御馬鹿な輩の悪足掻き 中編
連れ去られた少女・フレィラレア事、フレィリーは、馬車の中で薬を嗅がされたが、元々そういった物が一切効かない為、眠った振りをした。
馬車に揺られて行く先は想像付くが、この馬車の後を精霊騎士が、追っている事にも気付いている。自分の焔の騎士と、穏業に優れた風の騎士。
この二人の騎士なら、全く持って大丈夫と思い、そのままの状態で、馬車が止まるのを待っていた。
漸く馬車が止まり、抱きかかえられたまま屋敷へと連れて行かれる。
そして、とある一室に入れられ、寝台の上に寝かされた。
男が部屋から出ると、紅の少女は目を開け、部屋の中を見渡した。豪華な調度品に囲まれ、御世辞にも上品とは言えない内装と、家具に溜息を吐く。
「ライアムの屋敷の方が、趣味が良いわ。
全く、同じ様にお金を使っても、これじゃあ台無しね。」
エーベルライアムの屋敷で、与えられた部屋の内装を思い出し、今の部屋と比べる少女は、再び深い溜息を吐く。
そして、窓辺により、付いて来た精霊へと合図を送る。
窓を軽く叩くだけの合図だったが、風の騎士と焔の騎士には十分であった。
窓には鉄格子と鍵、然もご丁寧に、内側から南京錠を付けられている。
如何見ても、閉じ込める為の部屋としか思えないここへ、近付いてくる足跡が聞こえた。扉の前まで進んだそれは、大きな音を立てて、部屋の扉を開け放った。
入って来たのは、40代ぐらいの太った男と、先程の男。
少女を連れて来た男は、騎士のような格好をし、剣を帯びている。もう片方は、貴族らしい装いだが、派手派手しく下品だった。
見覚えのある肥え太った男に、紅の少女は目を潜める。
「貴方がわたしに、用のある人ですか?婚約者のライアムに断りも無く、わたしを連れ去るなどして、無礼ではありませんか?」
微かな怒りを見せて、質問をする少女へ、肥った男は挨拶をする。
「初めまして、私はこの国前王の弟の、バルリーフェイム・ジレニアナレ・ディカンド・ガリア・エストラムリアルと言う者だ。
……あの平民にくれてやるには、惜しい美しさだな。どうだ?紅の乙女よ、あんな平民より、王族である私の妻になる気は無いか?」
「全くもって、ありません。ライアムの方が、魅力的ですし、あの方も王族ですよ。
クス、お知りにならないのですか?貴方の兄君のお子ですよ。」
少女からの即答の断りと、真実を突き付けられ、バルリーフェイムは顔を真っ赤にし、怒りの声を上げた。
「兄上の息子だと!兄上は死んだ筈だ!!」
「生きていらっしゃいますわ。
何せ、あの方の友人である風の精霊が、助けたのですから。
勿論、ご家族共に、ご存命ですよ。」
寝台に座り、余裕の微笑を浮かべる紅の少女へ、男は掴み掛った。
「…所詮、か弱い女だ。このまま手籠めにすれば…な…」
押し倒そうとした手が宙を切り、少女の姿が掻き消えた。
いや、一瞬の内に、窓辺へ移動したのだ。
「ありがとう、レア。
でも、残念だわ、少し痛い目を見せてあげようと思ったのに、レアの機転で駄目になっちゃった。」
「申し訳ございません、フレィラレア様。
ですが、エア様の事を思うと、つい、行動してしまいました。」
風の神の祝福を受けた者と、判る姿の青年が紅の少女を抱え、護っている。
その姿に、肥った男は激怒した。
「何者だ!!私に断りなく、屋敷へ忍び込むとは!!
私を前王の弟だと、知っての狼藉か!!」
荒げられた声に、風の騎士は侮蔑の視線を送り、返事を返す。
「知ってるよ、リケルを亡き者にしようとした馬鹿だろう?
