深き眠りの果てに 後編
場所は再び、光の屋敷内へ戻る。部屋で食事を終えたオーガは、未だ父親の膝の上に座っていた。
食事が終わった直後、再度立とうとして、また床に座り込んでしまった為、先程の状態が継続されてしまっている。勿論、移動には父親が抱かかえ、その後ろに母親と兄弟が付いてくる。
歩けない状況なので、仕方無く従っているが、幼子の扱いに恥かしく思う。抱き方も、女性を扱う様な横抱きでは無く、親が子を抱く様な片手抱き。
右腕に座っている形に抱きかかえられ、他の部屋に移動させられる。そこには、女性姿の大地の精霊達と、光の精霊達が待ち構えていて、結構な数の箱が鎮座していた。
「ジェス、その子をこの椅子に座らせてね。
それと、着替えが終るまで、外で待っていて貰えるかしら?」
「判った。リシェア、また後でな。」
そう言って、オーガの頭を撫で、父親は部屋を出た。その様子を不思議そうに見つめる彼へ、母親であるリュースが尋ねた。
「如何したの?父様がいないから、寂しいの?」
問われた言葉に首を振り、理由を述べる。
「何故、ジェ…父上は、退室されたのですか?」
「ああ、それね。
我が子とは言え、女の子の着替えに、殿方が同席しては、駄目だからよ。」
返された言葉に、オーガは驚き、自分は無生体だと告げる。すると、少し困った顔をした大地の女神が、告げる。
「貴女は両性体だから、こういう場面も慣れた方が良いわ。
何かの用事で、女性になった時に、困るでしょう?」
自分の体の事を言われた筈なのに、実感の無いオーガは、不思議そうな顔のままだった。木々の精霊と生きていた時は、何れ自然に性別が決まると思っていたが、今告げられた言葉で初めて、自分自身で、性別が変えられる事を知ったのだ。
その方法はまだ判らないし、今まで無生体で過していた為、着替えの際の、父親の同伴を、オーガは気にしていない。
しかし、先程の母親の言葉で、半ば強制定期に納得させられた。取り敢えず今は、母親の意向に従っておこうと思い、黙ってされるがままになっていた。
箱から出された衣服を見たオーガは、見覚えのある物だった為、大いに驚く。
彼の目の前にあるそれ等は、ラングレート家でいた頃、着ていた衣服…王宮に上がる際に、実家と言えるべきその屋敷に、置いて来た物ばかりであったのだ。
「母上…これは?」
不思議に思って問うと、直ぐに答えが返って来た。
「貴女の義理のお兄さんに頼んだら、快く用意してくれたのよ。
貴女の目が覚める前に、その方と炎の騎士がこれを持って来てくれて、私達に貴女の事をよろしくって。本当に良いお兄さんね。
貴女の事を凄く心配していて、精霊達に貴女の体の事とか、尋ねて来たのよ。」
思わぬ言葉に、つい、オーガは反論をした。
「え…バート義兄上が?僕の事、軽蔑していたんじゃあ………。」
「そんな事は、なかったみたいよ。
ランが言うには、物凄く心配して、悲しんでいないか、怪我は大丈夫かって…ほんと、カーシェと同じ反応をしてるんだから。
貴女が懐いていたのも、頷けるわ。」
再び告げられた、実の兄の名とその行動が、義理の兄であるバルバートアに似ていると、教えられる。
ふと、双子の片割れに目を向けると、微笑みながら頷いている。
そんな彼女の様子で、本当に義理の兄と実の兄が、似ているのかと思っていると、心の中で声が聞こえる。
『似ているわよ♪お兄様は物凄く、心配性なの。
リシェアは、元気だろうか、寂しくて悲しんでいないだろうか…ってね。
私が少し、オーガの事を話すと、安心されるの。……あ……お兄様に、何も言わないで来ちゃった…心配掛けちゃったわ……。』
彼女の心語を聞いて、キョトンとするオーガ。彼女等の遣り取りに、母親であるリュースが口を挟む。
「リーナ、ちゃんと、口に出して、喋りさないね。カーシェの事なら大丈夫よ。
貴女がここに来た事と、リシェアが見つかった事を、ちゃんと知らせているから。今頃は、貴女達が帰って来るのを、今か、今かと待ち望んでいるでしょうね。」
リーナの言葉が聞こえたような、母のそれに、オーガが驚く。
彼の様子を見たリュースは、クスリと笑い、
「リーナの心の会話…心語は、聞こえてるわよ。
まだまだ、人を限定して話せないみたいだから、周りに筒抜けなのよ。もう少し、力の制御が出来たら、良いのだけど…幼いから無理ね。」
と、言い放つ。永きを生きる神々にとって、ほんの十数歳の年齢は、精霊と全く同じ、幼子扱い。姿は人間の十代ではあるが、心は…如何なのかと思い、リーナを見る。
彼女の行動は、自分より幼いと言うか、無邪気に感じる。微笑ましいと見えるが、無謀な感じも受ける。
ふと、頭に浮かんだ疑問を、母親に尋ねる。
「母上、他の神子の成長は、僕達と同じなのですか?」
「リシェア、もう少し、子供らしい口調でも良いのよ。
リーナと話してたもので、構わないわよ。」
オーガの口調を指定したリュースは、彼の質問に答える。
「そうね…貴女達の成長振りは、ちょっと早いのよね。
個人差はあるけど、精霊並の子やもっと遅い子、貴女達と同じ子やその中間の子と…もっと、早いって言うか、既に大人の子もいたわね。」
バラバラな成長速度に納得し、もう一度リーナを見る。自分と同じ成長速度で、家族の幼子扱いに慣れている彼女。
違和感を感じないのかと思うが、オーガの視線に気が付いた彼女が、答える。
「私は、幼子扱いに慣れちゃってるの。
姿との違和感を感じていたんじゃあ、心が持たないし、周りの人がぜ~んぶ、私の事を幼子って扱うし…ね。オーガも慣れた方がいいわ。
…オーガのお兄様方も、オーガの事を同じ様に扱っていたから、大丈夫よね。」
義理の兄達の、オーガの扱いを同じと称され、彼は考え込んでいた。
確かに、バルバートア達やアンタレス達の事を思いだすと、幼子というか、子供扱いされていた節が、多々ある。
人間の知人達は、怒っても良いと言われたが、精霊として育った身では、当たり前としか、思えなかった。鬱陶しいとは思わなかったが、受け入れる事は出来る。
だが、先程の様な扱いは、恥かしいと感じる。これまで体験した事の無い扱い為に、戸惑ったのだとも悟る。
両親と言う存在…今までいなかったそれ故に、慣れていないのだと思う。
オーガにとって、羨ましくもあり、憧れていた両親との触れ合い…それが、手に届く範囲にある事に、彼は戸惑うばかりであった。