新しい国への歩み 後編
広場でそんな遣り取りが行われている中、バルバートアの方へ向かってくる人物がいた。紅の髪を後ろで一つに結び、あどけない笑顔のまま、バルバートアの方へ早足で近付いてくる。
後ろには、焔の騎士達を従え、漆黒の長衣と、純白の肩掛けを着ける少女。
「バート♪」
バルバートアの愛称を呼びながら、駆け寄ってくる彼女に、バルバートアは勿論、周りの騎士達も笑顔で迎える。
「フレィ様、如何なさったのですか?」
バルバートアの問いに、紅の少女・フレィリーは嬉しそうに話し掛ける。
「バート、レア、ラン、アレィ。あのね、やっと、みんなが揃ったの。」
その言葉に、精霊騎士達は何を意味しているか、思い当たった。七神が揃った…戦の準備をしていた光の神と空の神が、ここへ集ったのだ。
彼女の言葉に、精霊騎士達は気配を探る。
感じるのは、光、闇、空、大地、水、そして…時と治癒。
炎の気配は、目の前にある。
七神以外の治癒がいるという事は、生きている者達への配慮という事だ。
時が寿命を判断し、それに基づき、治癒が怪我を治す。
この事は、内乱が過酷な事になると、想定されている事を意味する。
国の中心である王宮への、内乱軍の進攻の故の配慮とは言え、かなりの大規模とも言える。しかし、邪気を相手にするのには、必要であり、仕方の無い事であった。
大きな戦火を予想しての備えであったが、如何せん、王宮の邪気の目的が何時ものとは異なる。
今までの邪気は、周辺諸国を併合し、自分のいる国を豊かな大国にするとか、只々、周辺諸国を滅ぼすだけとか、神々に牙を剥く為、国の兵力を強くするとかだったが、今回のはどれにも当て嵌まらない。
今回の者は、周辺諸国と戦を仕掛け、大戦へと導いていたが、それは自国を豊にする事では無く、周りを黙らせる為。
そして…一番腑に落ちないのは、今、強かった王宮の兵力や国の統率力を、自らの手で態と弱体させている事だ。
今までに例の無い、やり方をしている邪気で、神々も不審に思っている。
このエストラムリア国を自滅に追い込むような方法と、内乱を抑え込む事も無く、寧ろ、内乱を望んでいる様な手口…。この国を滅ぼすのが、今回の邪気の目的であると思われ、神々は警戒をしている。
純粋な邪気の目的…邪悪なモノと呼ばれる、最悪な邪気のそれと、同じだったのだ。
只、形あるモノの破壊のみを目的とする奴等は、姿があるモノと無い者とで分かれるが、少年の心の中に有ったと言う、闇の精霊騎士・アレストの報告で、姿なき邪悪である事が推測された。
然も、まだ、少年と同化していない状態故に、神々も準備を急いだ。
その結果が今の状態だった。
早々と集まった神々に、バルバートアは事態の重大さを理解した。
だが、義理の弟を救う為には、この方が良い、邪気と同化し、姿ある邪悪と化してしまわない内に、彼から邪気を消せる事が出来れば良い。
そう考え、フレィリーと向き合い、言葉を掛ける。
「オーガは…私の義理の弟は、助けられるのでしょうか?