残念だったね~、リケルは私が助けたんだよ。勿論、彼の騎士達と共にね。」
兄の愛称を聞き、その視線を風の者へと移す。
未だ怒りを宿す男の瞳を、紅の少女が厳しい瞳で捉える。
「ほんと、お馬鹿よね。王族と言う血筋に生まれただけで、王族の威厳を振りまいて、その血筋の義務を忘れている愚か者さん。
何が、王族よ。
只の人間の分際で、べルアを物として扱って、ライアムを蔑ろにするなんて。
…わたしの愛し子と、わたしが認めたその主に、迷惑を掛けた代償、そして、わたしを手籠めにしようとした代償を、今、払って貰うわ。」
そう言って、少女は前方へと右手を翳す。
彼女の手の平には、紅く燃える炎が出現し、辺りを赤く照らす。
炎の精霊と思った彼等は、少女へと飛び掛かろうとするが、彼女を囲む様に紅蓮の炎が現れ、これを阻む。
突然現れた炎に、バルリーフェイムとその部下は、腰を抜かし、這うように彼女から離れようとしたが、それは出来無かった。
彼等が逃げようとした瞬間、少女の気配が変わったのだ。人間の気配から、抗う事の出来無い神の気配へ。
怒気を含む気配に、人間の彼等は動けなくなる。
彼等の様子を確認した少女は、自分の騎士を呼ぶ。
『わたしの騎士、フルレ、フィレラ、ここへ。』
「「我が神・フレィラナア・ルシム・フレィリー様、御呼びですか?」」
彼女を囲む炎の中から、二人の女性が現れた。
共に紅の騎士服に身を包み、その装飾は炎を象っている。
持っている剣は紅の精霊剣で、然もその姿は、侍女であった女性と傍にいた騎士だった。彼女等が紅の少女へ跪き、その名を呼ぶ。
【フレィラナア・ルシム・フレィリー】という名を聞いて、人間達は更に驚愕の眼差しを少女へ送る。
フレィラナア・ルシム・フレィリーとは、初めの七神の一人であり、アーネベルアへ祝福を与え、そして…炎の騎士の真の主である女神の名。
元々炎の剣は彼女の物で、人の世を護る為に下賜された物。
その担い手は炎の神を主とし、人の世で生きる為に、もう一人、主を持つ。
然も、炎の神に認められる人物で無ければ、かの騎士の主にはなれない。
そう、目の前の男の様に、幼少期の炎の騎士を攫って、自分の騎士にしようとしても、炎の神が認めないと、主にはなれないのだ。
故に、認められたエーベルライアムは、アーネベルアを人の世界に繋ぎ止める主として、炎の騎士を傍に置く事が出来る。
それは神々に祝福された者・神の愛し子も同じ。無理矢理娶ろうとしたり、無理矢理従えようとすると、神の力により、阻止される。
勿論、これ等の事を無視して炎の騎士や、炎の愛おし子を手に入れようとすると、炎の神の怒りを買う。
当たり前の事なのだが、目の前の愚か者はそれを実行しようとした。
彼の愚かな行いは、炎の神の怒りを買い、炎の騎士から離され、炎の騎士の周辺に、更なる炎の護りを強化する事となった。
そして…炎の神は、その輩達への罰を与える機会を、伺っていたのだ。
好機とも言える今の機会に、炎の神は、どす黒い微笑を浮かべる。
「如何したのかしら?お馬鹿さん達。
わたしが何者であるか、判ったのかしら?」
微笑みのまま、質問する紅の少女へ、畏怖の視線が集まる。彼女が連れているのは、炎の精霊騎士と風の精霊騎士。
纏う衣装は…紅のドレス…何時の間にか、その裾に炎の装飾が飾られていた。
「お…お許し…を…。」
「い・や・よ。誰が、許すもんですか。
わたしの騎士であり、愛し子である子を、自分の欲望の為に使おうとしたんだもの。今も、わたしに同じ事をしようとした癖に、許されると思う方が間違いだわ。」
拒否権の無い即答を返され、彼等は更に蒼褪める。
彼女は彼等を見据えて、再び呼び声を上げる。
『わたしの騎士、炎の騎士とその主なる者、そして、かの主の父親よ。
我、フレィラナア・ルシム・フレィリーの名に於いて、ここへ集う事を望む。』
その言葉で、この場に三人の人影が現れ、愚かな者達の顔は、更に驚愕の彩りを添える事となる。




