御馬鹿な輩の悪足掻き 前編
マーデルキエラ公爵家の親子が、馬鹿の相手を始めて一か月後、その屋敷には色々な輩が罠に掛った。
多種多様な種族と、その得技。
一環として統一されているのは、暗躍者であり、暗殺者である事。
からくり屋敷と化したエーベルライアムの家は、毎日の様に罠に引っ掛かり、その度に、精霊達が楽しそうに動き回る。
普通の精霊達に加え、精霊騎士達もいるものだから、当然、力の差は歴然であり、捕まった者達は、自分達の相手が誰であるか、想像出来た。
標的の傍にいるのが、紅の騎士だけならまだしも、紅の少女がいる。
然も、少女には精霊騎士が常に付き添い、少女と標的を護っている。
そう、精霊剣士では無く、精霊騎士…その点に気付く者は、彼等へ屈服し、全てを明かす。神相手では、どの様な種族も逆らう気が起きないのだ。
怒気を含む気配に晒され、恐ろしさの余り震えが止まらない彼等は、その怒りを収める為だけに、真実を話し、許しを請う。
紅の少女が、炎の神に祝福された者で無く、かの神自身だと気付くそれに、彼等は怯えて、この件から手を引く。そして、他の近しい者へ関わらない様、忠告をする。
故に、段々と質の堕ちて行く暗殺者に、少女が、父親が、文句を言い出す。
「…質が落ちて来よったわい。つまらんのう。」
「そうですわね、義父様。そろそろ次の段階を、考えましょうか?」
屋敷の一室で、優雅にお茶を飲みながら、少女と壮年の男性が話を始める。
傍には男性の息子であり、少女の婚約者(仮)が同意の溜息を吐いていた。
「で、父上。これから如何、策を進めます?
あまり、フレィを、危ない目には合わせたくないのですが…ね。」
一応、婚約者の身を案じているが、ある提案も隠れている言葉に、少女の笑顔が浮かぶ。コーネルト家の遠縁と言っても、違和感の無い紅の髪と紅金の瞳。
可愛らしい見た目の少女は、彼の言葉を受け、自分を餌にする事を提案する。
「もう、ネタが尽きるでしょうから、私が囮になって、お馬鹿さんの拠点へ参りましょうか?わたしなら、騎士達を呼べますし、自分の力で切り抜けられますよ。」
令嬢らしい口調で、本音を言う彼女に、彼等は暫し考える。最良の提案ではあったが、如何せん、か弱い女性を危ない目に合わせたくは無い。
神と名の付く者であれ、彼等にとって、目の前の人物は女性、然も少女でしかないのだ。そんな中、控えている者から声が掛る。
「あの、意見を言わせて貰って、宜しいですか?」
侍女役を熟している焔の騎士から、挙手と共に声が聞こえ、彼等は承諾する。
それを受けて、彼女・フィレラが進言をする。
「フレィラナア様なら、大丈夫ですよ。
私達がいますし、フレィラナア様自体、御力を御持ちです。それに、フレィラナア様の御力を抑制する事の出来る御方は、この世に一人しかいません。
あの御方以外の水の力では、フレィラレア様の御力の方が勝ってしまいます。
ですから、御心配には及びません。」
「判っているんだけどね、フィレラ。
私はフレィの様な可愛らしい人を、危険に晒したくないんだよ。確かに最良の案ではあるが、女性として危なくないかな~って、思ってしまうんだ。」
「儂も、ライアムと同じ意見じゃ。
頭では判っておるんじゃが、フレィがあんまりにも可愛らしいからのう、危ない目に遭わせたくなくなるんじゃ。」
建前で無く、本音を言うエーベルライアムとセルドリケルに、大丈夫とフレィラナアことフレィリーが宣言し、彼等も渋々ながら承諾した。
「どういう場面設定なら、引っ掛かってくれるかしら?」
楽しそうに告げる彼女に、彼等は場面を思い浮かべる。貴族のご令嬢が一人になる時が、彼等の狙い易い場面と考えると…。
「そうじゃのう…此奴を引き連れて、市井で買い物とか…。御忍びと称してなら、納得させられるじゃろうし、顔見世をして狙い易くするのが一番………
ん?若しかして、既にやっとるんか?」
父親の提案に、無言を決めた二人の様子で、彼等が既に、御忍びと称して市井に出向いていた事が知られた。
フレィリーが街を見たいと言い出し、エーベルライアムと騎士達で繰り出したのは、ほんの少し前。
その時、彼女は、エーベルライアムの婚約者として、認識されていた。
…炎の神にそっくりな少女が、件の王族の婚約者という噂。
これなら気位の高い相手が、引っ掛かり易いと踏んでの行動であった。
「餌は、撒き切っておるんか…じゃあ、後は行動のみじゃな。」
「己が王にって、意識が高い程、フレィの事は魅力的に映るからね。
