騒動の結末 前編
エーベルライアムが後宮で王と会っている頃、光の神であるジェスクは、我が子達を抱え、一足早く神殿に赴いていた。
如何せん子供が二人共、傷を負っている為、自分の屋敷へ飛ぶ訳には行かず、神殿で彼等の傷を治せる場所を尋ねる。
迎えた大神官が示したのは、現在無人の光の屋敷だった。
一瞬、ジェスクの顔が曇ったが、今は、我が子達を安全な所へ避難させるのが先と思い、大神官に案内を頼む。
神殿の敷地内で、一番神殿に近い、白く輝く屋敷…。そこへ案内された彼等は、この中の一室の寝台に、子供達を降ろした。
「リーナ、少しの間、痛いかもしれないが、我慢してくれ。」
そう言って、彼女の傷を癒そうとしたが、出来無かった。
可笑しいと思い、自分の剣で、傷を負った我が子の方のそれを癒してみる。
すると、その子の傷が治って行くに従い、リーナの傷も癒えて行く。
驚くべき事実にジェスクは、繋がっている事を確信する。
一つの命を二人で分け合って、生まれた双子の兄弟は、お互いと心と体が繋がっている。片方が傷付けば、もう片方も傷付く。
繋がりを制限しなければ、起こりうる現象が、今の状態だったのだ。
しかし、一方が眠っているのに係わらず、もう一方が眠らない事は不思議だった。その事を問うと、素直に答えが返って来た。
「多分、さっき、オーガが言った事と、関係あるのかも。」
娘の言い草にジェスクは、先程の遣り取りを思い出していた。眠っている子が、娘に謝っていた事が思い浮かび、何に対して言ったのか、理解した。
「リーナを一人残して、御免…か。邪気が抜けると、かなり素直な子なんだな。
しかし、この子が邪気に侵された理由が…あれとはな…。」
風の騎士と闇の騎士、緑の騎士からの報告には、眼の前の子が、家族である精霊を喪ったと思い込んだ為、邪気に付け込まれたとあった。
幼子が養ってくれた家族を失い、邪気を纏った事は、今回だけでは無かったが、まさか、自分の子にも、同じ運命が待ち構えているとは、思わなかった。
だが、その子は、今、自分達の許へ帰って来た。
無事とは言い難いが、ある程度成長して帰った我が子の頭を、優しく撫でる。
緑の髪である為、妻に似ている様にも思える子供に、早く意識が戻る方法は無いかと考える。そして、ふと、気付く。
今の状態は、力を使い果たした時と同じで無いかと。
そうであれば、父親である神が、出来る方法がある。
子供達が佇んでいる寝台へ上がり、横たわり眠り続ける子を再び抱き締め、自らの光の力を送る。強過ぎて、悪影響が出てはいけないと思い、やや弱めて送るそれを、腕の中の子は素直に受け取っていた。
この事に気が付いたジェスクは、安堵した。父親の様子と、オーガから受ける、光の力の授与の感覚を感じたリーナは、彼に尋ねる。
「お父様が力を分け与えると、オーガは目を覚ますの?」
力を使い切った事の無い娘の言葉に、父親は頷く。
光の精霊が力を失った時や、息子が力を使い過ぎた時を思い出し、それを伝える。納得した少女は、オーガの傍で横になると、そのまま瞳を閉じる。
「何だか…私も眠くなっちゃった。お父様、私も寝てていい?」
「リーナも、初めて力を使ったから、少しでも寝ていなさい。
直に母様も来るから、ゆっくりしていても、構わないからね。」
優しい父親の声を聞いたリーナは、力を初めて使ったんじゃあないと思っていたが、それを口にする前に、眠りに支配された。
安らかな眠りに着いた、我が子達を見守り、父神は静かに佇んでいた。
そんな部屋へ、訪問者が訪れた。
左右半分で、髪の色と瞳の色が違う男性…空の神に向かい、ジェスクは、空いている手の、人差し指を自らの口に当てて、静かにするよう合図をする。
不思議に思った彼は、光の神の腕の中に、子供がいるのを見つける。緑の髪の少年に見える幼子…今回の邪気に、魅入られた人物の存在がそこにいた。
「ジェス…若しかして、その子供が、今回の邪気か?」
「ああ、そうだ。」
簡素に答える光の神を、訝しそうに見る空の神・クリフラールは、その顔に何時もの表情を見つけ、大きな溜息を吐く。
「成程…そう言う事か…。だから、リーナが、此処にいるんだな。
全く、その子供は…お前、そっくりだな。」