邪気を浄化し、本来のあの子に、戻れるのでしょうか?」
告げられた言葉に紅の少女は頷き、己の推測を口にする。
「多分、大丈夫と思うわ。オーガって子は、邪気と同化していないみたいだし…幼子を手に掛けるのは、ジェスも、ラールもあまりしたくないの。
今、ジェスの子が見つからないでしょ?だから…余計にその子を、助けたいみたいなの。あの子…リシェアとオーガって、同い年みたいだし、ジェスも助けられる方法を、色々模索しているみたいなの。」
「え…オーガと神子様が、同い年なのですか?」
初めて聞く情報に、驚くバルバートアへ、フレィリーは肯定の頷きをする。何故判るかと言うと、理由は簡単だった。
「あのね、オーガって子を育てた精霊達が、リューの神殿の守護精霊になってるの。それで、ジェス達が、オーガって子の年齢を知ったの。
私達で言う幼子の歳で、然も、リーナと同い年なの。
あ…リーナってね、ジェスの子供で、行方不明の子の双子の兄弟なの。だから、ジェスも、ラールも、その子を助けてたいって、言ってたの。」
神々の意見を伝えられたバルバートアは、再び王宮の方を見遣った。
必ず、助けると誓い、それを切っ掛けに、彼が王宮を見ることは無くなった。
あの忌まわしき国・ディエアカルクの残党の者達は、王宮にいる間者へ連絡を取り、内乱の混乱の最中に、オーガとその姉であるエレラを奪う事を計画する。
彼等の遣り取りを傍観していたケフェルナイトは、この期に乗じて、オーガ達をこの忌まわしき輩から、離そうと思った。
自分の手で逃がし、彼等と決別する。
神々が集っている事を知っている彼は、この輩を殲滅する為に、神々へこの事を告げる事を決めていた。機会を伺い、彼等から離反し、仲間と共に神々と合流する。
そう思っている矢先に、ある事を知る。
それは、自分の主であるオーガの事。
このエストラムリア国の王宮に、邪気が蔓延っている事は知っていたが、その邪気が自分の主であると言う、確かな情報を知ったのだ。
初めての呼び出しの際、少年から微弱ながら邪気を感じていたが、齎された情報で確信出来てしまった。
だが、後悔はしない。
自分はオーガと言う少年が何者であろうと、付き従う事を誓ったのだから。
己の主は、あの少年だけ。
あの少年だからこそ、自分の主になれたと、ケフェルナイトは思っている。そして、今後の己の行動を考え出した。
上手く誤魔化して神々に渡りを付け、この輩を滅するか、主の命を優先にするか。
彼は迷う事無く、オーガを優先にした。
彼が生きていれば、この愚かで忌まわしい、馬鹿げた輩が釣れる。
この愚かな輩を滅する事は、オーガを安全な所へ、逃がしてからでも出来ると思い、彼等に協力する素振りのままで、王宮へ向かう事を決断して、それをダイナダルクへ伝えた。風の精霊の血筋であるから、オーガを連れ出す事が出来ると宣言し、その為の承諾を得た。後は、内乱の進軍が始まるまでの、待機となった。
只、彼は、忌まわしき輩達へ、神々が関与している事を教えなかった。この中には、彼より情報収集に優れている者は存在せず、彼だけがその事を知っていたのだ。
内乱の原因が、王宮に存在する邪気である事。
その邪気が、オーガである事。
神々が邪気を滅する為に、集い、内乱に手を貸している事。
そして…彼等・ディエアカルクの残党を、滅ぼす事の出来る神々と、精霊騎士達がその中心となる人物を護っている事。
神々と精霊騎士は、人間の気配を纏い、内乱の中に混ざっているが、その姿を知っている者には、知られている。ケフェルナイトも、このエストラムリア国へ来る前に立ち寄った神殿で、神々の事を知った。
特徴と象徴、そして、持てる力とその真の姿。
神々の事を知ろうともしないディエアカルクの連中にとって、無縁な情報も、ケフェルナイトは、彼等を滅ぼす為に知り尽くした。
これは、本当の仲間であるディエアカルク・クェナムガルア・リデンボルグの者達の、知りたかった事でもあった。
彼等にはその情報を教え、今、神々が集っている事も教えた。
忌まわしき輩を滅する機会でもあったが、この国には迷惑を掛けたくないと、仲間の声が上がっていた。彼等の声に、ケフェルナイトは、オーガ達を助け出す事を告げ、王宮を目指す。
風となり、神々の騎士達が王宮の中に侵入する前に、少しでもオーガが逃げる時間を作ろう、そう思い、自分の力を解放し、姿を消して時を待った。
彼等の想いを飲み込み、エストラムリア国の内乱は、その火蓋を切った。今の王族を排除し、新しい国を作る為に広場に集結した民衆は、王宮へと進軍を始める。
だが、それを迎え撃つ兵力は、王宮には居ないに等しく、いとも簡単に突破出来るとは、誰も思わなかった………。