親子の悪戯 前編
順調に勝ち続け、周りの国を幾つか併合したエストラムリア国であったが、戦の皺寄せが徐々に、国を内から蝕んで行った。
最初の戦から一年が経つが、国民の生活は豊かにならず、厳しくなる一方で、彼等の信頼と敬意は、王宮から遠く離れていく。
その代わりに信頼を得ている者が、市井にいるエーベルライアムであった。
民衆は彼を次なる王として認め、今の王政を彼が行うべきだと、声高々に言う者も出ていて、それに反論を唱える者もいる。
彼等が押すのは、前国王の弟。
王族の血を引かない者が、この国の王となれはしないと言うのが、彼等の言い分である。中には直談判に出る強者がいて、エーベルライアムの屋敷は一層、賑やかになっている。今日も、そう言った輩が押し寄せ、彼に会わせろと詰め寄っていた。
しかし、相手は人間では無く、炎の精霊。
門番や警護の者が精霊とあっては、彼等も強行突破が出来無い。
然も何故、炎の精霊が彼を護っているのか、件の連中には判らなかった。
連日朝から賑わう門の前に、いい加減にしろとばかりの態度の、エーベルライアムが屋敷の中から出て来た。少々不機嫌な顔で彼等を見るが、その迫力に視線を向けられた相手は、息を呑んだ。
見覚えのある不機嫌な顔…髪の色と瞳の色は違えど、その表情と顔の作りは、誰かを思い出す。
「で、私に何用なのですか?
こんなに朝早く…近所迷惑なのは、判っておいでなのでしょうか?
エルフェルバリア候。」
名指しで呼ばれた者は、我に返り、文句を付ける。
「エーベルライアム・シエラバレド・カレミアム殿でしたな。
身分を弁えず、次代の王として名を上げられるとは、何とも。………平民上りが、王になれると思っているのか!」
本音を言う無礼な貴族へ、エーベルライアムの軽蔑を含む視線が刺さる。
そして、大きな溜息と共に、熾烈な反論を始める。
「全く…早朝早く、近所迷惑も考えないで、然も、碌に調べもしないで、人の屋敷に文句を言いに来る輩の癖に………。
残念ながら、私は王になる気はありませんよ。
周りが勝手に言ってるだけです。とは言え、人の事を全く知りもしないで、こんな時間に怒鳴り込むとは…無礼にも程がありませんか?」
相手の非礼を指摘し、更に追い打ちを掛ける。
「流石は、あの馬鹿叔父上…いえ、失礼、バルリーフェイム元殿下の懐刀ですね。
まあ、こちらが、偽の情報を操った甲斐があった訳ですが…ね。」
エーベルライアムの、細やかなる抵抗の呟きに、相手が激怒するが、それにも怯まず、一番の切り札を告げる。
「ああ、言い忘れました。貴方が今、私を呼んだ名ですが、真っ赤な嘘ですよ。
私の本当の名は、エーベルライアム・シエラバレド・キャフェア・イロア・マーデルキエラ。
マーデルキエラ公の嫡男です。まだ後を継いでいませんが、知らなかったとは言え、何れその後を継ぐ者への、貴方のその態度は問題ですよ。
ついでに言えば、貴族を支え、生活させてくれている平民を蔑にする態度は、全く以て頂けませんね。…あの叔父さんの部下じゃあ、こんなものですね。」
侮蔑の微笑と共に告げる真実に、相手の顔は青くなったり、赤くなったりしていた。忙しいなと思いながら、次なる口攻撃に備えようとすると…後ろをから声が掛った。
「何じゃ、お前、まだ生きとったんか?あ奴と同じく、しぶといのう。」
緊張感の無い、聞き覚えのある声に、エーベルライアムは脱力した。
声の聞こえた方へ振り向き、思いっ切り大声を出した。
「父上、ったく、その緊張感の無い良い方は、止めませんか?
折角、お馬鹿な部下殿が来られたのに、それじゃあ台無しでしょうが!」
ゆっくりと歩みを進めてくるのは、エルフェルバリア候の見覚えのある顔。
驚愕が顔を彩り、真っ青になりながら、件の人物を見つめる。
セルドリケル・シリアラムト・レアフェア・ファニア・マーデルキエラ公爵…前王の直ぐ下の弟であり、死んだと噂されている人物が、生きて目の前にいるのだ。
然も、目の前の平民上りがその家名を告げ、後ろの人物を父と呼んだ。その事実に門前の無礼者は、驚愕に震えだした。
「セ・セルドリケル殿下の……ぼ・亡霊!!