ジェスクの傍に、眠っている少女の姿を見つけ、腕の中の、少年に見える子への結論を出した空の神に、彼は答える。
「そう…だな。ラール、やっと…リシェアが帰って来た。
少し姿は異なるが、この子は正真正銘、私達の子のリシェアだ。」
何時の間にか、ジェスクの服を掴んでいる子供に、クリフラールも苦笑する。邪気の気配が消えたと感じる幼子に、優しい視線を投げかける。
「心配させやがって、この馬鹿者が。ま、邪気が抜けたのなら、一安心だな。
……お前に似ず、可愛い寝顔だな。」
「一言余計だ、ラール。残念だが、この子の顔は、私に似ているぞ。」
「おいおい、冗談だろう?似るのは、性格だけにしとけよ。」
止めの一言を告げるクリフラールに、ジェスクは反論を試みるが、腕の中の子が身動きをした為、慌てて抱き直す。
再び安心した様で眠る我が子に、優しい微笑が浮かぶ。
「ジェス、良かったな。無事とは言い難いが、やっと、リシェアが戻って来たんだ。
今まで離れていた分、甘えさせてやれよ。
…まあ、この様子じゃあ、素直に甘えるか如何か、怪しいがな。」
的を射たような彼の言葉に、同意して頷き、揃った我が子を見つめる。
一人は光の特徴を持ち、もう一人は木々の精霊の特徴を持つ。異なる特徴の子供達であるが、彼等は繋がっている双子だ。
故に、今回見つかった子は、擬態していると推測出来るが、後で元に戻す方法を見出せればいいと、考えていた。
この考えを中断させるように、クリフラールが口を開く。
「皆にも、リシェアが戻った事を知らせてくる。
リューには、直ぐ此処へ来るよう、言っておくぞ。母親も一緒の方が、その子の目覚めが、早いかもしれん。」
何故眠っているか、悟ったような彼の言葉に、頼むと、短く返事を返す。
それを受けて、クリフラールは、光の屋敷を後にした。
暫くすると、緑の髪の女性が、足早に部屋へ訪れた。
長い直毛の髪を靡かせ、急ぎ足でその部屋に入ると、真っ直ぐに寝台を目指す。
余りにも急ぎ過ぎて、少し息の切れた様子のまま、光の神の許へやって来て、その腕の中に眠る少年を見る。途端に、安心した顔となり、傍らの少女に気付く。
紫の双眸は、二人の子供を優しく見つめ、微笑みながら口を開いた。
「ジェス…やっと、この子達が揃ったのね。
貴方の腕の中の子が、リシェアね…クス、可愛い寝顔ね……安心しているみたいで、良く眠ってるわ。」
寝台に上がり、そっと手を伸ばし、帰って来た我が子の頭を撫でるが、その子の服が破れている事に気付き、素早くそこから降りた。
「あら?この子の服が、破れてるわ。
早速、リュアル達を呼んで、新しいのを用意して貰うわね。」
流石は母親だけあって、服装に気付く妻に頷き、
「まだ、ドレスは慣れないだろうから、騎士服を用意してやってくれ。
それと、この子に、新しい剣帯も頼む。」
と、注文を付ける。それを聞いて残念がる母親に、ジェスクは理由を述べる。
「此処の、少年騎士だったようだからな。
ドレスより、剣を扱う者の服の方が、着易いだろう。」
「あら?この子も剣を扱うの?じゃあ、そっちを用意しましょうね。
リーナの服は、こっちに持って来させるとして…出来上がる前に、リシェアの目が覚めたら大変ね。」
そう言って、再び急ごうとするが、ふと、何かに気が付き、自分が付けている装飾品の一つを、その子の腕へ付ける。葡萄の房を中心に、その蔓が腕に巻き付く形のそれは、子供の左手首に収まる。
「今はこれを貸すしか、出来ないけど、後でちゃんと、貴女専用の物を色々、創ってあげるわね。」
眠っている我が子に声を掛け、精霊達へ指示をする為に一旦部屋を出て行く彼女へ、ジェスクも自分の要望を告げる。
「リュー、出来るだけ早く戻ってくれ。この子が、寂しがらない様に…。」
告げられた言葉に、勿論と答え、大地の神は部屋を出て行った。
彼女の残した腕輪は、ジェスクに抱かれている子に力を与えているらしく、その子に大地の気配が加わっていた。
廊下では、大地の神・リュースが自分の精霊達を呼んで、服を用意する様、指示をしていた。そこへ、王宮の粛清から帰って来た、精霊騎士達が合流し、大地の女神が、嬉しそうに立ち回っている事に気が付く。
何事かと思い、古参の大地の精霊騎士が声を掛ける。
「リュース様、何か、嬉しい事でもあったのですか?