あの叔父さん、べルアにもちょっかい出して来たもんね。ね~、べルア。」
主に話題を振られ、苦笑気味になった紅の騎士は、正直に答えた。
「ライアム様が主になる前でしたが、あの方が幼い私を攫って、自分に仕えるように仕向けたかったらしいです。
ですが、私の保護されている場所が、場所だけに、手が出せなかった様で、神殿を懐柔しようとしたのですよ。」
「……ほんと、馬鹿よね。神殿を懐柔しようなんて、無理なのに。
それに、神々の祝福を受けて生まれた子達には、必ず、精霊の護りが付くし…。直ぐにわたしへ報告が行って、即、べルアから離したわよ。
そんな人間だから、わたしにも手を出そうとするでしょ。でもね…あの時の事も含めて、きっちり罰を受けて貰うわ♪」
ポロリと本音を漏らす炎の神に、エーベルライアムも納得してしまった。
炎の神の怒りを既に買っていた件の叔父に、同情する気は一切無くなった。
まあ、元々その気は無いので、無くなったと言うより、更に零以下になったと言うべきだろう。その為、思わず、口から漏れた言葉が…
「そうい事でしたら、御存分に、痛め付けてあげて下さいね。
私と両親の分を加えて下さると、より一層、嬉しいのですが…駄目ですか?」
だった。これを聞いた彼女は、嬉しそうに、もちろんと答えてくれた。
行きとし生ける者は、神の怒りから逃れられない。
その怒りを買った馬鹿叔父には、存分にその畏怖と、与えられる罰の苦しみを味わって頂こう。己の欲望の為に、あの忌まわしき国の者と、同じ行為をしようとした事を、十分に後悔して貰う。
自分の騎士であり、友人である紅の騎士を物扱いした輩には、これまで同じ事をした者達と、同じ運命を辿らせよう。
このエーベルライアムの怒りの想いは、炎の神に届いたのか、彼女は静かに黒い微笑を浮かべていた。
翌日から、この為の行動が始まった。
婚約者であるエーベルライアムが忙しいからと理由を付け、紅の少女が精霊剣士と侍女を伴い、街中を歩きまわる。時には買い物を、時には街の人の話を聞きにと、自由に巡る少女へ、彼等の関心が集まる。
神殿の方は、件の少女が誰であるか、判っているらしく、敢えて口を挟まない。
この行動で、炎の神の祝福を受けた者が、エーベルライアムの婚約者だと言う噂が、更に広まる。
噂では、かの少女は、紅の騎士と同じ彩で血族と言う話もあり、纏う衣装もそれを意識してなのか、紅の物が多い事。
そして、可愛らしい容姿のその少女には、常に同じ髪の色の侍女と女性騎士が、彼女を護る様に付き添っている事。
炎の精霊と思われる彼女等は、紅の騎士からの要請という表向きの面目で、少女の傍にいて、彼女の面倒を見ている事。
紅の騎士の主の、婚約者である少女という立場の紅の娘を、炎の精霊が護る。
この噂が街中に広がり、少女は、一目見れば判る存在となっていた。
その上、違和感の無いお膳立てに、異議を申す者もいない。
只…付き添っているのが、炎の神である少女の精霊騎士・焔の騎士達だと、誰も気付けないだけで…。
紅の少女フレィラナアことフレィリーが単独で街を歩き始めて、数日後、やっとお馬鹿な輩からの動きがあった。
何時もの様に街へ出かけ、人々の話を聞いている彼女へ、品の良さそうな男性が声を掛ける。
「エーベルライアム様の、ご婚約者の方でしょうか?」
「そうだと言ったら、如何されますの?」
紅の少女から、返された言葉に、男は微笑を添えて、答える。
「我が主人が、貴女様に御逢いして、話したいを申されています。
少し御時間を頂けませんか?
彼方に馬車も用意しております。如何か、御願い致します。」
餌に食付いたと感じた、紅の少女とその侍女、騎士は、お互いを見合わせて、
「ライアム様の許可が下りましたら、参りましょう。では。」
そう言って、その場を去ろうとした時、少女の腕を男は掴み、そのまま少女を抱えて馬車へと走り去った。
侍女が一応、追おうとするが、少女だけが馬車で連れて行かれた。
「上手く、引っ掛かってくれましたね。フルレ、べルアとライアム殿へ知らせて。
私は、フレィ様を追うから。」
侍女役をしていたフィレラは、人気が無い事を確認して、直ぐに騎士の姿へと変貌し、少女を乗せた馬車を追おうとする。その瞬間、風が形を取った。
「フィレ、私も加勢するよ。
私の穏業の方が、あれを付けるのには都合が良いし、フレィリー様に何かあったら、エア様に申し訳ないからね。」
風の騎士の言葉に、焔の騎士は頷き、共に少女を追った。