ひぃ~~、命ばかりは御助けを~~~。」
「誰が亡霊じゃ!!ちゃんと足はあるし、生きておる。
全く、儂の息子に文句を付けるなど、何様の心算じゃ!良く見てみい!髪の色も瞳も、儂の最愛の妻・レティア譲りじゃろうが。」
言われて恐る恐る、エーベルライアムを見る彼等は、その彩に件の女性の姿を見た。
優しげな表情で常に、セルドリケルの傍に控えていた侯爵令嬢。
一見大人しそうに見える彼女は、時と場合によって、毅然とした態度で相手を制していた。別名・聖女の微笑を持つ鬼女とも、呼ばれたその人と青年が重なった。
まあ、似た者夫婦であった事は、近しい者で無いと判らなかったが。
マーデルキエラ公の言葉で、やっと正気を取り戻したエルフェルバリア候は、慌ててその場から立ち去った。
エルフェルバリア候が、この事を己が仕える殿下へ報告する為、この屋敷から去った事は、誰の目から見ても明白だった。
仕掛けている罠へと誘う為の茶番に、簡単に引っ掛かった相手が取った、予想通りの行動で、親子は溜息を吐く。
「相変わらず、単純な奴で扱い易いのう。
意図も簡単に引っ掛かるなんぞ、退屈でたまらん。せめて、王宮の居る者達を操っている邪気位に、頭の良い者の相手がしたいのう。」
「…父上、先に、お馬鹿を制してからにして下さい。
策は用意され、賽は投げられたのですから、後は結果を待つだけです。
べルア、そっちの準備はいいの?」
傍で、隠れて控えていた自分に騎士へ声を掛け、返事を促す。
紅の髪の騎士は、微笑を添えて主に答える。
「整っております。後、レア殿が戻り次第、仕掛けも増える予定です。
ランシェ殿もアレスト殿も、レア殿がこの事を知ったら参加するだろうって、おっしゃっていましたから。」
「ほう、風の騎士殿か…。
楽しい事になりそうじゃな。で、何時、此方に来られるのかな?」
炎の騎士の返答に、父親であるマーデルキエラ公が尋ねると、今日辺りと知らせがあった事を伝える。それを聞いて、更に楽しそうな微笑をする父親へ、エーベルライアムは軽い溜息を吐く。
「全く、遊び気分が抜けない人なんだから。
人を陥れる策さえ、娯楽と捉えて、楽しく策を練って実行するんだもの。国の為と前提があるだけましだけど、あの人の悪戯は、悪質にも程があるよ。」
「良いじゃあないですか、ライアム様。
嫌々策を練るより、楽しんだ方が宜しいですよ。まあ、御父君と貴方も、似たようなものですがね。」
自分の口から漏れ出た愚痴へ、紅の騎士が対応した言葉で、そう?と、周りへ疑問を投げる。紅の騎士だけで無く、周りにいた精霊剣士達と使用人達から、頷きの報酬が彼を襲った。
それを見て、う~んと唸りつつ考えたエーベルライアムが、自ら答えを出す。
「君達が納得しているのなら、そうなんだろうね。
一応、あの人とは親子だし、性格が似ていると言われても、違和感はないのかも。
……でも、私的には、嬉しくないな~。」
本音を漏らすエーベルライアムに、紅の騎士は苦笑した。
本人に自覚は無いが、父親であるマーデルキエラ公の性格と、目の前の主の性格は、誰が如何見ても似ていたのだ。
流石親子と言える彼等は、罠に掛る得物を手薬煉引いて、待っていた。
その日の夕刻、炎の屋敷に風の騎士が帰って来た。何時も通りの窓からの訪問に、緑の騎士は叱咤し、闇の騎士は楽しそうに、それを見ている。
炎の屋敷の者達にも、最初の時の様な混乱も無く、彼等の遣り取りを生温かな目で眺めている。そこへ、知らせを受けたアーネベルアが、帰って来た。
精霊騎士が揃っている部屋へ、彼が赴くと、風の騎士が笑顔で挨拶をする。
「べルア、ただいま…でいいのかな?
