、宜しく御願いします。」
素直に頭を下げ、挨拶をする神子に、彼等も挨拶を返す。
良く出来ましたとばかりに、父親と兄が彼の頭を撫でてる。まだ子供の、幼子の域を出ない神子故に、周りの精霊も、彼等家族の様子に和んでいた。
こうして、オーガは初めて、自分の生まれた屋敷へ、戻って来た。
次なる波乱が訪れるまで、戻った屋敷で、穏やかで平穏な日々が続く事になる。