おや?神子様の気配がしますが…他にもいる様な?」
浅黒い肌の精霊の言葉に、尋ねられた神は微笑みながら告げる。
「リュナン、こんな時で悪いのだけど、良い知らせがあるの。
やっと、あの子達が揃ったのよ。」
あの子達と聞いて、思い浮かべるのは、目の前の女神から、双子で生まれた兄弟の事。かの神子達が、揃ったという事は…。
「若しかして、リシェア様が、見つかったのですか?!」
驚いて何時の様に、大きな声を上げる精霊騎士へ、リュースは頷き、彼の声を聞き付けた騎士達が寄って来て、口々に安堵の声を上げる。そんな中で何故か、不安そうな顔をした騎士を見つけたリュースは、その騎士に声を掛けた。
「ラン、如何したの?何か、聞きたい事でもあるの?」
名指しで問われた緑の騎士は、自分が知りたい事を尋ねる。
「リュース様、オーガ君は…今回の邪気となった幼子は、如何しました?」
緑の騎士の質問で、ジェスクの腕の中にいた子の、今までの呼び名を、教えて貰っていない事に気が付いた。
尋ねられた子と、戻って来た我が子が、同一人物だと判断出来なかった女神は、その子の特徴を聞く。ランシェと同じ、木々の精霊の特徴を持つ事を知った彼女は、的確な結論を出す。
「ランの言っている子が、多分、リシェアだわ。
今、あの子はジェスの腕の中で、眠っているの。可愛らしい寝顔だったのだけど、服が破れて、直せそうになかったから、新しいの用意するのよ。」
「…それは…本当ですか?あの子が、リシェア様なのですか?」
緑の騎士の叫びに、女神は同意の頷き、感謝の言葉を掛ける。
「あの子を気に掛けてくれて、有難う。
そのお蔭で、やっと、あの子を見つけ出せたのよ。邪気はもう無くなっているから、大丈夫だけど、これからあの子が進む道は、厳しくなると思うの。
だから、ラン、リュナン、ここに居るみんな…あの子の事を頼みます。
もう、道を外す事は無いと思いますが、…ジェスに良く似ているから、無茶をする筈ですのでね。」
光の神に似ていると言われ、ランシェは無意識に頷いていた。
あの幼子の剣技は、光の神と似ていた。会った事の無い相手に似ると言うのは、かなり珍しい事だったが、血が繋がっているとなると、納得出来る。
緑の騎士の様子に、リュースは悪戯心を刺激された様で、微笑みながら、ある提案を自分の騎士へ告げる。
「あの子の事を教えてくれたのは、貴方とレア、アレィだったわね。
ラン、貴方にお願いがあるの、他の二人には内緒にしてね。」
「リュース様、まさか、あの二人を驚かせたいのですか?」
女神の考えを察した緑の騎士が尋ねると、その理由を告げる。
「何時も、レアには驚かされているから、今回は逆をしたいのよ。
アレィはあまり表情を表に出さないから、驚いた顔を久し振りに見たいの……
…駄目かしら?」
可愛らしい悪戯に、ランシェ達は微笑んで頷き、この事を光の神に仕える者と、大地の神に仕える者以外には、漏らさないようにした。既に、リシェアと言う神子が、帰って来たと言う情報は流れているので、それが誰だか、知らせる事をしなかったのだ。
「リュース様、リシェア様の服ですが…あの方の義理の兄だった者なら、当面の物が用意出来るかもしれません。
人間の服ですが、新しい物が出来上がるまでの、代用にはなりませんか?」
緑の騎士の提案に、リュースは快く返事をした。
「その方法があったわね♪ラン、お願い出来るかしら?
あ…あの子がリシェアだったって、今は話さないでね。
まだ、フェーに確認を取っていないから、公表は避けたいの。今後、あの子が如何なるか、判らないから…、お願いね。」
お使いを任せられ、承知しましたと返すと、緑の騎士は、オーガの義理の兄である、バルバートア達がいる場所へ向かった。
リュースは、その姿を見送り、再び我が子達のいる部屋へ戻って行った。