取り敢えず、ラール様達に知らせて来たよ。で、私達は、ここで待機って言われて…と、フレィリー様、服を引っ張らないで下さいよ。」
「「「えっ、フレィリー様?!」」」
炎の騎士と精霊剣士から声が上がり、背の高い風の騎士の後ろから、紅い髪が見え隠れした。緑の騎士は溜息を吐き、後ろに隠れている少女へ声を掛ける。
「フレィリー様。エアレアの後ろに、お隠れてなっていないで、お出になった方が宜しいですよ。貴女の騎士もいますし、精霊達もいますから、何の危険もございません。
エアファン様もおられませんから、ご安心して下さい。」
「ラン、ほんと?エア、いないの?………よかった~、本当にエアがいないわ。
あ…レア、ごめんなさい。わたし…ちょっと、エアが苦手なの。」
可愛らしい声と共に、紅の少女の姿が、風の騎士の後ろから現れた。申しなさそうに風の騎士へ謝罪する少女に、騎士は気にしませんと答える。
彼の答えで、ほっとした少女は、自分の騎士の方へ向き直る。
「べルア、急に来て、ごめんなさい。貴方に、七神からの通達があるの。
『炎の騎士・アーネベルアに七神の命を伝える。
この度の騒動、邪気の齎せし物と確定した。
故に、此れから来る精霊騎士達と守護神と共に、その邪気を討て。』
大変だと思うけど、頑張ってね。
…準備が整ったら、他の精霊騎士達と、ジェスとラールが来るの。多分、それで大丈夫だと思うのだけど…。」
心配そうな顔の少女へ、炎の騎士は微笑んで答える。
「ジェスク様とクリフラール様が御越しになるなら、大丈夫ですよ。フレィ様の御心配は、無用の物だと、私は思います。
ですが、何か引っかかる事があるのですか?」
尋ねられ、悩み顔で少女・炎の神は口を開く。
「今度の邪気って、変なの。色々な属性を感じるのは、今までもあったけど…精霊の気と、人間の気を使い分ける事が出来るなんて、初めてなのよ。
それが何だか、気にかかって…。ううん、気にし過ぎだと思いたいのだけど、もしもの事があったら…と思うと、心配なの。」
その言葉で、炎の神がここに来た理由を騎士達は悟った。
心配だからこそ、事の顛末を自分の目で、確かめたかったのだと。
この日から、炎の屋敷にフレィリーも滞在する事になる。
彼女は、これから起きる、国を覆す内戦の準備の一端を、担う事となる。
風の騎士が、炎の屋敷に戻った次の日。
彼は炎の騎士がから、エーベルライアムの周辺で起きた事を教えられ、緑の騎士と闇の騎士の言葉通り、彼等親子の策(悪戯?)に参加する意思を示した。
情報通の風の精霊らしく、相手が誰か判っていて、彼も何故か、その相手には不快感を示している。
「…う~ん、確か、前の国王の弟で、自分の欲望に忠実な馬鹿でしょう?
リケルを亡き者にしようとしたし、その家族をも殺そうとした…大馬鹿者だよね。」
目だけが笑っていない不敵な微笑に、アーネベルアも頷く。
しかし、リケルと言う愛称に気付き、それを尋ねようとした時、エーベルライアムの屋敷から声がした。
「おお、レア、やっと来たか。久しいのう。
………お主は相変わらずで、羨ましい限りじゃ。」
聞こえた声に、風の騎士が答える。
「ほんと、久し振りだね。リケルも元気そうで、何よりだよ。
私が年を取らないのは、当たり前の事だけど、リケルは…年、取ったね~。」
「儂は普通の人間だから、仕方無いんじゃ。
だが、まだまだ若いもんには、負けんぞ。」
悪戯な笑みを浮かべ、旧知の精霊と話をする公に、アーネベルアは驚いていた。彼の様子に、風の騎士が気付き、人懐っこい微笑を添えて答えた。
「べルアは知らないだろうけど、私とリケルは友人なんだよ。
リケルが、今の君より小さい頃…そうだね、オーガ君よりちょっとだけ、小さい頃に知り合ったんだ。あの時も、何かの策を練っている最中で、楽しそうだったから、私もつい、参加したんだよ。」
「それが縁で、レアとは親友同士になったんじゃが…、違ったかのう?」
何時の間にか、彼等の傍に来ているマーデルキエラ公に、風の騎士は違わないよと答えていた。
その仄々とした光景に炎の騎士も、炎の精霊剣士も和んでいた。
只…その後の話の内容は、醸し出す雰囲気と真逆の代物だったが………。




